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【短編小説】小品2〜色が揃うとき

テレビでカラフルな街並みを放送していました。こんな街並みに住んでると、気分もアガるのでしょうか。妄想が広がってきました。こんなお話いかがでしょうか。


色が揃うとき

少し前にできた郊外の道路。田畑を横断するまっすぐな道の両脇にぽつぽつとコンビニやファミレス。車を運転していると眠気を誘うようなよくある田舎の光景。そんなステレオタイプな光景をあざ笑うかのようにその奇妙なアパートは存在した。まるで巨大なルービックキューブのように、正方形のブロックが積み重なった立方体。壁は鮮やかな色彩で彩られている。赤、青、黄色、緑、橙、白ってまんまルービックキューブ。2000年に建てられたもののようだが、誰が設計したのか、どこの建設会社の仕事なのか誰も知らない。

このアパートには、ひとつの不可解な現象があった。住民が引っ越してくるたびに、壁の色が変わるのだ。赤、青、黄色、緑、橙、白のどれかに。誰もその理由を知らない。特別な装置があるわけでも、ペンキを塗り替えるわけでもない。ただ、ある日ふと気づくと、壁は違う色になっている。

そんな薄気味悪いアパート、だれが住もうと思うだろうか。だがそのアパートは常に満室でなかなか空きが出ないのだ。それはまことしやかに噂される言い伝えのおかげだった。

このアパートの壁の色が全ての面で揃ったとき
住民たちは計り知れない幸福を手に入れる

誰も知らないこのアパートの設計者がそのように言ったとか、以前ここに住んでいた高名な占い師がそんなことを言い出したとか。これもほんとのところは誰も知らない。けれど、その言葉はまるで呪文のように、人々の心に深く根を下ろした。最初は笑い話だったものが、やがて半信半疑となり、気づけばそれは住民らの小さな希望となっていった。

どうやら住民の人種、性別、体型、職業、収入、気性などなど、ありとあらゆるファクターの組み合わせで壁の色が決定されるのではないかということがおぼろげながら理解できた。この法則の解明に一生懸命取り組んだ住民もいたが、無駄骨だった。この建物を設計した者がその時々の気分で壁の色を変えているのだろうといった投げやりな言葉を残し、その住民は精神を病んでどこかへ行ってしまった。

時間が経つにつれ、住民は無意識のうちに壁の色を気にするようになった。引っ越してきた隣人のせいで「せっかく揃いかけた色」が変わると、心のどこかで苛立ちを覚えたりもした。しかし、誰もそれを口にはしなかった。そんな自分の心の奥底にうごめく闇に気づきたくなかったのかもしれない。

25年の歳月が流れ、その日は唐突に訪れた。

真夏の夕暮れ、最後の新しい住民が越してきた瞬間、アパート全体の壁が一斉に変化した。赤、赤、赤、青、青、青、黄、黄、黄・・・完璧に揃ったその色は、どこか不吉なほど鮮やかだった。住民たちは歓喜した。誰もがこの瞬間を待ち望んでいたかのように、互いに笑い、抱き合った。

ついに、私たちは最高の幸福を手に入れたのだ

その夜、深い静寂の中でアパートは燐光を放ち始めた。淡く青白い光が建物全体を包み込み、やがてそれは呼吸するように脈動し始めた。光は次第に強くなり、周囲の店舗の灯すらかき消した。しかし、不思議なことに、誰もその光から逃げようとはしなかった。恐怖も、疑問もなかった。ただ、満ち足りた感覚が胸を満たしていたのだ。心の奥底まで染み渡るような、静かで、確かな幸福感。恍惚の表情。

翌朝、アパートは跡形もなく消えていた。

地面には、かつてそこに建物があった痕跡すら残っていなかった。家具も、衣類や食料品、写真や書類も、何ひとつ残されていない。ただ、朝露に濡れた草地の上に、かすかに焼き付いたような赤い色の残像がぼんやりと浮かんでいるだけだった。近隣の住民たちは困惑し、警察やメディアも駆けつけた。ドローンや探査機器が空き地を調べても、地下に何かが埋まっている気配すらない。住民の行方は、誰にもわからなかった。

それから1か月ほどたった残暑の厳しいある日。依然として消えたアパートと住民の謎はこの残暑のようにまだまだ熱く世間をにぎわせていたが、さらに新たな爆弾よろしく手つかずのアパートの跡地に看板がたてかけられた。

そこにはこのように記されていた。

無こそ、最高の幸福。
彼らは今、存在することの痛みも、喜びも、記憶も、すべてが消え去った先にある、完全な静寂のもとで暮らしています。
無こそ、最高の幸福。
ご心配なく。彼らは確かに、何もない場所で、永遠の安らぎを手に入れているのです。

そしてこのような文面で結ばれていた。

一か月後からこの地に新しいアパートを建設予定です。一週間後より入居予約を開始します。入居希望のかたは・・・(以下略)

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