【蓮ノ空舞台巡礼(延長戦)】加賀友禅編~ボロニアの花は咲いているか~
「伝統」
この言葉を聞いて、皆さんは何を想像しますか。
最近は某女学院のスクールアイドルの方々が口にする機会も多く、親しみと共に耳に残ることが多くなりました。ですが以前の私にとってはどこか自分には関係のない遠くの場所で代々受け継がれている、厳かで近寄り難いものという印象が強かったように記憶しています。
今回は、その認識が少し変わったよという話になります。
ごきげんよう、明日賽と申します。
現在、石川県とラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブのコラボ企画第2弾「加賀友禅こらぼ」が開催しています。
スタンプラリー形式で街中を散策する催しが主となっており、期間中石川県内各地で綺麗な振袖を着た蓮ノ空メンバーに出会うことができます。
正直わたくし、「スタンプラリーはちょっと……」と初めはあまり乗り気ではなかったのですが、スタート地点に続く2か所目の近江町市場で村野さやかさんと出会った段階でめちゃくちゃ楽しくなってきたのを覚えてます。なんだか、普段赴かない場所を次々に巡ってると遥か昔に修学旅行をやってた気分が蘇ってきて懐かしくなっちゃいますね。
さて本コラボ企画のキモとなっている加賀友禅、私も隣県富山に住みながら今までほとんど縁がなかった伝統工芸でしたが、今回それに触れることで思わぬ感銘を受けました。
既に多くの方が素敵な文章で加賀友禅こらぼについての記事を書かれており(その上でわざわざ書く必要ある?)、是非ともそちらの記事をご覧いただければより深く今回のコラボイベントを楽しめるのではないかと思います。
それでは行きましょう。
向かった先は加賀友禅会館
お邪魔したのは兼六園から徒歩5分、今回のスタンプラリーのエクストラスポットに指定されている加賀友禅会館です。
展示作品の観覧や友禅染めを体験できるコーナー等が用意されており、加賀友禅染めを多くの人々に親しんでもらうための玄関口となっております。
せーはす金沢ロケ回でキャストの方々が訪れた場所としても記憶に残っています。
入った瞬間に現れる、息を呑む作品たち。
緻密で繊細な柄模様がとても美しくて目を奪われます。
そもそも加賀友禅の「友禅」とは何ぞやという話ですが、これは「友禅染め」と呼ばれる染色方法のことで、絹や布などに豊富な彩色で花鳥・草木・山水など様々な模様を鮮やかに染め出したものを言います。
友禅という呼び方は江戸時代初期、扇絵師として活躍し染色技術を身につけ名を成した宮崎友禅斎に由来します。今では江戸友禅、京友禅と共に日本三大友禅と呼ばれる加賀友禅ですが、元は茜染めや加賀憲法染め等の無地染めを誇っていた加賀藩がさらに新たな工芸技術を吸収しようとしたことがきっかけとなって普及した技法なのだそうです。
「いや染めるっていうけど、あんなに細かい模様をどうやってはみ出さずに色を乗せてるの?」
それなんですよね。はみ出したくない箇所にはあらかじめ「糸目糊」とよばれる糸のように細く絞り出した糊を下絵の線に沿って置くことで、それが防波堤となって染色箇所以外へにじみ出さないようにしてるのです(最後に洗い流すと糊を置いた模様の輪郭が白い糸目として残り、これが友禅染めの特徴とされています)。プラモデルを塗り分ける時にテープやゴムでマスキングをするじゃないですか。あれと似た技法が300年前から用いられているんだと思うとかなり興味深いです。
展示されてる友禅染めのスニーカーとか大変に格好良くて、自分も欲しいなと思ったら製作に2週間はかかるそう。
なかなか手間がかかる技法なのはそうなのですが、京友禅のような分業制とは異なり加賀友禅はその工程をほぼ1人の職人が担っているそうで、こちらは染色対象のスケールが大きくなると大量生産に向かないようです(試しにネットで友禅染めのシャツを検索したら、そのほとんどは京友禅のものがヒットします)。
活路を切り開いたファッション性
そんな伝統工芸として名高い加賀友禅ですが、今に至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
明治維新により武家社会は終わりを迎え、藩主や上級藩士等の上得意先を失ったことで加賀の染色業界は長く苦しい時代に突入します。それが再び脚光を浴びるのが大正時代、当時の大手百貨店が振興に力を入れ加賀の染物文化は勢い付きます。それまで加賀染めなどで呼ばれていたものが、京友禅と区別する意味で「加賀友禅」という名称で流通し始めるようになります。その後昭和28年の宮崎友禅斉の生誕300周年をさらなる弾みとして加賀友禅は一層知名度を上げていきました。
