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無名人インタビュー:幸福の人

ThisIs幸福なストーリーだと私は思った。あなたは?
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短大卒業してから新宿にある大手ゼネコンで数年OL。バブルの終わり頃です。
ゼネコン辞めた後Vancouverへ。一年語学学校に通った後一旦帰国してワーキングホリデービザを取得し再びVancouverへ戻り、日本人観光客相手のガイドを一年。
ワーキングホリデービザが切れたので帰国。日本が魅力的に思えず、台北へ語学留学。三ヶ月のつもりで渡台したが全く三ヶ月では話にならないので仕事をしながら勉強することに。
二年ほど台北にいた後帰国。
2017年まで台湾系の会社で18年輸出業務を。事務所が解散したのでアーリーリタイアメント。
2019年秋に訪日観光客ガイドの仕事をすることになり、順調に仕事に慣れてきたところにコロナ。
2020年の春先から今まで、専業主婦生活で色々画策中。
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お楽しみください!

今回ご参加いただいたのは さみみ さんです!

qbc:どんなインタビューにいたしましょうか。

さみみ:聞きたいところからやってもらっちゃったほうがいいかな。

qbc:では、現在何をされている方でしょうか?

さみみ:私、東京の近くに住んでるんで、東京に出てって、外国からくるお客様のプライベートガイドをしていたんですけど、コロナの状況なので外国人のお客様いらっしゃらなくて。1年ぐらい専業主婦をしているような感じですね。
私、もともと20代のときにワーキングホリデーでカナダに行ってて、そのときに、現地の会社で日本人のツアー客のためのガイドをしてたことがあるんです。バスやタクシーで回ったりしてたんですけども。今はプライベートガイドなので、ファミリーやカップルのために、3時間ぐらいガイドをするような感じです。
基本的には食べ歩き、飲み歩き。居酒屋・立ち飲み屋ホッピングとか。酒エクスペリエンスって言って日本酒を3箇所ぐらい、立ち飲みとか居酒屋とかに連れて行って、いろんな説明をして。つまみとかも一つ一つ説明たりし。日本酒の文化を話したりして、街歩きをするっていうコースが一番多かったですかね。私、いちおう国際唎酒師(Chinese version)なので、日本酒のことはちょっとわかるんで。

qbc:コクサイキキザケシっていうのがあるんですね。

さみみ:利き酒をするだけじゃなくて、日本酒の歴史とか文化とか。たとえばお米をどれぐらい削ったら純米吟醸酒とか、そういう説明を外国語で出来るのが国際唎酒師になります。私、国際唎酒師の資格は中国語で受けたんですけど、実際今所属しているイギリスの会社は中華系のお客様がいらっしゃらなくて、欧米系が殆ど。結局英語でご案内する事になったので、英語での説明なんかも対応出来る様にしました。

qbc:どこらへんを回られるんですか。

さみみ:私は上野が多いですね。行くエリアや店なんかは基本、ガイドに任されてます。私は浅草に行くこともありました。ガイドが10人いたら十通りのコースがあると思ってもらって良いです。私は事前にお客様とWhatsApp(LINEのようなチャットアプリ)で直で打ち合わせしてます。
上野の「たきおか」とか知ってますか? 立ち飲み屋さんの。立ち飲みってけっこうディープじゃないですか。最近は外国人のお客様も増えましたけど、私がはじめた一昨年の秋ぐらいは全然いなくって。そういうの行きたいけど、日本語出来ないと店側に相手にされないんです。外国人同士では絶対無理なので。だから連れて行くとすっごい喜ばれたんです。
もちろん「大統領」も。酒エクスペリエンスって基本、3軒ハシゴすることになってるんですよ。1軒目に「たきおか」で、2軒目にだいたい「大統領」の大箱のほうに行って。で、もう1個「たる松」に行きます。「たる松」って大きな樽が置いてあるんですけど、ああいうのを見ると、すごい喜んでくれて。



qbc:ガイドさんも一緒に飲まれるんですか?

