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どこまでも“暑い”語彙

 -京浜国道は残暑の日盛りにまるでフライパンのように焼けていて-
 社会性の濃い風俗小説の先駆者で知られる石川達三の名作『日蔭の村』に出てくる一節だ。舞台は昭和初期の奥多摩湖。小河内ダム建設の真っ只中だ。数多の文学で描かれてきた、ダム建設で村が沈む哀しみのような展開には走らない。彼の淡々とした文体で、不誠実な国の対応により生活が立ち行かなくなる村人の苦しみを描いたものだ。
 この作品の特筆すべき点の一つとして、豊かな暑さの語彙表現が挙げられる。冒頭の一節の通り、彼は残暑の暑さの度合いをフライパンに喩えた。食材を焦がすかのように伝わる熱の様子は、真夏の路上で暑さに苛まれる、まさに我々人間のようだ。

1.今年の立秋

 埼玉県熊谷市を始め、全国6カ所で気温が40度を超えるなど、今年は稀に見る暑さに見舞われた。どこもかしこも、まさに強火で熱されたフライパンのようだ。
 そんな中迎えた立秋。秋が立つと書くが、涼しくなるという訳ではなく、寧ろ夏の暑さが極まり、秋に向け季節が移り変わり始める日だ。つまり暦のうえでは立秋が夏の暑さのピークであるとされ、立秋の翌日からの暑さは「残暑」とされる。

2.語彙の宝庫へ

 まだまだ続く暑さの知らせ。ニュースでは連日、“焼けつくような暑さ”や“熱中症レベルの暑さ”と報じられる。そこには暑さの度合いをより鮮明に表そうとする気概が見受けられる。それは今に始まったことではない。ひとたび辞書をめくると、そこは暑さの語彙の宝庫だ。
 たとえば、日中の最高気温が35℃以上の日を表す「猛暑日」。猛の字は“ののしる犬”を表しており、“たけだけしい“や“きびしい”の意味がある。その俗称とされるのが「酷暑日」だ。
 同じ程度を指す表現に「激暑」もある。激の字は“水“と“たたく“の象形から成り、「程度が普通の状態をはるかに超えている」という意味を表す。ちなみに気象庁によると、30度以上の日を真夏日、25度以上の日を夏日という。
 その他に「炎暑」や「極暑」が挙げられるが、どれも読んで字の如くだ。止まることを知らない暑さと、その度合いを言葉に表そうとする人々の気骨の二人三脚によって、これらの語彙は生み出されてきたように思える。

今年7月下旬、自身のスマホで撮影した空。
どこまでも暑かった。

3.どこまでも“暑い”語彙

 『日蔭の村』の発表から、今年で84回目の夏を迎える。もし石川達三がこの夏を味わったら、彼はどのようにこの暑さを表すのだろうか。フライパン、蒸し風呂、地獄の釜、、、どこまでも“暑い”語彙は、この先の限りない暑さと共に姿を表すことだろう。
                    1,023字
                 2022年8月7日

〈出典〉
▽『日蔭の村』の一節
https://hyogen.info/content/215912666
▽石川達三『日蔭の村』について
https://bookmeter.com/books/187791
https://nostalz.exblog.jp/13478747/
▽立秋について
https://skywardplus.jal.co.jp/plus_one/the_firstday_of_autumn_/origin_and_culture
▽ 「猛暑」「酷暑」「激暑」「炎暑」「極暑」の意味と違い
https://business-textbooks.com/mousho-kokusho/#toc-2
▽気象庁による真夏日と夏日の定義
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq3.html

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