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詩ことばの森(289)「秘密のお堂」
秘密のお堂
夏になると 僕は故郷を思い出す
故郷といっても 僕の生まれた場所ではない
そこは祖父母の村だった
少年のころ 夏休みのたびに
山間の小さな村で過ごした
山と川と畑しかない
人とすれ違うこともない 静かな山村だった
村の一角には 小さなお堂があって
僕はそのお堂のなかが 見たくてしかたがなかった
そこはいつも鍵が閉まっていたから
どこか秘密のにおいがしたのだ
ある日 どういうわけか お堂の扉が開いてあった
なかを除くと 赤い布が天井から下がっていて
薄闇の奥には 黒い仏様が座っておられた
お顔はよくわからなかったが
片方の手で 頬杖をついたまま
なにやら じっと考えている様子だった
翌日には もうお堂は閉まっていた
僕は祖父母に お堂をのぞいたことは言わなかった
見てはいけないものをみてしまった
そんな後ろめたい気持ちだったのだろう
あれから半世紀も過ぎて
あのお堂はどうなっただろう
鍵を閉めた暗闇の中で
今でも 黒い仏様は座っているのだろうな
頬杖をついて 考えごとをしていることだろう
なぜだか そんなことを
今でも ふと思うことがある
(森雪拾)