さみみ:私は一緒に飲んじゃいますね。会社も飲んでも良いけど、酔っ払わない事、って契約書に書いてます。飲んじゃうけど、やっぱり緊張してるから、酔わないですね。ちょっと気分良くなったりするぐらいはありますけど。
海外の方は、ショットのようにガーって飲む方もいらっしゃって。3軒回るのに1時間ぐらいで終わっちゃったこととかありましたね💦
基本的にそのコースは日本酒を1人5種類。2人で5種類でもいいんですけど。おつまみも5品ぐらい頼んで、3軒ぐらい回ってる感じなんです。
みんな、美味しいって言って下さいます。気分が高揚してるのかもしれないんですけど。これはダメだなって言われたことは、あまりないですね。

qbc:なるほど。

さみみ:上野はその3つなんですけど。私、そのあとに青山とかを回るコースも考えて。原宿から青山、渋谷のほうに向かうコースを自分でプランニングしました。最後、渋谷に「富士屋バル」っていう日本酒バルがあるんですけど。
(残念ながらコロナ禍で閉店しました)

さみみ:そこは、1時間500円で、飲み放題なんですよ。常にお酒が100種類ぐらい冷蔵庫の中にあって。ジャケ買いじゃないですけど、これいいかなっていう感じで雰囲気選んでもらったりしてそれを飲みながらラベルに表示されてる情報を英語で説明したり。私がいいなっていうのを勧めたりとかとかもして。だから、1時間でもけっこう飲みますよね。つまみは1人2種類頼まなきゃいけないんですけど、それでも1時間500円で飲み放題ってね、凄くいいし、ラベルいっぱい見れるのって楽しいじゃないですか。いろいろ説明もして。
それから、熱燗もできるんですよ。ただ、熱燗はね、抵抗ある人多いみたい。お酒をあっためる文化って他の国じゃ、あんまりないじゃないですか。

qbc:なるほど。

さみみ:紹興酒ぐらい? でも紹興酒あっためるの、日本人ぐらいだと思う。台湾で紹興酒を積極的に飲むのは、基本的に日本人が殆どです。実をいうと、台湾の人あんまり紹興酒飲まない。料理酒だから😅 ビールとかウイスキー飲む人が多いかな。そもそもお酒を飲まない人も多いです。

qbc:東京でプライベートガイドのお仕事を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

さみみ:たまたまネットでみつけたんですよ。イギリスの会社なんですけど、面白そうだなと思って。3年ぐらい前に18年間勤めてた台湾系の会社が解散しちゃったんで、アーリーリタイアメントみたいな感じでゆっくりしてたんですけど、頭使わないのもボケてきそうだと思って。ネット見てたらたまたまそういう募集があったので。
日本法人があるわけではなくって、全部ロンドンにある会社と直接やりとりするんです。全世界のお客さんがロンドンの会社のほうにサインアップして。サインアップしたら、会社が私とか他の人たちに、Bccでこの日、できる人いる?と聞いてきて、24時間以内にyes  noで答える事になってます。で、仕事を受けたガイドに顧客の詳細が送られてくる。極端な例で前日夕方って事もありました。外国の方って結構行き当たりばったりで日本に着いてから思いつきでサインインする方、結構多いです。

qbc:面白いですね。

さみみ:最初、zoomでの面接の前に、質問状で答えろみたいなのが、すごいいっぱい書いてあったんです。たとえば、私はガイドを東京でするので、あなたにとって、東京でするパーフェクトな1日はどんな感じか書いてくれとかって言うんです。他にも今、すごく興味を持ってることは何とか。興味ってホビーとかじゃなくて、どんなクレイジーなことでもいいからって書いてあって。で、私は漢方がすごい興味があるって書いたりとか。面白いこと聞いてくるなと思って。
たとえばアメリカから来て、日本の友だちがガイドして連れてってくれてるような感じで接するほうが、親しみやすくていいっていうのが会社のコンセプトみたいです。もちろん礼儀はちゃんと尽くすんですけど、できれば観光ガイドに載ってるような場所じゃなくて、あなたが好きなところを紹介するみたいなところが良いらしくて。仕事終わった後のフィードバックも、あなたはどれだけ今回の仕事を楽しめましたか?って項目があります。
基本的にプライベートツアーなので安くはないので、知ってる限り、客層は良かったです。世界中に支社がある方や自分の名前のついた財団持ってる方もいらっしゃいました。GAFAの上の方の方も。共通して言えるのは皆さんお金の使い方や人生の楽しみ方を知っていらっしゃるという事。細かい事に拘らないし、人の扱い方も一流だと思いました。

qbc:お子さんのころは、どんな子だったのですか?

