ぼやけたモノクロ画像が鮮明なカラー画像に!?カドテル半導体の力を最大限に引き出す、新たなX線イメージング技術とは - Startup Interview #005 ANSeeN
私たちは普段、自らの目で世界を認識しています。しかし、物体の中身までは見ることができません。物体の中身を調べたい場合に私たちの「目」となるのが、「X線イメージセンサ」です。
X線イメージングセンサーは、物体を通過したX線の情報を画像に変換して、物体の内部を可視化する装置です。工場の生産ライン検査装置や医療用X線画像診断装置、空港の手荷物検査装置など、さまざまな機器の内部で日々活躍しています。
しかし、現在実用化されているX線イメージングセンサーには、モノクロでぼやけた画像しか得られないという大きな問題がありました。
従来よりも高感度・高精細なX線イメージングセンサーを開発して、今まで見えなかったものが見えるようになれば、産業の発展や人々の健康に貢献できるはず。「見えない(unseen)」ものを可視化して、世の中に「安心」を届けたい。そんな思いで新たなX線イメージングセンサーの開発に取り組んでいるのが、本記事の主役であるANSeeNです。
ANSeeNのセンサーに使われるのは、通称カドテル(テルル化カドミウム / CdZnTe)という次世代の半導体材料。カドテルの性能を最大限に引き出すための独自技術が、ANSeeNの強みです。
一方でANSeeNは、「リアルテックファンドの投資先の中でも異彩」とまで言われる独特の社風を持つ企業でもあります。
ANSeeNとは、一体どのような企業なのでしょうか。今回は、ANSeeN代表取締役の小池昭史(こいけ・あきふみ)氏とリアルテックファンドでANSeeNへの投資を担当した木下太郎(きのした・たろう)に、起業のきっかけや技術の魅力、採用したい人物像などを語ってもらいました。
ひょんなことからはじまった、起業家としての道
—最初に、小池代表がANSeeNを創業されたきっかけを教えてください。
小池 2007年にはじまった、大学発ベンチャー創出を目指す国のプロジェクトがきっかけです。
当時、所属していた三村研究室と共同で研究を行っていた静岡大学電子工学研究所の青木徹先生の研究室では、カドテルとよばれる半導体を用いたX線イメージングセンサーの研究を行っていました。エンドユーザがX線・放射線を活用する現場を多数見せていただいたことで、イメージセンサに求められるニーズを感じ、2007年の時点で基礎的な技術は実証できており、X線イメージングが利用される過酷な現場の課題を解決できる技術を社会実装したいという話になり、国のプロジェクトを活用して大学発ベンチャーを起業することになったのです。
そこで、当時修士課程2年の学生だった私に声がかかりました。プロジェクトの担当者として起業の準備を進め、博士課程在学中の2011年、青木教授とともにANSeeNを設立しました。
—なぜ、小池さんに白羽の矢が立ったのでしょう?
小池 おそらく、私が少し「ひねくれた」学生だったからだと思います(笑)。普通の学生は教授の言うことを素直に聞くものなのでしょうが、私はそういうタイプではなかった。もちろん、研究して論文を書いてはいましたが、教授が本当に望むような研究活動はしていなかったと思います。なので教授も、「こいつには研究じゃなくて別の仕事を任せた方がよさそうだ」と思ったんじゃないでしょうか(笑)。
元々一般企業に就職するのはイヤでしたし、かと言ってアカデミアに残って学生を教育するのも自分には絶対向いていないと分かっていました。そういう意味でも、ANSeeNの起業に関わることができてよかったと思います。
—それでは、元々起業したいという意思があったわけではなく・・・?
小池 全くなかったですね。将来のことはあまり考えない性格なので(笑)。
木下 小池さんらしいですね(笑)。
—リアルテックファンドとの出会いはいつだったのでしょうか?
小池 初めてリアルテックファンドの木下さんと会ったのは、起業して5年後の2017年春です。
木下 そうですね。静岡県にゆかりのある証券会社さんの紹介で、ANSeeNを知りました。小池さんから技術内容を聞いて調べるうちに、これは未来を変えるすごい技術だと確信しました。知り合ってから数カ月後に、早速1回目の投資を行いました。その後、2018年にも2回目の投資をしています。
化合物半導体の能力を最大限に発揮させる、ANSeeN独自の技術
—ANSeeNは、新しいX線イメージングセンサーを開発していると聞きました。従来のセンサーにはどのような課題があったのでしょうか?
