未知の世界に楽しく突っ込んでいく。人
私ごとになりますが、昔、「牛を屠る」というノンフィクション系の本を読んだことがあります。ざっくりいうと、大学卒業して入社した会社をあっさりやめた著者(佐川光晴さん)が、北海道の食肉に加工する工場(と畜場)で牛を切り裂く仕事の日常を綴ったもの。
私が読んだのは文庫版で、本編が終わって平松洋子さんというライターの方と著者の対談編が付録としてついていて。その中で、「どんな職業であれ、そこに何か光ったものを見つけられるか」といった文言が記されていました。
実際の問題として、働いている中で、その「光ったもの」を見つけられるだけの心の余裕というか、余白はあるかどうかは人によっては難しいところではあるのですが、私も複数の収入先において、「光るもの」を見つけられるような、そんな働く人にならないとな…
と思う2024年11月26日0時26分に書く無名人インタビュー959回目のまえがきでした!
【まえがき:一休誰絵(無名人インタビュー副編集長)】
今回ご参加いただいたのは 後藤友馬 さんです!
年齢:40代前半
性別:男性
職業:トラウマヒーラー、会社員(3Dプリンターメーカーのセールスアプリケーションエンジニア)
HP_https://nouryokuhakki.com/
無料のメルマガ登録_https://nouryokuhakki.com/goto_merugama
noteクリエーターページ_https://note.com/deft_holly6691/
現在:自分の心の中にぽっかりと穴が開いていて。子供が生まれたことによってそこが埋まって、なんかいいなーって。
ゆいぴ:
後藤さんは今、何をしている方でしょうか?
後藤友馬:
基本的には3Dプリンターを売っている会社でセールスエンジニアという職業で働きながら、副業としてヒーリングの提供をやっております。
ゆいぴ:
3Dプリンターのセールスエンジニアは会社員、正社員としてやっているんですか?
後藤友馬:
正社員です。
ゆいぴ:
その会社に入ったきっかけってあったんですか?
後藤友馬:
何年前だ…。2018年の年末に転職をしたんですよ。きっかけは転職エージェントの方が紹介してくれて。プリンターを使っていろいろ物を作ったりとか、あとお客さんにヒアリングをしていろんなモデルを作るみたいな、そういう仕事だったんですよ。結構頭を使う仕事も好きですし、自分で手を動かす仕事も好きだったので。内定いただいて、かつ年収もこっちの希望通り上げてくれたんでその会社に入ることにしました。
ゆいぴ:
今、6年目ですかね。そのお仕事やってみてどうですか?
後藤友馬:
やっぱり業務の幅が広がったというか。それ以前って大きな会社の生産ラインとか生産性検討という仕事だったんです。業務の幅が狭いというか。僕としてはもっと広い幅でやりたかったんだけど、上司にそれはお前の仕事じゃないって言われる環境だったんですけど。今の会社、要は海外の会社の日本法人で、そんなに人数多くなくて結構何でもかんでもやるみたいな感じ。そういう雰囲気がまず合ってたんで業務の幅は広がりましたと。
ゆいぴ:
うんうん。
後藤友馬:
で、セールスエンジニアなんで最近セールスの方に力を入れる感じで。顧客のニーズを先取りしたりとか、お客さんと何かを作っていくとか。だからもう技術的にどうこうじゃなくてお客さんと一緒に何かを作って、このプリンター結構良いものなんですけど、より広めていく。市場開拓ですとか、業界のトップを走っていくじゃないですけど、やっぱりそういうお客さんを巻き込んでその市場に食い込んでいくみたいな活動が最近増えてる感じはしてます。
ゆいぴ:
じゃあ副業についても詳しくお伺いしたいんですけど。
後藤友馬:
副業の方はヒーリングって言いまして。すごい雑なイメージで言うと、気功とかあるじゃないですか。あれの潜在意識の状態を良くすると思っていただければと思います。
ゆいぴ:
それは個人でやっていることですか?
後藤友馬:
個人でやってるんですけど、ちゃんと認定する会社があって。ヒーリングやっていいよっていう。その会社の認定をもらった上でやってます。
ゆいぴ:
なるほど。どのように展開をしてるんですか?
