罪人達の船 第六章
罪人達の船 第一章
罪人達の船 第五章
運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する。
ショーペンハウエル
前の日まで強く吹いていた風は緩やかになり、かわりに小雪がちらついていた。
今日埋葬されたばかりのアルビンの墓も、雪がその惨劇を隠していくのだろう。オットーはそう思いながら、丘の上に立つ白樺の木の下でカタリナと一緒に放牧された羊を見ていた。羊たちは久々に外に出られたのが嬉しいのか、のびのびと雪の隙間からのぞいている草を食べている。羊たちにとっては、この村で起こっている人狼騒ぎなど全く関係ないようだ。
「この木も大きくなったな」
あの日からずいぶん大きくなった、自分達の罪の証。この木の下には、十年前に二人が殺した人狼が埋まっている。
「オットー、仕事はいいの?」
カタリナが、所在なく杖で地面を突きながらオットーを見た。オットーは溜息とともに白い息を吐く。
「いいんだ。今は村人の分しかパンを焼かないから」
村が孤立してしまった以上、パンを買いに来る者もいない。いつもなら隣村からも人が来て小さな村とはいえ賑やかなのに、今は世界から閉ざされたままだ。羊の鳴く声だけが風の音に消える。
「………」
カタリナもオットーも無言だった。
何か言ってしまったら、この閉ざされた世界が壊れそうだった。人狼に翻弄され、壊されようとしている小さな世界。オットーの差し出した手をカタリナがぎゅっと握る。
シスターのついた嘘のことをカタリナに話さなければならない。そう思っているのに、なぜか迷いが出た。これを言ってしまってカタリナに危険が及んだら、自分は自分を一生許せないだろう。そう思うと話のきっかけがつかめない。
そんなオットーに気づいたのか、カタリナがもう一度繋いだ手を握った。
「オットー、何か話したいことがあるんじゃない?」
「うん、どうしていつもカタリナには気づかれるんだろう」
「だって、何か言いたいのに迷ってる時はいつも手を繋ごうとするもの。オットーの悪い癖よ。私達、隠し事はしないって約束でしょ」
カタリナの白い息が空に消える。
「カタリナ、俺が言うことをよく聞いてくれないか?」
オットーは意を決したように話をし始めた。
カタリナに隠しておく訳にはいかない。もし、今日の質問のことを怪しまれたら、次に人狼が襲撃するのはおそらく自分だろう。そのときに少しでも人狼を退治するための手がかりを残しておかなければならない。
「シスターは、嘘をついているんだ」
オットーが話したのは、カタリナにとって衝撃的な真実だった。
自分たちが住んでいるところと、フリーデルが巡礼に行くと言っていたケルンが全く逆方向なこと。カタリナは生まれてこの方そんな遠くまで旅をしたこともないし、地図がどうなっているかもよく知らない。だがオットーは違っていた。
「俺はケルンに行ったことがあるんだ。子供の頃、父さんの修行にくっついてね。だからシスターの嘘にも気がついた。この村を経由してケルンには行けない、そもそも方向が逆なんだ。巡礼の途中でここに寄る事もない」
「じゃあ、シスターは……」
その言葉を聞いた途端、カタリナは全身が震えるような気がした。
アルビンを糾弾し、処刑したフリーデル。彼女が本当に人狼を退治しようとしているのか、それとも人狼に都合の悪い者を消そうとしているのかは分からないが、オットーの言っていることは真実だろう。オットーが自分に嘘をつくことは絶対にない。
震える指をオットーが優しく握る。
「俺はシスターが人狼だと思っている。明日この事を皆に話すつもりだ」
オットーはこれを皆に話して、アルビンの無実を証明し、フリーデルの疑惑を追求するつもりだった。本当は今話すべきなのだろうが、自分一人ではフリーデルの強い口調に負ける恐れがある。だからケルンへの正しい地図と、それを証明できる人物のバックアップが欲しい。そのためには、フリーデルに気づかれないようにジムゾンと話をする必要がある。ジムゾンなら巡礼地の地図を持っているはずだ。
