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「宇宙エンターテインメント」で科学技術を発展させる!Unityで進化した宇宙産業のイマ(amulapoインタビュー)

近年、宇宙や月面といった空間をシミュレーションする手法としてもUnityが活用されています。その中でも、「鳥取砂丘で月面探査を行う」という、一見変わった宇宙体験コンテンツを制作している日本のスタートアップ企業があります。それが株式会社amulapoです。

同社の作品『月面極地探査実験A』では、宇宙空間の再現に夜の鳥取砂丘を活用。一面が暗闇の環境に、Unityで構築されたARコンテンツをかけ合わせることで、まるで宇宙飛行士となって月面探査をするような体験ができます。

amulapoはいかにして、宇宙や月面を舞台にしたエンターテイメントをUnityで作るという発想に至ったのでしょうか。amulapo代表取締役CEOの田中克明さんと、取締役COOの松広航さんに、宇宙エンターテインメントの持つ意義やポテンシャルについて聞きました。

「宇宙×VR」のために、Unityは習得も運用も向いていた

──月面をVRで再現する発想はなぜ生まれたのでしょう?

田中:まず、宇宙開発に関しては、早稲田大学大学院の博士課程でロボットを研究していた頃、ベンチャー企業のispaceの講演を聞いて、宇宙でもロボットが活躍していると知ったことが興味を持ったきっかけでした。その後、私はispaceのインターン生となり、卒業後に入社。最初は宇宙×ロボットの領域に携わっていました。

もう一つのきっかけは、同じく大学院在籍中に、ヒューレット・パッカードが2018年に開催した、VRを使って「火星における人類100万人の暮らし」をデザインするアイデアコンテンスト「HP Mars Home Planet」に、教授の勧めで急遽参加したことでした。そこで宇宙×VRの相性の良さに気づいたんです。

実は、この時のチームが現在のamulapoの原型になっています。ある日、教授から「明日の昼までにメンバーを集めて参加しよう」と無茶振りを受けて、同じ研究室にいた人などをかき集めて即席チームを結成。半年かけて準備した作品で優勝したんです。COOの松広もこの時に声をかけたメンバーのひとりでした。

──すごい偶然ですね。Unityとの出会いもその頃だったのでしょうか?

田中:そうですね。優勝して「宇宙×VR」の面白さに気づいた僕たちは、別のハッカソンにも挑戦してみようと参加したんです。同じく2018年にGREEが開催した「月面スポーツVRハッカソン」に参加したときに、初めて自分のPCにUnityをインストールして、しっかり触り始めました。

松広:僕たちは本格的にUnityで開発するのは初めてで、「ビルドってどうやるんですか?」と現場にいたイベント運営スタッフに聞いたら「え、本当に?」と言われて(笑)。申し訳ない気持ちでいっぱいでしたね…。でも、最終的にはそのハッカソンでもJAXA賞を受賞し、宇宙×VRの面白さにハマっていきました。

──その後、開発においてUnityを使い続けている理由は何でしょうか?

田中:Unityは扱いやすくて参考資料も多く、C#の高級言語なのでプログラミングも難しくない。習得するのにあまり時間がかからない印象があります。

松広:その他にも、SDKが充実していたり、アセットストアを活用できたり、調べれば過去の事例も多く出てきたりといったメリットを感じます。また、現実世界の情報をUnity内に取り込みやすいのもポイントです。たとえば、実際に存在する高層ビルがアセットとしても用意されているので、建築物を作るようなことに時間をかけずに済みます。

amulapoは大学生のインターンが多いのですが、ラーニングコストが低いことでインターン生にも導入してもらいやすく、制作が早く進むこともポイントです。Unityを少し教えるだけで、あとは自分で学んで即戦力にまで育ってくれるケースが少なくありません。

「月面をエンターテイメントにする」着想の生まれ方

──松広さんは大学院在学中の研究テーマも宇宙×VRだったのでしょうか?

松広:いえ、田中と同じくロボットの研究をしていました。そして、2020年にamulapoが創業されたことをきっかけに、​​博士課程への進学を決め、月面でロボットを動かす研究も始めました。長期的にamulapoを経営していくにあたり、学術を極める人もいないと会社の発展が止まってしまうのではないかと考えたからです。

基本の研究内容はロボットでしたが、コロナ禍に入ってから宇宙×VRの領域に近い研究を始めました。というのも、ハードウェアが置いてある研究室に行きづらくなったため、ロボットを動かせる環境シミュレーションをUnityで作って研究論文を書くようになったんです。

──どんな研究なのでしょう?