後藤友馬:
まだ始めたばっかりなんで、主にWebマーケティングを中心にやってる感じです。noteとかアメブロとかSNS使ったりとか、あとホームページ作ったりとかしていろいろやってます。
ゆいぴ:
なんでそれをやろうと思ったんですか?ヒーリングっていうのは。
後藤友馬:
一番初めは会社員にプラスしてもっと稼ぎたいっていうのがきっかけですけど、実は僕自身もヒーリング受けてて。要は良くなってきたんで、これは素晴らしいと。もっと他の人に広げたいっていう思いが最近出てきた感じです。
ゆいぴ:
ヒーリングっていうもの自体の説明をもう少し詳しくしていただけますか?
後藤友馬:
人間の意識の話をして大丈夫ですか?
ゆいぴ:
はいはい。
後藤友馬:
人間って自分で認識できる顕在意識と、できない潜在意識というものがございます。うちらがやってるヒーリングっていうのは潜在意識の方を改善して、例えば本人の状態を良くして自己実現とか仕事で成果を出しやすくしたりとか。夫婦間の仲を良くしたりとか、あとは婚活とか。そういう潜在意識を良くすることによってクライアントさんの叶えたい現実を叶えるようにサポートしていこうっていう感じです。
ゆいぴ:
ヒーリングはどういう手法で?オフラインでやってるんですか?
後藤友馬:
オフラインでもオンラインでもやってる感じです。私のヒーリングって20回1セットのヒーリングなので、1回目は必ずオフラインで、2回目以降はどちらでもOKという感じです。
ゆいぴ:
ご自分でクライアントに向けてヒーリングやってるときってどういう気持ちなんですか?
後藤友馬:
まだクライアント取ってないんですけど、これから展開していく感じなので。ただやっぱり本当に良いもんだから、それを通してより多くの人の潜在意識の状態を良くして。僕の場合は仕事の方で、もっと自分らしくというか、自分の得意な分野で楽しく働ける人を増やしていきたいなという思いはあります。
ゆいぴ:
仕事に限らなくていいんですけど、普段やってることって何かあります?
後藤友馬:
趣味としては合唱団に実は入ってまして。その合唱団っていうのが、さっき僕がヒーリングやっていいですよと認定してくれる会社に認められたって言ったじゃないですか、そういう人が実は何人もいて。その方々が部活として合唱部やろうぜみたいな感じになったわけですよ。僕の奥さんが実はその合唱部に入ってたんで、誘われてやったって感じです。
ゆいぴ:
いつから始められたんですか?
後藤友馬:
2021年から僕もその合唱団に入りました。
ゆいぴ:
合唱団の規模ってどんなもんですか?何人ぐらいいらっしゃるんですか?
後藤友馬:
今は男性女性の混声合唱団で計50人。
ゆいぴ:
50人?すごい。
後藤友馬:
今まで私が入ってから4回公演をやっていて、うち1回は海外でやってます。
ゆいぴ:
へえ。どういうジャンルの歌を歌われるんです?
後藤友馬:
その公演によって内容が違ってて。例えば2021年2022年は、日本の合唱曲で中学生とか高校生がコンクールで歌うような歌をやってました。
ゆいぴ:
はいはい。
後藤友馬:
去年フランスに行ったので、海外の曲。去年はベートーヴェンの第九、年末によく歌う。あれをやりつつ、ブラームスのドイツ・レクイエムっていう音楽関係者の中ではすごい超大作って言われる合唱曲。これを去年はフランスでやって、今年は横浜でやりました。
ゆいぴ:
合唱団として合唱をやってるときはどういう感情なんですか?
後藤友馬:
いろいろあって、割と淡々としてて。やっぱり公演に対して自分を仕上げていくみたいな感じ、基本的には。そこにたまに、恐れだったり不安だったり怒りだったり楽しかったりみたいな。そんないろんな感情が乗ってくるイメージです。
ゆいぴ:
それは歌に対して感情が乗るってことですか?
後藤友馬:
歌というよりも歌を仕上げていく状態。結構歌ってるときはわりかし淡々としてて。っていうのは、指揮者がいるじゃないすか音楽やるときって。指揮者の表現に合わせて自分は繊細な作業をしていくっていうイメージなんで。表現はするんだけど頭の中ではすごい冷静にやってる感じです。
ゆいぴ:
合唱団に所属してる自分として、何か目指してるものってあるんですか?
