罪人達の船 第十二章
罪人達の船 第一章
罪人達の船 第十一章
あの方のために、わたしは名誉をあきらめました
あの方のために、わたしは権勢と良心を進んで賭けました
あの方のために、わたしは身内と友達を捨てました
メアリ・スチュワート
「…………!」
ポタ、ポタ……。
音もなく血が床にしたたり落ちた。自分の爪がヴァルターの体を貫くはずだったのに……だがそれを遮ったのは、ヨアヒムの投げ矢だった。
雪明かりのせいで、部屋の中はほのかに明るい。ヨアヒムは自分の背にパメラを庇うようにして立っている。なのにその表情は、人狼の襲撃を退けた守護者のそれにしては辛く心痛に満ちたものだった。
「神父様。貴方が人狼だったなんて……」
信じていた。
ジムゾンは人間であると。
ここに派遣されて来た頃からずっと病を患っていて、それがディーターの看病で元気になったと知ったときは本当に嬉しかった。そして四年前の流行病の忌まわしい記憶に囚われ、最低限の看病しかしなかった自分達を心で恥じたりもした。
なのに、何故。
「…………」
風が窓をガタガタと激しく揺らす。
ヨアヒムは銀の弓を真っ直ぐジムゾンに構え、言葉を吐き出した。
「もう、誰も殺させはしない!」
良き隣人であったとしても、人狼は倒すべき人間の敵だ。それなのにどうしてこんなに胸が痛いのだろう。ヨアヒムの後ろで、怯えた目でパメラがジムゾンを見た。
「神父様……どうして?」
これは自分の過ちだ。ジムゾンは痛みに肩を押さえながらクスクスと笑う。
「どうして? それは愚問ですね。人狼が人を襲う、それに何の理由があるんですか? 貴方達がパンを食べるように、人狼は人を食べる。それだけのことでしょう?」
……寒い。
どうして、こんなに寒いのだろう。体が震える。指先の感覚がなくなってくる。
ヨアヒム達に気付かれてしまった。今まで誰も自分達を疑っていなかったのに。ディーターの言う通り狩りを終わらせていれば、安全にこの村から出られたのに。
……ジムゾン。お前血に酔ってるな?
「…………」
嗚呼、その通りだ。
私は血に酔っていた。ずっと続く惨劇に高揚し、衝動を抑えることが出来なかった。ニコラスの血の匂いに、自分を抑えることが出来なかった。
「死に損ないを煉獄に送ってやるつもりだったのに、こんな所で」
声が震える。
でもここでそれに気付かれるわけにはいかない。ジムゾンはヨアヒムを軽く睨む。
「さあ、決着を付けましょう! これで終わりです!」
刹那。ジムゾンはガラス窓に飛び込み、外へ逃げ出す。
「パメラ、ディーターを呼んで来て、ヴァルターさんを暖かい所へ。僕は神父様を追う!」
「……ごめんなさい、ディーター」
窓から走るジムゾンの頭に浮かぶのは、ディーターのことばかりだった。ガラスの割れる音で、何があったのか察したのだろう。ディーターの囁きが耳に響く。
『ジムゾン! 何ださっきの音は。どうした、返事しろ!』
もう自分はこの囁きに答える資格がない。ずっと死にたがっていた自分をディーターが人狼にした時にはこれからどうやって生きたらいいか分からなかった。人狼としての生き方、狩りの仕方、そして生きていく喜びを自分に与えてくれたのはディーターだ。
いつでもディーターは群れのリーダーとして正しかったのに、自分のせいでこんな事になってしまった。
『ジムゾン、返事しろ!』
『神父様、返事して』
こんな時にも二人は自分を心配してくれている。それが悲しくて、涙が出た。
自分の過ちでディーターとリーザを道連れには出来ない。二人はこれからも人狼として立派に生きていける。血に酔ったり、ずっと足手纏いで狩りにも役立たなかった自分とは違う。
自分一人が罪を負えば、それで二人は助かる。
『ごめんなさい、二人とも。でもお願いです、私の代わりに生きて下さい!』
