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「せつなときずな」第33話
ストライプの型板ガラスが嵌まった真紅の框扉を開けると、「黒猫」の美緒が妖艶な微笑で刹那を迎えた。
「白猫」時代の、無印良品のコンビを着ているかのような清楚なお姉さんの姿は、そこに微塵も無い。
黒のベルベットの生地のノースリーブのワンピースは、「華麗なるギャツビー」のヘップバーンを思わせたが、金髪のショートボブにブラックパールのピアスを纏う小さな顔は、なかなかに挑発的だ。
刹那は美緒に負けず劣らずの姿でいながら、相変わらずのコミ障振りで、自ら美緒に声をかけることができない。
そんな刹那を見越して、美緒は横に並ぶと刹那の耳元で囁いた。
「今日はありがとうございます。
始めて告白するけど、私ね、以前刹那さんが突然驚くような姿でお店に来た時、凄いびっくりしたの。
その時、自分でも不思議なんだけど、このお店をやるイメージが突然生まれた。
だからね、ありがとうなの」
刹那は驚いて美緒を見返した。
美緒は悪戯な微笑を浮かべたまま、別の客に挨拶するために刹那の側から離れていった。
それは、まるでリアルではなかった。
刹那は、自分自身を偽ることで自分を変えようと、そんな幼稚な動機で着飾った若い日を思い返した。
そんな格好悪い行為によって、他の誰かを変えるきっかけとなったというのか?
私は、それと知らずして、誰かに働きかけたのか…
絆を産んで、しばらくは公彦と幸せな日々を送れた頃以来久しく感じることがなかった「嬉しい」という感情を味わって、刹那は言葉にできない気持ちで店内を眺めていた。
その時、店の奥のテーブルでエスプレッソを飲む、一人の女に気付いた。
後ろ姿だけで、それが誰だか刹那にはわかった。
忘れようにも忘れることなどできはしない。その相手は…
…
「福原さん、オメデタだね」
帰りに下駄箱から下履きを出す背中に、冷や水のような言葉がふりかかる。
振り返る必要はない。濱田美由なのだから。
「福原さん、生でやっちゃうんだ。
公彦のこと本当に好きなんだよね。
私なんか絶対ゴム付けなかったらやらなかったよ」
振り返る必要などない。この女は笑っているのだ。
しかし、公彦は、濱田美由と寝る時は避妊したんだ。
私は、騙されたのか…
…
そしてこの女は、泥棒猫になって帰ってきた。
他人の旦那をつまみ喰いしやがった。
濱田がたぶらかしたのか、公彦がたぶらかしたのか、いや、どっちもどっちだ。
糞野郎が糞野郎と寝て、犯して、訴えて、お前らマジ最低だ!
刹那はつかつかと濱田美由の後ろに歩いていき、首根っこを引っ張り上げると、思い切りその横面をひっば叩いた。
それはビンタなどという生ぬるいものではなく、大きく振りかぶった右手を全力で振り抜くぐらいの激しさだった。
濱田美由は、床のテラコッタタイルに叩きつけられ、突然の暴力に激痛と驚きで半ば失神状態となった。
店内は悲鳴と喧騒で騒然となり、美緒が驚いて刹那の右手を掴んだ。
「警察を呼んでください」
刹那は息を切らしながら美緒に言った。
「この女は私の夫をたぶらかした不貞者で、夫を強姦で訴えたクズ野郎です。
私も今日から、同じクズ野郎ですよ」