後藤友馬:
その合唱団のコンセプトが「合唱で世界平和に貢献する」なんですよ。なのでいろんなとこで今後歌って、2027年にアイルランドで公演をする予定で。合唱にさっき私が言ったヒーリング的なエネルギーも乗るので、それを通じて世界がどうなるのか見ていきたいみたいな。そういう興味もあります。
ゆいぴ:
他に習慣的にやってることってあります?
後藤友馬:
最近で言うと子供が生まれたので子育てやったりとか。4週間育児休暇を取ったりとか。あと料理やったり家事やったり。あとはそうですね、会社の仕事をしつつヒーリングビジネスの方を回すようにいろいろマーケティングやったりとか、あとは瞑想とか。いろいろやってます。
ゆいぴ:
ふうん。お子さんは第一子?
後藤友馬:
はい、第一子です。
ゆいぴ:
子育てはどうですか?
後藤友馬:
割と淡々とやってるような感じもしてて。さっきもめちゃめちゃ泣いてたんですけど。よしよしって抱っこしつつも、限界が来たらちょっと5分ぐらい休んで。でもやっぱり子供が生まれてから自分の中ですごい満たされたというか、なんかすごい「あーいいなー」みたいな感じになって。もう本当に僕の人生いろいろあったんですけど。でもそんないろいろあった中でもすごい満たされた人生を送れるようになって。だから本当にヒーリングって素晴らしいんだって本腰入ったのかなっていう気はしてます。
ゆいぴ:
満たされたっていうのは何が満たされたんですか?
後藤友馬:
すごい感覚的に言っちゃうんですけど、自分の心の中にぽっかりと穴が開いていて。子供が生まれたことによってそこが埋まって、なんかいいなーって。子供が生まれるってこんな素晴らしいんだなみたいな。そんな感じです。
ゆいぴ:
へえ。お子さんが生まれる前と後で何か変わったことってありますか?
後藤友馬:
なんか…待ってください、言語表現を考え中で…。そもそも僕って大学あたりから20年ぐらい技術者やってんですけど。子供が生まれる前はいかに自分を高めようかってところだったんですけど、やっぱり子供が生まれてからは自分の持っている能力や価値をどうやって外の世界に広げて役立てようかみたいな。そこはすごいでかいですね。
だから子供が生まれる前ってのは否定感じゃないですけど、自分ってまだまだなんだぜみたいなところがあって。お客さんに価値を広げるとかお役立ちしますっていうよりも、もっと自分のことを高めようみたいな心境だったんですけど。子供が生まれて満たされて、自分ってやっぱり良いんじゃんみたいな感じになって。
もっと良いことをね、会社の仕事にしてもお客さんにしても、合奏聴きに来てくれた人にしても、もっと広げていこうみたいな。本当に外に拡大し始めたっていうかそんな心境です。だからそんなこともあって、このインタビューを受けてみようかなって感じもしてて。ブルースカイでフォローしていただいたんで、それがご縁でやってみようかなっていうか。
ゆいぴ:
お子さんが生まれたことで何故そう思ったんですかね?
後藤友馬:
うちの子供が生まれた経緯を話すと、最初は自然分娩だったんですけど、なんだかんだで帝王切開になっちゃって。ドラマで見るような、お母さんがいきんで赤ちゃんが生まれた!みたいな、ああいう感動はなくて。助産師さんに「生まれましたよ」って入ったらいきなり言われて、わーって泣いてて。でもなんでしょうね、次の日泊まったんですよ、奥さんと赤ちゃんがいる部屋に。そこで我が子を見たらなんか初めてじゃない感じがしてて。生まれて1日だったんですけども、一緒に住んで3週間ぐらいの感覚になって。っていうのと、やっぱりうちの両親も喜んでくれたり弟も喜んでくれたり。うちの子供がきっかけで、今まで交流してなかった人との交流が増えたりとか。
ゆいぴ:
うんうん。
後藤友馬:
そうなんですよ。だからこの子によって僕の殻が破れたのかな、っていう気もしてましたね。
過去:なんかあるんすよ跡取りって。会社もっとこうしようぜ、みたいな。
ゆいぴ:
後藤さんはどんな子供でしたか?