松広:月面と似た地球環境をLiDARスキャンして、ロボットをシミュレーションさせる研究です。たとえば、月面には「縦穴」という大きな穴と、その地下に「溶岩チューブ」と呼ばれる洞窟があります。月面の縦穴はまだデータが取れていない場所なのですが、同じように溶岩が流れることでできた環境や地形なら、阿蘇山麓や富士山麓にも見られます。

僕の研究ではそういった場所へ赴き、月面の竪穴に似た洞窟をiPhoneなどでLiDARスキャンします。取得した点群データを3Dモデル化してUnityへインポートすれば、その中でロボットを動かす環境シミュレーションを実施できます。JAXAの宇宙研究所や宇宙産業に興味を持つ建設業界の方などにも声をかけてもらい、現在この研究は複数のパートナーと実証実験中です。

──「日本に存在する自然環境を月面に見立てる」という点では、鳥取砂丘でのVR体験にも通じる所がありそうですね。月面×Unityでエンターテイメントを作る時に、気をつけていることはありますか?

松広:「ただのCGにしないこと」でしょうか。体験型エンタメコンテンツには研究ほどの厳密性は求められないものの、できるかぎり科学的に正しくあることが大切だと考えています。重力や物理現象といった条件は現実の月面に近づけて、その上でゲーム性を持たせることを意識しています。

他にも例を挙げるならば、実際の衛星データから生成した3Dデータをterrainとして活用しています。たしかにUnityのアセットストアにも質の高い月面データはあるのですが、見栄えは多少落ちたとしても本物の月面を模擬体験することに価値があると思うからです。

綺麗なCGやゲームコンテンツを作れる人は世の中にたくさんいますが、こうした科学的なリアリティを追求し、さらに鳥取砂丘のような周辺環境と組み合わせることで、唯一無二の体験価値を生み出すことが、amulapoの特徴にもなっています。

現実に近い月面世界を作ったり体験することは、想像以上に面白いものです。僕も宇宙を工学的に考えていた頃は「よくわからないな」と思っていましたが、実際に自分でシミュレーションを作って体験してみると具体的にイメージできたり、想像力が刺激されたりしました。

宇宙産業は「選ばれし者」の世界ではない

───『月面極地探査実験A』の他にも、小学生向けの『バーチャル宇宙飛行士選抜試験』というVRやARを利用した宇宙飛行士体験コンテンツも作られていますね。公開してみて、手応えはいかがでしょうか?

松広:次世代を担う子どもたちに、宇宙体験を通じて強烈な原体験を残し、科学への理解を深められると感じています。

子どもだけでなく、大人も同じです。amulapoのコンテンツを体験した後、子どもだけでなく親御さんも「宇宙」という単語を耳にすると「ピクっ」と反応するようになるそうです(笑)。宇宙という領域や言葉へのセンサーを持って帰ってもらえているのではないかと思いますね。

田中:いま、宇宙産業は人類史の転換点にあると感じています。ispaceが日本国内では初めて民間企業による月面着陸船の打ち上げに成功し、宇宙飛行ではなくても地球の外へと行ける時代が到来している。そこにはたくさんのチャンスがあるはずです。

しかし、まだ宇宙産業には「選ばれし者だけが携われる場所」というイメージが着いている。これから大きなビジネスチャンスが訪れる領域にもかかわらず、あまりにも手がける技術的・心理的なハードルが高いんです。最近、amulapoは大企業の方からお声がけいただくことも増えてきました。みなさん、「次のチャンスは宇宙だ」と感じているものの、どう関わっていけばいくべきか困っているケースばかりです。

amulapoが宇宙エンターテインメントという領域を開拓することで、「宇宙ビジネスは大変そうでも、宇宙エンタメであれば関われるかも?」と敷居を下げて考えてもらえることが大切だと思っています。また、月の衛星データなど、一見は「どうやって使うかわからない」という宇宙のデータにも、実は思いもよらない使い道が見つかることがある。

宇宙に関する事業や製品は事例が少ないので一点モノになりがちですが、データの利用や、地上への還元方法について平行して考えることで、まだまだ新しい事業が立ち上がるポテンシャルがあると考えています。

地方創生から考える、Unityの可能性

──amulapoのコンテンツは、鳥取砂丘という地方の自然資源を活用したという点もユニークですよね。なぜ鳥取を舞台に選んだのでしょうか?

田中:たまたまご縁があったからでしょうか。とある投資家の方が、学校の統廃合で生まれた旧校舎のスペースを有効活用する方法を探していた鳥取の担当者を紹介してくれたんです。

僕たちが視察へ行くと、驚くほど地域の方にもてなされて、「恩返しをしたい」と強く思ったんです。そこで、我々が持っていた宇宙×VRの技術を活かして鳥取を活性化する方法を考えていた時に、「夜の鳥取砂丘がまだ使われてないのでは?」と思いつきました。それが『月面極地探査実験A』の企画の原点でした。

──地方創生におけるUnityの可能性を感じることはありますか?

