短編小説「引き金」
闇金に手をつけ過ぎて人生が詰んだ俺は橋の上から川に石を投げつけていた。こうしていると幼かった頃を思い出す。よく実家の裏山を駆け巡って虫やトカゲなんかを捕まえては、川で水切りなんかしていたっけ。
『おどれが女だったらな、とっくに売り飛ばしてるところじゃい。ええか、チャンス与えとるんじゃ。これができなきゃ、われ東京湾にでもなんでも沈んでもらうからのぅ。逃げても無駄じゃからのぅ』
俺はヤクザの鉄砲玉にされかけている。与えられた仕事は対象の人物を消すこと。名前は中田真。組長の女に托卵したとかなんとかで組から狙われてるらしい。
『ええか、明日の今頃に中田はあの橋を渡る。その時じゃ、おどれが引き金を引け。道具は貸してやるからのぅ。こいつはリボルバー式で装填数は6発、使い方は…』
昔はよく借りパクなんてことをよくした。消しゴム、漫画、エロビデオのカバーやギターまで借りパクしたことがある。そうだ。借りたものは返さない主義だったはずだ。それが今じゃ脅しに屈してパチンコや競馬で大負けした大金を返す代わりに人を殺そうとしてるんだ。
人を殺す、命を奪う。俺は覚悟を決めきれずにここにきてしまった。もうすぐターゲットがここにくるのに。
『中田を消したら道具は川に捨てろ。サツに捕まってワシらのこと言うたらムショから出てきてどうなるかわかるじゃろ?運良くサツから逃れたらこの雑居ビルに来い。中田の死亡を確認したら自由にしてやるけんのぅ。』
俺は本当に殺すのか?人を。いや違う。引っ掛かるのはそこじゃあない。もっと根本的な部分だ。
その時、学校の帰り道か知らんがガキが2人通りかかった。
「たっちゃん、横田からゲーム機借りパクしたってマジなの?」
「横田なんてこっちが強く出れば口出せないからな。ギャッハッハッハッハッハッハ!!!」
そうだ、この違和感はこういうことだったんだ。
とうとう中田が現れる時刻になった。
写真と同じ風貌の男、こっちにくる。
もう俺は決断していた。
「あのぅ、中田さんですよね」
「誰じゃい貴様…なんでワシの名を」
スパァァァァァァァァァァン!
夕暮れの街に引き金を引いた音がこだました。
「はぅん…どういて…どういて…」
スパァァァァァァァァァァン!
ヘッドショットだ。命乞いの隙は与えない。
決意が揺らぐから。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァ」
近くに通りかかった女子大生が悲鳴をあげた。
「黙れこのクソアマ!ビッチが!!」
スパァァァァァァァァァァン!
俺は脳内のアドレナリンが異常放出されていたためか女子大生にぶっ放してしまった。しかし距離があったためか命中はしなかったものの弾はかすった。
「あ…あ…ピッ…ピッコロさ…」プスゥ〜ブリュブリュジョボボボ
ビビり過ぎたのか訳のわからないことをいいながら女子大生は糞尿を垂れ流して気絶した。
こんなクソアマに構っている暇はない。俺は小学校時代の50m走よりも全力で走った。ひたすら走った。
気がついたら雑居ビルに着いていた。無我夢中で走って奇跡的に警察に捕まらずここまで来れた。これで俺は"本当の自由"を勝ち取ったのだ。
「おーおー、よくもまぁ借金男がサツにも捕まらず、ここまできたのぅ。さっきTVで中田の死亡をアナウンサーが読んどったわ。あ、それからこれ終わったら"自由"っちゅうの、あれはナシや。これからもワシらのために一生鉄砲玉として働いてもらうけんのぅ。ヒッヒッヒ」
「鉄砲玉ならここにまだ3発残ってますわ」
スパァァァァァァァァァァン!
「はぅん…ちょ…待って…」
スパァァァァァァァァァァン!
俺はヤクザ男の土手っ腹に穴を開けてから頭をぶち抜いた。
「ピストル、借りパクさせてもらいましたわ」
この先に本当の自由が俺を待ってる。
俺はゆっくりとピストルを自分のこめかみに当て引き金を引いた。
スパァァァァァァァァァァン!
ー完ー