この話で面白いと思ったのは、加賀友禅がその伝統を絶やさず今も残り続けているのは商業的な仕掛けをしてファッションとしての需要を多分に獲得したのがきっかけだったという所です。伝統技能の保存と同じくらい皆がこの友禅染めのお着物をお洒落で身に纏いたいと、この絵柄を家に飾りたいと思わせ続けてきたものがあったから今日まで生き残ったということであり、それだけこの技法は多くの人の心を掴んでいたんだと感じます。
それではコラボコーナーへ。
のれんの向こうから聞こえてくる大音量のド!ド!ド!で若干狼狽えます。コーナー内ではスクリーンに蓮ノ空楽曲のMVが流されており、鳥肌ならぬオタク肌がザワザワと反応し始めます。なかなかすごい光景です。
会場内はコラボイラストのスタンドと紹介文、リンクラの蓮ノ空歌留多カードイラスト、コンセプトシート等が展示されております(5/3より新たに加賀友禅衣装の寝そべり人形が追加展示されてるそうです。そちらも見たかった……)。そこにも既存の友禅染め作品が飾ってありまして、これがなかなか先鋭的で興味深いものでした。
それでは蓮ノ空メンバーのデザインに話を移します。
作品名『星ノ空 銀ノ糸』
今回のコラボを語る上で外せない、ビジュアルのインパクトが取り立てて凄まじい夕霧綴理のデザインにまずは目を惹かれます。コラボ企画発表当初にこの絵が公開されて「ん?今回はやけに力の入った衣装デザインしてるな」と思われた方も多いのではないでしょうか。それもそのはず、今回の振袖衣装は全て本コラボのために本物の加賀友禅作家の方が直にデザインを描き下ろされています。彼女たちに用意されたものは今回限りの貸衣装などではなく、各メンバー1人ひとりのためにあつらえられたワンオフの振袖なのです。 解説にもある夕霧綴理のマイノリティと三島由紀夫、そしてゴシックをイメージした蜘蛛の糸。この時点で「おや?今回のコラボだいぶ熱量がおかしいことになってるぞ?」と気付き始めます。
じょ、情報量が多い!
このデザインのきっかけになるつづさやの台詞まで考案されてるのは流石に驚きました。
コンセプトシートの1枚にはこの衣装を着てライブしている綴理の姿が。
観たいです……!叶うならばこの振袖姿でライブしてるシーンを(リンクラCG衣装班の方々、何卒)。
デザインを担当された友禅作家さんのコメントが開示されているというのも大変貴重な機会なのですが、こちらの文章からも今回のコラボに対する並々ならぬ熱量を感じました。
蜘蛛の糸というモチーフは幸福を掴み取る縁起物の象徴だと他の方の感想で知りましたが、私は当初「大三角と呼ばれた102期生を、またその後輩たちを星座のように結ぶ役割こそ夕霧綴理に相応しい」と感じていて、流石キャラクターへの理解が鋭いな……と思ったら、何とこのコラボデザインのお話があったのが昨年の5月頃とのこと。劇中時間でいえば撫子祭に向けた準備が行われていた頃でしょうか。その時点でこれだけのキャラクター像を分析してデザインに落とし込む技術は想像を遥かに超えるものだと感じました。
キャラクターに対する愛もそうなのですが、私が感じたのは職人としての、プロとしてのお仕事に対する真摯な姿勢です。今回の案件が特別そうだったのではなく、この方々は普段から顧客に対して丁寧なヒアリングを行い、その上でその人に似合う最高の一着を仕立て上げてるんだろうなということがよく伝わってきました。受け継いだ伝統技能をもって、今この瞬間目の前にいる顧客を精一杯花咲かせることに注力する、そういった姿勢に感銘を受けたんです。
上でも述べましたが、京友禅のような分業制とは異なり加賀友禅はその工程をほぼ一人の友禅作家さんが担っており、だからこそその作家性が作品に色濃く反映されます。加賀友禅の着物はさながら絵画をまとうことに等しいとはよく言ったもので、作家さんはみな独自の思想とスタイルを染め物で表現してるんです。今回の加賀友禅こらぼで驚いたのもそこで、100年続く技法を用いながらここまでキャラクターのイメージをデザインに反映できるものなのか!?とひっくり返ってしまいました。
作品名『Love and wish!』
日野下……綺麗だよ…… 心の声が漏れ聞こえてしまいましたが、花帆のメンバーカラ―をベースにパッと咲いたラナンキュラスの花が溢れ出る生命力を感じさせる作品になってます。
こちらの作家さんの紹介文をご覧ください。母親から「あなたはピンクのラナンキュラスね」と言われたエピソードからイメージを膨らませて、親から娘に贈る振袖という設定を取り入れられています。