『ジムゾン!』
怒っているのではなく、心配してくれるその呼び声。たった一人、村の中で自分のことを名前で呼んでくれる人。
最期に「神父」などという呼ばれ方をしなくて良かった。
『リーザ、私と仲間でいてくれて、ありがとうございました。ディーターも、私とずっと一緒にいてくれて……ありがとう。愛してます』
「あの馬鹿!」
何があったのか、ディーターには大体分かっていた。パメラが息を切らせ、ディーターの部屋に飛び込んできたからだ。
「神父様がお父さんを……窓、窓が」
「落ち着け、パメラ」
風が強いと思っていたが、どうやら天候は荒れてきているようだ。割れた窓からは雪が吹き込んでいる。ディーターはヴァルターをペーターとリーザがいる部屋に運ぶと、小さく溜息をついた。
「起きたのか?」
運ばれて目が覚めたのか、ヴァルターが薄く目を開ける。
「神父様が人狼だったのか?」
「らしいな。あんたはパメラ達とここにいろ。俺はヨアヒムの所に行く」
違う。
行くのはジムゾンの所だ。床には血の痕があった。おそらく投げナイフのようなもので傷つけられたのだろう。そして、その腕は恐ろしく正確だ。
ジムゾンが血に酔っているのには気付いていた。
それを知っていて止められなかったのは、自分のせいだ。ずっと側にいてその衝動を止めてやることも出来たのに、それをしなかった。
このままジムゾンに罪を負わせれば、自分とリーザは確実に助かる。
だがそれは、ジムゾンを永遠に一人にしてしまう事で……。
「…………」
一人宿の出口に向かおうとするディーターの後ろを、何かを察したようにリーザがついてきた。
「ディーターお兄ちゃん」
「リーザ、すまない。このままじゃあいつが一人になっちまう」
ジムゾンを人狼にしたのは自分だ。最初は死にたがっているジムゾンを人狼にして苦しめてやるつもりだった。その姿を見て嘲笑ってやるつもりだった。そしてそのうち春が来たら、勝手に一人で流れていくつもりだった。
なのに村を襲う計画を立てたのは、異端審問官であるフリーデルがこの村に来たからだ。それは三人の群れを守る為であり生き延びる為だった。
生きて欲しい。
泥水を啜ってでも生き延びて欲しい。今更そんな事を思うのは、わがままを通り越してただのエゴだ。ディーターはぽんとリーザの頭を撫でる。
「悪い。ジムゾンを一人には出来ない」
「リーザは? リーザ、また一人になっちゃうの?」
本当は大きな声で聞きたいのだろう。涙を堪え絞り出すように言うその言葉に、ディーターの胸が詰まる。だがふと顔を上げると、その感情はすっと溶け落ちていった。
「いや、リーザ。お前は一人じゃない。お前にはペーターがいる」
指をさすと、ペーターがリーザのカーディガンを持って少し離れた場所に立っていた。ペーターも何かを察しているのか、口を一文字にしたままディーターをじっと見ている。それが何だか頼もしい。
ディーターはまたリーザに目線を合わせ、静かにこう言った。
「俺が、元々人狼じゃなかったって話はしたよな?」
こくっ。リーザは無言で頷く。
「ジムゾンが人狼になったのは、俺のせいだ。俺があいつを人狼にしたんだ。だから、あいつを一人には出来ない。ずっと一人だったあいつを、また一人で死なせるわけにはいかないんだ。だからすまない」
「リーザも、誰かを人狼に出来るのかな?」
「それは分からん」
ゆるゆると、ディーターが首を横に振る。リーザは自分達と違い生まれつき人狼だった。確か父親が人狼で、母親は普通の人間だったはずだ。リーザの血にその能力があるかどうかは分からない。
風が強くなってきた。宿の扉を風がガタガタと激しく鳴らす。
ずっと俯いて黙っていたリーザは、何かを決意したように顔を上げた。