「もし今日俺に何かあったら、俺の代わりにそれを村の皆に言って欲しい。いいね?」
ある意味、覚悟していたのかもしれない。アルビンを擁護しフリーデルに噛みついている者は少ない。ニコラスも対立はしているが、自分ほど表だってはいない。フリーデルにとって、今一番邪魔なのは自分だろう。
「オットー、そんな事言わないで」
カタリナが目に涙を溜めながらオットーの顔を見つめる。そしてその泉から雫が一つこぼれ落ちた。
人狼がいると分かっているのに、オットーが死ぬことなど全く考えてもいなかった。年が明けた日に婚約発表をしてあんなに幸せだったのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。誰かが殺されたり誰かを殺さなければならなかったりするのは、何故なのだろう。
「死んだらとか、言わないで……」
風で枝を揺らした白樺の木の下から、人狼が今にも這い出てきそうな気がした。
これはあのときの罰なのかもしれない。カタリナは止まらない涙を流し続けながらそう思っていた。人狼になろうとしたゼルマルを止められなかった罰、そしてそれを殺してしまった罪。それが今になって自分の身に降りかかっている。
そんなカタリナをオットーはそっと抱きしめた。
「ごめん、カタリナ」
「お願いだから死なないで。オットーがいなくなったら、私……」
「大丈夫、大丈夫だよ」
冷たい風の中、お互いの温もりだけが閉ざされた世界のすべてのような、そんな気がしていた。
宿の中はまだ重苦しい空気に包まれていた。
今までアルビンが座っていた椅子がぽっかりと空いているのが、余計寂しさを増幅させる。
「アルビンの遺言だ『残った物はオットーとニコラスの二人で分けてくれ』ってよ」
アルビンのリュックに入っていた菓子類をペーターとリーザに分け、革の手袋を取った後、ディーターは放牧から戻ってきたオットーに向かってそう言った。菓子をもらったリーザ達は、それを喜んでいいのかどうか分からないというような、微妙な表情をしている。
仕方がない。アルビンが処刑されなければこの菓子はどこか別の場所で売られる物だったのだ。
「アルビンに礼を言っとけ。それに誰かが食わねぇと菓子だって浮かばれねぇ」
「うん」
リーザは遠慮がちにそれを受け取り、ペーターの手を引いた。
「お部屋で食べよ」
そう言って部屋に戻っていく二人を、フリーデルがじっと見つめている。それに気づいたディーターが、溜息混じりにわざと大きな声でこう言った。
「物に罪はねぇ。オットー達も受け取ってやれ。じゃないとアルビンに俺が怒られる。あと、オットー。ちょっといいか?」
ディーターはオットーだけを呼び寄せると、小さな声でこう告げた。
「アルビンから、最期の伝言だ。『カタリナと幸せに』ってな」
「…………」
「荷物、もらっといてやれ」
正直気が進まないが、オットーはニコラスと共にリュックの中身を手に取った。この村で仕入れたものや日用品、薬などがきちんと几帳面に詰められている。
「オットー、この中で特に欲しい物は?」
ニコラスの言葉にオットーは首を振った。欲しい物なんかない。
そんな物よりも、アルビンに生きていて欲しかった。そう思うと涙が自然に溢れてくる。
「アルビン……」
悔しかった。
処刑を止められなかったこと、アルビンを止められなかったこと。オットーの気持ちに気づいたのか、ニコラスが横からそっと囁く。
「オットー、この気持ちはアルビンの無実を証明することで何とかしよう。それしか私達には出来ないから」
「ああ。ニコラス、君はケルンに行ったことは?」
フリーデルに気づかれないように、オットーはそっと呟く。荷物を分ける音に紛れ、この声は隣にいるニコラスにしか届いてないだろう。オットーの呟きに、ニコラスは一つだけ頷いた。
