あの人からのLINE
5月末と6月末、あの人から連絡があった。
5月は、スクールバスの停留所で起きた痛ましい事件の日。
ゆいこさんは大丈夫ですか?という内容だった。私は都内在住だし、娘も該当する学校に通っていないことも知っているはず。それから何往復か身体を気遣うやりとりをお互いがして途切れた。
6月は、都内のとある台湾式の朝ごはんが食べられるお店がとてもおいしいそうだということで、それを伝えてきた。なぜかというと、私の若い頃理想だったデートについて話した記憶がある。横浜に住んでいるという設定で一緒に住んでいて冬の休日に朝、お散歩がてら朝がゆを食べたい、というようなものだった。それで、「ゆいこさんこういうの好きですよね」という内容だった。私はお礼を言ってそのあとのやり取りをしなかった。
どちらも激しく動揺した。あの人はもう私に連絡などしてこない、あの人にって過去の人物になっている思ってたから。
確かにきっぱりと別れたわけではない、LINEのアカウントも残ってるし二人で共有していたインスタのアカウントもそのままだ。今のところ次がないから放置しているのだと思う(私は)。次にいいひとが現れたら、そんなアカウントもってるのはその新しい人に失礼だし、消すだろう。あの人がどういうつもりで残しているのかはわからないが、私には、問題を先延ばしにしたい、本当は繋がっていたいという甘えがあるのだ。私達はたぶんもう終わっていて、お互いのいない毎日を歩めてる。歩まざるを得ない。それなのに消さないのは、まだ好きなのか、執着心なのか、まだまだこの先がもしかしたらあるのではないかという期待なのか。そのあたりが混ざっているのだと思う。グレーでいることは、つらくもどかしく、いっそのこと白黒つけたほうが楽だと思う。でもそんな理由でできないのだ。グレーでいるからこそ、次があらわれないのはわかってる。
私はもう子どもも成長してきてるし、結婚願望も出産願望もない。仕事も忙しく、少し集中したい時期でもある。慌てて次に行く必要もないのだ。でもそれは私の身勝手な話である。あの人は、結婚もしたいし、口ではそうとは明言しなかったがこどもも持ちたい気持ちもどこかにあるだろう。あの人にとって一番良い選択は次へ行くこと。後路を絶つことなのだ。そうわかっていれば、私から色々絶つべきなのかもしれない。それをしない私の弱さ、甘えが私を苦しめる。せめてできてることは私から連絡をしないということだけだ。
私とは結婚の約束もした。年単位で計画もたてた。私たちは老後どこに移住するかまでおおまかに決めてそれに向ってると思ってた。私もどこかでまたその計画に戻る日がくるのではないかと、それが幸せなのではないかと思ってたりもする。好きなのだ。どうしょうもない、おばかさんなのだ。