【短篇小説】ヴァイオレットフィズをのみ干して
ズ、ザ。砂を足裏で撫ぜるようにして歩く。
小高い丘の向こうには街がある。遠目で見てもビカビカと夜を降らせているようで、どこか寂しさがあった。
イルは騎士だった。身勝手にいき苦しくなってそれなりの地位にあった家から出奔し、なんだかんだあって騎士になった。よくある話だ。嫡子がいなくなって実家はそれなり苦労しただろうな、と他人事のように考える自分がいる。悲しいことだ。帰る家が無いというのは。
(息子が産まれたって──言ってたなあ)
「ふぅん、なるほどね……」
弟か。つまるところ、イルに価値は無かったということだろう。別に、悲しくはない。ただ──また義母が増えたのだと思うと、複雑なだけであって。断じて、父親に未練があるとか、そういうことではなかった。
五年。それがイルがあの街から離れていた期間だ。だからまあ、あの頃が見る影もない──なんて当たり前のことであって。
寂しいだなんて感じるのは、お門違いなのだ。
(かあさま、)
明るいヴァイオレットが視界を掠めるたびに遠い憧憬が蘇ろうとも。
(ははうえ……)
しゃらりという細やかな金属音に優しいぬくもりを思い出そうとも。
かつても今も、イルは自分で選んで、そして送り出されたのだから、こんな寂しさを覚える理由なんてない。そのはずなのだ。
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