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ノルマのお話

「ノルマ」という言葉は、ロシア語の"norma"(基準や規範)から由来しています。一般的には、特定の期間内に達成すべき目標や基準を指します。ビジネスや仕事の文脈でよく使われ、例えば、営業ノルマ、製造ノルマなどがあります。

Copilot

音楽業界のノルマ事情

よく我々の業界で話題になる人気のトピックスの一つに「ノルマ問題」というものがあります。

この時点で営業職の方からすると「ノルマ?そんなん我々にも毎月あるで!当たり前やないか!音楽家は世間知らずだな!」と思われるかもしれません。
まぁ「売上目標」という点においては一般職と音楽家でも変わりは無いのですが、一般職なら営業ノルマが達成出来ないと上司に怒られたり(想像)、いびられたり(想像)、聞こえるように嫌味を言われてお昼ごはんは便所飯(想像)になったとしても毎月基本給はもらえると思います。

オペラ歌手のチケットノルマ

まずは百聞は一見にしかず、ネットで拾ってきたチケットノルマ事情をご紹介します。

その①神奈川県の某市民オペラの場合

Q.入手した文書に黒塗りや空白部分が多くあります。どうすればいいのでしょうか?

A.情報公開においては、公開が原則ですが、個人が識別できる情報などについては不開示・部分開示の措置がとられることがあります。
この不開示や部分開示に不服がある場合には、行政機関に対して不服審査手続を申し立てるか、裁判所に情報公開請求訴訟を提起するか、どちらかの手段を取らなければなりません。不服審査手続は期間が長くかかっているのが現状であり、訴訟の方が早い場合があります。

京都第一法律事務所HPより

以前僕も出演したことのある某市民オペラ団体のキャストオーディション(ソリスト)の情報です。
公式HPにて今でも公開されている情報なので、そのまま出しても問題ないと思いましたが、とりあえず行政機関に倣って黒塗りしときました。

僕が出演したときもそうでしたが、まず「ノルマの額」が提示されていません。で、出演料に関しては記載すらありません。

この時点で多くのお友達の頭に「フリーランス新法」がよぎったと思います。とりあえずわからないことはAIに聞いてみるのが手っ取り早いので、Copilotに聞いてみました。

オーディション情報はオーディション日よりかなり前に発表されます。
(楽譜の入手、指定範囲の練習などの準備のため)
なので、きっとフリーランス新法施行日(2024/11/1)より前に公開されたものなのでしょう・・・きっとそうでしょう・・・

あ、ちなみに僕が出演した時ギャラは無かった気がします。
(チケットノルマが25万くらいあったかな~)

その②荒川区民オペラの場合

僕はまだ関わったことはありませんが、荒川区民オペラさんはHPにオーディション情報とギャラ(謝礼)をきちんと掲載しています。
これ、実は大変珍しいことなんです!

オペラ「アイーダ」
公演日2016年8月6日、7日
オペラ「ナブッコ」
公演日2024年8月11日、12日

ま、ノルマも素晴らしいのですが・・・・・・・・・

そもそも音楽家のノルマってなに?

我々の世界で「ノルマ」が何を指すのかというとズバリ「チケットノルマ」です。
ただし先に言っておくと、ノルマの無い公演もあります。
例えば公益財団法人東京二期会のオペラ公演(二期会オペラ劇場)にはノルマはありません。

大きな組織になればなるほどノルマがなくなる傾向にあります。

そもそもなぜノルマがあるのか?

この答えは単純な様で突き詰めると現在のクラシック音楽界の本質が見えてくる壮大な物語です笑

まず日本を代表するオペラ団体でお馴染み?公益財団法人東京二期会を例に、財務報告の義務がある二期会がHPにて公開している最新の決算書「2023年度収支決算」から会計素人の僕が読み取れる範囲でそれっぽく解説していきます。

まず経常収益では、二期会会員・準会員が毎年納める会費(通常会費と臨時会費)が128,962,573円

事業収益(ここではオペラ、コンサートの入場収益のみとする)が238,499,188円

年会費事業収益(オペラとコンサート)で367,461,761円となります。

ここで事業支出を見てみましょう。
オペラやコンサートを行うには会場費、人件費がかかるので、関連する支出科目の出演料・舞台費・運搬費・会場費の4つにターゲットを絞って調べてみると・・・
出演料 257,085,263円
舞台費 195,680,849円
運搬費   40,592,105円
会場費   93,456,486円
合 計 586,994,703円

となり、この時点で事業収益との差分は△219,532,942円です。
(△はマイナスの意味)

事業として見れば破綻してますが、公益財団法人は自法人の利益の追求だけでなく、社会にさまざまな好影響を与えることを目的に活動する団体です。

そして公益財団法人東京二期会は研究団体との位置づけでもあります。

そこで文化庁から助成金として394,486,559円、その他寄付金(寄付金・未来基金・賛助会費)が49,214,628円、それらの合計が443,701,187円となり、そのお陰で成り立っていると言えます。

以上の様に、大きな組織は文化庁などの後ろ盾のお陰で成り立っていますが(成り立ってる?)、これが小規模~中規模の団体(市民オペラや区民オペラを前提)ではこうはいきません。

もしチケットが全部売れたら公演が賄えるのか?

