年の功 vs 若いオタク

 先日、ある友人の伝手で若い鉄道オタクと話す機会があった。
近頃の若いオタクともなれば、イキってトラブルを起こしてみたり、ずいぶんと公衆に迷惑をかけるような輩を警戒しがちであるが、私が話した相手はそんな片鱗はない良識のある若いオタクであった。

 しかしオタクたるもの、何かしらマウントを取ってなんぼである。このSNS全盛のご時世は、知識マウントにおける経験の差を大いに縮めてしまった。年の功に胡坐をかき、若いオタクだからと舐めてかかると赤っ恥をかいてしまうのは自分である。
 ここは一つ、慎重に相手の出方を見て、会話の触りから力量を見極めて適切な受け答えを出来ないと、逆に舐められてしまう。まずはコミュニケーションからだ。最初の話題は相手に任せてみよう。

 かのオタクが持ち出してきたのはプラレールであった。
なるほど、プラレールとはまた強い手を打ってきた。子供用の玩具とはあなどることが出来ないそれはそれは深い領域であるのだ。ビンテージもの、レアも…。さらに腕が立てば改造プラレールや自作プラレールで製品化されていない形式すら俎上にあがる上級者向けの話題だ。

 彼は一度自分の部屋に戻ると、現物を持ち出してきた。
こいつはエビデンスを提示するタイプのオタクだ!

 自らの知識をきちんと物証で固め、議論に説得力を持たせる自信があるタイプのオタクの行動だ。
いや、もしかすると単なるハッタリかもしれない。
気を抜かず彼が持ち出してくる車両を注視する。

ちらりと見えたネイビーブルー。窓とドアが交互に配置されている車体が視界に入れば、それが相鉄(相模鉄道)の電車12000系であることが分かる。昨今の直通運転の拡大により首都圏全域に相鉄でブランドイメージの旋風を巻き起こした「分かりみ」が強い車両だ。

 初手からプラレールの話題を提示し、さらに相模鉄道を持ち出してくるとは……
このオタク、相当な手練れである。
 正直言ってこのプラレールそのものは、今でも買えるレアものではない。
しかし大手私鉄最小規模の相鉄の看板車両の話題を初対面の相手にセレクトするそのセンスは充分にレアである。
 更には本当にレアになりがちな従来車ではなく、直通運転でそれなりに広い区間を走る車両を持ち出すことで、相手に対して沿線住民ではないという逃げ道を塞いできた。
 きちんと相鉄という比較的地味な私鉄に対して、私自身が正確な知識・見識を持ち合わせているかが問われているのだ。
 だがここで飲まれてしまう訳にはいかない。

 まずはこの若いオタクに敬意を表し、歩調を合わせてみよう。
 「最近、この車両もいろんなところで見かけるようになったけど、具体的にはどこを走っているんだっけ?」
 どこを走っているかなんて私は知っている。しかし相手を立て、まずは基礎知識の確認を通じて、相手の力量を見るための誘いに過ぎない。
 彼はこう言った。
「海老名、湘南台、そして池袋」と。
 ほうほう、分かっている。
自社(相鉄)線と、直通先の埼京線の運用範囲も的確に答えてきた。
 だが、一つ抜けている。
「ずいぶんと広い範囲で走っているんだね。でもそれだけかな?」
 少し意地の悪い聞き方かもしれない。
しかし彼は私の言わんとすることを秒で察した。
「あ、横浜!」
 ご名答。
 相鉄のターミナル駅たる横浜駅も当然上げられなければならない。
しかしここであっさりと引き下がってしまってはただ私が負けてしまうだけである。
相鉄のプラレールという強い一手に圧倒されかけているのは事実だが、ここからが本当の私のターンだ。
 「確かに横浜もだが、厚木を忘れてはいけないよ。相鉄は厚木に車庫があるからねぇ」
 私の一手が決まった。
若いオタクは、厚木線の存在までは知らなかったようで私の一言で知識のアップデートが果たされた。万一、厚木線が答えられていたとしたら、次に私は笠戸と答えるつもりまであった。甲種回送を保険に隠していたが、まだ温存できるようだ。

かくして第一ラウンド相鉄プラレールバトルでは辛うじてマウントこそ取れたが、このオタクは中々に油断がならない。
沿線住民でもないのに比較的話題に乏しい相鉄線について正確な知識を持っているのだ。

 続いて彼が持ち出してきたのは東京メトロの17000系、副都心線を走る新車だ。
そしてこう言ったのである。
「最近これに乗った」と。

 正直に言おう。私は東京メトロ17000系にまだ乗れていない。
有楽町線にも、副都心線にもあまり乗る機会がないのだ。
 つまり私の負けだ。
素直に敗北を宣言する。
「いいですね。私はまだこの車両に乗ったことがないので、乗ったことはある君が羨ましい」
(ついでに運用範囲の話になり、先の甲種回送のカードを切ったが、これは私の反則負けだろう。なんせ通常の運用範囲からは逸脱しているからだ)

 ここまで1勝1敗。
続いてスマホの写真勝負だ。
まずはひっかけから。

 過日、大韓民国の大邱周辺で営業運転開始を待つKORAIL(韓国鉄道公社)の通勤型車両392000型の写真を見せる。4扉のステンレス車両であるが、なるべく日本の地方私鉄車両に見えそうなアングルのカットを選んでミスリードを誘う。
さあ、若いオタクよ。この老獪なオタクである私が仕掛ける罠を見抜けるかな?

「これは外国の電車だ」
即答である。
写真を一瞥した瞬間の即答である。
つまりは私の大敗である。
外国車両でマウントを取ろうとした私の企みを一目で喝破するその慧眼を以て、姑息な罠を見事に踏みつぶして見せたのだ。

このオタク、中々やりおる……。

韓国の車両については少し検索すればすぐに情報が出てくる。
インターネットの記事を読めばすぐに知識量でも追いつかれてしまうことだろう。

だが、彼も慢心したのだろう。自らオウンゴールを決めたのだ。
それは韓国の前に訪問した台湾の写真。

莒光号に増結された行李車(荷物車)を見て「快速 海峡だ」と述べたのである。
ざーんねーんでしたーーーー!!!!!!
これはーーーー!!!
台鉄(台湾鉄路局)ですぅぅぅーーーー!!!!!

私は大人気もなく嬉々として彼の間違いを指摘したのである。

これで2勝1敗となり、私の勝利である。
しかし同時に私は気付いたのだ。
私が話す内容を、彼はきちんと知識に基づき理解している。そして対等なレベルで話を打ち返してくる。

 私は確信した。
 今、目の前にいる若いオタクは、こと国内の鉄道に関して言えば私とほぼ同等の知識を持ち、さらにはこれから接するであろう情報をきちんと咀嚼し、理解するだけの知性がある強いオタクであると。
今でこそ年齢差でマウントが取れているが、程なくして巻き返され、追い抜かれてしまうことだろう。
よき好敵手(ライバル)となり、戦友となりうるオタクになりうるに違いない。

 しかし振り返れば今日は実に実のある会話となったではないか!
私もそれなりに歳を取っているが、この若いオタクと対等にこんなにも長い間話尽くせたということは、まだまだ若い感性が残っているということの証左だ。

 私は敬意を込めてその若いオタクに尋ねた。
「君はいま、何歳で、一体何をしているんだい?」

 彼はハキハキと答えたのだ。

 「5歳!明日は幼稚園行く!」


生活が苦しい