青の解像度


死にたい。と。生きたくない。
それは似ているようで全然違う感情だと思う。

ある時の僕は間違いなく死にたかった。
明日が来ること、よりももっと近い未来に怯えていた。たった一度だけだったのだ。全て。後ろから蹴り飛ばされたことも給食のスープに消しゴムが大量に入れられたことも、階段の一番上から思いっきり突き飛ばされたことも。仲間はずれになったことも、耳元で囁かれるどうしようもない悪口も、考えられる限りの罵詈雑言も全部全部、一回だけだった。だからあれは、全てたまたまだったのだと思う。それでも僕の心は、僕の力では制御できないところへといってしまった。
僕はあれをたまたまだと言う。言いたい。言うしかない。あれは神様の悪戯だと言う。誰も悪くないのだ。誰も責めてはいけないのだ。
それでもあの時の僕は、間違いなく、翌朝に日が昇ることに怯えて、夜になると死にたかった。

でも、死ぬことが怖かった。
私が生きることは私以外の誰かの希望で、私が生きていることで生きていられる誰かが確かにいるような気がした。だから毎日を生きた。生きるという言葉の意味もわからないまま生きた。今となっては思い出せないが、あの日の自分はいろんな感情を殺して生きていた。

生きることでしか、自分の価値を見出せないから、生きるしかなかった。


死にたいと思ったのはその時のたった一度だけ。

それからはずっと、生きたくない自分との戦いだった。
死んではいけなかった。
何がなんでも生きていなければならなかった。
あの日、生きることを選んだ自分を裏切ることができなかった。生きることに必死でいた。

でも、生きることは簡単なことではなかった。

聞こえるはずのない声が聞こえても、見えるはずのない顔が見えても、聞こえないふり見えないふりで笑顔でいなければならなかった。本当の僕をどこかに押し殺して、ずっとずっと私を生きていなければならなかった。
だって、生きてさえいれば、それが誰かの望みだから。


生きることは誰かを傷つけることでもあった。
僕の言動はいつもどこかで誰かを傷つけてしまう。
僕が生きていることが、誰かの生きる希望を奪ってしまう。
僕が何気なく放った「頑張れ」の一言に、彼は縛られて苦しんでもう二度と戻ってこれない世界を望んでしまった。あの日の僕を、僕が作り出してしまった。
生きることは自分が幸せになること。誰かをしあわせにすること。そして誰かを傷つけること。

痛みを知る人間が人に痛みを与えてはいけない。
それでも僕は、僕の弱さは、誰かに苦痛を与えることで自分を守った。自分の言葉によがって自分だけの幸せを願った。

死にたい僕はもういない。でも、残ったのは生きたくない僕だけだった。

生きるってなんなのだろう。
毎日食事をすることか。勉強をすることか。息をすることか。動くことか。笑顔でいることか。
答えはずっとわからないままだ。自分が生きていると思い込んでいるこの世界は、自分がいない世界なのかもしれない。自分がいなくても回り続ける世界なのかもしれない。自分は遠くから見て、生きている気になっているだけなのかもしれない。
それでも僕は生きている。


ある日失った感覚は痛みによってのみ、蘇らせることができた。痛みを感じることだけが、自分が生きているという証拠で、痛みを感じている間は自分が生きているという事実に安心することができた。
日に日に増えていく左手の傷も、赤く染まったゴミ箱も、自分が生きていくための薬で、自分が生きることを止めるための階段だった。

死にたいんじゃない。生きたくないんだ。

生きたくない理由をいくつも探しては、死ねない理由を見つけていた。
僕はずっと弱いままだ。
それでも僕は誰かの希望でなければならない。今日の僕は、僕の絶望で、明日の僕は、誰かの希望。

誰にも本当の僕は理解されないのかもしれない。違う。誰にも理解なんかされたくない。僕は僕が殺して生まれ変わったのだから。僕の気持ちは僕だけのもので、僕にしかわからないものでいい。
それでも、いつかどこかの誰かにわかってほしいのだ。僕が生きているのは、僕が生きたいと願った明日ではなく、誰かの希望になることを願った私が生み出した一縷の希望であることを。

私はどんどん前へと進んでいく。僕のことを忘れて進んでいく。僕と過ごした青の時代も、その解像度はどんどん落ちていく。いつか私は僕が生きていた時代を忘れてしまう。僕はいつか消える。私が生きていくために、僕は私の記憶から消し去られた過去になる。
私はもう、あの時の僕を求めていない。あの時の僕を乗り越えて、強い私へと生まれ変わっていく。

僕にできることはもうあまり残されていない。
僕が一生懸命繋いだ命は、何も知らない私によって受け継がれていく。

青の時代。
僕はそこから抜け出すことができない。
青の時代を乗り越えて、私は先へと進んでしまう。
青の解像度。
私が生きていく未来は、もっともっと美しくて希望に満ちているのだと信じて。
青の解像度。
僕が生きた時代が、これからの私を支える力になるのだと信じて。
青の解像度。
どんどん鈍くなる青の時代を二度と振り返らなくていい。
青の解像度。
僕はずっと、私の青の時代を生き続けていく。

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