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【世界思想】J.D. バンスが米副大統領候補に ~ 米国社会の「影」を知る者 ~

7月13日、トランプ前米大統領が演説中に銃撃される衝撃的な事件が起こった。その2日後、党大会で正式に大統領候補となったトランプ氏が、副大統領候補に指名したのが39歳のJ.D.バンス上院議員だ。

バンス氏とはどんな人物なのか?指名直後から様々な情報がメディアを賑わせている。しかし、彼について最もよく知る方法は、彼自身が書いた自伝的な著作、『ヒルビリー・エレジー』を読むことだ。

そこには「ラストベルト(主に米中西部の工業地帯で、現在は経済的に衰退している地域を指す)」の貧困白人労働者階級が直面する生々しい現実がつづられている。荒廃した町の崩壊する家庭で育ったバンス氏の前半生の壮絶さには言葉を失う。

2016年にトランプ氏を大統領に推しあげたのはラストベルトの白人労働者階級だと言われるが、バンス氏はまさに、そのコミュニティの中から現れた人物なのだ。

本当の問題は家庭内で起こっている

バンス氏は男性関係が乱れた母親のもと、「父親」がめまぐるしく入れ替わる家庭で育った。母親自身も薬物に溺れ、警察沙汰も起こした。実父宅や祖母宅などを転々として住居も定まらず、成育環境は最悪というほかない。

しかしながら、彼自身は、厳しくも愛情深い祖父母をはじめ、多くの人々の助けによって成功をつかむことができた。海兵隊からイエール大学に進学。弁護士となり、幸福な結婚もした。遠ざかっていた信仰にも歩み寄り、2019年にはカトリックの洗礼を受けている。

彼は自らのコミュニティが抱える悲惨な現実に、魔法のような「解決策」は存在しないと考えている。問題は「家族、信仰、文化がからむ複雑なもの」だからだ。「効果的な政策を打ち出すには」「本当の問題は家庭内で起こっている(あるいは起こっていない)ことにある、という事実を認識しなければならない」と彼は言う。

無慈悲な現実を直視する

バンス氏の政治経験は浅く、外交・内政ともに、その手腕は未知数である。しかし、米国社会が抱える病理を内側から体験してきた彼の眼には、既存のエリート政治家には見えない、問題の本質が見えているのかもしれない。

最近の日本では、教科書にすら「多様な家族」というフレーズが氾濫(はんらん)している。しかし、『ヒルビリー・エレジー』が突きつけるのは、崩壊する家庭や地域で育つ子供たちが、どれほど深い傷を負い、人生を狂わされているかという無慈悲な現実だ。

わが国においても、本当の問題は「家庭」にある。子供の最善と国家の未来のために、現実を直視する勇気が必要だ。

※世界思想2024年8月号『談論風発』より
https://heiwataishi.online/archives/8311

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