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07 月待ち月

01 居待ち月
06 月の剣

 さあさあ皆様お立ち会い、今日はいい物が揃ってますよ。どうです? そこの旅人さん、これから寒くなる時期ですから羊毛の防寒具などいかがですか?
 え? 安いのに良い品揃え? お褒め頂き光栄です。その銀細工なんかはある小さな村で作ってましてね。本当はこんな金額じゃ売れませんよ。もっと大きな街に行くとこの三倍の値が付くんです。富豪のお客様に大変人気がある品なんですよ。
 何故それをこんなに安く出来るかって? ええ、ちょっとその村とは縁がありましてね、話すと長くなるんですが……まあいいでしょう。どうやら見たところ商売敵でもなさそうですし、こういうのも何かの縁ですからね。お話しするといたしましょう。
 物を買って頂くのはそれからで結構ですよ。
 面白ければ、お代としてなにかおひとつ買って下さいませ。

 あれは私がまだ行商人として半人前……確か四年ぐらい前になりますかね、あちこちの村を回って商売の勉強をしていた頃ですか。その頃はこんな銀細工とかは取り扱ってなかったんです。元手がそんなにありませんでしたから。
 いや、商売だって元手が必要ですよ。ただ売ればいいって訳じゃあありません。何が売れるかを見極めて、狙った商品を仕入れなきゃいけませんからね。ただ物を売りつけるだけじゃ押し売りですよ、押し売り。
 いけません……話が逸れました。で、その頃は半人前だった上に元手も大して持ってなかったもので、高くても安くても必ず売れる物をコツコツと仕入れていたんです。
 何を売っていたのかって? 薬売りだったんです、私。
 ハハハ、そんな意外そうな顔しないで下さい、旅人さん。
 いえね、この辺りは医者のいない村が多いんで薬は結構重宝していたんです。それぞれの村で薬草とかを栽培していたりもするんですが、やっぱり街で医者が作っている物の方が効き目がいいんです。よほど薬の知識に長けた人がいない限りはね。
 私が扱っていたのは、熱冷ましの薬とかちょっと高価な咳止め類とか……それでも遠くから医者を呼ぶよりは安いですから。それに村の場所によっては、街まで医者を呼びに行ってる間に症状が悪くなることもあります。だったらあらかじめ薬を買っておいたほうがいい。そう思うのが人間ですよね。
 旅人さんもいくつか薬を持ち歩いているでしょう?
 なるほど……そうですよね、旅の途中で病んでしまったら頼れるものは己自身ですから。
 で、ある日ある時……あれも何かの縁だったんでしょうかね、とある断崖の側に小さな村があるって聞きましてね、そこに行くことにしたんです。
 顧客を広げるってやつですかね。行ったことがなくて商売敵がいなそうなら薬も売れるだろうし、上手くいけば元手を少し大きく出来て、ちょっとだけ手広く商売が出来るんじゃないかって……ハハハ、私もろくな人間じゃありませんよね。地獄の沙汰も金次第とか言いますけど、とにかく損得計算ですから。
 思えばそこが分岐点だったんですよ。
 ええ「あの時にそこに行く」という選択をしていなかったら、きっと自分の人生はもっと違っていたかも知れません。

 私が行ったとき、ちょうどその村には悪い病が流行ってました。
 元気だった者が急に熱が出たかと思うと、その後全身に発疹が出てころっと亡くなってしまう……私がそこに到着したときも、かなりの村人が病で亡くなったあとでした。
 小さな村で医者もいない、薬もない。その時も小さな男の子が熱を出してまして。しかもその子の両親は同じ病で亡くなっていて、おじいさんしか身内がいない。神のお慈悲は何処にあるのかと思いましたよ、全く。
 で、見るに見かねて私は持っていた薬を病に罹っている人達に全部渡したんです。ええ、もちろんお代は頂きませんでした。
 意外ですか? そうでしょうね、薬を売りに行ったのに商品をあげてしまったんですから。
 おっと、勘違いしないでください。私はいい人じゃない、これでいい人だと勘違いされたら困ります。私は偽善者ではありますが、善人ではありません。
 ……私はね、知ってたんですよ。
 その病は子供の頃に罹るぶんには軽く済みますが、大人が罹ると重くなるってのを。そして、一度罹ると何故か二度と罹らないのも。
 私は幸い子供の頃にそれに罹ってましてね、その病に効く薬を丁度仕入れていた後だったんです。
 何故かって? その半年ぐらい前に大きな街で同じ病が流行りましてね……感染していく早さから、きっとその村あたりに今頃流行ってるんじゃないかとあたりをつけたんです。
 だから言ったでしょう? 私は善人じゃないって。医者がいない村ならそういう情報は入らない。だったら売りに行ける物がある、そう私は確信したんですよ。
 何も売ってないように見えるでしょう?
 持っていた薬は全部あげて、話だけ聞くといい人のように聞こえるでしょう?
 でもそこが私と他の商売人との違いです。あ、まだ焦らないでください、何を売ったのかはちゃんと教えてあげますから。

 村の人達は大層喜んでくれました。犠牲も多かったけど、病で村が滅びることはなくなったって。小さな村だと流行病一つで村がなくなってしまうことがありますからね……それは旅人さんもよく分かっているはずです。
 ただやっぱり村人の皆さんは、薬を買えるだけのお金は持っていませんでした。
 でもそこには腕の良い銀細工師や、自分の切った木を加工する木工細工師、質の良い小麦を作る農夫や丁寧に羊を育てている羊飼いがいたのです。そこで私は提案しました。
 その細工物や小麦を薬代代わりにいただけませんか? と。
 そして、もしよろしければこれからもあなた達の村と取引をさせていただけないか? と。
 もちろん村人達は誰も反対しませんでした。それどころか私が望む以上の物をくれたんです。かえって私が申し訳なくなるぐらいでした。
 そして私は、次にここに来るときに何か仕入れて欲しい物があるかを聞いて、もらった物を持って村を去りました。