さみみ:子どものときはですね、あんまり親と仲良くなくって。うちは兄がすごいデキがよくて、今はパイロットなんですけど…妹もまあT大行くくらい、デキがよくて。
ハムスターが友だちでした。
小学校6年のときにいじめにあったりとかして、そのときは本当にハムスターだけが友だちだったんです。ハムスターが死んじゃった時は、この世界がこのまま終わって明日が来なければいいって本気で思いました。
6年の2学期の終わりぐらいになって、親に、何とか私立に行きたいとか言って。そんな大したレベルのところじゃないですけど市内のところに入学していじめた子達となんとか離れられて。中学校入学して、こんなに開放感があるってすごい素敵だなって思いました。当たり前の事に感動したりして。
昔って、私立受験ってそんなに大変じゃなかったし。兄は全然違うすごくいい私立に通ってたので、家庭内で文化が違ってました。

qbc:ご両親は普通の会社員ですか?

さみみ:はい、二人とも商社だったんです。母は腰掛けですぐに結婚しちゃいましたけど。

qbc:商社って三大商社です?

さみみ:XXXXX。

qbc:メチャメチャエリートじゃないですか。お兄さんがパイロットで、妹さんがT大。妹さんは職業は何やられてるんですか?

さみみ:妹はフリーでやってます。働きたくなくて、40ぐらいまでずっと大学院行ったりとかなんか、フラフラしてましたよ。司法試験受けるとか受けないとか。結局受かんなかったのかな。フラフラしてたうちの親もあんまりきつく言わないし。あまり関わり合いたくなかったのでよく知らないです。

qbc:なるほど。さみみさんは、就職はどうだったんです?

さみみ:新卒では大手のゼネコンに行ったんですけど。親のコネなので、私、あんまり遠いところは嫌だとか、商社とかもあんまり行きたくないって、わけのわかんないこと言ってました。今考えると恥ずかし過ぎますが。
会社辞めたのは続かなかったっていうか…結婚したい人と結婚できなかったっていうのもあるんですけど、88年89年ぐらいって、まだバブルのころなんですごく景気は良かったんですけど、このままいたら、私感覚がおかしくなっちゃうって思った部分もあったんです。
お金の使い方とかもそうだし。ゼネコンだったんで都市開発もしてたんですけど、ここ開発するから、ここ地上げしなきゃ、みたいな感じで、部長さんとかが蛍光ペンで住宅地図を無邪気に囲ったりしてひゃー💦みたいなの、けっこうありました。
カラ出張とかもあったりして。あんまり長くいないほうがいいなとは、ちょっと思いました。ただ、私が入ったところって、女の人が今までいなかったようなところだったから、すごいかわいがられてはいたんですけど。おじさんばっかりに。

qbc:今、バブルを振り返ってみて、どうでしたか?

さみみ:やっぱり狂ってましたよね。本当にバブルっていうか、泡ですよね。私、二十歳ぐらいで入って、ボーナスとか22歳ぐらいで1回7、80万とかもらってたんですよ。夏に70、冬に90とか、そういう感じ。多いですよね。
飲み会とかも全部会社の経費だから、タクシーで帰るんですよ。なかなかタクシー捉まらなかったような時代だったんですけど。

qbc:1万円札振ってタクシーを止めてた時代ですね。

さみみ:会社が提携してるタクシー会社があって、でもやっぱり金曜の夜なんて、捕まらないですよね。私、タクシーがつかまらないなら、ハイヤーを呼べばいいじゃないって言ってました。おかしいでしょ? 20歳過ぎの小娘が。ハイヤーだったらつかまるから、とか思ってて。さみみ語録、と伝説になりました(苦笑)

qbc:最初の会社を退職後、カナダへ行かれたんですね。

さみみ:好きだった人と結婚できなくて、さっさとどっかへ行ってしまいたいところがあって。自分に酔ってたかもしれないですけど。英語はわりと好きだったので、行っちゃおうかなと思って。
24歳のときですね。若いときの恋愛って勘違いが入ってるから。あ、私だけ?(笑)この人に会うために生まれてきたんだ、私。みたいにちょっと思ってたとこがあって。違ったんですけど😅
カナダは治安も良くて英語もきれいだっていうんで、いいかなと思ったんです。バンクーバー、大好きでした。ビザを延長できなかったので帰ってきて、日本はやっぱり合わないって思って。

