バーチャルプロダクションは、いかにして映像表現を変えるのか──東映が取り組む新時代のキャラクターショー『産直シアター』制作の現場から
壁一面のLEDパネルやグリーンバックに3D空間をリアルタイムに映し出し、カメラと連動することでスタジオにあらゆる環境を再現する「バーチャルプロダクション」。映像制作を根本から変えうる可能性を持った技術として注目を集めています。
そんなバーチャルプロダクションの今とこれからを探る、本連載。その概要と技術的な特徴を解き明かした第1回に続き、本記事では具体的な活用例を取り上げます。
お邪魔したのは、国内のバーチャルプロダクション活用で先駆的な存在である東映の撮影スタジオ。今回私たちが見学させていただいたのは、『TTFC産直シアター 仮面ライダーセイバー』(以下、『産直シアター』)の制作現場です。
見学後には、同社の顧問・小嶋雄嗣氏と、『産直シアター』で監督を務めるユニティ・テクノロジーズ・ジャパン テクニカルディレクターの林和哉にインタビューを実施。日本屈指の映像制作会社である東映は、なぜバーチャルプロダクションを導入したのでしょうか。その挑戦の現在地と展望を伺いました。
小嶋 雄嗣
東映株式会社
顧問 大泉地区担当
1984年東映株式会社入社。テレビ事業部に配属され、テレビドラマのプロデューサーとなる。主な担当作品は『暴れん坊将軍(X~Ⅻ)』『燃えろ!ロボコン』『京都地検の女』。2009年東映テレビ・プロダクションに異動。所長代理、所長を歴任。2021年6月東映株式会社 顧問・大泉地区担当に就任。
林 和哉
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社
テクニカルディレクター アニメ/フィルム
映像制作の入口から出口までのオールポジションを守備範囲にプロデューサー/ディレクサーとして活動。最新技術が好物で、高じてユニティ・テクノロジーズ・ジャパンにテクニカルディレクターとして所属。現在はユニティの映像分野での活用の伝導に励んでいる。東映では、近年、機界戦隊ゼンカイジャーのライブ合成システム構築、それを活用した『TTFC産直シアター 仮面ライダーセイバー』3作を監督。
バーチャルプロダクションがもたらす、映像制作のパラダイムシフト
「たとえるなら『テレビが白黒からカラーに進化した』。それくらいのインパクトを映像の世界にもたらす技術だと思っています」
小嶋氏は、バーチャルプロダクションが持つ可能性をそう表現します。
日本においてテレビ番組に“色が付いた”のは、NHKが国内初の「カラー番組」の放映を始めた1960年のこと。白黒の世界から、その表現力は一気に向上しました。バーチャルプロダクションの登場は映像制作にとって、まさにテレビの大転換点に匹敵するというのです。
ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン テクニカルディレクターの林は、本連載のインタビューで、バーチャルプロダクションをこう説明しています。
“現実の映像にCGなどの別映像を合成する工程において、カメラと背景をリアルタイムに連動させながら撮影する手法です。(中略)現実とデジタルワールドの幸せな融合といえるかもしれません”
バーチャルプロダクションは黎明期の技術ですが、日本においては、2018年頃から本格的に活用が進みました。小嶋氏は映像制作におけるCGの普及に、バーチャルプロダクションの「これから」を重ねてこう言います。
「今やCGを使っていない映像作品の方が珍しいですよね。でも、CGも黎明期は戦隊モノなど一部の作品用のニッチな技術でした。段々と進化を重ね、ジャンルを問わずに使われていったわけです。バーチャルプロダクションも『これを抜きにして、映像は語れない』と言われる可能性はあると考えています」
「新たな映像表現を確立しなければ、未来は無い」
東映がバーチャルプロダクションを活用し始めたのは、2020年の秋頃。折しも「従来の映像制作を続けているだけでは、東映に未来は無い」と小嶋氏が危機感を募らせていた時期でした。
横ばいないしは微増で推移してきた東映の売上高は、2021年3月期決算においては大きく落ち込みました。コロナ禍による影響が大きいものの、「既存の手法を軸にした事業が頭を打った」と小嶋氏は考えたといいます。