後藤友馬:
うちの家系のことを話しますと、お父さんが会社を経営してました。その会社っていうのが元々は幕末に刀鍛冶から始まった会社で、いろんな形態を変えながら2000年代まで存続した会社でございますと。僕はその会社の長男として生まれました。お父ちゃんが会社をやっていて、その父親の会社の社員さん、専務とかがよくうちに来たりしてて。
そういう関係もあったんでなんとなく、僕はお父ちゃんの会社を継ぐもんだなみたいな感覚でいました。俗に言うザ・長男みたいな感じ。真面目でお利口さんですよ。学校に行っても成績も結構上の方で、中学ぐらいまでは。だからなんとなくですけど、会社を継ぐためにいろいろと進路を選択してたかなっていう気はしてますね。
ゆいぴ:
小学校のとき、何か特別やっていたこととか習い事とかありました?
後藤友馬:
結構習い事をやってて。少年野球もやってましたし、水泳もやってましたし、習字もやってた感じですかね。あとボーイスカートの小学生版みたいなやつがあって。でも結局自分で選択したわけではないので、あんまり面白くなかったかなって感じですね。
ゆいぴ:
習い事はどれもそんなに…って感じでした?
後藤友馬:
そうですね。習字と水泳とボーイスカウトは、親が「やった方がいいんじゃないの?」みたいな感じで半ば強制的に入れられて。野球の方も、小学校って集団登下校するじゃないすか。そこの上級生から「お前、入んだろうな?」みたいな感じで強制的に入ったっていうか。それと僕の町内って同級生の子がいなかったんで、意外と友達が少なかったって感じですかね。
あと結構過保護というか。僕の学校の地区ですと、小学校4年生になったら親の同伴なしで自転車に乗っていいですみたいなルールじゃないですけど、勧告があったんですけど。うちの、特に父親が厳しくて、なかなか許してくんないとか。あとお小遣いをみんなもらってるけど僕だけもらってないとか。ある意味過保護に育てられたのではないかと。小学校はそんな感じですね。
ゆいぴ:
逆に何が楽しかったです?小学校のときって。
後藤友馬:
なんだろうね、ファミコンとかですかね。お父ちゃんが会社経営してて庭があったんで、みんな庭で遊びたがるんですよ。でも僕それはあんまり楽しくなくて。そうっすね、だから本当にファミコンとかが楽しかったなって感じですかね。
ゆいぴ:
それは一人でプレイするのが楽しかった?
後藤友馬:
そうですね、誰にも邪魔されることなく。やっぱり上級生とか、同級生に茶々入れられることが多かったんで。一人で遊べる自分の時間じゃないすけど、やっぱそういうのはすごい楽しかった気はします。うちっていろんなお客さんが来たわけですよ当時。いろんな人が来たんで、おそらくですけど今から推測すると自分の時間が確保できなかった。ただそういう自分の時間が確保できるファミコンはすごい貴重だったのかなって思います。今振り返って。
ゆいぴ:
なるほど。中学に上がってから何か変化ってありました?
後藤友馬:
一番の変化は喧嘩するようになった。僕って優しい性格なんで結構舐められたっていうか、同級生とかに。中学生になったらそれも嫌なんでグーパンチで殴ったりとか、だから喧嘩はするようになったかなって感じです。あとは塾に行きだして、小6ぐらいから塾に行きだしたんですよ。塾は楽しくて。結構みんな塾行きだしたんで、僕も行くって言ったら親もいいよって言ってくれて。かつ勉強ができて上のクラスに上がりたいというモチベーションがあったんで、塾の先生もそれを汲み取ってくれて上のクラスに上げてくれたりとか。塾が終わった後に友達と遊んだりとか。そういうのがすごい面白かったですね。部活は相変わらず野球をやってて。僕は冬場とかも走りこみたかったんですけど、みんなは走りこまなかったんで嫌だなーって思ったりとか。
ゆいぴ:
最初に言ってた「喧嘩するようになった」っていう喧嘩の相手は誰なんですか?
後藤友馬:
同級生。小学校時代から僕のことをからかってきた子とかで。クラス一緒で、やっぱり舐められたらいかんよな、みたいな。ある日突然そんな感じになって。力もついてきたんで。
ゆいぴ:
中学を卒業した後はどういう進路ですか?
