立派な会社の墓標
地獄の胎動:報われない日本という現実
かつて、「失われた10年」と呼ばれた時代があった。その後は20年、30年と続き、今や「失われた」という言葉すら陳腐化した日本。この国では、何かが「失われた」ことさえも誰の記憶にも残らない。
人口減少、低成長、増え続ける負債。高齢者は自分たちの安泰を守るために政治を動かし、若者には「頑張れば報われる」と空虚なスローガンだけが押し付けられる。だが、現実はどうだろう。
「努力は実らない。夢は叶わない。だが、黙って働け。」
これが今の日本を支配する真実だ。
教育という名の洗脳
ユウタが初めて「立派な会社」という言葉を聞いたのは、小学校の朝礼だった。校長が壇上から叫ぶ。
「みなさん、将来のために一生懸命勉強して、素晴らしい会社に入れるよう努力しましょう!」
その言葉に、ユウタも当時は何の疑問も抱かなかった。「立派な会社に入れば、幸せになれる」と信じていた。だが、その「幸せ」の定義が何かは誰も教えてくれなかった。
気づけば学校教育のすべてが、会社に入るための準備だった。試験に合格するための勉強。面接で落ちないための練習。社会人として「空気を読む」ための同調訓練。それはまるで、未来の奴隷を育成するプログラムだった。
社会構造の罠
日本では、「立派な会社」に入ることが人生のゴールだとされている。だが、その「立派な会社」を維持するためには、労働者が犠牲になる仕組みが必要だ。
・年功序列で若者が搾取される。
・非正規雇用者が正社員の地位を支える。
・過労死や自殺者が出ても、誰も責任を取らない。
この国では、社会の根幹が「犠牲」と「自己責任」で成り立っている。タケルのような若者が追い詰められるのは、決して個人の問題ではない。社会そのものがそうなるように設計されているのだ。
未来のない老後
「頑張れば報われる」という幻想を捨てられないのは、老後の不安が頭をよぎるからだ。年金制度は崩壊寸前。医療費の負担は増える一方。だが、テレビのコメンテーターはこう語る。
「若者も老後に向けてしっかり貯蓄するべきです!」
貯蓄だと?手取り20万円にも届かない給料で、どうやって?
ユウタは一度、社会保険の通知書を見て手が震えたことがある。収入の3割近くが税金や保険料で消え、それでも足りないと国は言う。
「何のために生きているんだろう」
そう思った瞬間が、ユウタの中で何かが壊れた瞬間だった。
希望のない終着点
日本という国自体が、一つの巨大な「ぐちゃぐちゃな会社」なのかもしれない。そこにいる全員が責任を押し付け合い、目の前の問題を無視し、限界が来たら新たな犠牲者を探す。
タケルはその犠牲者の一人に過ぎなかった。そして、次はユウタの番だ。
本編へと続く物語
ユウタの物語は、この絶望的な日本社会という土壌の上に咲いた枯れた花だ。彼一人が救われなくても、それは珍しいことではない。だが、救われないのはユウタだけではなく、社会全体だ。
この国の誰もが気づいている。
「出口なんて、どこにもないんだ」と。
ぐちゃぐちゃの地獄列車
朝の冷たい空気を切り裂くように、駅のホームに通勤ラッシュの群衆が押し寄せる。濁った目、無言の口元、昨日と何も変わらない顔ぶれ。電車の扉が開くと同時に、誰かの背中に押されながら、主人公のユウタは車内に吸い込まれていった。そこにあったのは、ひたすら詰め込まれた人間の肉塊。電車が揺れるたびに、誰かの息が首筋に触れる。もう慣れた、こんなのは。
「立派な会社に入れてよかったね」
母親の言葉が、ふと頭をよぎる。その瞬間、胃の奥から吐き気が湧き上がる。会社の名刺を初めて見せたあの日、両親の満足げな顔。「これで安心だ」と言われたその一言が、ユウタの胸をえぐった。
しかし現実はどうだ?立派?安定?それがこれか?
地獄のオフィス
オフィスの入口を通り抜けると、目の前に広がるのは完璧に磨き上げられた床、最新鋭のデザイン家具、全自動のコーヒーマシン。雑誌の表紙を飾るような「理想的な職場」。しかし、その奥では、誰もが地獄に足を踏み入れる。
「昨日の数字、何これ?全然ダメじゃん」
上司の声が刺さる。資料を机に叩きつける音。ユウタの隣席の同期、サキの顔は真っ青だった。彼女が資料作成に追われて徹夜していたのをユウタは知っている。彼女の机には空になったエナジードリンクの缶がいくつも転がっている。それでも返ってくる言葉は「ダメ」の一言だけだ。
サキの頬を伝う涙を横目で見ながら、ユウタは何もできない。ただキーボードを叩く手を止められない。自分が手を止めたら、次は自分が標的になるからだ。
会議室の墓場
会議室では、重苦しい空気が充満していた。グラフ、数字、報告書。誰もが無意味だと知りながら、それをひたすら繰り返す。何も変わらない。ただ時間が無駄に過ぎていく。
「あの、新しい提案を…」
恐る恐る声を上げた新人がいた。彼の名前は思い出せない。それくらい、ユウタにとってはどうでもいい存在だった。案の定、その提案は一瞬の沈黙の後に嘲笑の渦に飲み込まれた。
「何言ってんの?それで業績伸びるわけないでしょ?」
上司の冷たい声に、新人の顔がみるみる赤くなる。その後は誰も何も言わない。ユウタは、彼が二度と発言しなくなることを確信した。次に会うときは、たぶん辞表を握りしめているだろう。
崩壊の始まり
ある日、ユウタの机の上に一通のメールが届いた。「業績悪化に伴う構造改革のご案内」。文字通りのリストラだ。しかし、何も驚きはしなかった。この会社が「立派」だなんて最初から信じていない。それでも、いざ自分が対象になる可能性を考えると、心臓が嫌な音を立てる。
その夜、ユウタは会社のトイレで同期のタケルが座り込んで泣いているのを見つけた。ユウタは何も言わなかった。タケルが口を開いてこう言ったからだ。
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