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東京ヤクルトスワローズの「ゆとり運用」を考える

こんにちは、シュバルベですᕙ( ˙-˙ )ᕗ

今年に入ってから本業が立て込んでいてnoteの執筆頻度を大きく減らしているのですが、久しぶりにプロ野球について書いていきます。

今回のテーマは東京ヤクルトスワローズの先発投手に適用されている「ゆとり運用」についてです。

1.「ゆとり運用」とはなにか

ヤクルト、画期的な「ゆとり運用」で投手力劇的アップ―――

この見出しで日本経済新聞に投稿されたのがこちらの記事です。

私もデータをよく見させていただいているスポーツデータ分析会社のDELTA(デルタ)代表の岡田友輔氏の名義で書かれています。

まとめると要点は以下のようになります。

・中6日の先発ローテーションが球界の常識の中、中7日以上の「ゆとり運用」を用いて先発投手の負荷を軽減しつつ最大のパフォーマンスを発揮させている

・リリーフも連投を減らし、特定の投手に負荷が偏らない差配をしている

・シーズントータルのイニングを分散させることで戦力としての投手を増やし、現在の投手力を強みとしたチーム作りを図っている

これを各球団の先発投手のローテーション間隔と、リリーフ投手の連投数の図表を用いながら記事中で分かりやすく書いていらっしゃいます。

記事を読んだ印象として非常に納得感がありますし、MLBで運用されている中4日とは確かに対極に位置する、NPBの新しい常識破りをスワローズが実現したと考えたくなります。

ただ、毎年スワローズを追いかけている身としては、この記事からさらに深堀りをして別の見方を自分で書いてみたいとも思いました。スワローズが昨年優勝・日本一を果たしたことで、指揮官である髙津監督やコーチ・選手のコメントがありがたいことに書籍やニュースで多くまとめられています。

それらを読みつつ今のチームの状況をみていくとまた違った見方が出来るのではないか、そんなことを書いていこうと思います。

2.「ゆとり運用」はチームの目指すべき姿だったのか

そもそも、先発投手の登板間隔を中7日以上空ける「ゆとり運用」はチームとしてあるべき姿だったのでしょうか。髙津監督の言葉からみていきましょう。

日本一に輝いた2021年。熾烈なセリーグ優勝争いの中でもスワローズは若手の奥川恭伸投手を中10日で登板させることを貫いてきました。昨秋の新聞記事で既に”ゆとりローテ”や”ゆとりのある登板間隔”というワードは各社の記事として伝えられています。

奥川投手の将来を見据えた起用に重点が置かれ、週に6日試合を行うプロ野球では《1人が中10日で登板する=他の投手も登板間隔がオーソドックな中6日からずれていく》という図式でした。

髙津監督が2021年に最も重視していたのは怪我人を最少にすることであり、休養を程よく与えることによって最大のパフォーマンスを各試合で発揮することでした。そのためならシーズン序盤に不調に陥ったエース格の小川泰弘投手に10日間のミニキャンプを命じて二軍調整させたぐらいです。

ただ、髙津監督が本来望んでいる奥川投手のパフォーマンスとはエースとして大車輪の働きをしてくれることです。奥川投手の登板間隔をシーズン終盤になっても詰めないことに関して、髙津監督は次のように話しています。

「(登板間隔を詰めて登板させることは)正直あまり思わなかったですね。来年、再来年に年間25試合、28試合先発してほしいなと思いますけど、そういう年ではない。彼のローテーションをしっかり守ってあげたいなと思っていました」

2021年12月17日付BASEBALL KING内 ニッポン放送ショーアップナイターより)

奥川投手はまだ高卒2年目。各試合で最大のパフォーマンスを発揮できるのは現状なら中10日だったのが2021年でしたが、本来は年25~28試合の先発、すなわち中6日程度でのローテーション入りを望んでいると明確に話しています。

髙津監督は理想とするローテーションについて、その著書で次のように書いています。

「僕個人の考え方として、本当に強いチームを作りたいならば、基本的には信頼出来る6人の先発投手で1年間回していった方が良い。奥川、高橋がフィジカル的にも成長していけば、数年後には、そうした理想のローテーションを作ることが可能になるはずだ。」

(『一軍監督の仕事~育った彼らを勝たせたい~(光文社新書) 』121-122Pより)