後藤友馬:
高校に行きました。地元の人があまり行かない私立高校に行きました。理由としては、中学校時代は結構頭よかったんで俗に言う県立の進学校に行って、すごい良い大学目指そうぜっていう選択肢もあったんですけど。
当時としては、もっと青春をしたいみたいな感じになって。なんかね、高校に入ったら部活やりたかったんですけど野球はいいやって感じになって、すごいゴルフがやりたいっていう思いが出てきて。おそらく会社を継いだ後にゴルフが役に立つからやっといたほうがいいんかな、って思いもあったんですけど。でもすごいエネルギーがあり余っていたんで、そのエネルギーをゴルフにぶつけていきたいなみたいな。そんな感じで地元の自分としてはあまり行かない私立高校に行きました。
ゆいぴ:
高校に入ってからゴルフやりたいって思ったんですか?それともゴルフがやりたいからその高校を選んだんですか?
後藤友馬:
ゴルフをやりたいから高校を選んだ、後者の方ですね。
ゆいぴ:
へえ。ゴルフ部はどうでした?
後藤友馬:
楽しかったですよ。
ゆいぴ:
今もやられてます?
後藤友馬:
今は引退状態です。ちょっとね、大学卒業して社会人になった後にいろいろございまして。
ゆいぴ:
じゃあ大学時代のことも聞いていいですか?どうだったのか。
後藤友馬:
大学は、親父が工場やってたんで機械工学科に行きました。日本大学の機械工学科に行きました。そこでゴルフの同好会にも入りつつ、ちゃんと大学4年間で卒業して。
大学院にも行ったんですよ僕。行った理由は大学のときに就職がうまくいかなかったんで大学院に行ったんですけど。でも大学4年生から大学院の1、2年生までは生産加工って言って、要はドリルとかで鉄を削るような研究。それをやったんですけど、結構それが面白くて。砥石ってわかります?包丁を研ぐような石。
ゆいぴ:
ええ、わかります。
後藤友馬:
あれって実はどう削れてるのかよくわかんなくて。なのでそれを解明しましょうという研究をやってました。そのプロセスを明確にするための装置作りから始めまして。だから装置を作ってデータをとって論文を発表する、みたいな一通りいい感じの経験ができて。かつそれが今も活きてるからすごい良かったなって思いますし。そのときは学校に行って、忙しいときは朝の9時頃から学校行って、夜の6時からバイトやって。終わるのが大体12時ぐらいなんで、それから大学に行って深夜3時くらいまで研究して帰るみたいな。一番忙しいときは、そんなことをやってましたね。
ゆいぴ:
どういう気持ちでした?そのときは。
後藤友馬:
何だかんだで楽しんでやってたと思います。睡眠時間も徹夜っぽくなってたんで、ランナーズハイみたいな感じだったと思うんですけど。楽しくやっていたかとは思います。なんかバイト先の人も…言い方悪いですが、ゴルフの打ちっぱなしでバイトをしていて、そこでプロゴルファーを目指してる人と一緒にシフトに入ったんですけど。もう今からどう考えてもプロにはなれんでしょ、って人とシフトに入って。だから人生真面目にやらないとこういうひどいことになるんだな、みたいな(笑)。ちょっと自分の戒めになったりもしましたし。やっぱりそういうのがあったからちゃんと研究しようって感じになりましたし、逆に研究自体を楽しめたからそこまで頑張れたんかなっていう気はします。
ゆいぴ:
その研究って何が楽しかったんですか?
後藤友馬:
なんだろう。結局研究って言っても自分でいろいろやったりするんですよ。機械作ったりとか、あと機械を操作したりとか。自分がいろんなことができることも楽しかったですし。研究自体も、おそらくこうであろうっていう予測はあったんですけど、ちゃんと定量的に測ることによって実はそうではなくてこうなんです、みたいな別の真実がわかったりとか。それは面白かったです。
ゆいぴ:
そしたら、大学卒業後はどうですか?
後藤友馬:
就職先は、自動車メーカーのマツダ知ってます?