松広:ありますね。Unityというツールを覚えると、もともと別の専門分野やアイデアを持っていた人たちが刺激されて、思ってもいなかったコンテンツが生まれることがあると感じます。amulapoのコンテンツも、たまたま宇宙とUnityに知見があった我々が、鳥取砂丘という地方の自然資源と偶然出会って生まれたわけです。

この現象は、私たちが作るのではなく、地域に住む人に作り方を教えても起こります。たとえば、地方の高校生にUnityの使い方を教えると、地元にあるものを素材にしてさまざまなコンテンツを作り始めるんです。これは写真や動画をアップロードしてコンテンツを作る従来のSNSと似ていますが、3Dの没入型のコンテンツも作れるという意味で、表現の自由度は上がっているとすら思います。

鳥取城北高等学校でのレクチャーの様子

さらに、Unityで生まれたコンテンツを中心に専門家やクリエイターなどが地方に関わるようになれば、ますます表現の幅が広がって盛り上がりが生まれていく。鳥取での活動を通じて、そうした動きを仕掛けられる可能性を感じています。

宇宙エンターテイメントが科学技術の発展を加速させる

──amulapoは企業でありながらも、「研究者集団」としてのアイデンティティーを強く持っているように感じます。

田中:おっしゃる通りです。僕もいま経営者という肩書きではありますが、同時に研究者であり続けたいと思っていますし、もっと研究者が評価される時代を作りたいと思っているんです。

そもそもamulapoという社名の由来は「amusement laboratory("楽しい"を創る研究所)」です。本来は「labo」となるところを「b」を逆転させて「lapo」としています。逆転の発想から、これまでにない良い未来を創りたいという思いを込めています。

松広:好奇心ある人たちが集まり、ここから新しいことを追求する。その対象がいまは宇宙なだけです。可能性を感じるのであれば、数年後には深海を研究しているかもしれません。

田中:いち経営者として、経営は大変な仕事だと日々実感しています。一方で、やはり無理にお金を稼ぐよりは、自分たちの技術を拡張する新しい領域の仕事にチャレンジし続けたいと思うんです。その代わり、同じ手法を使い回せないので、毎回どの仕事も大変です。経営が下手なのかもしれない、と思う時すらありますね(笑)。

でも、amulapoで経験を積んだインターン生が毎年JAXAへ入社したり、起業して新しいチャレンジを始めたりしているんです。自社の経営基盤は固めながらも、人材面でも宇宙産業を取り巻くエコシステムを少しずつ支援していきたいですね。

──田中さんにとって、宇宙エンターテイメントという領域にはいかなる意味付けがあるのでしょうか?

田中:まず僕の活動の根底にあるのは、宇宙だけでなく「科学技術の発展を加速させたい」という想いです。大学院で日本の科学技術力の明らかな低下を目の当たりにして、かなりまずい状況になりつつあると感じています。その状況を変えられるのが、宇宙エンターテイメントの力なのではないかと思うんです。

かつて日本には優れたものづくりの技術がありましたが、いまはもう衰退しつつあります。それはなぜか。突き詰めて考えると、「技術力はあっても、それを誰かに伝えたり、社会実装したりする努力が少ない」という課題が見えてきます。科学コミュニケーションがビジネスに結びつく形で成立していない、とも言い換えられるでしょうか。

田中:科学技術の意義や重要性への理解の薄さから予算が減らされて、良い研究が生まれなくなる。すると、さらに期待値が低くなり、ますます予算を減らされる。こうした負の循環に陥っているのが今の日本です。

その負の循環を逆転させるのが、発信や社会実装から生まれる「投資の文化」だと思っています。まずは宇宙エンタメをきっかけに多くの人に宇宙の面白さを知ってもらい、興味を持っていただく。すると、その中から「こんな未来の可能性を感じるから投資したい」という人が現れる。投資によって予算が確保されると、研究者が成果を出しやすくなり、さらに宇宙産業が面白くなる。

こうした適切な科学コミュニケーションが投資の文化を促進し、それが技術を発展させる正の循環を日本でも生み出したい。amulapoではその手段として、Unityを使って宇宙エンターテイメントを作り、誰でも宇宙を体験できるような世界を目指しているんです。少しずつ、研究者を取り巻く社会の仕組み全体を、我々の力で変えられたら嬉しいですね。

(文・石田哲大/写真・木村文平/編集・長谷川賢人)


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