Transdisciplinary Designらしさの9要件 #310
『パーソンズ美術大学回想録』と題して、パーソンズ美術大学・Transdisciplinary Designのカリキュラムを紹介してきました。
今回はTransdisciplinary Designの必修科目でプロジェクトを進めていく時に使うTransdisciplinary Design Lenses(TD Lenses)をご紹介します。TD Lensesを見ることで、Transdisciplinary Designの考え方や心構えが分かるはずです。
TD Lenses
TD Lensesとは、TDらしいプロジェクトの進め方を九か条にまとめたものです。これらを全て満たしているのかを確認するチェックリストとして使うというよりは、行き詰った時に新たな視点を得るために使います。
2年間のTransdisciplinary Designの授業で教わるTDらしさが網羅されている印象です。ただし、これら9個を覚えておくのは難しいので、9個のレンズを「Transdisciplinarity」「Design」「Limitation」の3つに分類してみました。
Transdisciplinarity(分野横断性の確認)
Transdisciplinary Designは、「分野横断デザイン」や「領域横断デザイン」と訳されるように、既存の学問を横断することを重視しています。ある分野の理論を別の分野に取り入れる、ある分野と別の分野の理論を掛け合わせるなど、既存の理論を借用しながら新たな視点を生むことを目指します。逆に言えば、どの分野も参考にしていないとか、一つの分野しか参考にしていない状態はTransdisciplinaryとは言えません。
Design(社会との接続)
「Transdisciplinary」の部分でどの分野を参考にするのか、どんな理論を掛け合わせていくのかを考えました。次の「Design」では、理論を考えるだけでなく、実践していくことも考えます。「誰とやっていくのか?」「どんなアウトプットなのか?」「世界はどのように変容するのか?」など、頭の中のアイデアを具現化していくことになります。この時、デザインの理論・方法論を参照します。デザインにはステークホルダーとの協力の仕方やプロトタイピングなど、プロジェクトを進めていくための実践知が詰まっているからです。
Limitation(限界性の自覚)
Transdisciplinaryな理論を考えてDesign的に実践をしていきますが、理論通りに全て上手くいくわけではありません。今のリソース(ヒト、モノ、カネ、時間など)でどこまでできるのか? 何が分かっていて、何が分かっていないのか? こうした現状をありのままに理解することも重要です。
TDの卒業制作では「out of scope(対象外)」という言葉をよく聞きました。世界的な問題を解決するというよりは身近な地域のコミュニティの問題に絞る、様々な学問をつまみ食いするのではなく自分が参考にする学問領域の話に絞るなど、「今の私が取り組んでいるのはこの範囲だから」というscopeを明確にするための表現です。
また、「これはSilver Bullet(銀の弾丸=完全な解決策)ではないけれど」という言葉もよく使っていました。特定のコミュニティのごく一部分に介入する取り組みであり、世界規模への影響はまだわからないという事実を受け入れる必要もあります。理論だけを唱えるのではなく今の自分にできることを重視しているという現実主義的な側面が伺えます。
私の卒業制作を例に
ここまではTD Lensesの概要を紹介してきたので、私の卒業制作を例にTD Lensesがどのように使われるのかを見てみましょう。
Transdisciplinarity:専門性の罠
2年生になって卒業制作に取り組む時、私は哲学、心理学、経済学、仏教など様々な分野に興味があるという漠然とした状態から始まりました。こうした複数の領域からなんとなくつまみ食いをしていくのではなく、参考にする分野を明確にする必要がありました。そこで、自分が本当に取り組んでいきたい分野を考えた結果、デザインの対象を資本主義(注意経済)、その対象への介入を考えるために仏教を参考にすると絞りました。
この領域を考える時に注意が必要なのは、既存の領域にはすでに専門家がいるということ。「それをするには専門家の監修が必要」とか「専門家がやれば十分」という壁に阻まれることが起こります。専門家では思いつかないこと・できないことに注目してこそ、Transdiscipinary Designでやる意味があります。
Design:当事者性の強み
注意経済にはデザインも加担していることから、デザインを学ぶ学生としてデザイン倫理を批判的に見る必要があると考えました。デザインを外部から批判するのではなく、デザインの内部にいる人として自分がする意味があるはずと思ったのです。外部から口だけの批判をするのではなく、内部の人が当事者として内省することが説得力を生みます。
また、禅を学ぶために、New York Zen Centerで実際に坐禅をしたり法話を聞いたりしました。そこで禅僧から聞いた「全ては毒にも薬にもなる」という言葉をキーワードに、デザインプロセスに倫理を内省するステップを取り入れることを思いついたのでした。このように、実際に自分で体験して得た学びは唯一無二で誰とも被らない根拠となってくれます。
Limitation:今の自分にできることを
「禅をデザインに取り入れる」を卒業制作として取り組むということは、私一人が約半年でできる範囲という制約がありました。そんな制約の中で、New York Zen Centerで実際に半年間坐禅をした学びをもとに、『Paradoxical Prototyping』というデザイナー向けのワークショップを考案しました。
『Paradoxical Prototyping』は禅の教えをデザインに取り入れる一例であり、完成された方法論やビジネスモデルではありません。禅の専門家ではないしデザイナーとしても学生のため、専門性としては未熟な内容だったのかもしれません。それでも、そんな禅もデザインも勉強中の身であるという当事者として『Paradoxical Prototyping』という形にまとめ上げるのは、世界中で私にしかできなかったことだったと思います。
まとめ
Transdisciplinaryを理論で考えて、Designで実践する。ただし、Limitationがあることを自覚しながら、理論と実践のバランスを取っていく。そんな姿勢が見えたのではないでしょうか? TD Lensesは混沌としたプロジェクトにおける北極星や羅針盤のような存在です。