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「天才作家の妻」とわたしの祖父母と。

母の実家に帰省すると、夜はいつも酒盛りだった。祖父母はともに酒に強くて、母が子どもの頃から晩酌が恒例だったらしい。

母も酒には割と強い。そして、わたしもどちらかというなら強い方だ。

たくさんの刺身やカニ、寿司を食べ、満足したところで妹とトランプをしたり絵を描いたり。祖父母と両親は引き続き酒を飲みながらわいわいと盛り上がっている……というのがいつもの光景だった。

たいがい、飲みすぎて酔っ払った祖母が祖父に対する文句を言い始める。どんどん饒舌になっていく祖母を祖父が笑いながら宥めにかかるのが、酒盛りのクライマックスだった。

祖母の悪酔いが始まると、婿である父は居心地が悪くなるのか、わたしたちの元へ逃げるようにやってきた。「父さんも絵、描いたるわ」そう言いながら描いたヘタウマな絵。キャラが変わったように大きな声で文句を言う祖母と、いつも通りの祖父。わたしが小学校中学年に上がるくらいまでのことだ。

祖父母は、どのような夫婦だったのだろう。両者とも今も健在だけれど、ふたりはどのように歩んできたのだろうーーそんな思いがずっとある。

祖父は穏やかで、わたしの目から見ると亭主関白感のない人だ。祖母を抑圧していたようにも思えない。ただ、お調子者なところがあるから、祖母は祖父の気まぐれに振り回されていたのかもしれない。

お酒の席で祖母が爆発したきっかけで憶えているのは、「おばあちゃんもお酒強いよね」というわたしたち孫の言葉だった。「強くさせられたんだわー!」と祖母は不満そうに言った。「おじいさんが毎日飲むもんで、付き合わされて強くなってしまったんだわ」。

わたしたちが怒鳴られたわけではなかったから、嫌な思い出として残っているわけではない。ただ、いつも大声を出したり饒舌に喋ったりしない祖母の違う姿にはびっくりした。

別の場で父にそのことを話したとき、父は「ああやって爆発することでうまくガス抜きしてるんやろう」と言った。「おじいちゃんもわかってて飲ませてるんとちゃうか」とも。

母曰く、祖母はそれはもう厳しい母親だったのだそうだ。酔ったときの様子を見ていても、恐らく本来は気性が激しい人なのだと思う。そして、同じくらい理性が強い。

戦争の影響で満足に教育の機会を得られなかった祖母は、もし学校に行けていたらさぞかし優秀な人だったのではないか……と母から聞いている。確かに、理知的な人だと感じる。理性が強く賢い人だからこそ、感情を生のままぶちまけることがなかったのではないか。そんな風にも思う。

祖父は昔から陽気な人で、人当たりがとてもいい。子どもが好きで、退職後にはマンションの管理人として住人の子どもと関わりながら長く働いていた。「自分の体が動けるうちは働きたい」と言っていた祖父が仕事を辞めたのは、祖母が体調を崩したときだった。

状態が良くなったり悪くなったりする祖母とともに、今もふたりで暮らしている。家事のすべてを祖父が担い、別々だった寝室はひとつになった。

足腰が悪くなった祖母の腕をとり、祖父は祖母と同じペースでゆっくりと歩く。昔は先々歩いていっていた祖父が祖母と連れ立って歩く姿は、ふたりが積み重ねてきたものを表しているように見えた。それは「夫婦愛」とひとことで言えるものではない。じゃあ何と呼べば適切なのかと問われると、うまい言葉が見つからない。やっぱり、さまざまな感情を孕んだ愛なのかもしれない。

わたしが次男を妊娠しているとき、祖母の症状が重くなった。糖尿の値が大きくなったせいで、一時的に認知症のような状態になったのだ。自宅近くの病院に入院している祖母を長男と両親と見舞ったとき、その変わりようにわたしはショックを受けた。

この入院中、娘である母のこともいまいちわからなくなっていたなかで、祖母は夜中に病院を抜け出した。祖父のいる我が家に帰ろうとしたのだ。

祖父に酒の力を借りて文句を言っていた祖母。慎ましく祖父を支える妻でありながら、言えない不満を抱えていたのだろう祖母。祖父母の交わす会話から感じられる雰囲気は、仲の良さというよりも、お調子者の祖父を半ば呆れながら窘める祖母といったものだった。

だけど、ふたりの間には、孫のわたしにはわからない関係性があるのだろう。病室を抜け出した祖母の話を聞きながら、そう思った。

「天才作家の妻」という映画が公開されている。祖父母はこの映画のような秘密を抱える夫婦ではないけれど、時に子どものような夫と呆れながら面倒を見る妻の姿が、祖父母の姿に重なった。

映画についてはブログにも書いているので、読んでもらえたらうれしい。妻役のグレン・クローズの表情による演技がリアルで素晴らしい作品だ。


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卯岡若菜
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