で、当時、女の人っていうかOLは、香港へ出稼ぎじゃないですけど、仕事に行くのが流行ってたんですよ。

qbc:はい。

さみみ:当時結構日本人女性が香港で働いてたんですけど。ヤオハンとか知りません? ああいうところって、けっこう現地で働ける日本人の女性とかを募集してたんです。なので、香港に行きたかったんですけど両親に言ったら、当時の台北支店長が父親の後輩で、今、台湾にいるから頼って行けばいいって。で、3ヶ月ぐらい行こうと思って行ったんですけど。3ヶ月じゃどうしようもないじゃないですか。英語でいうABCからはじめるような感じだったんで。なので、向こうで仕事しながら勉強しようと思って。そしたら、台北の日本人学校の小中学生が行く学習塾があるんですが、そこの先生をしながら勉強して2年ぐらいいたんです。ですが、そこの社長が塾を閉鎖することになって、それで帰ってきたんです。
その後貿易会社なんですけど、都内の台湾のグループ会社に18年ぐらいいて。その会社の考え方が、残業が多いのは能力の無い証拠なので、仕事時間中にキッチリ仕事を終わらせろ、って言う感じでした。長くダラダラ仕事をやらないで、とにかく時間内に効率よく頭使ってガーッと終わらせるような感じでを毎日やってました。仕事の量が少なかったわけではないので、それはそれで、結構大変でした。
けっこう効率よく回してた会社だったから、お給料はすごく良かったので、不満は無かったです。普通、大企業辞めて海外へ行って戻ってくると、年収下がるっていうんですけど。私はすごくラッキーなことに、収入面では順調に上がったのでありがたかった。
この18年間の途中で結婚したんですけど、子どもいないのでずっとに働いていました。仕事の内容っていうのは、化学品をタンカーに乗せて、台湾とか中国の工場に輸送するっていうのが、一番多かったかな。
三国間貿易もあるので、韓国やタイから台湾・中国へっていうのもありました。

qbc:子どものころ、周囲と折り合いが悪かったっていうお話がありましたけど、そのあとは基本的には楽しかった方なのかなと思っています。

さみみ:どっちかっていうと、友だちとか彼氏とかに頼る部分は多かったですけど。相談なんかは親には絶対しなかったですね。
友だちには恵まれてたと思います。まあ、恋人にはフラれたりしましたけど(苦笑)友だちには恵まれてて、中学の同級生達と今でも仲良くてときどき集まったりとか。2クラスしかなかったからみんなお互いフルネームで覚えてますよ。ここ1年はコロナで会ってないですけど。LINEのグループで連絡取り合ったりとかして。兄弟、家族以上です。

qbc:パートナーさんとは、どんな話されてますか?

さみみ:主人は定年まで在宅なんです。もともとそういう話はあったみたいなんですけど、コロナで早まっちゃって。事務所も閉めるみたいで。本社は仙台なんですけど。そっちは残して、東京はもう本当に閉めちゃうって。去年の秋ぐらいから、1回も会社行ってないですね。
なんだかんだで私、やりたいことがあるのに、毎日3食作らないといけなくなってうまく時間が取れないんです。
定年で家にいる人達、奥様方はどうなんだろうって思ってたら、昼は自分でコンビニとかで買って食べてんだっていうおじさまとかいて、へえーって思ったりするんですけど。
パートナーはいちおう、昼休みが12時から1時って決まってるんで、12時にごはんができるようにセットしたりとか。
お金なくてどうしたらいい、みたいなのはないんでこんなことで文句言ってたらバチが当たるとかって思ったりするんですけど、私は早期退職生活を満喫するつもりだったんで、折り合いの付け方ちゃんと考えないと、ですね。

qbc:人生で、何が一番好きですか?