確かに加賀友禅仕立てのオーダーメイドのお着物となるとそれなりに高価な代物なので、高校生が自分を財力で購入するのはさぞ難しいことでしょう。であれば親御さんが愛する我が子へ向けた大切な贈り物なんじゃないかという依頼背景まで読み解く作家さんの想像力、流石と言うしかありません。キャラクターの背後にある親御さんの愛情までこの一着で表現するのは本当に素晴らしいと思います。
全デザインをこの場で紹介してしまうと現地に赴く楽しみが削がれてしまいますのであと1点、あと1点だけ許してください。
作品名『ボロニアの咲く頃』
綺麗だよめぐちゃん。
彼女の作曲スタンスとは一風変わって、着る人の素材の良さをエンジェルホワイト色の花模様で活かした上品なつくりとなっています。
春に咲くボロニアの花のようにみんなを明るくしてほしいという願いが込められた『ボロニアの咲く頃』という作品。上でも触れた通り、このコラボデザインのお話があったのが昨年の5月頃で撫子祭を目前としていた頃のこと。現在活動休止中という情報の中であつらえられた彼女の着物、この衣装でそんな彼女の苦難を乗り越える支えとなれたら、いずれ来る未来で仲間と笑い合ってくれたらという願いに溢れた振袖となっていて、ここで私はハッとさせられました。
そう、彼女たちに用意された着物は今を映しているだけではなく、その先の未来まで見据えてデザインされているのです。
作家さんがイチから仕立てるオーダーメイドの着物となれば生涯使い続けるに足る一品に違いないでしょう。メンバーが卒業して大人になってもずっとこの着物を身に着けてきらめいていてほしい、ずっと美しくあってほしい、そんな想いが各デザインからは伝わってきます。
綴理の蜘蛛の糸が幸福を掴んでほしいという願いで編まれているように。
慈が怪我を乗り越えて翌年の今頃もみんなと笑っていられるように。
梢がこの先もユリの花のように凛と強く芯を持った女性であるように。
花帆が今後も変わらず明るく花咲くことができるように。
さやかがもう2度と大きなうねりに流されたりしないように。
瑠璃乃がずっと自分の「好き」に真っ直ぐでどこにいても一目置かれる人であるように。
一生ものの晴れ着にはそんな将来への願いが込められてデザインされていたんじゃないかと思うのです。
そんな風に考えていると、ふいにある人の言葉が思い起されました。
好きな服を着る。好きなモチーフを身に着ける。そうすると自分が変わったような気分になることがあります。これがファッションの本懐でありお洒落が持っている魔力なんじゃないかとさえ思えます。
だとしたら身に着けた人の幸福を祈る。この在り方もまたお洒落というおまじないとして成立するのではないでしょうか。
今年、蓮ノ空には綺麗なボロニアの花が無事咲きました。振袖に込められた願いの通り幼馴染の力でスクールアイドルへ復帰し、今や全国5000万人のめぐ党さんとクラブの仲間を笑顔で繋ぎ和ませている藤島慈が。そして今ではさらに新たな蕾までも……。
あなたの人生に幸あれ。そのメッセージを形にする手段として友禅染めというこの技法は長い年月を生き残ってきたのかもしれないなと感じます。
伝統が見据える先
素敵な展示品を見終えて、なぜ今日まで加賀友禅文化が継承されてきたのかということを改めて思います。長く続く伝統が大切だから絶やしてはいけない、そういう一面は確かにあるでしょう。ただその格式こそが重要であるというだけの理由では、きっと加賀友禅は今まで続いてこなかったんじゃないかと思います。加賀友禅という言葉が世に出ておよそ100年、いやもっと多くの時間をかけて着る人に寄り添ってきたお洒落のかたちだったから、そしてそれを好きだと思う人が、受け継ぎ残したいと思う人たちがいたから今日まで続いてきた文化だったんじゃないかと今回私は実感しました。
ちょうど先日公開された104期活動記録1話のテーマもまさにそうでした。受け継いだ伝統曲に今の色を乗せて未来へ繋げる。好きだと思ったから次の代に語り継ごうとする。今回の旅で花帆が吟子に伝えたことをより深く理解することができたのではないかと思います。
伝統って、私たちが思っていたよりもずっと近くにあって、情に厚く親しみやすいものなのかもしれません。そう思わせてくれた水先案内人が他ならぬ先輩たちの伝統に背中を押されて学生生活を謳歌している蓮ノ空女学院の生徒だという点で、このコラボは大変意義のある催しだったのではないかと思います。
石川県コラボ第3弾開催も楽しみに待ってます。
おしまい。
参考文献
「加賀友禅検定教本 加賀友禅のきほん」