もちろん、ただ手をこまねいていたわけではありません。東映としては東映ツークン研究所を中心にさまざまな技術開発を進めていました。しかし、制作現場での活用までには至らない中、ゲームエンジンを用いてバーチャルプロダクションを実現する事例を小嶋氏は目にします。バーチャルプロダクションはコロナ禍で活路を拓く「有効な選択肢の一つ」と思われたそうです。
「バーチャルプロダクションを活用した実写作品を撮るなら、よりリアルな背景を生成できるかが重要になる。1年間を通して臨機応変な体制が必要な戦隊ヒーロー作品において、柔軟かつ迅速に対応できること、自社で開発を進めていたシステムとの親和性などの観点から検討した結果、ゲームエンジンの中でもUnityがベストだという結論が出たんです」
その時点で季節は夏を迎えていましたが、秋には実運用を決定。「現場としても経験のないことでしたから『これは大変なことになるぞ……』とみんなで言い合っていましたね」と小嶋氏。
着実に歩を進める選択肢もあったでしょう。それにもかかわらず最短距離での導入を推し進めたことは、抱いていた危機感の大きさを表しているようにも思えます。
「これまで通りにセットを組んだ撮影よりも、バーチャルプロダクションを導入するための機材購入費やアセット作成にかかるコストは、現時点では高くなります。ただ、中長期的に捉えたとき、このタイミングで新たな映像表現のために投資するべきだと踏み切ったんです」
「新時代のキャラクターショー」としての『産直シアター』
こうして、東映はバーチャルプロダクションによる撮影をスタートさせます。最初のコンテンツは2021年3月からテレビ朝日系列で放送されている『機界戦隊ゼンカイジャー』となる予定でした。
『ゼンカイジャー』でテストや撮影を重ねるなかで、機材を遊ばせている時間ができたことから、東映では別のコンテンツにもバーチャルプロダクションを導入しました。それが、今回見学に伺った『産直シアター』の撮影現場です。
産直シアターとは、コロナ禍によって開催が困難になった「キャラクターショー」の代替案として、東映特撮ファンクラブ(TTFC)会員向けに配信されている動画企画。「仮面ライダーセイバーを応援する動画」や「敵に襲われる動画」など、シナリオに合わせて指定されたシチュエーションをTTFC会員が自ら撮影し、投稿。それらを組み込んだオリジナル作品を配信しています。
「せっかく新たなキャラクターショーをつくるなら、従来のものの延長ではなく、全く新しい作品にトライしたかったんです」
2020年の12月末に撮影、公開された第1幕は「『このままでも放送できる』と思うほどのクオリティを実現できた」と小嶋氏。試行錯誤を繰り返しながら、現在は第3幕の撮影に至っています。
第1幕から監督を務める林は、東映におけるバーチャルプロダクション活用の足跡をこう振り返ります。
「この撮影を実現するにはUnityのオペレーターや演出と技術の橋渡し役を担うテクニカルディレクターなど、通常の映像制作の現場には無い役割が必要になります。現在、それらはすべて東映に関係するスタッフが担っているんです。
Unityのオペレーターを務めている方は、第1幕の撮影が始まる前はUnityに触れたことのない状態でした。私がシステムを組んで操作方法を伝えるところから始めたのですが、今では完璧に使いこなしていますね。
半年ぶりに第3幕の撮影で久々に会ったら、東映のバーチャルプロダクション活用が着実に進んでいることを実感できるほど、現場の習熟度も上がっていました」
映像制作を「3つの制約」から解き放つ
『産直シアター』の撮影で得た知見は『機界戦隊ゼンカイジャー』にも活かされており、「会社としてノウハウを蓄積できており、効率的に良い映像を撮れるようになってきた」と小嶋氏。ここまでを振り返って、バーチャルプロダクションのメリットを大きく3点挙げてくれました。
「1つ目は、時間に左右されないこと。たとえば、従来の方法で夕陽をバックにした画を撮影しようとすると、撮影時間はかなり限られてしまいます。しかし、バーチャルプロダクションなら夕景も24時間撮影できますよね。
2つ目は天候を問わないこと。どれほど荒天でも撮影が進むのは役者や現場など携わる人のスケジュール面からもメリットが大きいです。
そして、3つ目は移動から解放されること。これまでは一日で撮影可能なロケーションは限られていました。バーチャルプロダクションは移動時間とその手間を省いてくれるわけです。時間内に海から山へ、それから街へ……と、いくつもの“場所”へ移れるのは、確実に映像制作のあり方を変化させています」