 ……さて、ここで旅人さんに問題です。
 私は一体何を売りに行ったのでしょう?
 ふふっ、見当が付きませんか? でしょうねぇ、話だけ聞けば私は物々交換をしに行っただけに見えますからね。
 私はね、あの村に「恩を売り」に行ったんです。
 腕の良い細工師がいたりしたのはたまたま運が良かっただけです。もしかしたら大損するかも知れない、元手が大きくなるどころか小さくなるかも知れない。だけど、そうやって得た信頼は何事があっても崩れないんですよ。だから次に物を売りに行けば必ず私の所から買ってくれるし、他の商売人とのつきあいを牽制出来る。
 それに買い付けに行けば安値で売ってくれるようにもなりますしね……ええ、どんな小さな村だって、何か一つは自慢の品があるものです。それを買い付けて黒字が出るように売ればいいだけのことですから。
 商売人に必要なのは元手だけではありません。
 物を売る場所、買う場所も必要なんですよ。
 そして商売人が絶対売り買いしない物があるんです。分かりますか、旅人さん。
 それは「ひんしゅくと喧嘩」です。この二つだけはどうにもこうにも商売にとってマイナスになるだけで、プラスになることが絶対ありません。ひんしゅくはかえば自分の信用が落ちます。喧嘩は売り買いしても評判を悪くするだけです。
 プライドがないとか言われそうですけど、プライドなんて高くしても鬱陶しいだけですからね。商売の為ならそんな物いくらでも値下げしますよ、私は。

 ずいぶん話が脱線しましたね……お喋り好きな私の悪い癖です。
 で、おかげさまでその村から頂いた商品は運良く高値で売ることが出来て元手も大きくなり、今でも良いお付き合いが出来てます。最近では個人的に注文も入るようになりましてね、村人の人数は少ない割に結構豊かになってますよ。お互い潤って万々歳です。
 村の方々も良い人ばかりで、実は商売抜きにそこに行くのが結構楽しみになってるんですよ。あの時熱を出していた子は大きくなったかなとか、おじいさんは元気にしているだろうか、羊飼いのあの娘は今日も丘に出ているだろうかとか、情が移るって言うんでしょうかね……何だかいい人ばかりで、時々私がやったことを申し訳なく思う時もあります。
 でも別に私はその村とだけ商売をしている訳じゃありませんから、贔屓があるのは仕方ないと思ってますよ。
 お金は取れるところから取れればいいんです。
 本当に良い品物であればお金をいくらでも出す人はいるんですから。
 人を見ずにお金ばかり取るのは強盗と一緒です。私は商売人としてそれだけは絶対したくない、それが唯一のプライドでしょうかね……ハハハ、何かさっき言ってたことと矛盾してますね。
 でもいいんですよ、それで皆が幸せになるのであればそれでいいんです。
 偽物の優しさでも、相手が気づかなければ本物ですからね。それでいいんです。

 え? 今何とおっしゃいました?
 私が偽悪者? うーん、どうなんでしょうかね、自分が偽善者だという認識はあるんですけど、偽悪者なんて言われたのは初めてです。
 でも私はやっぱりいい人間ではありませんよ。損得勘定で物事を考えますし、村の皆さんの好意を利用してますから。もし私が死んで地獄に行ったら、七つの大罪の「貪欲」に触れてマモンの前に行かされると思います。
 マモンって知りませんか? 堕天使の中で一番強欲なんですよ。一枚の金貨の為でも人を殺すような悪魔です。私は商売の為に人を殺した事はありませんが、病気の人達につけ込んだのは事実ですからね。
 でも私のことですから、マモン相手に商売を持ちかけるかも知れませんねぇ……ただ地獄に落ちるのも癪ですし。それまでせいぜい稼ぐことにいたしますよ。人生何があるか分かりませんからね。

 さて、何だかお話ししてるうちに品物もあらかた売れて、すっかり日が暮れてしまいました。満月も過ぎたようですね……きれいな月待ち月です。
 十七夜から二十夜までの月を「月待ち月」とか「種待ち月」と言うんですよ。種を蒔く為に時を待ち、そのための努力を惜しまない……結構博識でしょう?
 なーんて、月の話なんて他は知らないんですが、何となくこれだけは商売人である私にピッタリかな、と思って覚えていたんです。話術も商売のうちですから。
 あ、防寒服ですか? ちゃんと取っておいてありますよ。お買いあげありがとうございます。
 これからどうするかですか?
 うーん……売り物も少なくなりましたし、ちょっと仕入れをしてまた流れていこうかと。そうですね、今お話しした村にそろそろ顔を出しましょうか。注文した品も出来上がっているでしょうし、話をしていたら急に行きたくなりました。きっと皆さん待っているでしょうし。
 どうしました? えっ、その村に行ってみたいって?
 そうですね、旅は道連れと言いますし、それに近頃あちこちで人狼が出るって噂も出てるんですよ。だから一人より二人の方がきっと道中も楽しいですし、安全だと思いますよ。旅人さんが人狼でなければ……なんて、悪い冗談ですね。失礼いたしました。
 あそこは良いところですから、きっと旅人さんも気に入ると思いますよ。のんびりするにはもってこいです。

 おっといけない。お名前を聞かせて頂くのを忘れていました。
 ニコラスさんですか、良い名前です。子供や船乗りを守護する聖人の名前ですね。これから行く村の方々も聖人から名前を頂いている方が多いんですよ。道中ゆっくりお話しいたしましょう。
 私ですか?
 私、アルビンと申します。以後よろしくお見知りおきを。

08 幻月

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