ゆいぴ:
はいはい、もちろん。
後藤友馬:
マツダって会社に就職しました。理由は二つで、やっぱりお父さんが会社をやっていて自動車系のお客さんなので、自動車会社に行ってコネ作った方が後々楽かなと思って。もう一つは結構うち厳しかったんで。あとはひとまず関東を出ようと。外の会社でちゃんと成果出して故郷に錦を飾るじゃないですけど。
僕の出身が栃木県で、関東外の遠くの会社で成果を出して帰ってくるみたいな、そんな狙いもありました。なんですけど、実際入って父がやってる会社とは別の分野の部署に配属されちゃったんで、もう入社早々その計画が頓挫したみたいな感じもありました。
ゆいぴ:
そこには何年ぐらいいらっしゃったんですか?
後藤友馬:
6年数ヶ月いました。
ゆいぴ:
そこから今の会社に転職された?
後藤友馬:
そこから父親の会社に転職したんですけど、私が戻って早々会社の状態が悪くて。結局戻って1年ちょっとで倒産しちゃって。その父親の会社に入ったタイミングで私もヒーリングを受けました。父親の会社が潰れてからは、ちょっとお金もあったんで半年ぐらいプータローやってて。
そっから技術者を派遣する会社に正社員として採用されて、今ちょっと話題になってる日野自動車の方に派遣されたって感じです。そこで3年ちょっと働いてから、今の会社にいるっていう感じ。
ゆいぴ:
ふうん。
後藤友馬:
割と転職してる方です。だから父の会社が潰れて今に至るまで大体10年ぐらい。
ゆいぴ:
後藤さんの人生の転換期というか、ターニングポイントみたいなのってありました?
後藤友馬:
父親の会社に戻って…なんかあるんすよ、跡取りって。会社もっとこうしようぜ、みたいな。僕もそういう志はあったんですけど。でも実際働いてみたらなんか違うぞこれは、みたいな感じになったんです。そのタイミングで、栃木に住んでいたんですけど、東京の方で自己啓発のセミナーとかに出るようになりました。本田健さんってご存知ですか?
ゆいぴ:
すみません、存じ上げないです。
後藤友馬:
そういう有名な人がいて、それ系のセミナーにちょっと出始めた感じです。そのセミナーの中でヒーリングやってるよって方に出会って、僕もヒーリングを受けた。父親の会社が倒産してプータローのときに時間があったんで、僕もヒーリング提供できるようになりたいんですって言って一応できるようにはなった感じ。
ゆいぴ:
じゃあその辺の期間が後藤さんにとってはターニングポイント?
後藤友馬:
その通りでございます。
未来:前向きに未知の世界に楽しく突っ込んでいく。怖さもありますけど、怖さを胸に抱きながら楽しく突っ込んでいくというか。
ゆいぴ:
未来についてもお伺いしたいんですけど。この先の5年10年、もっと先の20年30年、最後に後藤さんが死ぬっていうところまで考えてみて、未来に対してどんなイメージをお持ちですか?
後藤友馬:
まずはちゃんとヒーリングの方も提供して、会社の仕事の方でも成果を出していきたいとは思ってます。お金が全てじゃないんですけど、年収としても1000数百万は超えていきたいっていう感じはあります。
なぜか昔から日本の製造業を元気にしたいって想いがあって。だからまずヒーリングで世の会社員の方々の状態を良くして、会社の仕事を楽しんでもらいたい。やっぱ会社にいると結構我慢しないといけないから。会社員だから割り切っていこうぜみたいな観念は少なからずあると思うんですけど。
そういう現実がありつつも自分の能力や才能を活かして、楽しく仕事ができる会社員を増やしていきたいって思いはございます。僕も会社員として成果を出すことによって、目に見えない世界と目に見える世界を繋げていくじゃないですけど。
ヒーリングやってる人って目に見えない世界のことは好きなんだけど現実と対峙するというか、現実と向き合って良い感じでやってくのが苦手な人が結構いるんで。僕としてはちゃんとヒーリングという目に見えないものも提供しつつ、会社員として成果を出すことによってそこを繋げていって、本当に楽しく働く人を増やしていくことが当面の使命かなとは思ってます。
で、死ぬ時ですか。でもちゃんと死を受け入れて気楽に死ぬじゃないですけど。死を受け入れて、俺の人生こういう人生だったけどやっぱ良かったね、みたいな感じにはしていきたいと思ってて。なんか楽しく死んでいくというか。いろんな人生を思い返して、こういう人生だったからいいね、っていうのを思いながら安らかに死んでいくイメージですかね。
ゆいぴ:
年収1000数百万超えたいっていうのは、その数字に何か理由があるんですか?