懸念にあったコスト面においても、活用が進むほどに“損益分岐点”を超えていくと小嶋氏。
「現状ではロケを行ったりセットを組んだりする方が、アセットをつくるよりもコストが低いのは事実です。ただ、バーチャルプロダクションを用いた作品を着実に量産している東映は、すでに豊富なアセットを有しつつあります。コスト面でも従来の手法よりも優位になる日はそう遠くない」
「新たな映像表現を生み出す技術」になるための、足りない要素
順調に実績を重ね、ノウハウを蓄積している東映ですが「世界に目を向けると、出遅れているのは確か」と語る小嶋氏の表情に緩みはありません。
「日本においてはリードできるポジションにいるとは思います。しかし、映像制作はグローバルなマーケット。国内だけに目を向けていてもしょうがないですし、世界的に見れば後発でしょう。
でも、出遅れたからといって追い抜けないとは限りません。むしろ、先行者たちのトライ&エラーから知見を得られるので有利なポジションにいるとさえ思っています。今後も社内でさまざまに取り組みながら、先行者たちの動向を追い続け、やがては世界をリードする存在になりたいですね」
世界に冠たる「新たな映像表現の旗手」になるためには、乗り越えなければならない課題も少なくないと言います。その一つが、衣装や照明と3D空間がさらに調和すること。
林がインタビューで指摘したように、バーチャルプロダクションは「これさえあれば最高の映像が撮れる」という“魔法の杖”ではありません。映画などの映像作品は、総合芸術であると言われるように、衣装や照明などの要素が調和して完成度の高い作品となります。小嶋氏は「そこに伸びしろがある」と考えているそうです。
「バーチャルプロダクションは背景、すなわち映像の“バック”を生成して動かす技術ですが、“フロント”、すなわち衣装や照明に関わるスタッフたちもこの技術をしっかりと理解しなければ良い作品はつくれないと考えています。すべてのスタッフが“バック”と“フロント”を調和させることまでは意識できていません。
作品に携わるすべてのスタッフが、あらゆる要素のマッチングを意識できるようになってはじめて、バーチャルプロダクションは本当の意味で『新たな映像表現を生み出す技術』になるのだと思います」
バーチャルプロダクションが映し出す、映像制作の未来
また、業界としての課題もあると言います。それは、フォトリアルな映像をつくれる人材が少ないこと。
Unityはゲーム開発のためにつくられたプロダクトであり、ユーザーの多くもゲームエンジニアです。現状では映像作品に使用されている背景アセットも、ゲームエンジニアたちの手よって生み出されています。演算負荷などの関係からゲームの背景に高い写実性は求められませんが、映画などの映像作品となると事情は異なります。現場で求められるフォトリアルな背景を作れる人材が、まだまだ不足しているのが実情です。
「なぜ、ゲームエンジニアたちがフォトリアルな映像をつくらないかというと、これまで需要がなかったからですよね。需要があれば、そういった映像をつくろうとするエンジニアが出てくるはずですし、東映としても、映像業界としても、その需要が確かにあることを示していかなければなりません。
そうすることで、ゲームエンジニア出身の『映像アーティスト』と呼ばれるような人材が育ってくれると信じていますし、育てなければならないとも考えています。その環境が出来てこそ、Unityはゲームエンジンという枠を越えたツールと見なされるようになるかもしれませんね」
本記事の冒頭でも紹介したように、小嶋氏はバーチャルプロダクションが映像制作の現場にもたらすインパクトを「カラーテレビの登場」になぞらえました。林は、別の表現を用いて、その影響の大きさをこう表します。
「『フィルムからデジタルへ』という変化は映像制作を根本的に変えました。バーチャルプロダクションの登場は、その変化と同等の影響をもたらすものだと捉えています」
『産直シアター』の現場に吊るされたブルーバックでの撮影、そしてリアルタイム合成された背景映像は、まだまだ手探り中。しかし、その映像は俳優の動きに合わせて動き、シーンに応じて変化し、私たちを魅了します。そこに映し出されていたのは、単なる3D空間ではなく、無限の可能性を持つ「映像表現の未来」そのものだったのかもしれません。
(文・鷲尾諒太郎/写真:木村文平)