2020年に読んで良かった本5冊以上
コロナ自粛もあって読書量は伸びるはずだったのに、プルーストが読む速度を遅らせ、新しく買ったベッドによって睡眠量が増え、良い酒屋の発見によって酒量が増えたので、読書量は減退しました。
一方、アニメとマンガの量が増えました。心穏やかになる話をフィクションだけでも求めていたようです。
今年読んだのは一応119冊(マンガ含む、シリーズは1冊カウント)の中から5冊と思っていたのですが、絞りきれなかった。
苔がおもしろいなーと思ってもう5年くらいたつのですが、最初の頃は見た苔を概観・接写・顕微鏡で撮りたいと意気込んでいたのです。しかし文系一本槍だったわたしには顕微鏡の使い方や管理、プレパラートの作り方などすべて手探り。たまに博物館で顕微鏡観察の講義がありますが、プレパラートを作るのは思ってたよりずっと大変。苔の汚れを落として分解してうまいことピントを合わせないといけない。1つの種を見るのに数時間かかり、サンプル全部観察するなんてふつうに1日がかりの作業なので早々に挫折しました。
本書にはわたしのやりたかったこと全てが詰まっている。美しくもなぜこんな形になっているのか分からない苔の微細な流麗な写真ばかり。もうわたしのやりたいことは誰かがやってくれている……と諦めがつき、ただの苔好きとしてのんびりやっていこうという気になりました。
苔を美しいと思うようになったのは自分で自然に発見したのではなく、ある人に導かれてのことでした。それまで苔のこと考えたこともなかった。
美しいと人間が判断するのはどうしてだろ、そういえば映画化されたヴァイオレット・エヴァーガーデンでも
「美しいって何ですか?」
「少佐の瞳は、美しいです」
という美の発見を描いたシーンがありました。
本書の前書きにも「ターナー以前に,ロンドンに霧はなかった.」と引用があります。認知できなければ美は存在しない。知覚して感動する一連の脳のはたらきを解明するのが神経美学だそうです。当たり前と思って考えもしなかった美しいを捉える意識の流れが科学的に明かされていくのがおもしろいです。
海外文学からはクラシックにして至高な『カラマーゾフの兄弟』。ようやく手にすることができて、感性の摩耗した自分でもむむむ……これはすごいとなった一冊。
あらゆるところで人々が試される。その金は誰のものか、愛してくれる人を置いて離別していいものか、尊敬する人への敬意が失われても愛し続けることができるか。『鬼滅の刃』並みに試練の連続です。木造の小さな船が大海原で波にもまれるように耐え続けて必死に水面であがき続ける。それでも皆、自分の倫理を貫いて進んでいくさまがかっこ悪いのにかっこいい。
オンライン読書会で読んだ『アルテミオ・クルスの死』も良かったです。再読だけど何回読み返しても文章の力強さに圧倒される。
死の床でやかましい遺族を冷めた目で見つめながら、それでも自分を省みるのをやめられない一人称視点がわたしは好きです。結局は全て為してきたことが今に収斂するのだという当然だけど、人は過去の栄華や後悔を捨てられない執着の生物だと思わされる。
新型コロナウィルスの蔓延によって、人々のマナーが取り沙汰され時には刑事沙汰になり、政治家は公共衛生と経済のどちらを取るか迫られ、結局わたしたちには何をすべきかの判断基準が人との結びつきという曖昧なものしかない、とちょっと絶望させられました。なので、今年の前半は倫理学について考えることが多かった。すべての人間にはとうてい無理なことを突き詰めようとしたシモーヌ・ヴェイユや、人は常に考え続けて周囲に流されずに最善を導き出さなければならないとするアンナ・ハーレントからの流れで、倫理学ってそもそも何だろうということで2冊。
日本看護協会による倫理の定義は「社会生活を送る上での一般的な決まりごと」だそうです。この「一般的な」がくせ者で、SNSの流行とそこから巻き起こる中傷などの事件を介して、人間の一般常識なんて並べられるものではないことが分かってきました。「マスクをしないで飲食店に入るのは個人の自由だ」と主張された方がいましたが、社会全体としてはマスク着用が推奨されつつある。これって全体の幸福を優先する功利主義と、個人の自由を優先する自由主義の対立みたいですね。
ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』は今まさに読むべき一冊でした。正しさの検討もない世論がSNSで一晩のうちに形成されてしまう現代に、判断を多数にも個人にも寄せず、まず自分で考えてみる。ある結論に飛びつくのではなく、考えつつ自らその考えを批判しつつきちんと結論まで導くことの大切さを教わったように思います。
よりアップデートされた功利主義も知りたくて『実践・倫理学[けいそうブックス]』も読みましたが、こちらも個別のシチュエーションについて考えていく良い経験でした。
新型コロナウィルスの影響は、自分の趣味にも大きく影響しました。美術には詳しくないし絵は下手っぴだけど、美術館で絵を眺めるのが大好きな自分にとって、美術館に入ることが心理的に難しくなったのです。喋る人はほとんどいないし感染症対策もしっかりしているから大丈夫だとは分かっていても、自分の家か全く人のいない山の中でもないかぎり、人とふれあう可能性のある場所で無心に絵を見ることができないように思います。常に近接する人との距離や行動に気を取られてしまうのです。神経質なのかもしれませんが、何かあった時に誰も助けてくれる人がいない身には自衛の防御力を更に上げるしかないのです。
そんなことを考えなくて良かった最後のチャンスが2020年冬に開かれた「ハマスホイとデンマーク絵画」。まだハンマースホイ表記だった前回の美術展で受けた衝撃をさらに越えてきました。曇り空のようなグレーと写実的でありながらやさしい線。通りの縁石さえも柔らかく見える。
「いいよね……」
「いい……」
としか言いようのない展覧会が今年唯一の展覧会でした。その思い出に。