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大したことないと思うことの中に大したことはある
今の仕事の引継ぎをしていると、意外と大小とりまぜて、頻度もバラバラなことをやっていたんだなと気づく。
いわゆる「管理」だけじゃなくて、自分も手を動かすこともやっていると、定期的で定型的なことのほうが、圧倒的に少なく、タスクリストをつくることはできても、それをすべてマニュアル化することは到底無理だ。
マニュアル化するに意味がある仕事、価値がある仕事もあるし、生産性とか品質とか汎用性という点でもそれが有効な手段となることもある。
だが、残念なことに、(ドラッカーの言葉で言えば)知識労働者の仕事の大半はマニュアル化できないところに付加価値を持つ。
もちろん、「職務記述書ーJOB Descriptionー」を以って、その仕事がどういうものかを共有することは、認識齟齬をなくす意味でも大事なことだ。
ただ、そこには「問い」となることは書かれていても、「常に正しい答え」にあたるものはない。せいぜい、例示されるいくつかの場合の回答例くらいだ。
その仕事の目的やゴールを取り違えることのないよう、「それは何」「何のため」「何を得たいの」等の問いと、多様な観点の状況把握から、選択肢や方法を導き出し、その中から一番望ましい・ベストを決定し、実行する。
このサイクルを具体的に小さく短い期間のアクションとして、常時実行からのフィードバックを次のアクション決定のインプットとして、スパイラル的に回していく。
たくさんの知識やたくさんの答え・事例・場合分けを知っているに越したことはないかもしれないけど、大事なのは量でなく、質。
本質を考え、本質に沿って思考すると、おのずとベストの選択に近づく。
だから、「こうだから、こう」「AのときはX」といった単純な規則をすべてに伝えることはできない。
せいぜい自分はこんな観点や視点でやってきた、ということを伝えても、実際のやりかたや順番と言った「方法」に当たる部分は後任となる受け手が自分の頭で考えて、自分の思考の結果に腹をくくって行動して、リスクをtakeしながら「成功」していくしかないのだ。
バラエティあふれる仕事を今までやってきたことを客観的にみれると、大したことないことでもまんざらでもないという気分になる。
そしていざ引き継ごうとすると、受け手にとっては(社交辞令混じりの前提で)大したことをやってきていて、すごい、となるようだ。
冷静にいえば、それは受け手からみると「やったことない」分野になるからすごいと思うのであって、やってみれば自分のスタイルで自分のものになるものだ。
なぜなら所詮人間にやっていること。
「我も人なり、君も人なり」なのだ。
強いて言えば「得意」「不得意」の違いはある。
だからこそ「強み」にフォーカスして「得意」にシフトすることが、人の可能性の最大化につながる。
「大した事やっていない」と思っていることのなかに、わたしの「強み」が潜んでいるのであれば、もう少し引継ぎを楽しみながら、「強み」を発掘していこう。
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