「ディーターお兄ちゃん、リーザ一人でも頑張るの。また何処かで仲間を呼ぶの」
「ああ。今度は俺みたいなのじゃなくて、もっと立派な人狼を呼べよ」
「ううん、ディーターお兄ちゃんがリーダーで良かったの」
それだけ言うと、リーザはたたっとペーターの所に走っていった。振り返らないその姿はもう立派な孤高の人狼だ。
自分とは大違いで、それが可笑しくて悲しい。
「ペーター、リーザを頼んだ。じゃあな!」
黙って頷くペーターの姿を確認すると、ディーターは吹雪の中へと飛び出していった。
「…………」
ジムゾンは崖の端に立って、ヨアヒムと対峙していた。
風は強く、気をしっかり持っていないと傷の痛みで気を失ってしまいそうになる。肩から抜いた矢は銀で出来ていた。きっと特別な方法で作られて、聖別されているのだろう。焼けたような痛みがずっと続いている。普段ならすぐに塞がるはずの傷から、じわじわと血が流れ続ける。
「神父様……」
風に目を細め、ヨアヒムは矢をつがえた。ずっと村にいたジムゾンが人狼だったなんて。ゲルトやヤコブ、オットー、カタリナ、レジーナを襲ったのもジムゾンだったのか。
視界がぼやけるのが、吹雪のせいか涙のせいか分からない。
「よかったですね。私が、貴方達の憎むべき人狼ですよ」
「神父様が全てを?」
「私だけじゃありませんよ。そうですね……トーマスがペーターに気付かれたのは痛かった、とでも言っておきましょうか」
ジムゾンが一人で全てを行ったというのには流石に無理がある。それはヨアヒムも気がついている。ここで仲間がいたと思わせなければ、ディーターとリーザを無事に逃がせない。
きっとこの茶番が終われば、ディーターの指示に従って皆この村を去るだろう。異端審問官が来る前にこの村から出来るだけ遠くに行かなければならない。幸いアルビンが乗ってきた馬車はあるし、ヤコブやカタリナの所に行けば当分の食料には困らないだろう。
だから、この村には自分の他にも人狼がいたことにしなければ。ジムゾンは肩を押さえたまま笑う。
「本当に……くだらない所で失敗しました」
風が二人の髪を激しくなびかせた。地面からは細かい雪が舞い、しっかりと目を開けていられない。
「………」
ヨアヒムはジムゾンの表情が、何故かとても寂しげに見えていた。矢をつがえている指はどんどん冷えてきて、感覚が怪しくなってくる。
人狼は憎むべき人間の敵であるはずだ。
なのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。
「……っ!」
ヴァルターが殺されそうになっていたのを見たのに。
もしかしたら、殺されていたのは自分やパメラだったのかも知れないのに。
「神父様、一撃で終わらせます」
「是非そうして下さい。貴方に傷つけられた肩と手が、すごく痛いんです」
……怖い。
死ぬのは嫌だ。
少し前まではあんなに死にたがっていたのに、ヨアヒムの矢が自分の体に当たり、崖下へ落ちることを考えるだけで、思わず恐怖で叫び出しそうになる。
でも、ここにいるのは最後の人狼だ。だから無様な姿は見せられない。
「…………!」
ヨアヒムが矢を構え、じっと的であるジムゾンを見据え……。
「体カタカタ震わせて、何強がり言ってるんだ」
ゴウ……と音を立て雪が舞い上がり、ヨアヒムの前からジムゾンの姿が一瞬消えた。そこに矢を放ち風が止んだとき、ヨアヒムは信じられないものを見た。
「ディーター!」
自分が放った矢を、ディーターが手で受け止めている。鋭い爪と赤い瞳、そして口元から見える牙。ディーターはヨアヒムを見てニヤッと笑う。
「ヨアヒム? どうして、人狼が二人?」
「パメラ! 来ちゃダメだ!」
風に身を晒し、パメラがよろよろとヨアヒムに近寄ろうとした。そして、崖の縁に立つジムゾンとディーターを見て表情を凍らせる。
