・新劇や生体実験暴く夏 姫


先日の観劇なのに、いまだに生ピアノのオペラ合唱曲、「ナブッコ/行け我が想いよ黄金の翼に乗って」が耳を貫いている。
元々好きな曲だが、ドンピシャで演目にはまった。

青年劇場の公演「星をかすめる風」は、日本で最も有名と言っても良い朝鮮詩人ユン・ドンジュの、最期の日々を描いた劇である。

彼は1942年に来日し翌年、同志社大学在学中に、治安維持法違反で特高に逮捕された。

懲役2年の刑が確定し、福岡刑務所へ。
終戦の半年前に獄死する。
27歳だった。

なぜ逮捕されたのか?

禁止されていた朝鮮語で、詩を書いていたからだ。
そして、故郷の延辺は、最も反日独立運動が盛んな土地だったからである。

いずれも冤罪だった。

彼は看守による囚人への拷問、虐待に耐えた。
空や星、風などのイメージを駆使して、魂のつぶやきを、素朴で透明感のある詩に綴った。

囚人仲間と、脱獄用のトンネルを掘るが、彼は途中から「資料室」に向けて掘る。
塀の外でなく、塀の中の自由を求めたのだ。
文字があり、文化のある空間への脱出を図ったのである。

ある日、彼の分かりやすくやさしい詩を、密かに愛していた看守の1人が、突然何者かに殺される。

犯人探しのための拷問に屈して、嘘の自白をする囚人がいた。

だが、一件落着…、とはいかなかった。

ユンの夭折の原因となる、九大生体実験事件が浮上する。
そして、意外な人物が犯人であることが解明される。
人命を守る医学が、実験材料として囚人の生身を利用していたのだ。

囚人たちが抵抗するシーンで、前述のオペラ「
ナブッコ」の合唱曲が、生ピアノでソロ演奏される。

オペラの主題である、旧約聖書の「バビロン捕囚」で、ヘブライ人兵士たちが、バビロニア王国に抵抗する場面と重なる。

ユンの刑務所時代の資料は皆無なので、本作はフィクションである。
物語は二転三転し、先が読めない。
ミステリー仕立ての室内劇だ。

ラスト、ユンが書いた朝鮮語の詩が画像でアップされる。
文学や音楽、つまり芸術はいつの時代にも人々の心に届き、社会の不条理に立ち向かう力を持つこを、彼の詩は訴えている。

久しぶりに見応えのある演劇だった。
時々観るが、記事にアップしたいとは思えない作品が多い。

獄死せしコリアン詩人終戦日 

夏芝居オペラ「ナブッコ」と通底す 

ど真ん中にドーンとピアノ夏芝居




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