「いい」と思うからこそ、やたらと「いい」と言えない人のお話
所属しているWasei Salonの忘年会に参加した。サロンメンバーも含め、一次会は総勢70人近く。二次会も30人くらいいたのかな。少人数になったはずなのに、全員とは話せないくらいたくさんの参加者がいる会でした。
大人数の場は苦手ではないけれど、「話す」を目的とするならば得意ではない。けれども、今までに話したことがある人がいた、という前提はあれど、予想外に色々話せた有意義な時間を過ごせた。
そのなかで、「私にとってとてもとてもいいサロンなのだけれど、それを全面押しにはできなくて」という話をした。二次会でのことだ。人に話したのは初めてだったのだけれど、相手に「わかる」と言われて、そのことがとても嬉しかった。
この「全面押し」というのは、わたしにとって、主にTwitterでのことを指す。そして、あまりにも主観すぎて、果たして伝わるのか、理解してくれる人がいるのか、不鮮明すぎるという思いがあった。
たとえば、「わたしにとっては」Wasei Salon、むしろサロンで出会った人たちは心地よく好ましい人たちなのだけれど、それはあくまでも「わたしにとっては」だ。当たり前だけれど。
「わかる!」となる人は、何かしらWasei Salonとすでに親和性があるはずで、そうした人は、むしろわたしの言葉がなくとも吸い寄せられるものがあると思うくらい、そもそも最初に提示されたサロンの言葉に力があると思っている。
わたしはWasei Salonに参加している。けれども、参加しているひとりに過ぎない。うまい言い方がちょっとなかなか思い浮かばないのだけれど、今のわたしの立場(一参加者)で無闇矢鱈と「いいサロンなんです!」「最高!」と言うのは、本心なのだけれど躊躇がある。無闇矢鱈と賞賛することで、部外者から宗教のように捉えられたくない、のがその理由にあるのだと考えている。そのような場ではまったくもってないから。まあ、考え過ぎ、捻くれていると言われてしまえば、そうなのもしれないけれど。
……と、そんな思いを吐露した忘年会、二次会。「わかる……」と言われて、「わああ」となった次第です。
わたしにとって、Wasei Salonはとても実りある場だと思っている。それは心から本当のことで、だけどそれを「最高!!」とベクトルを外向け主体にして発信するのが、そもそもわたしには向いていないのだろう。うーん。これで果たして言わんとするところが伝わるのかな。(一応アルコールが体内にいる状態で書いております、はい)
漠然とした「最高!」より、「こんな場がある」「こんな話ができる人たちがいる」といったことの方が、メンバー外の方に対して言えることだなあ、と思う。誰かに伝えたいのではなく、勝手にわたしが言葉にしたいだけだけれど。(要するに自己満足の独り言なのです)
つまるところ、宣伝したいわけではないんだな。PRしたいのではなく、ただただ日記のように「こんな時間が過ごせて楽しかったなあ」と言いたいだけなのかもしれない。“ジョイン”とか“コミット”とか、カタカナ語はよくわからないけれど、ふわりといることを許されていて、出会うなかで「うわー!好き!!応援したい!!」な人を応援できる、そしてそうした属し方ができることが、わたしにとって適しているんだろうなあ。
大人数にも関わらず、何ともいえない安心感がある忘年会でした。皆さま、どうか良いお年を。
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