見出し画像

【短編小説】続々私刑執行人ツヨイちゃん #7 VS秩序(前編)

 私の話をします。

 昔々、あるところに何もないがありました。
 あるところ、はあるところです。

 いやいや、結局どんなところなのか、どこまでなのか分かりません。

 じゃあ、ここからここまではあるところとしましょう。――そんな定義が、漂う物質の配置でなんとなく決まりました。歪な円を描くようにそれらは適当に四方八方に散らばっています。水平に見ても、垂直に見ても、二次元的に見れば円であり、三次元的に見れば形は整っていなくとも球形に見える何かです。

 それらの物質は何で出来ているかは未だにすべてが明らかになってはいませんが、後から出来た概念では岩石、大きくなれば隕石、小惑星、惑星……そんな風な名前が付いていきます。

 名前が付いた物質たちはそれぞれが引かれ合ったり反発するような現象を引き起こし、やがて一つの大きな――惑星に該当する球に成っていきました。
 更に、各々の衝突によるエネルギーの変化などによって砕け散った成分たちが複雑に干渉し合い、降り注いだり、それが表面に蓄積されたりを繰り返して、これまでにない物質の状態を生み出しました。

 ここからここまではなんちゃらという物質です、と説明できなくなってしまったので、液状の広がりを海という環境と名付けて説明し、固まって海とは別れているものを陸、海にも陸にも属さず漂うものはそれらとの境界として空と名づけられました。

 陸海空、それぞれの領域に存在している物質たちはランダム的に動き回り、やがて不安定な状態を脱するために結びつくものが増えてきました。結合しては離れ、また結合し、そんなことを繰り返して、やがて自発的に周囲の物質を取り込むものが増えてきました。――後に生命と呼ばれるものです。

 生命は折角できた自分の安定した姿を継続するべく、それぞれの特性を活かした体の継承形態を取っていきました。また、陸海空に散っていきます。植物、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類――今ではそんな風に呼び名を付けて分けられています。勿論もっと小さな、所謂微生物というものもいます。

 そんな中、すべての生命の継承――交配を司り、生命でなくとも物質の結びつくすべてをコントロールしようとする生命が現れました。

 その生命の総称を人間。人間の中には更に取り分け万物を操る能力を持つ種類の上位的存在――神様がいました。

 神様は自分に近しい存在を目指す弟子たちを天の使いを意味する天使と名付け、修業を積ませました。世界とは何か。我々はすべてを司ることでどこへ向かっていくのか。葛藤させながら、創造主たる思考や能力を養っていきます。

 こうして一部の人間は陸で発達した人間を取り残し、天に飛び立ち、世界を俯瞰したのです。

 ――さて、前座はここまで。そんなある日、一人の天使である私は神様に問いかけた。

「何故、我々が世界を司るのか? 祖である貴方は何を考えて始めたのですか? 私たち天使は常に葛藤していますが、答えはあるのでしょうか?」

「いい問いかけです。私は貴方たちに先駆けてこの世界に――所謂知恵を持って誕生しました。初めは漠然として存在し、ただ継承だけを目的に生きていたのですが……その時の世界の有り様は非常に残酷でした。生命と生命がお互いの都合のために消費し合う。そこにはそれぞれの都合などありません。これは、果たして好ましい状況なのか? 私はそう考えて、秩序というものを作り上げたのです」

「秩序。それはそれぞれに神様として役割を与えて、生命の継承の均衡を保つ環境作りと捉えてよろしいでしょうか」

「そうです。君は素晴らしい発想を持っていますね、大変喜ばしいことです」

「神様。しかし、私は思うのです。鳥は空を自由に飛び回り、魚は泳ぎ回り、陸ではトカゲや我々が駆け巡る。そこに不都合があれば当事者同士で解決すればいい。我々が間に挟むことは野暮なのではないかと」

「その物の見方も確かにあります。おっしゃる通り。ただ、その野暮があるのと無いのでは全体を見た時にバランスが大きく変わるのです。例えばどれか一つの種族がこの生命の星をすべて統一するのは、不公平だとは思いませんか? 自由に飛ぶ鳥だけが支配し、泳ぎ回っていた魚はすべて死滅する。そんな世界はおかしいと、私は考えたのです」

「なるほど。深い考え、とても納得いたしました」

 この先は神様には言えなかった。
 もし私たちが数ある生命の中で、一つ上位にあってそのバランスを司れるとすれば、それはすべての世界を手にしているのと同義。

 ここからは私の我儘。

 空を飛び、自由に泳ぎ、陸を駆け巡るも、やはり我々がすべて自由にできる環境を目指したうえでバランスを取るべきだ。

 ――それに、行く行く神様が一人になるとして、誰がそれを担う? それぞれの価値観が違った時、世界は私色に染まるのか?

 それからの私は神様のこれまでの叡智を結集させた書と術を習熟し、天使の中でも大天使と呼ばれるようになった。

 他の天使は常々、感心の目を向けており、その能力は他の追随を許さなかった。

「なあ、やっぱり次の神様になりたくてそこまで頑張ってるのか? 凄いなお前」

 同胞のそんな言葉に私は笑顔で頷いた。

「神様の考えは深い。少しでも近づきたい」

 そして、究極の万物生成術を習得したとき――私はすべての書を処分して、二番手三番手と修業を積んでいた天使たちを滅した。

 そのうち、私の考えに賛同するもの――自由を求める天使たちを術などのノウハウをすべて封印することを条件に引き連れて行きました。

「何故あなたほどの天使が、こんな荒唐無稽なことをしてしまったのですか?」

 天界に混乱を来した私を追い詰めた神様はそう問いかけた。

「……自由。私はすべてに平等な自由を与える神になりたかった」
「それは私の次に行えばよかったはずです。同胞を殺してまで、貴方は何がしたいのですか?」
「彼らは不自由でした。天使という立場に甘んじて、まるで考えていない」
「到底理解できません。結果的に他の自由を奪っている貴方はおかしくなってしまったのですね」
「それもまた私の自由です。――自分が自由になりたいのなら、自由は奪うしかない。ただそれだけのことだ」
「愚かしいことこの上ない。貴方をこの天界から追放します」

 神様は拡散する不可避の豪風で私を天から追い出した。
 続けざまに雷が直撃し、羽はたちまち焦げていった。
 生成の術が効かないほど、羽の細胞はズタズタで、ただただ墜落に身を任せるしかなかった。

 長い落下距離の最中、私は自由を求めた仲間たちが集うことを願い――そして、このまま死なないように防御に徹した。

 例え地に落ちても、また新たな自由を求める旅が始まるだけ。

 増えて、増えて、継承し、その結末を地から天に伝えて。私はいつかもっと偉大な自由を束ねる存在になる。

 束ねる、なんてもう矛盾か。私は私だけが良ければいいだけか。

 心のざわつきは収まらず、いつか答えを見つけよ。私の継承たち。

 私は地に伏すことになってしまったけれど、天で身に着けたすべては無駄ではない。

 確実に強い、武器となるだろう。

 前に進め。

 私は強い。

<続>


 

 

いいなと思ったら応援しよう!