【単語ガチャ④】ゴミ箱×霧
そのゴミ箱に物を捨てると、跡形もなくなってしまうらしい。
そう聞いた時、はじめはどういうことだろうかと首をかしげたが、とにかく何か捨てに行ってみることにした。
なんとなく今まで捨てられなかった、高校の時に部活で履き古した靴を抱えて行くと、すでに行列が出来ていた。
皆の視線の先にはぴかぴかと磨かれた、一見シンプルな銀色のゴミ箱が置いてあった。
その横で何やらヘンな格好をした細長い男がしきりに何か言っている。
「このゴミ箱は、西洋から持ってきた大変貴重な代物です。物を捨てるとあら不思議、途端に消えてしまうんです。」
遠目から見るといたって普通のゴミ箱に見えたが、近づいていくと次第にそのゴミ箱が普通ではないことに気づいた。
どんなに大きな物を入れても、物が落ちる音がしないのだ。
今しがたゴミ箱の前にいる人などは鉄パイプを放り投げたのだが、まるで綿でも投げたかのように何の音もしなかった。そして、ゴミ箱をのぞき込むと、「わぁ」という歓声を上げて帰っていった。
期待と疑問が心に積もる中、行列は進み、いよいよそのゴミ箱の前に立った。
すこし緊張して2、3度足踏みして、ヘンな細長い男をちらっと見ると、男は眉をあげ、「さぁ」という風にゴミ箱の蓋を開けた。
開けたところも普通のゴミ箱のようだったが、靴を投げ込んだとたん奇妙なことが起こった。
ゴミ箱の底に着く直前、突如靴が形を失い、次の瞬間、ゴミ箱の中いっぱいに霧のような小さな粒が充ち充ちた。
そして一瞬、顔が濡れたような感覚がして、脳裏に高校時代の思い出が鮮やかに広がった。
初めに見えたのは、青い空と熱く照り付ける太陽、額に大粒の汗を浮かべた自分の額。そして、地を強くにらみつけるような真剣な表情。スターターピストルの音を待つ、あの瞬間が鮮明に胸に迫ってきた。
あまりの鮮明さに思わず顔を上げると、さっきのゴミ箱の前にいて、横にヘンな細長い男がにこにこと佇んでいた。
はっとしてもう一度ゴミ箱を覗き込むと、中にはまだうっすらと霧が漂っていた。
顔を上げ、少しうわの空でヘンな細長い男に会釈して通り過ぎようとした。すると、男はにっこり笑みを浮かべてささやいた。
「いい、思い出をお持ちですね。」
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