笑いへの奮迅と相方への献身「宮下草薙の不毛なやりとり」

一言で言えば、「宮下草薙公式ファンブック」。

お笑い芸人コンビ「宮下草薙」の宮下さんが執筆する連載記事「不毛なやりとり」の再録と描き下ろしに加え、個別インタビュー、コンビでのインタビュー、先輩とのグループインタビュー、相方の草薙さんが描いた四コママンガ、正装や和装のグラビアなど、予想より遥かに盛りだくさんの内容だった。

言葉だけ聞くと、まるでアイドルのファンブックかのようだが、それでも何となく排他的な雰囲気が漂っているのが、宮下草薙のお二人の本らしさだなという気がする。
どちらかといえばライト層よりコアなファンが楽しめるような一冊だと感じた。

 

個別インタビューでは、お二人が芸人になるきっかけの話や、養成所時代の話、コンビを組むきっかけ、不遇な時代から人気が出た今、これからのことについて、それぞれ語っている。

ファンである私にとっては、以前からメディアでぶつ切りに聞いていた内容が多いが、改めてインタビュー記事になることで一連の流れを追え、所々に初見の内容があるのが、点が線になる感覚でとても面白かった。

そして、お互いの才能への絶対的な信頼感がすごい。
個別インタビューの部分は、お互い本が発行されるまで読んでいないらしいので、読んだ後のお二人の感想もどこかで聞いてみたい。

 

今回のメインである「不毛なやりとり」は、元々は宮下さんが草薙さんとの普段のやりとりが漫才のようで面白いと、その会話をツイッターに掲載したことがきっかけで、TV LIFEで連載が始まったものの再録である。

執筆担当の宮下さんは、読書家ということもあり、書き流す文章がとても読みやすい。会話文を洗練させた本編はもちろんのこと、その前のイントロ部分は、さらっと声に出して読みたくなる、リズム感のある言葉運びだ。ピン芸人時代に漫談をやっていた宮下さんの語り口調が、脳内で容易に再生できる。

肝心の「不毛なやりとり」本編は、宮下草薙の日常会話、というスタイルだが、これはあくまで「宮下さんのフィルターを通した草薙さんとのやりとり」であり、宮下さんが草薙さんのどういった部分を面白いと感じているのかを垣間見ることができる。

そして、宮下草薙にとって怒涛の2019年であったであろう、掲載期間の一年の間に、会話の内容やコンビ間の関係が少しずつ変化していく様が見えるのが面白い。
後半の方では、時折どちらが誰のセリフが分からなくなるくらい、感性がシンクロしているように見えることもある。

 

あくまで私感だが、

・宮下さんは「肯定的な言葉を額面通りに受け取る素直な人」
・草薙さんは「肯定的な言葉に一旦猜疑の目を向ける慎重な人」
・宮下さんは「明確なビジョンを持ちコツコツ積み上げる努力家タイプ」
・草薙さんは「瞬発力と天性の閃きで場を切り抜ける天才肌タイプ」
・宮下さんは「独自の理論と分析で状況を判断し、冷静に問題解決する人」
・草薙さんは「自分の感情を大切にし、他人の気持ちに寄り添える人」

一見真逆と言ってもいい二人だが、本質的な部分で「面白い」と感じる部分が似ている。

そして宮下さんだけでなく、草薙さんも実は我が強い。
二人きりでいる時の会話やインタビューでは、テレビではそこまで強調されない、草薙さんの我の強さに宮下さんが翻弄される面が見られて面白い。

あれだけ「尖っている」と言われた宮下さんを振り回せる草薙さんも、その草薙さんをなだめ、世話を焼き、時には力技でねじ伏せる宮下さんも、お互い唯一無二の存在であろう。

 

バラエティ等で時折見せる、宮下さんの「痛い」と言われる言動、草薙さんの癇癪や奇天烈な言動を、お互いが理解し合い、時には突っ込んで笑いに変え、時には「しょうがねーなー」と受け流す様は、排他的であり、お互いが一番自分らしくいられる関係でもある。

これは他のコンビ・トリオにも言えることだが、排他的な部分が替えの効かない「味」として、良くも悪くも視聴者の心を動かす部分でもあると思う。

強烈な個性を持つ二人が出会い、激しくぶつかり、トゲを削り合って、いつしかお互いとしかいられない形になっていった。
紆余曲折を経て宮下草薙がかけがえのないコンビとなった、その集大成の一冊といえる。

 

この本のインタビューだけでなく、日頃のメディアで、二人は常々「草薙を世に出したい」「宮下の夢を叶えたい」という旨の発言をしている。

養成所時代から既に注目を集めていた孤高のピン芸人・宮下兼史鷹が、唯一「自分より上」と認めた草薙航基という未知数のポテンシャルを秘めた芸人を活かす為に、「じゃない方」になる覚悟で結成した「宮下草薙」。

それによって失った未来もあったかもしれないが、それでも草薙さんに賭けた宮下さんの献身と、そんな宮下さんに芸人としての自分を引っ張り上げてもらえた感謝を胸に抱き、宮下さんの芸人としての夢を叶える為に頑張るという草薙さんの献身。

お互いの為に笑いに獅子奮迅することが、回り回って自分達の幸せにつながるのだから、こんな幸せなコンビはなかなかないだろう。

 

冒頭で「どちらかといえばコアなファン向け」とは書いたが、今後宮下草薙がバラエティ番組で欠かせない存在となり、冠番組を持ち、今以上に多くの支持を得られる芸人となった時に、新たにファンになった人達が読むと「こんな時代があったのか!」という新鮮な発見があると思う。

宮下草薙というコンビが全力で駆け抜けた、2019年という1年を語り継ぐこの一冊を、今後も末永く書店に置き続け、時代を超えて多くの人に読み続けてほしいと願っている。


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