さみみ:コロナ前はいろんなところへ行って、いろんな人と話したりとかするのがすごい好きだったし。講座とかに行ったりするのも好きだったので、だから、本当はそういうふうにして過ごしていこうと思ってたんす今となっては中々難しいですけど。中国語はまだ勉強してるので、それは好きかな。今はオンラインで翻訳のレッスン受けてて。台湾の先生です。

qbc:さみみさんは、明るくて、一緒にいて気持ちよく過ごせそうな人ですね。ガイドのお仕事ってぴったりだなって思います。

さみみ:ありがとうございます。お客さんと会う直前とかって私、すごい緊張して、どうしようって思ったりしますけど。やりだすと楽しくて、終わったあととかもすごい覚えてて、余韻に浸れるっていうか。さっきノートとか見てたんですけど、あ、こんなことあったな、楽しかったなと思って。
アメリカとかヨーロッパから、わざわざ貴重な時間を使ってバケーションに日本を選んでくれたっていうことは、すごい嬉しい事なので、できるだけ楽しんでほしいって思ってるんです。
時給なんて本当に大したことないんですけど、自分でもいろんなことを知ったりとかできるし。やっぱり発見は多いですよね。
チコちゃん怒られそうな質問とかされて(笑)え?💦っとかって。でも、I don’t know. とはあんまり言いたくないので、もう自分なりの解釈でこういうことだと思う、と。でも、英語だからやっぱり厳しいですけど自分なりに答えてます。後から同僚は英語ネイティブが多いと知りました(苦笑)

qbc:なるほど。

さみみ:ちなみにこのインタビューって、本とかにするんですか?

qbc:これは、許可をもらってないからできないんですよね。

さみみ:私も基本的に、どんなに平凡に見える人でも、それぞれドラマがあると思ってたので、有名人のインタビューなんかより、ずっと面白いだろうなと思って、すごくいいと思いました。

qbc:ありがとうございます。最後に、言い残したことを聞いております。

さみみ:言い残したことっていうか、親が海外とか行ってた人なんで、理解があったっていうのはあると思うんですけど…なんでわざわざ外国で働いたりするの? って言う人、いっぱいいますよね。けど、やっぱりいろんなことをやったほうが人生楽しいって思います。

qbc:たとえば、これが一番良かったって海外のお話ありますか?

さみみ:変な話ですけど、バンクーバーに行って初めて、アジア人と交流するようになったんですよ。私、それまで、アメリカとかヨーロッパの方しか見てなかったんです。当然ながら、同じように英語を学びにきている外国人たちがいるわけじゃないですか。そのときに、こういうアジア人たちがいるんだっていうのがわかるっていう意味だけでも、カナダで良かったかなって当時思いました。(今のようにネットが発達してない時代の話です)
あと、自分が日本人なんだって日本にいると中々考えないですけど、外にいる方が見えるものがあるなって思いました。

qbc:なるほど。ありがとうございます。

さみみ:こちらこそありがとうございます。

qbc:いわゆる裕福な生活というか、幸せな生活をしてきた人っていうのは、嫌味がないんですよね。人当たりの部分で、暗い部分はそんなに出ないんですよ。そういうところって、外から来た人に対してはいいと思うんですよね。これが、1週間ずっといなさいって言ったら、たぶん違うんですけども。その数時間、1日っていう単位であれば、街のことをたくさん見てきていると思うので、非常に向いていると思います。

さみみ:ありがとうございます。

qbc:やっぱり、お金も時間も含めて余裕がないとできないことですよね。

さみみ:すごくお金に拘る人は、この仕事はできないと思います。

qbc:ただ、お金持ってないと、街のことを紹介できなかったりするでしょ。

さみみ:それはありますね。

qbc:それは、長くそこにいたっていう経験もあると思うんですよね。そこはやっぱり面白いなと思いますね。だって、気取りすぎてたら大統領へ連れて行けないでしょって。

さみみ:私、そういうお店、大好きですね。1人で立ち飲みとか行っちゃいます。

qbc:青山とかもわかるわけでしょ? それはやっぱり。そこしか知らない人よりははるかに、楽しみ方を知ってると思いますよね。

さみみ:ありがとうございます。

あとがき

あなたはこのインタビューを読んで、どう思いましたか? よろしければ、ばんばんコメントに感想残っていかあさい!!
てかねー。ほんと、100人以上インタビューしてきて、私の中では、この回が一番幸せだなって思ったインタビューでした。なんか、のりのりじゃんか。刹那的でなく、恒久的な平和を感じる。
まあ、そりゃあね、ご本人的には辛いこともあったかと思うけど。でもこれは一つの幸福の典型って言っていいんじゃない? なんていうか、それは、その一番の幸福だと思った理由は、恐怖や不安というものが、聞いていて、少なく薄かったから。

編集協力:有島緋ナさん  5周年さん

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