後藤友馬:
そこはやっぱり目に見える世界、理想と現実を繋げるっていう意味ですかね。理想と現実を繋げる指標として、やっぱりどうしても年収いくらってあった方が。自分としてもどんどんステップアップしようと思ってるし、外部にも僕はこれだけ稼げましたって言えれば信頼感というか信用性も上がるし、じゃあやってみようかって人も増えてくると思うんで。そこはちゃんと稼いで、自分の理想を現実にしていくっていう感じですね。ただ金儲けすればいいのではなくて、志のもとで稼いでいくみたいな。そんなのを目指してます。
ゆいぴ:
楽しく働ける会社員を増やしたい、っていうのは何故そこに行き着いたんです?
後藤友馬:
一番最初に入ったマツダっていう会社はそういう人が多くて。僕は1983年生まれで、不思議なことに僕の世代は割かし楽しくというか、なんだかんだで楽しく仕事をしてる人が多いかなと思ってて。でも結構上の世代とか下の世代とかってそういう人が少ないというか。やっぱり僕も仕事を通じて成長させてもらったし。あと今の労働人口の9割ぐらいがたぶん会社員ですけど、これが100年後も変わるかと言われたら、パーセンテージは変わるかもしれないけど基本こうだろうなと思ってて。
僕らが所属しているヒーリング団体には、誰もが自然に笑って暮らせる社会作りに貢献するというビジョンがあって。僕もヒーリングする上でそれに貢献できるにはどうしたらいいかなってことを考えたら、やっぱり仕事ってとこが出てきて。もちろんね、仕事に関しては別って人もいるけど、仕事も楽しんだ方がすごい自分の中の感性とか、あと俗に言う「豊かに生きる」っていうか。やっぱりその中から、イノベーションとか生まれるんじゃないかなと思ってて。だから現場の人が楽しく盛り上がってくれれば、会社として組織としてもっとイノベーティブに動けるのかなっていう気はしてます。僕も案外仕事が好きな人なんで、そういう人が増えたらすごい世の中良くなるからだと思ってます。
ゆいぴ:
じゃあやりたいことじゃなくて、自分のありたい姿ってありますか?
後藤友馬:
前向きに未知の世界に楽しく突っ込んでいく。怖さもありますけど、怖さを胸に抱きながら楽しく突っ込んでいくというか。
ゆいぴ:
今はその状態にあります?
後藤友馬:
今も結構いろいろ突っ込んでやっていこうとしている。一時、妊娠がわかって結婚もして、ある意味僕が望んでいたものが手に入ったんで、ぬるま湯に入った状態に落ちてしまうところがあって。でもやっぱり子供が生まれてからすごい満たされて、もっと外の世界に興味が、興味というかもっと外にいろいろ自分の提供できるものを広げていきたいなみたいな想いが出てきて。当然未知の領域もありますけど、僕は結構何事も楽しそうにやってるねって言われる人間なんで、そこは自分の良さを活かしながら突っ込んでいくみたいな。
ゆいぴ:
どんなに小さいことでもいいんですけど、チャレンジしてみたいことってありますか?
後藤友馬:
チャレンジか、なんだろう。100人規模のセミナーとか。大幅な売り上げを上げるというか。会社の仕事にしてもビジネスにしても、特に会社の仕事の場合って営業さんがいるんで、営業さんやマーケティングが仕事を取ってくる感じなんですけど。そうではなくて、自分から仕事を取ってきて、今まで経験したことない大きな売り上げを上げるみたいな。そこはやっていきたい。もちろん顧客の満足度を得ながら上げていくみたいな。本当に今は売り上げからは逃げたくない感じ。だから結局そこ、自分らしく自分の良さを活かしながら、大きな売り上げを上げる。そこを目指していますね。
ゆいぴ:
ふうん。
後藤友馬:
技術者ってね、売り上げとかあんまり気にしないっていうか。お客さんとかそういうの関係なく、コスト的にどうこうとかあんまり気にしないんで。売り上げとか儲けとかではなくて、技術的に本質的にどうこうしたいという傾向があるんですけど。良い面でもあり、実際にビジネスっていう点では良くないと思ってて。本質とか顧客の求めるニーズとか、あとはお客さんに喜んでもらう。全部満たした状態で、大きな売り上げを上げていくっていうチャレンジはしていきたいですね。技術者的な要素を活かしながらセールス、売上を叩きあげるみたいな。そんなイメージです。
ゆいぴ:
もうちょっとプライベートな面では何かないですか?