先ほど例に上げました東京二期会「2023年度収支決算」で、もしチケットが100%売れていたらどうなったか?を試算したいと思います。
残念ながら我々会員に詳細なデータを知るすべはないので、23年度の事業報告にあるオペラ、コンサート、自主公演全ての数値(各演目ごとの来場率)から、簡単な計算で推測したいと思います。

まず23年度の来場率平均値が52.4%

52.4:238,499,188=100:x

という単純な比率で求めると100%チケット売れた場合は455,151,122円(216,651,934円のプラス)となります。

しかしそれでも586,994,703円(出演料・舞台費・運搬費・会場費)の事業支出を賄うことは出来ません。

そうなのです、たとえ常に満員御礼を叩き出したとてプラスにはならないのです。

我々は一体何をしているのだろうか?

ここまで読んでくれた方の多くはきっとこう思ったことでしょう。

もうそれは趣味じゃん

音楽大学や芸術大学を卒業しても音楽一本でやっていくことが如何に難しいかということは広く認知されてますが、同時に「お金になってないなら(それで生活できないなら)それはアマチュアと同じでは?」と思う人も多いでしょう。
音楽一本ということが「演奏だけ」ではなく「教えること(先生業)」を含めるなら、音楽だけで生きていくことは不可能ではありません。

実際問題として、日本で1年間にオペラがいくつ上演されるでしょうか。

二期会だと年に4演目(各ダブルキャストで4日間公演)が基本となっており、そうなるとダブルキャストでも主役の座はごく僅かということになります。
演目によりますが、テノールでいうと二期会の本公演において、主役級の役で出演できるのは年に最大でも8名くらい、というところです。
(二期会はほとんどの演目においてオーディションが開催されるが、そこで採用されるのは各役1~2名という狭き門)


見方を変えればノルマは味方

ここまで触れずに来ましたが、多くの場合提示される出演料がノルマ額を上回ることはありません。つまり、ノルマを消化出来なければ我々には1銭も入ってこないのです。
本番当日の舞台に立つために、二期会なら3ヶ月の稽古期間、他団体でもおそらく同程度の稽古期間を設けていると思いますが、ノルマがあるということはそれだけ長い期間練習してきて、最終的にお金を払わなければならない可能性があるということになります。
(チケット売り切ってノルマ分解消出来なければ)

ここで発想を転換させましょう。

先に書いた通り、メジャー団体での公演回数は決まっており、ソリストの座を手に入れるには熾烈な競争を乗り越えなければなりません。

ただ、ノルマがある公演ならばノルマを払えば出演出来ると考えることも出来ます。

ノルマを負ってまで出演するメリット

まず経験を積むことが出来ます。

当然ながらオペラは一人では出来ないので、将来のためにこの役を勉強しておこう!と思ってもなかなか上手くいきません。

それならいっそのこと3ヶ月短期集中コース(授業料20万円)だと思えば、
自分以外の役を歌ってくれる人
・アドバイスをくれる指導者(指揮者)
音楽仲間との出会い
アンサンブル実習
衣装とメイクをしてオーケストラとの修了演奏

上記がセットで20万!

練習が早く終わった日は仲間と飲み会しちゃうことも!(むしろそっちがメイン?)
楽しみながら学べちゃう!
私にも出来た!

というお得なコースだと考えられます。

また我々は表舞台に立つことで人々に認知されなければなりません。

SNSでの発信、YouTubeへの動画投稿も大切ですが、自分自身が表舞台に立つことがファンを獲得するには非常に重要です。

芹澤のノルマに対するスタンス

現在僕はノルマのある公演には基本的に参加していません。
しかし、その公演に出演する意義がノルマ以上にあるのであれば引き受けることもありますし、交渉することもあります。

何故その様なスタンスを取るかというと、オペラ界は非常に小さな市場であり、需要より供給が常に上回っています。その中で、お金を払ってでも(ノルマを負ってでも)オペラに出演したいという若手に、経験を積むための機会を譲ってあげたいのです。

ありがたいことに僕はこれまで大きな公演のいくつかに関わることが出来たため、出演を依頼されることやこちらから交渉することが少し可能になってきました。

もちろん今でもオーディションには積極的に参加していますが、少しだけ前を歩く身として、あとに続く人が歩きやすい道になるよう踏み固めながら整備していくのが中堅の役割かなと思っています。

最後になりますが、僕の考えを一つ。
ノルマがある公演になんでもかんでも出る必要はありません。
ノルマとは、企画主催団体が公演を続けていくためのシステムです。
ノルマを払っている以上、あなた自身もその団体のお客様なのです。
ノルマとは賢く付き合いましょう。

おしまい


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