地図アプリに頼り過ぎるとこうなる
地図アプリはとても便利だ。オフラインであってもGPSで現在地を測位してくれるものまである。しかしこのアプリ、その優秀さゆえ、ときにとんでもない道順を示してくることもある――。
リオ・デ・ジャネイロへやってきたわたしは、予約しておいた宿のチェックイン時刻より早く着いたため、メインのパックパックだけ宿に預け、コルコバードのキリスト像を見にいこうとスマホ片手に歩き出した。コルコバードのキリスト像というのは、リオ・デ・ジャネイロにある、両手を広げた巨大なキリスト像のこと。空撮されている映像を見たことはないだろうか?
リオ・デ・ジャネイロと言えばまずはこれでしょ! ということで、チェックインもまだできないし、どこにあるかも分からないけど、それほど遠くはないだろうと安易に考えて出かけた。ところがこれが間違いの始まりだった。
生憎この日は天気がよくなかった。雨こそ降っていなかったが今にも降り出しそうな空模様。
地図アプリで距離を見ると数キロ。ま、それなら大丈夫だろう。
宿はイパネマビーチからほど近いレブロンに取っていた。そこからわたしはカフェやレストランが立ち並ぶエリアを抜け、だんだんと賑やかなところから静かなところへ、そして気がついたら、山の中まで入っていた。
「こんな感じで行くの? どっかで道を間違えただろうか……」豊か過ぎる自然で地図アプリはジグザグの道順を示していた。「やっちまったな……これはトレッキングだ……」わたしの足元ではブラジルの国旗のマークをつけたハワイアナスのビーチサンダルが、不安そうにこちらを見上げている。
周りを見渡してもわたし以外にこの道を登るものも下るものもいない。本当にたどり着くのかも怪しいが、とりあえず前へ進むことにした。今さら戻るのはもっと面倒な気がしたからだ。
進み続けると前方に人影が見えた。どうやらカップルが立ち止まっているようだ。近づくと欧米人のカップルだと分かった。そして彼らがなぜ立ち止まっているかもすぐに分かった。
目の前には60度くらいの角度に、コの字型の鉄がほぼ等間隔で打ちこまれている壁が立ちはだかっていた。上からはそれを補助するための鎖が投げられている……。高さは10メートル弱。これ登るの? というようにわたしたちはお互い顔を見合わせた。なんちゅうルートだ……。
鎖に捕まりながら滑らないように慎重に登った。わたしはビーサンだったが器用に登った。
その後もまだしばらく道は続き、トータル2時間半くらいだろうか、ようやく丘の上へたどり着いた。天候は一向に回復せず、辺り一面真っ白に曇っていた。
人の声が届くので観光客がいるにはいるのだろうが、視界が悪過ぎてその様子は伺えない。視界2メートル。ここへ来るまで気がつかなかったが、冷静に考えれば分かったはずだ、天気が悪ければ巨大な像も見られないことは……。
天気がいいならもちろん真っ先に目に留まるだろうその巨大な像は、今日はどこにあるのかも分からない。かろうじて人が集まっているところが分かり、そこまで行くと像の台座が見えた。そしてその前では、後日どこで撮った写真か分からなくなるだろう記念写真を、何人かの観光客たちが撮っていた。わたしには上を見上げても、キリスト像がどっちを向いているのかさえ分からなかった。
悪いことに、ポツポツと雨が降り始めた。もうダメだ、帰ろう。そう思って帰りのバスを探すことにした。街からの距離を考えるとバスもありそうだった。
ところがバスはあったがそれは完全予約制だった。往復がパックになっているツアーなのか、帰りだけ乗車することはできないようだった。タクシーはあるのかも知れないが、わたしの眼中には入ってこなかった。こうなると、歩いて下山することになる。……眩暈がした。てっきり帰りはバスで楽々帰れると思っていただけに、あの下山ルートを、またあの道を歩くことを想定していなかった。しかも雨まで降ってきている。特にあの直角に近い壁を下りなくてはならないのはかなり憂鬱だ……。しかし、こんなこと言っている間にも状況は悪くなっていく一方だった。一刻も早くスタートしなければならない。わたしは足早に来た道を戻り始めた。
雨に濡れたコの字型の鉄は充分に注意して下りた。登ったときと同じ向きで下りたらいいのか、それとも逆を向いたほうがいいのか悩んだが、結局、登ってきたときと同じ向きで下りることにした。
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たっぷり2時間半かかったがどうにかレブロンの街へと戻れた。
アプリは悪路、治安の悪いところ、野犬がいるところなどを回避して示してはくれない。アプリを使う際はそれらを充分に考慮する必要がある――。