「う……そ。嘘でしょ? ディーターは、さっきお父さんを……」
「いくら鈍くてもこれでお前等も気付くだろ。俺達が人狼だ」
『ディーター、どうして』
一人で死ぬ気だったのに、ディーターが来てくれた。本当は嬉しくて仕方がないのだが、それはディーターを道連れにしてしまうということだ。
『お前を一人に出来なかったんだ』
『ごめんなさい。でも、嬉しいです』
『馬鹿だな』
これは自分の甘さだ。結局、心まで狼にはなりきれなかった。
ただの狼なら、弱った仲間を切り捨てられただろう。だが、それ以前に自分は人なのだ。ディーターは風に歯を食いしばりながら心の中で苦笑する。
「まさか、神父様が元気になったのは」
二本目の矢をつがえ、ヨアヒムが呻くように言葉を吐く。
「そうだよ。俺がこいつを人狼にしてやったからだ。おかしいと思わなかったのか? つったく、おめでたいな。お前等は」
ディーターが来てから、急に元気になったジムゾン。そう言われれば、つじつまは全て合う。だが何故、何の為に。
それにたとえそうだったとしても、それからしばらくは一緒に暮らしていたのに、どうしてその時に自分達を襲わなかったのか。
「一つ聞いてもいいかい、どうしてこの村の皆を襲ったんだ? 春までここにいたいって言ってたのは、嘘だったのか?」
「いや。確かにその辺で狩りの練習はしたが、この村では春まで何もしないで勝手に去る気だったんだ。だけど色々事情が変わってな」
「…………」
異端審問官であるフリーデルがこの村に来たこと。それがこの村の運命を変えてしまった。口には出さなかったがそれが分かっていた。
もし、フリーデルがここに来なかったら。そうしたら、あのまま幸せな夢は続いていたのか。ヨアヒムは目を瞑る。
ここで見逃すのは簡単だ。
だが、人狼は村人を襲ってしまった。そしてそれに乗って、自分達も人を殺してしまった。この罪はここで終わらせなければ。
目を開ける。
矢をつがえ、急所を狙う。するとディーターがジムゾンを庇いながら、少し目を細めた。
「人狼の言うことを信用しろとは言わない。だが、良き隣人として一つだけ忠告だ」
「……遺言として、聞いておくよ」
「俺達を始末したら、異端審問官が来る前にとっとと村を離れろ。本当は、春までここにいたかった。さよなら」
「さよなら。ディーター、神父様!」
つがえた矢が、風に舞った雪に向かって飛ぶ。
風が収まったあと、そこに二人の姿は見えず、微かに残った血の痕が雪に消えていった。
どうして、私を助けに来たんですか?
どうしてだろうな。でも、お前を一人に出来なかったんだ。
私が、全ての罪を背負う気だったのに。
船に乗るなら俺も一緒だ。このまま地獄まで付き合ってやるよ。
ええ。一緒に乗りましょう。罪人達の船に……。
風はいつまでも止まなかった。割れた窓からは冷気が入り、そのせいなのか部屋の中はいつまでも暖まらない。
ヨアヒムは皆がいる一室でじっと考え込んでいた。
ディーターの言ったことを信用していいのか。
ここにはパメラとリーザ、ペーター。そしてケガをしているヴァルターがいる。その皆を守るのは自分しかいない。
「………」
皆、無言だった。
村のことを誰よりも考えていると思っていたディーターとジムゾンが人狼だった。その事実が重く皆にのしかかる。リーザは黙ったまま鼻をすすり、ペーターはその横にじっと座っている。
「これから、どうしたらいいんだろう」
そうヨアヒムが呟くと、パメラがその横にそっと座った。
「ねえ、ヨアヒム。皆を弔ったらこの村を出ましょう」
「いいのかい?」
「私には、ディーターが嘘をついてるようには見えなかったの」
