「欠陥の原因を客観ではなく主観で探す」とは?!朝鮮を理解するための「教養」について。
1月5日、朝鮮労働党第8次大会が開会し、金正恩委員長が開会の辞を述べました。その中の一文が気になったのでしらべてみました。
朝鮮労働党第8次大会、開会辞の謎
聖学院大学にて北朝鮮の政治・外交・軍事を研究されている宮本悟先生とTwitterでお話しました。
宮本先生が朝鮮語でツイートされた引用の日本語訳は以下の通りです。
あれ?どういうこと?
欠陥を反省するのであれば客観で見直すのが一般的ではないでしょうか。
演説の音声を聴き直しても記事のお越し間違いではないようです。
辞書を引いてみた
朝鮮の対外メディア「我が民族同士」のweb版朝鮮語大辞典で「主観」という単語を引いてみました。
そうすると興味深い例文が。
開会辞の一文とよく似ています。
朝鮮でよく使われる慣用表現なのでしょうか。
そのままコピペしてGoogle検索してみました。
ヒットしたのは「労働新聞」の記事。
2019年5月6日付の『イルクン(働き手)の組織力』という記事でした。
党のイルクン(働き手、職員)たちが組織のなかで指導力を発揮するためにはどうすべきかを金正日総書記が指導したという逸話です。
そのなかで、金正日総書記は金日成主席の言葉である「成果は客観で…」を引用したそうです。
引用される最高指導者の「お言葉」
また、同様の逸話が長編小説『平壌は宣言する』(リ・ジョンリョル)でも引用されていました。
このように朝鮮には最高指導者の「マルスム(お言葉)」や逸話に倣った慣用表現が多く見られます。
金正恩委員長がこの逸話の言い回しを引用したのは間違いないでしょう。
最高指導者の「革命逸話」が朝鮮独特の言い回しに大きな影響を与えているのは言うまでもありません。
さらに文芸や音楽や美術といった創作分野にも大きな影響を及ぼしています。
逸話『2丁の拳銃』
「欠陥を主観で探す」は金日成主席の「お言葉」からの引用でしたが、朝鮮を深く知る上での「革命逸話」の例として、朝鮮の革命武力の礎となった「2丁の拳銃」の例を紹介します。
解放前に抗日運動に身を投じていた金日成主席が最初に手にした武力が2丁の拳銃です。
1926年、日本からの独立運動に身を投じた金日成の父・金亨稷(キム・ヒョンジク)は日本の官憲に逮捕・拷問され衰弱し死亡されたと言われています。(これは朝鮮の通史であり、死因には諸説あります)
この時に受け継いだのが2丁の拳銃、そして革命家として3大覚悟(餓死・凍死・他死の覚悟)、真なる同志を獲得すべきという思想、志を遠く大きく持てという『志遠』の思想です。
2丁の拳銃は朝鮮人民軍の前身・抗日遊撃隊の礎であり、現代朝鮮における革命武力の始源として伝説の聖遺物のような存在とされています。
(動画)金日成の父・金亨稷が作曲したと言われる歌曲『南山の青い松』。映像にも2丁の拳銃が映し出される。
朝鮮人民軍の創設にまつわる説明や創作に多く登場する「2丁の拳銃」。たった2丁の拳銃から始まったという単純な経緯ではなく、若き日の金日成主席の志と革命神話を引用している訳です。
この他にも朝鮮の通史や指導者の「お言葉」、チュチェ思想に馴染んだ朝鮮の人々だからこそ理解が深まる表現がたくさんあります。
歌の歌詞も同様です。
人気歌謡『うちのかみさん』の歌詞のダブルミーニングについても書きましたので↓の記事をご覧ください。
朝鮮に限ったことではわかりませんが、言葉の言い回しや慣用表現はその国の歴史や文化に強く結びついていることを改めて強く感じました。