後藤友馬:
いや、結構仕事が好きで。もちろん家族を大切にするっていう前提はありますけど、仕事でちゃんと稼いで、そのお金で家族で楽しくする。良い寿司屋に行ったりとか、ラグジュアリーホテルに泊まったりとか。ちゃんと稼いで、それをちゃんと家族のために還元して楽しく過ごす。だからまあ…ちゃんと稼いで良い寿司屋に行きたいです。
ゆいぴ:
もしもの質問で、もし後藤さんのお父様が全然経営者じゃなくてただの会社員だったとしたら、自分の人生とか今後とかってどうなっていると思いますか?
後藤友馬:
でもやっぱり、例えばうちの父親が銀行員だったらたぶん経済学部に進んだし、薬剤師だったら薬剤師になってただろうし。どうなんだろうな…。たぶん理系には進んだと思います。で、ソフトウェアエンジニアにはなってないと思います。でももっと幅広く働けた気はします。理系なんですけど技術者という枠に捉えられずに、もっと柔軟に働けたのかなという気はしてます。
ゆいぴ:
お父様の存在は大きいですか?
後藤友馬:
結構でかくて。技術者の家系なんでその特性を受け継いでいるのと。よく言われるのが、奥さんはお父さんもお母さんも会社員なんですけど、会社員家庭にはそういう発想ないねみたいな。おそらく発想そのものが、会社員の家系にはない発想ではないかと思ってます。
ゆいぴ:
理系には進んだと思います、っていうのはなんでです?
後藤友馬:
なんか哲学とか文系のことはよくわからなくて。そっちよりも、理系とか数値化された方が好きというか。そうそう、ヒーリングって子供の頃の心の傷を癒すみたいな効果もあって。だからお父さんから悪い影響を受けた場合はそれが除去されるという性質があったりするんですけど。でもそれが除去されても技術者的なことも好きだったりとか、3Dプリンターを売ってて、パソコンを使うんですけど、結構手仕事みたいなことをやるわけですよ。お父さんの悪影響を消したとしてもそういうことが好きだったんで、どんな親であろうとおそらくそういうことが好きなんだろうなみたいな。そんな感じです。
ゆいぴ:
なるほど。後藤さん自身そういうことがお好きなんですね。
後藤友馬:
そうですね。
ゆいぴ:
最後に言い残したことっていうのを聞いていて。インタビューを受けた上での独り言でもいいですし、読者の方へのメッセージでもいいですし、インタビューの感想でもいいんですけど、何かありますか?
後藤友馬:
将来はさっき言ったように多くのヒーリングを提供して、一人でも多くの会社員の方が楽しく働けるようなことに貢献していきたいなとは思ってます。だからもう本当にね、一人でも多くの人が自然と笑っていられることに近づけるように、日々の会社の仕事だったりとかマーケティング活動とか、あとは家族のコミュニケーション、これは本当にやっていきたいなと思ってます。なので……頑張ります!何かあったらよろしくお願いします。お気軽にご連絡ください。
ゆいぴ:
はい、ありがとうございます。
あとがき
基本的に「楽しいことをする。楽しくないことはしない。」が私のモットーなんですけど、あまり理解されないんです。そんな甘くないよ、みたいな。でも実は、世の中には楽しくないことをやってくれてる人たちがいるんですよ。だからその人たちに甘えて私はやりたいことをやっちゃう。みんなそれくらいの心意気でいいと思う。自分の人生においてはね。生活も仕事もあれもこれも、選択に悩んだら楽しいかそうじゃないかで選べばいいんです。たったそれだけのことです。
【インタビュー・編集・あとがき:ゆいぴ】
#無名人インタビュー #インタビュー #ヒーリング #働き方 #会社員 #転職 #天職