「今はこれ以上言わない方がいい」
ニコラスがフリーデルの方をチラリと見る。その目は真っ直ぐと射抜くようにオットー達を見ている。どうやら本格的に、自分達に人狼の疑いをかけるつもりらしい。それでもオットーは、ニコラスが自分が言おうとしていることを察してくれたのが嬉しかった。きっと明日フリーデルの嘘のことを話せば、ニコラスも協力してくれる。それでアルビンの仇を討てるだろう。
「俺はこれぐらいでいい、後はニコラスが使ってくれ。リュックも一緒に旅に連れて行ってやったら、アルビンも喜ぶだろうから」
「そうしよう。無事に人狼を退治できたらな」
オットーはニコラスと無言で頷きあった。
後はジムゾンに協力を仰ぐだけだ。話のきっかけは、アルビンの荷物に入っていた陶器で出来た聖母像が作ってくれるだろう。
フリーデルが席を立った時、それがチャンスだ。
「今日は誰も処刑しない」
夕食の時にそう言ったのは、ヴァルターだった。今日アルビンを処刑したことで、人狼である疑いがある者はいなくなっている。無理に村人達に疑いの芽を増やしたくないという、ヴァルターの賢明な判断だった。
「人狼がいなくなっていればいいんだけどねぇ」
レジーナは空いた席を見てそう呟く。昨日の流れでアルビンの処刑に賛成してしまったが、改めていなくなった事思うと、自分の判断が良かったのかどうかに迷いが出た。
「アルビンさんが人狼ではないと、証明できる人がいまして?」
フリーデルの言葉に皆が黙り込む。
ニコラスはそれに罪悪感を感じていた。
「アルビンは人間だ」
その真実をを知っているのに、村人が恐ろしくてそれを言い出すことが出来ない。フリーデルは、アルビンと一緒にこの村に来たと言うだけで自分を人狼だと疑っている。ここでアルビンの無実を言えば、今日処刑されるのは自分だろう。
「すまない、アルビン。私は卑怯者だ」
そう思い顔を上げると、アルビンの霊がゆるゆると首を振るのが見えた。
「しかし、人狼が何匹いるのか分からないのは辛いな」
トーマスはそう言いながら、籠に入っているパンを手に取る。実際アルビンが人狼だったとしても、他に仲間がいるかもしれないのだ。まだ油断は出来ない。
「今日、何も起こらなければいいんだよね」
そう呟きヨアヒムは祈る。これで誰も襲われなければ、誰を守ればいいか悩む必要もない。今のところは一緒にいるペーターの側にいることしかできないが、これで誰かが襲われれば一カ所に固まるしかないだろう。人狼から人を守れる力はあっても、その対象は自分で決めなければいけない。
ヨアヒムの皿に、パメラが暖かいスープを注ぎ足す。
「きっともう大丈夫よ。だからちゃんと食べておかないとね」
「うん」
それでも不安は拭えなかった。
アルビンが本当に人狼だったのか。自分達はただの人間を殺してしまったのではないだろうか……その思いがいつまでも村人達の心の隅に引っかかっている。
「ごちそうさま。お先に失礼しますわ」
フリーデルがそう言って席を立つと、他にも食べ終わった者達が同じように立ち上がる。
「あー美味かった、ごちそうさん。レジーナ、何か一杯もらえねぇかな。今日ばかりは酒でも飲まなきゃ気が晴れねぇ」
ディーターは軽く伸びをして、暖炉の方に向かっていく。それを見てオットーはそっと立ち上がり、ジムゾンの方へと向かった。
「神父さん、これアルビンの荷物の中に入ってたんだけど、俺が持ってても仕方ないから」
そう言ってオットーは聖母像と一緒に紙切れを渡す。ジムゾンは何か言おうとしたが、オットーの思い詰めたような表情に何かを察したのか少し笑っただけだった。
「ありがとうございます。聖オノルトゥスの加護が、オットーさんにありますように」
その夜、オットーは自分の家でパンの生地ををこねていた。
「…………」
思い浮かぶのは、後悔ばかりだった。