この思想は二軍監督時代から変わらず、今年スワローズの左のエースとして活躍する高橋奎二投手とのエピソードも紹介しましょう。

「高橋を育成するにあたっては、細心の注意を払い、中9日からスタートして、段々と登板間隔を短くしていくプランを立てていた。中9日であれば、高橋は一軍でも素晴らしい投球を披露できる能力が備わっている。僕が高橋に教えなければいけないのは、登板間隔を短くしていった時に、身体にどんな変化が起きるかを自覚させることなのだ。」

(『二軍監督の仕事~育てるためなら負けてもいい~ (光文社新書)』73-74Pより)

この高橋投手への育成の考え方はそっくりそのまま昨年の奥川投手に当てはまるものですね。

こうして髙津監督の過去のコメントを読めば、先発ローテーションの理想型は中6日のオーソドックスなものであることは明白です

しかし、今現在、スワローズの先発投手の運用は「ゆとり運用」になっています。そのギャップはなぜ生まれたのか。今のスワローズの先発投手運用を次の項目で考えていきましょう。

3.理想と現実の投手運用

シーズン始まって間もない3月29日のジャイアンツ戦。奥川投手は今シーズン初登板を果たすものの4イニング53球で降板。翌日に上半身のコンディション不良で登録抹消となります。

上記記事内で髙津監督の「抹消は予定通りだったんですけどね。その後はちょっと予定通りにはいかなかったですね」というコメントが掲載されています。

今シーズンも、少なくとも序盤戦に関しては、髙津監督は当初から奥川投手の登板間隔に関しては中10日を基本線に考えていたということが分かります。前項で紹介した高橋投手の育成プラン同様、「段々と登板間隔を短くしていくプラン」が今年の奥川投手の育成プランだったと考えることができそうです。

2021年終盤のインタビューでは「来年、再来年に年間25試合、28試合先発してほしいな」と語るものの、オープン戦(確かに状態は一貫して良くなかった)や日々のコンディションから2022年はまだその時ではないという判断をされていたのでしょう。

さて、奥川投手が抹消されたことでチームの投手の運用は大きく転換を迫られます。中10日での登板が続いたとはいえ、前年チーム最多タイの9勝を挙げ18試合105イニングを消化した先発投手が離脱したのですから、非常に頭を悩ます事態です。

ここまでスワローズは全部で10名の投手が先発登板を果たしました。こちらがその成績と、その登板間隔です。

東京ヤクルトスワローズ 2022年先発投手の成績と登板間隔(3/25-6/19)

たしかに中6日での登板は少ないですが、実は6名の投手でほとんどのイニングを消化していることが分かります。

6投手とは小川・高橋・サイスニード・高梨・原・石川で、そのイニング合計は329イニング。10投手で投げた369イニングのうちの約89%をこれらの選手が担っています。2021年と比べてもその依存度は高く、昨年イニング数上位6名(小川・奥川・田口・石川・高橋・サイスニード)の合計シェアは72%。

イニングの分散という観点では、昨年の方がより多くの投手に投球回を配分する運用を取っていたのです。

信頼度が高い、と言っていい現在の6投手の合間を投げる投手が新戦力のアンドリュー・スアレス投手であり、吉田大喜投手であり、金久保優斗投手です。しかしここまで彼らは十分に一軍の先発登板機会を全うできてはおらず、既に挙げた6投手との差は歴然としています。

ならば6投手で中6日ローテを組めばいいではないか、そんな気にもなるのですが、6月21日の試合を控える小川投手は次のように語ります。

選手に適度な休養を与えてリスク管理する「高津流-(マネジメント ※筆者注:前出のため略されているので追記)」で好調を維持する右腕は「休養があるのは、すごくありがたいこと。しっかり長く投げたいという責任感もあります」と、今回も長いイニングを投げ抜く決意。

2022年6月20日付日刊スポーツより)

谷間の先発が苦しいとわかっていても敢えて6人の主力投手に中7日以上の登板間隔を与えていく「ゆとり運用」により、小川投手は5月3日以降6試合連続でHQSを達成しています。

現在の「ゆとり運用」は髙津監督が目指す理想的なローテーションではないものの、運用していく中でエース格の投手でも休養に基づく長いイニング消化という成果を出している。それが今のスワローズの投手運用の形でしょう。

4.「ゆとり運用」の中での決め事

こうして今の「ゆとり運用」にスポットが当てられていますが、いくら投手の休養を優先させるといっても髙津監督が目指しているのは優勝・連覇です。当然です、12球団どこの球団も優勝を目指さなければ監督をやっている意味がありません。

