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子どもの本で世界を平和に――『子どもの本で平和をつくる―イエラ・レップマンの目ざしたこと』

2022年に突如始まったロシアによるウクライナ侵攻は、ますます混とんとしてきました。当初、圧倒的な力でウクライナは蹂躙され、ロシアに支配されることになるんだろうと誰しもが思っていました。

しかし、ゼレンスキー大統領を始め各閣僚はウクライナに留まり、国民を鼓舞し続けたので、領土を守るのだという国民の意識は高く掲げられたまま、戦い続けています。

ゼレンスキー大統領の巧みな外交は、世界の自由主義陣営の国ぐにを動かし、ウクライナに対する多額の支援を引き出し続けています。ひょっとすれば、クリミア半島を奪われた2014年以前までの領土を奪還するかもしれません。

一日も早い戦争の終了を願うばかりですが、終了したとしても国土の荒廃は目を覆うばかり。ロシアに連れ去られた何万という子どもたちを取り返す事業も重くのしかかることでしょう。

戦争は不条理です。戦争を仕掛けた側も仕掛けられた側も、多くの血が流され、遺恨は終結以降も長く残り、そしてひとつしかない地球を破壊します。
かつてソ連は、「大祖国戦争」で多大な損失を出しながらナチス・ドイツを撃退したと、高揚感をもってその勝利を継承していますが、今、ロシアはナチスドイツと同じになり下がっていることに気づかないのでしょうか。

今回ご紹介する『子どもの本で平和をつくる――イエラ・レップマンの目ざしたこと』は、戦争によって荒廃したドイツのある町を描いています。子どもたちは、がれきの中で荒んだ毎日を送っていますが、その彼らを救ったのが「子どもの本」でした。

物語の内容

「アンネリーゼは、歩道をあるきながら、がれきや土くれをけとばしました。女の人たちが、こわれたたてものや道路をかたづけています。ほうきをもっている人も、手をつかっている人もいます。どんなにかたづけても、戦争になるまえの、きれいな町にはもどらないのに」

この絵本の第一声です。ここから戦争のために子どもたちの心が傷つき、血を流していることがわかります。街は破壊されて今日の生活もままなりません。こんなとき、何にも増して優先したくなるのが食べ物です。アンネリーゼは、道に落ちていたオレンジの皮を拾い、自分もお腹がすいていたけれど、弟のペーターに渡します。

苦しい日々の中、人びとの列に気づいた二人は「食べ物をもらえるかも」と思って並びました。しかし入っていったところは図書館でした。

そこで出会った読みきかせをしている女の人や、たくさんの絵本たちを通して、二人とも元気になっていきます。

私がはっとしたのは、女の人が『はなのすきなうし』を読みきかせしているシーン。お花が好きで戦うことの嫌いな牛=フェルディナンドは闘牛士たちの思うようには戦わない、ということが分かった時です。アンネリーゼは怖くなって、目を伏せてしまったのです。

『はなのすきなうし』

じつは、彼女のお父さんは戦場に行くことを拒否したために殺されたのでした。でも次のページでフェルディナンドは殺されず、花のさく丘に戻ってきていました。

そのことに、アンネリーゼもペーターも、一緒にお話に聞き入っていた子どもたちもほっとし、幸せな気持ちになれたのでした。

この絵本について

絵本の最後に、本の読みきかせをしていた女の人は、イエラ・レップマンだということが明されます。1891年にドイツに生まれた実在の人物で、国際児童図書評議会、ミュンヘン国際児童図書館創設者です。

ヒットラー率いるナチスが台頭し、周辺諸国と戦争を始めたため、1936年にイエラは二人の子どもを連れてドイツを離れます。

ドイツが敗戦すると、イエラは帰国して、傷ついた子どもたちに本を与え、傷を癒す活動を始めました。そのときの1シーンがこの絵本です。

1958年には「子どもの本による国際理解」についての国際会議を開き、それが「国際児童図書評議会(IBBY)」の設立につながりました。日本でも「日本国際児童図書評議会(JBBY)」が、イエラの遺志を継いでいます。

イエラ・レップマン(1891-1970)

それにしても、70年も前と同じことが、現在も続いていることに唖然とします。また、世界はウクライナ戦争に目が行きがちですが、ニュースとして取り上げられないだけで、戦争や紛争、貧困や女性蔑視など、解決しなければならない問題は世界中に山積しています。

未来を担う子どもたちには、これらの問題を解決し、すべての人びとが相互に理解しあえる世界を築いてもらいたいと切に願うばかりです。そして子どものための本は、その夢のような役割を担うものになるのではないでしょうか。

なお、この『子どもの本で平和をつくる』の売り上げの一部は、IBBYのチルドレン・イン・クライシス基金(困難にある子どもたちのための基金)に寄付されるとのこと。

私も一冊、買いました。じっくり見れば見るほど、発見があり考えさせられることありの本なので、買ってよかったと思っています。

『子どもの本で平和をつくる
――イエラ・レップマンの目ざしたこと』
キャシー・スティンソン/文
マリー・ラフランス/絵
さくまゆみこ/訳
初版2021年7月1日

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