もう話が出来ないと思うと、アルビンのことが頭に浮かぶ。オットーはアルビンがカタリナに好意を持っていたことを知っていた。だが四年前には既に二人の間に毎日の約束事があり、だからアルビンは何も言おうとしなかった。
新年のパーティーで、カタリナとの婚約を発表したとき、驚いたように口をパクパクさせていたのもそれがあったからなのだろう。
「アルビンには、すまないことばかりしてるな……」
結局、助けることも出来なかった。あの時の寂しそうな微笑みが今でも目に浮かぶ。
『オットーさん、ありがとうございます』
礼を言われる資格なんかない。
もしかしたら自分がアルビンを庇ったのは、アルビンの想いに対して、何処か引け目があったからなのかも知れないのに。
「せめて、仇だけは。今の俺にはそれぐらいしかできない」
あの紙切れの中身をジムゾンがちゃんと読んでくれれば、きっとここに来る。ただ、もしフリーデルが人狼だった場合、一番襲われやすいのは自分だろう。そのときにジムゾンを巻き込みたくはなかった。
「早く来てくれ」
そう思いながら生地をこねていると、コンコンと二回小さくノックの音がした。
「オットーさん、開けてください」
ジムゾンの声だ。オットーはそっと裏口のドアを開ける。
「紙に『夜中、一人で家に来て欲しい』って書いてあったので、急いで来ました。何かありましたか?」
外は寒かったのだろう。ジムゾンは鼻の頭を赤くしている。本当なら温かい飲み物の一つも出したかったのだが、そんな暇はない。オットーはパンをこねる手を止めた。
「神父さん。シスターが嘘をついてる事、気づいてるかい?」
いきなりなオットーの言葉にもジムゾンは慌てなかった。まるでその事を言うのを待っていたかのように、静かに一つ頷く。
「ええ、ケルンにはここを経由しては行けません」
これでいい。ジムゾンがそれに気づいていれば、後はそれを村の皆に言うだけだ。オットーは安心したように息をつき、エプロンで手を拭きながらジムゾンに近づく。
「じゃあ明日、俺と一緒にそれを皆に言って欲しい。シスターが嘘をついていることを……」
「出来ません」
それはあまりにも静かで、落ち着いた拒否の言葉だった。
あまりにも静かすぎて、一瞬ジムゾンが何を言おうとしているのかオットーには分からなかった。
「えっ?」
思わず呆然とするオットーの胸元に激痛が走る。
その痛みに胸元を見ると、ジムゾンの細く冷たい腕が真っ直ぐに自分の心臓をとらえていた。
「なぜなら貴方はここで死ぬからです。だから、オットーさんと一緒に言う事は出来ません」
そう言ったジムゾンの表情は、穏やかな笑みを浮かべている。
それを見て、オットーは自分が人狼を殺した時のことを思い出した。あの日、ただ必死に人狼に石を振り下ろしたあの時の事を。
あの時、自分はどんな表情をしていたのだろう。何があったかずっと忘れようとしていたけれど、それは自分が笑っていたからなのかもしれない。
どくん……と、心臓の鼓動が耳に響く。
人を殺す者はいつか同じ目に……ああ、今自分も同じ目に遭っている。あの時人狼を殺したように、人狼に殺されようとしている。
でも、それでもカタリナには同じ目に遭って欲しくない。だが自分はフリーデルの嘘の事をカタリナに言ってしまった。フリーデルの嘘に気を取られすぎて、他に人狼がいる可能性を失念していた。
「カタリ……ナ……」
カタリナにだけは生き延びて欲しい。自分と同じ罰を受ける必要はない。
力が抜けたようにオットーは床に倒れ込んだ。その姿を眺めているジムゾンの後ろから声がする。
「上手くやれば、血を飛び散らせなくてもやれるだろ?」
「ディーター」
ディーターはジムゾンの側までやってきて血で濡れた手を取り、悪戯っぽくジムゾンの指先を舐めた。その刺激に思わず手を引こうとするが、ディーターの力の方が強い。
「あっ……」
「後始末が面倒だからな。なるべくなら、血が飛び散らない方がいい」
