わからないままにしてはいけない
「先生,ここは色を塗るのですか?」
と,社会の時間に子どもから質問。それは,事前に説明したはず…。こんな時,あなたならどうしますか。
ア そんな質問が出ないように,板書しておく
イ もう一度,同じ説明をしてあげる
ウ 隣の人に訊くように指示する
エ 「さっき言いました」と言う
教室には,耳からの情報をインプットしづらい子がいます。年々,視覚優位の子が増えているという情報も聞きます。ですから,「ア そんな質問が出ないように,板書しておく」手法は,とても有効で,有益です。子どもが安心感をもって授業を受けることができます。私も,指示はキーワードで黒板の隅にナンバリングしていきます。特に,活動がたくさんあったり複雑だったりする場合は必要な手立てだと実感しています。
しかしながら,社会に出た時,或いは上の学校に進んだ時,全てのケースにおいてこの手立てがとられる保障はありません。むしろ,だんだん「聞いて理解する」「聞いて覚える」という力を要求されることが多くなります。
そうすると,いつまでも細かく丁寧に全ての指示を板書することが常に良いとは言えないと,私は思います。つまり,初めは集団や個の状況に応じて丁寧に明示していても,それを少しずつ簡略化したり,ステップを大きくしていったりする必要があるのではないかということです。
ですから,時には「エ 「さっき言いました」と言う」ことも必要なのです。一見冷たく突き放しているように見えます。ですが,こう言われることで,子どもは自分が聞いていなかったことを初めて自覚します。行動は,自覚して初めて意識化され,改善されていくものです。
何の前振りもなく,ただ「イ もう一度,同じ説明をしてあげる」だけでは,子どもは自分の不備・不足に気づくことなく,「今度はちゃんと聞こう」と意識することもないのです。
ちなみに,何度も質問を繰り返す子には,
「分からない時は,周りを見るといいよ」
「分からない時は,隣の人に訊くといいよ」
と,アドバイスします。「教室は助け合い」と話していることが,ここでも生きてくるわけです。
最初こそ
「今,言いました」
と言うと,子どもたちはどうしていいかわからない,戸惑った様子を見せます。しかし,私が決して怒っているわけではないことがわかると,色々なリアクションを示すようになります。訊く前に,周りに説明があったかどうか確認してから質問する子もいました。
5年生の図工の時間のことです。工作の仕上げについて説明を終えた後,
「先生,○○はどうするのですか?」
という質問を受けました。私は,間髪いれずに
「さっき言いました」
と答えました。質問したのは,しっかり者の女の子。説明済みのことを訊き返すなんて珍しいなあと思いながら,その子の顔をぐっと見ました。すると,彼女は,ニコッと笑って,
「でも私は聞き逃してしまったので,もう一度だけ説明して下さい」
と言ったのです。
この時,私は心の中で
「やった!」
と叫びました。これこそ,社会で生きていくのに必要な力だと思いました。これまでは,
「さっき言いました」
と突き放された経験などない子でした。それでも,失敗を受け入れ,自分はどうしたいかを自分の言葉で伝えられたことを大変嬉しく思いました。
人間は,完璧ではありません。どんなに優秀な人物でも,失敗や間違いは,絶対にあります。大事なことは失敗しないことではなく,そこからどうするかです。どうしたいかです。それを叶えるために,どうすべきか,何をすべきか。そして,実際にどう行動に移すか。これは,人にどうにかしてもらおうと言う他力本願ではなく,自分で何とか切り開いていく自力本願の考え方です。人生は自分で切り開いていくという意識を,子どもたちにはいつも持っていてほしいと思っています。
ちなみに,この発言の後,実に多くの子が,にやっとしながら
「…もう一度だけ!!」
というお願いをするようになりました。