![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9992252/rectangle_large_type_2_eae6c8bbaac91c230f241049813903a5.png?width=1200)
記憶に色濃く残るのは、ハッピーじゃなかったバレンタイン
2月14日。昨日はバレンタインデー。
何もするつもりがなかったのに、仕事で新宿に出てきてしまったので、帰り際に小田急の催事でチョコレートを3つ購入。昨夜の次男の「チョコレート、食べてみたいなあ……!」というキラキラお目めを思い出してしまったのだ。食べたこと、あるくせに。我が家のあざといボーイめ。
果たして夫へのチョコレートは本命なのか義理なのか……とぽやぽや考えながらレジに並んだ。ここ数年、バレンタインはなきものとされていたので、久しぶりのバレンタインなのだった。
幼児と小1男児用には駄菓子レベルで充分だろうに、わざわざ買いに行くのが面倒だからとついでに買ったチョコレートはひとつ700円くらい。味わうことを知らない子ども用にしては高級だ。きっと1日で食べてしまうような気がする。
◇
バレンタインで思い出すのは、はじめてあげようと思って結局あげられなかった小3の頃のことと、毎年母と一緒に父に作っていたトリュフチョコレートと、はじめて渡せた高1の頃のことだ。なお、高1の頃は渡せたけれど、結果として「うまくいった」わけではない。うん、まあ、そんなもんです。
小3のバレンタイン。買いに行った店の人混みの雰囲気も、買ったチョコレートも、ぜんぶ憶えている。甘酸っぱいなあと思いもするけれど、微笑ましい淡い想い、みたいな感情ではなく、ませすぎていたのではと思うほどの本気具合だった。だからこそ、くじけて渡せなかったのだ。好きになりすぎると臆病になるのは、いくつになっても変わらない。
高1のときも生きるか死ぬかレベルでメンタルが大変なことになっていたのを憶えている。結果、もうひとり当時親しかったクラスメートの男子生徒にも渡すことで何とか渡せたのだった。カモフラージュにされた彼にとってもわたしはただの親しいクラスメートだったから、別に失礼ではなかっただろうけれど、それにしても臆病だったなあ。
職場で「女子から集金して男性に義理チョコをあげます」イベントがあったとき以外、わたしは義理チョコをあげたことがないことに、ふと気づいた。(父は除いて)友チョコはやりとりしたことがあったけれど、あくまでもわたしにとってのバレンタインはずっと恋愛イベントでしかなかったのだなあ。
◇
それにしても、いまだに毎年父に作り続けている母はすごいなあ。数年前からチョコレートではなく、父のリクエストで抹茶を使った和洋折衷ケーキになったようだけれど。
バレンタインについて書く気なんかさらさらなかったのに、買ってしまったがために、帰宅する電車内でつらつらと書く。はたして、我が家の男衆は喜ぶのだろうか。息子が喜んでくれるならそれでいいやと思うあたり、わたしもすっかり男児の母になったのだなあ。
ハッピーバレンタイン。
いいなと思ったら応援しよう!
![卯岡若菜](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/4575478/profile_6c32b4c44fab302df9cff1bb73498e1d.jpg?width=600&crop=1:1,smart)