赤面するジムゾンの顔を見てにやっと笑うと、ディーターは倒れ込んだオットーの左指に光る指輪に目がいった。カタリナと婚約したと言って皆に見せた銀の指輪。それがランプの明かりの下で光っている。
「左手は勘弁してやるか。俺とリーザが食うなら、右手だけで充分だ」
「そうですね。私はこの前食べたばかりですし」
「あれ以上食ったら食いすぎだ」
無造作に足をかけると、ディーターがオットーの右手を体から引きちぎった。
「……モーント?」
モーントの遠吠えが聞こえる。
その声で目を覚ましたカタリナは、なんだか急に不安に駆られた。
モーントは必要以上に吠えないように訓練している。遠吠えも今まで聞いた事がない。あまりに悲しげなその声が、何かを自分に告げているように聞こえた。
急いで服を着替えフードを被りカタリナは外へ出た。今、どれぐらいの時間だろう。冬の夜明けは遅く、まだ太陽が出る気配もない。
「モーント、どうしたの?」
するとモーントは、カタリナの袖を引くような仕草をした。それはオットーの家への方角に向かっている。
「オットー!」
カタリナはモーントと共に、オットーの家へと走った。
足がもつれて上手く走れない。急いでいるのに思ったように前へ進めない。
いつものように、ノックを三回したらオットーは出てきてくれる。きっと早起きのオットーは、もうパンを焼いているだろう。そして慌てて走ってきた自分を見て「大丈夫だよ」と、いつものように微笑んでくれる。
オットーの家の裏口につき、カタリナはいつものようにノックを三回した。あの日からの二人のだけに通じる合図。ノックを三回したら二回ノックを返す。だがいつまで経ってもノックの音は帰ってこなかった。
「オットー、起きてるの?」
裏口には鍵がかけられていなかった。オットーは昔からの習慣で、寝る時や家を留守にする時は必ず鍵をかける。カタリナはそっと裏口を開けた。それに反応して、モーントが吠える。
「オットー!」
オットーは虚空を見つめたまま、床に倒れていた。右手はどこに行ってしまったのだろう。カタリナの目に入ったのはランプの下で光る左手の指輪だった。
思わず側に行ってその手に触れると、まだ温もりが残っている。
「まだ生きてる……だって、こんなに暖かいもの。ねえ、オットー、起きて」
その温もりがだんだん消えていく。それでもカタリナは、オットーの死が信じられなかった。それを認めたくなかった。
「オットー。お願い、起きて」
いつも自分を守ってくれたオットー。なのに、どうして今日は自分の言葉を聞いてくれないのだろう。
「カタリナ!」
モーントの遠吠えを聞きつけてきたパメラがカタリナを抱きしめると、カタリナは堰を切ったように泣き崩れた。
オットーが人狼に襲われた事に、村の皆が呆然としていた。
昨日アルビンを処刑して人狼を退治できたはずなのに、それを嘲笑うかのように犠牲者が出た。
「まだ、人狼が残っていたなんて」
アルビンを処刑したフリーデルもその事実に愕然としていた。処刑によって人狼に牽制を与えたはずなのに、それを全く恐れていない。それどころか、人狼かもしれないと疑っていたオットーが襲われた事がフリーデルにとっては意外だった。
「カタリナ……」
カタリナは黙って椅子に座っていた。
本当は、泣き崩れていたかった。オットーの後を追ってしまいたいぐらいだった。だが、そうするわけにはいかない。
「皆さん、私の話を聞いてください」
震える指を必死に押さえながら、カタリナは静かにこう言った。
もう黙っている必要はない。二人の秘密を話す事を、オットーはきっと許してくれるだろう。自分とオットーがやった事を告白し、フリーデルの嘘を暴かなければならない。
「私とオットーは十年前に人狼を殺しました……それを元に、私の話を聞いてください」
そう言うとカタリナはキッと顔を上げフリーデルの顔を見た。その瞳はいつもオットーに守られていた弱々しいものではなかった。
「シスターは、嘘をついています」