小池 X線を使って物体の内部画像を取得する「X線イメージングセンサー」には、これまでSi(シリコン)やシンチレータ(X線を可視光に変換する素子)などの受光素子が使われていました。これらのイメージングセンサーは、医療用X線画像診断装置や生産工場での検査装置などに使われています。
しかし、従来のセンサーでは白黒でぼやけた不鮮明な画像しか得られませんでした。また、使用時にセンサーを冷却水などで冷却する必要がある点や、被ばく量が多くなる点も課題でした。要するに、「手間がかかって危険な割にクリアな画像が得られない」装置だったのです。
これらを解決する新たなセンサー材料として近年注目されているのが、ANSeeNでも扱っているカドテルです。カドテルをセンサーに使えば、従来より少ないX線量でより鮮明な画像が得られます。被ばく量も少なくなりますし、装置を冷却する必要もありません。
このように、カドテルを使用したX線イメージングセンサーには大きな可能性があるため、現在さまざまな企業や研究機関がカドテルの研究を進めているのです。
—カドテルを使えば、従来より高性能なX線センサーができるんですね!多くの企業や研究機関がカドテルの研究を行っている中で、ANSeeNの独自性や優位性はどこにあるのでしょうか?
小池 よくぞ聞いてくださいました!ANSeeNは、カドテルの可能性を最大限に発揮させる3つの独自技術を持っています。
1つ目は、レーザーを使ってカドテルを適切に加工する技術です。この技術を使えば、カドテルのPN接合部分を素子内部に埋め込むことができるため、半導体素子としての特性を十分に活かせます。
2つ目は、高コントラストなカラー画像を得るための技術です。X線の測定方法の1つに、入射した1つ1つの光子を数える「フォトンカウンティング」とよばれる方式があります。この方式のメリットは、X線の強度(光子の数)を高精度に検出しつつ、X線の波長(エネルギー)情報も同時に得られる点です。
私たちはこの方式をX線イメージングセンサーに応用し、画像の全ピクセルで同時にフォトンカウンティングを行える独自の回路を開発しました。イメージングセンサーでは、フォトンカウンティングで取得したX線の強度(光子の数)情報は画像の明るさに、波長(エネルギー)情報は画像の色に変換できます。そのため、私たちの技術を使えば、従来の100倍以上の感度を持つカラー画像が得られるのです。
そして3つ目は、上記2つの技術を使って製造したカドテルセンサーを複数並べて大面積化する、独自のタイリング技術です。この技術を使えば、さまざまな形状・サイズに対応したセンサーを製造できます。また、自動実装なので製造コストも従来より安くでき、製品の販売価格を抑えることも可能です。
—どれも素晴らしい技術ですね!
小池 ありがとうございます。私は、技術を社会実装するにあたっては3つ目の「タイリング技術」が大きな役割を果たすと考えています。
高性能なX線イメージングセンサーは、原子核物理学などの先端科学分野でも活用されています。しかしその販売価格は、なんと1億円~1億5000万円ほど。いくら性能がよくても、この値段では工業・医療分野への導入は難しいでしょう。
ANSeeNが開発するX線イメージングセンサーを工業・医療分野で活用していただくには、ある程度現実的な価格でセンサーを販売する必要があります。そのために重要なのが、「安くたくさんつくる」ためのタイリング技術です。この技術は近年半導体パッケージにて注目されているチップレットの技術と似ており、まさしく半導体業界も低価格化のためにチップレットを活用した2.5D、3Dの集積回路構造を作ろうとしております。ANSeeNのタイリング技術を使えば、化合物半導体とCMOS回路の異種半導体接合のチップレット構造が実現できるため、高性能なX線イメージングセンサーを500万~1000万といった現実的な価格で販売できると見込んでいます。
—リアルテックファンドでは、ANSeeNのどのような点を評価していますか?
木下 私が最初にANSeeNの可能性を感じたのは、医療・ヘルスケア領域です。
人間の体ってかんたんに開けられるものではないですし、開けると当然傷がつきますよね。なので、医療分野では非侵襲で体の中を見たいというニーズが多いのですが、それを実現する技術はまだ発展していない。CTやMRIはありますがどちらも一長一短がありそこに、ANSeeNの技術が搭載されれば被ばく量を下げ必要とする全ての方にCTを提供する、全身の疾患をスクリーニングできるという大きな医療の革新が実現できると思います。
ANSeeNのX線イメージングセンサーで撮影すれば、これまで判別できなかった細かい部分もクリアに可視化できますし、従来に比べ1/100に被ばく量も抑えることができ、従来は避けるべきといわれる子供にもX線検査ができるようになるかもしれません。さらには、原子の種類を特定して疾患を判別できる可能性もあります。がん検査や疾患予防をはじめ、幅広い側面から医療の未来に貢献できる技術だと確信しました。
小池 将来的には、がん検査の分野にも貢献できると考えています。
現在のがん検査に使用されているPET(Positron Emission Tomography)やSPECT(Single Photon Emission Computed Tomography)といった方法では、放射線を放出する医薬品(放射性医薬品)を体内に投与して検査を行います。そのため、被ばくのリスクが大きいんですね。
対して、ANSeeNの技術を使えば、放射性医薬品を使わなくてもがん検査ができるはずです。X線による撮像でこれが実現できれば、PETやSPECTと比べて、装置の値段を破格に安くできる点もポイントですね。
このほか、X線画像診断装置の小型化・ポータブル化も可能だと考えています。まるでレントゲン撮影をするように、手軽に体内の完全可視化ができる。そんな未来を実現したいですね。
さまざまな半導体材料を自在にあやつり、デバイス化したい
—現在、X線イメージングセンサーの開発はどこまで進んでいますか?