昨年、スワローズは優勝争いのキーとなる阪神巨人を神宮で迎えた10月の6連戦において、セットアッパー清水昇投手とクローザーのマクガフ投手の2人を揃って4連投させました。先発投手も小川・サイスニード・原の3投手が中5日で登板。ゆとりある運用も、すべては優勝争いを制するキーとなる試合で万全を期するため、そんな意志を内外に感じさせる連投劇でした。

今年も来るべき時期に全力を傾ける、その心意気は変わりません。

――昨年秋の10連戦や、巨人、阪神相手の6連戦のときのような「本当の勝負どころ」は、まだこの先に控えている、と。
髙津 そうです。本当の勝負どころで全力で戦うためには、その時期にいい位置につけていなければいけない。いい状態でムチを入れることができるように、しっかりと上位についていく。その点は強く意識しています。

2022東京ヤクルトスワローズ髙津流 熱燕マネジメント第6回より

このインタビューではっきり宣言しているように、今のゆとりも将来来る勝負どころで万全の状態を作るためにあるのでしょう。

登板表を見てみると、今年の先発投手の「ゆとり運用」にも一つ大きな決め事があることに気づかされます。

それは、対戦カードの頭は極力長いイニングを投げられる信頼度の高い投手を配置することです。

これが各対戦カードの頭となる1試合目の先発投手とその結果です。

全24試合の中で7人の投手がカード頭を任されており、平均投球回は6.2イニング、防御率は2.63。11試合で先発投手が7イニング以上投げてゲームを作っており、対戦成績では17勝7敗と貯金を10個増やしています。

個別の選手に目を移すと、カード頭を最も任されているのはサイスニード投手の9試合、次点で小川投手が6試合登板です。

特にサイスニード投手は全10登板中9登板がカード頭での登板であり、中6日での登板は5回とチームで最も多く、今のスワローズの先発投手陣の中でキーとなる働きをしていることが分かります。

小川投手もそうですが、クレバーかつ冷静で大崩れをしにくいサイスニード投手への信頼感を感じますよね。

「ゆとり運用」と言われるもののサイスニード投手・小川投手は中6日も辞さず意図的にカードの初戦に当て、交流戦休みや雨天中止・日程のはざまの休みを活かして投手の登板間隔を先々まで決めていく。それが今のスワローズの投手運用であり、必ずしも休養を取らせるだけが目的ではないと感じました。

5.さいごに

スワローズの昨年からの投手運用スタイルに、他球団も少しずつ追随し始めている動きを見せています。ただ、これは意外と難しいのではないかというのが私の見方です。

登板間隔を空ける代わりに、先発投手はそれに応えて長いイニングを投げること。しかも絶対に勝ちたい試合に誰が投げるかも予定として組み込んでいくこと。日程とにらめっこしながら先々のローテーションを決め、コンディショニングをチーム一体となって整えていく。それが「ゆとり運用」の肝であり、簡単に他のチームが真似できない”スワローズ・ウェイ”なのではないでしょうか。

それにはホークアイやパルススローなどテクノロジーの力を借りることもあるでしょうし、選手・コーチ・監督・トレーナー・スコアラーに至るアナログな”良いコミュニケーション”が欠かせません。

その一幕を表す、昨年の髙津監督についての記事を最後に紹介しましょう。

投手陣は登板翌日に必ずトレーナーと状態について話し、細かく状態を把握。「大きな故障を未然に防ぐため」という意識が浸透し、信頼関係は強まっていった。クラブハウスで高津監督がトレーナー室の前を通る機会も少なくなった。指揮官は「綿棒を取るときぐらい」とけむに巻くが、選手とトレーナーが相談しやすいようにという配慮があったに違いない。

2021年10月29日付 サンスポより

奥川投手・高橋投手、この若く優秀な左右のエースを軸とした中6日ローテーション。いつか理想とするローテーションが出来るまで「ゆとり運用」は続いていくでしょうし、常に思考のアップデートを行っていく髙津監督であれば全く異なるアプローチを試みるかもしれません。その著書では中4日ローテーションについても本気で考えたことも記載されています。

大事なのは、「ゆとり運用」も「中6日」も「中4日」もあくまで優勝するという目標に対する手段の一つであるということではないでしょうか。決めつけしすぎず、理想と現実のすり合わせを続けていく、そんなチームの過程を見せてくれているのが今の東京ヤクルトスワローズなんだと思います。

今年も夢を見させてください。応援しています。


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