ばば様の一人語り(素人が演奏会に行く3)
さて、休憩の後はシューベルトである。
すぐには弾き始めない。
昔からのルーテイーン通り、襟を少しいじり袖を直し
心を決めた様子。
指が鍵盤に向かう・・
しばし頭の中で音を追うように考えた後に音が出る。
昨日聞いたところだが
リーズのコンクールで弾いたのより好きだな
という演奏であった。
より深みが増したというか。
夜明けが希望を持って明けようするのに
まだ夜が黒い雲で迫って・・まだまだ明けさせぬ・・・
左手が不安感を感じさせるような音を出して
一瞬心が暗くなる。
すると右手が優しく柔らかに大丈夫・・大丈夫よ・
また左手の不安・・右手が慰める・・
このモチーフはずっと続くのだ。
何度も何度も手を変え姿を変えて。
左手は腹に響く音で迫る。
右手は明るく澄んだ音で心に響いていく。
シューベルトがそこで弾いている感じがする。
そこにはピアノを弾く一人の青年しか居なくて
透明な幕に包まれたピアニストから発せられる音楽を
聴衆はただ感じ取るのみ。
ピアニスト一人がそこに居る。
丁寧に調律されたピアノを満足気に弾くピアニストがいるのみ。
もちろん苦悩の表情も見えるが曲に入り込んでいる証拠だろう。
後で聞けば
調律師はピアニストの要望に応え渾身の調律をし
ピアニストはそれに応えて気持ちよく演奏できたらしい。
曲にノリノリの動きがそれを物語っていたかもしれない。