小池 最終的に開発したい医療分野向けのセンサーについては、ようやく製造方法を実証できた段階です。現在、製品化に向けてさらに開発を進めています。将来的には自社で生産ラインを持ちたいと考えているので、そのための準備も必要ですね。
センサーが完成したら、医療分野はもちろん、自動車などの工業検査分野にも積極的に導入を進めていきたいと考えています。
—順調に製品開発が進んでいるのですね。
小池 はい。ですが、センサーを製造するためのサプライチェーン構築が現在の課題でして・・・。サプライチェーン内のボトルネックを取り除くため、新会社を設立する話も出てきています。自慢のX線イメージングセンサーをエンドユーザーまでスムーズに届けられるよう、試行錯誤しているところです。
—応援しています!X線イメージングセンサーを製品化したあとは、どのような未来を描かれていますか?
小池 最終的には、カドテルだけでなくさまざまな半導体材料を扱えるセンサーメーカーになりたいと思っています。
現在、半導体材料の主流はSiですが、赤外線や紫外線を精度よくセンシングするにはその他多くの半導体材料が必要になるはずです。個人的には、Siと他の半導体材料の長所を組み合わせてデバイス化する、という流れが生まれると思います。そのような半導体デバイスを自社で製造・販売できるようになる。それが、今描いているゴールですね。
小池流経営術:会社にとって重要なのは「余裕」と「遊び心」だ
—ANSeeNの社風は、リアルテックファンドの投資先の中でも独特だと伺いました。
小池 確かに、「みんなで同じ方向を向いて仕事しよう」という社員は1人もいません(笑)。自分の能力を自分で高めながら、比較的自由に仕事を進める雰囲気がありますね。特に開発スタッフは裁量労働制なので、長時間仕事をする人もいれば、ごく短時間しか働かない人もいます。
私としては、「仕事2割それ以外8割」の割合で、常に余裕を持って仕事する会社を目指したいと思っています。
—仕事以外が8割、とは少し驚きです・・・!なぜなのでしょうか?
小池 余裕を持たないと、新しいものは生み出せないと思うからです。
最近の大企業では、「100人いたら100人全員働け」と言われるのが当たり前だと思います。しかしこれからの時代、肩の力を抜いて遊びの要素を取り入れないと、面白いアイデアは浮かんでこないと思うのです。2割だけ仕事したら、残りは今の仕事とは関係ない別の取り組みをしてもいいし、テレビゲームをしてもいい(笑)。そういった、一般の大企業とは違う仕事のやり方、企業のあり方を示していきたいと思っています。
とはいえ、もちろん仕事は責任を持って進めています。ANSeeNは放射線検出器の受託開発事業も行っていますが、これまで納期に遅れたことは一度もありません。
—自分の裁量で仕事をして、遊びにもしっかりと時間を使う。魅力的な社風ですね。採用面では、どういった人を求めておられますか?
小池 ANSeeNの場合は技術とビジネスが密接に関わっているので、その全体に幅広く興味を持って取り組んでくれる人がいいですね。「犯罪以外何でもやる」がうちのスローガンなので(笑)。
あとは、新ビジネスの立ち上げといった大きな仕事を丸々お願いする場合が多いので、自分でマイルストーンを設定して、必要な要素を考えて取り組んでもらえる方だとうれしいです。
—どういった知識や経験があると有利なのでしょう?
小池 知識や経験は正直あまり役に立たないと思うので、重視していません。これまでの知識を活かせるという意味で言えば、研究開発、製品設計の場合には、工学系学部が適しているとは思いますが、今の社員も特段そのようなバックグラウンドが多いわけではありません。
木下 入社後に静岡大学の博士課程に進学した方もいますよね。
小池 そうですね。実は今、入社後の教育に関する規定づくりも進めていて。会社のお金で博士課程に進学できる制度も整いました。
木下 人材育成にあまり力を入れられないスタートアップが多い中、入社後に学べる環境が整っているのはすごいことだと思います。
—ここまでお話を伺って、ANSeeNは本当に独自のカルチャーを持っているのだと感じました。
木下 ANSeeNは正直、一般的なスタートアップの成長ストーリーとは全く違うところを走っているなと感じます(笑)。これまでのインタビューから分かるように、独自の世界観を持っている点が小池さんの魅力なので、そこに共感できる人が入社してくれるとうれしいですね。
小池 ありがとうございます(笑)。私としても、スキルよりも価値観を重視したいと思っています。「なぜか分からないけど、ANSeeNやその技術にほれ込んでしまった」という人に来てほしいですね。
「自分の好きな技術やビジネスに、自由な環境で責任感を持ちながら取り組みたい」。そんな方をお待ちしています。
株式会社ANSeeNでは現在、社内SE(自社システム営業含む)、半導体プロセスエンジニア(仙台勤務)、技術営業(開発業務含む)を募集しています。
詳しくは以下までお問い合わせください。
recruit@anseen.com
構成(インタビュー):太田真琴