本当に自分達を滅ぼしたかったのであれば、何も言わなければいいだけのことだ。そうしたらいつか隣村の誰かが橋が落とされたことに気付くだろうし、その後何があったのかを知るだろう。それで充分なはずだ。
パメラはディーターの「本当は、春までここにいたかった」と言う言葉が耳を離れなかった。だからといって、フリーデルが本物の悪人だったとは思わない。彼女は、彼女なりの正義を貫こうとしていただけだったのだろう。その正義は多大なる犠牲のもとに成されるものだとしても。
それがほんの少しだけずれていたら、こんな事にはならなかったのかも知れないのに。
「ここには、辛い思い出が多すぎるな。ヨアヒムの判断に任せよう」
「ヴァルターさん?」
確かにヴァルターの言う通りだ。ヨアヒムはリーザとペーターを見る。
「リーザ。リーザがここから出て行くと、迎えに来てくれたお母さんに会えなくなるかも知れない。それでもいいのかい?」
リーザがレジーナに預けられていることは、ヨアヒムも知っていた。いつか迎えに来るはずの母親がここに来て、リーザがいないことを知ったら。だがリーザは涙に濡れた瞳でヨアヒムを見た。
「大丈夫なの。ここにいたら危ないって。だからママに会えなくても我慢するの」
「ペーターも、ここから離れたらモーリッツの墓を守れなくなる。それでも……」
「僕にはリーザがいるから。それに爺ちゃんが僕を守ろうとしてたって、知ってるもん」
だったら迷う必要はない。ヨアヒムはリーザとペーターの頭をそっと撫でた。
「分かった。じゃあ、天気が少しでも回復したら、すぐにでもこの村を出よう。たくさんの荷物は持っていけないから、大事な物だけ持っていくんだ。いいね?」
ヨアヒムとパメラは、天気が少しだけ回復した隙に皆を弔った。本当は土深く埋めてあげたかったのだが、それをしている時間はなかった。それに、二人だけでその作業は出来ない。
「カタリナ、レジーナ、ニコラス。ごめんなさい」
急作りの墓標を立て、二人はお互いの家に行き大事な物をカバンに詰めた。
パメラは仕事用のメジャーや鋏、最低限の食器やヴァルターの服などを、ヨアヒムは銀細工用の工具類と弓矢、そして今まで作っておいて売らなかった作品を持っていくことにした。この先どこで暮らすことになるか分からないが、金銭に変えられる物があった方がいい。
「ヨアヒム、こんな時なんだけど」
パメラは自分の家に戻ったときに、ずっとヨアヒムの為に編んでいたセーターをそっと持って来ていた。本当は新年のパーティーが終わった後に渡そうと思っていたのだが、この騒ぎでそれどころではなかったのだ。
「パメラ……」
その暖かさに、やっとヨアヒムの心に悲しみが追いついてくる。
ずっと誰も守れなくて悔しかった。誰も殺したくなかったし、死んで欲しくなかった。声も出さずに涙を流すヨアヒムの背に、パメラが静かに抱きつく。
「生きましょう、皆の分まで」
「そう、だね。皆の分まで生きなくちゃ」
宿では既にペーターやリーザが旅立ちの準備を整えていた。リーザはパメラが渡したバスケットに服を、ニコラスにもらったビーズのバッグに母親から渡されたというブラシなどのセットを入れていて、ペーターは服やおもちゃなどの他に、モーリッツが書いていた日記をしっかりと手に持っている。
「もう、ここには……星狩りの村には帰らないよ」
荷物を詰め、馬車が静かに村を出る。天気が悪いので時間はかかるだろうが、半日ほどで街道には出られるだろうし、そこから大きな街に行けばいい。道は悪いがそれまでの辛抱だ。
「これで、終わったんだよね」
「そうね。失う物が多すぎたけど」
犠牲は多かった。
だが人狼騒ぎはこれで終わったはずだ。
それから街道に出るまで誰も口をきくことはなく、ただ崖を通り抜ける風の音が鳴り響くだけだった。
罪人達の船 第十三章