偏愛本紹介4月 混乱した時の本
4月も半分が過ぎ、新しいクラスや職場、部署と環境が変わった人もそろしろ一息つきたいなと思う頃ではないでしょうか。
馴染みのない場所はワクワクと同時に激しいストレスになります。個人的には1:9でストレスが勝ります。
川の上流と下流では石の形が異なるように、別の場所で育った人間が集えば必然的に摩擦が起こる。
今日は獲得してきた知見や技、価値観が揺さぶられ、自分の存在が揺らぐような混乱を味わった時にこそ読みたい、選りすぐりの本をご紹介します。
統合失調症の一族 遺伝か、環境か
1945年、ドンとミミの若い夫婦の間に第一子ドナルドが生まれました。夫婦は1965年のメアリー誕生まで男児10人・女児2人の計12人の子どもを設け、地元でもちょっとした有名一家になります。そして長男ドナルドを皮切りに、子供たちの半分は思春期を境に統合失調症を発症し、家族は長い人生の後半を病と共に過ごすことになります。
統合失調症とはいかなる病で、なぜ発症し、どうすれば回復するのか。
本書はギャルヴィン一家の歴史とともにこの病に立ち向かった医師たちの歩みを記し、その道のりが決して平たんではなく、今もなお道は建設中であることを突き付けます。
副題の通り、統合失調症を引き起こすのは「遺伝」か「環境」かという議論は精神科医と心理カウンセラーの間でも分かれ、一家の母親であるミミは「支配的な母親」の育て方こそが統合失調症を引き起こすという風潮の時代に子育てをすることになりました。(遡っては1911年、フロイトは同様の症状を持つ患者の手記を読み、エディプスコンプレックスに原因を求め(この場合は父親の育て方)、弟子であるユングは遺伝的疾患と考え、二人の対立を明確にしたように)次々と発症する子供たちを前に、自身の育て方こそが問題であるとうしろ指を指されるのです。
事実は小説より奇なりといいますが、波瀾どころか現実の方が地獄といっても過言ではない家族の歴史。
両親は世間の目と自分の育て方に対する不信、発症した子どもたちを家で監督し世話し続ける肉体・精神・金銭的負担を負い続けます。発症した兄弟たちは、自死を選んだ者もいれば、誤診が続き毎回異なる病名を告げられる者、入退院を繰り返し薬の副作用に苦しむ者も。発症しなかった兄弟たちは、物理・心理的に家族と距離を置いたり、またはまるで母の後を継ぐように無私の奉仕を家族に捧げます。もし自分が一家の一員だったらどうしただろうかと考えると、各々の行動が文字通り生き延びるために必要であり、正解はないということを痛感します。
そして忘れてはならない研究者たちの歴史。悪魔憑きから始まり、心の病を経て遺伝子の問題を発見するまでの長い道のり。わかりやすい解決を選ばず、サンプル数を集め科学的根拠に基づいて仮説検証を続けた歴史の道半ばに自分が生きていることに、ひたすら感謝します。
家族にとってこれ以上は想像しえないほどの混乱を綴った本でもあり、人の精神の分からなさを改めて発見するような本でもあり。個として、種としての人間への試練を垣間見た気持ちにさせる本です。
戦闘妖精・雪風シリーズ
昨年13年ぶりのシリーズ続刊が発売された折り、冬木糸一氏が記した紹介が大変すばらしいのでぜひご一読を。
SFファンの誰もが知っている名作なので、あえて取り上げるのも少し恥ずかしい気持ちもありますが、混乱とえば雪風シリーズの醍醐味でしょう!
読書に入る前に、お手元にお茶や甘味を用意しておくことを強くお勧めします。あれ?学術書を読んでいたのかな?と思うくらい、読者に思考を要求する本書、適宜水分糖分を補給しなくては干からびてしまいます。
一見バリバリのスペースオペラや軍事SFを予感させますが、本リーズの根底には生きることを問う哲学があります。
そもそも人類の敵であるはずの未知の異性体<ジャム>はその姿・声を見聞きしたものはなく、ゆえに<ジャム>とはいかなる存在かという謎が常につきまといます。例えば「これはペンです」を説明するためには、ペンを認識し自分とは異なる物体であることを説明する自己が必要であるように、<ジャム>との戦いは自分という存在への問いへと返ってくるのです。
天地が裏返り、目にする世界の姿が変わるような衝撃を与える本シリーズ。
強烈な現実をサバイヴするためには、問い続け考え続けなければならない。フィクションだからこそ可能な特殊環境での半強制メンタル強化合宿の趣もありますが、だからこそ、未知の生命体ならぬ未知の人間・価値観に出会った時こそ強烈な薬にもなる作品です。
からくりからくさ
『西の魔女が死んだ』でお馴染みの梨木香歩さんの作品。関連作に『りかさん』もあります。
祖母が亡くなり、生前住んでいた家を女学生用の下宿として貸し出すことにした両親に、管理人として自分も住むことを提案した染色家の蓉子。彼女のランゲージ・エクスチェンジ相手であり、アメリカから鍼灸を学ぶために来日した友人のマーガレットは、ちょうど下宿先に不満を持っていたところ。そして蓉子の通う染織工房に織糸を買いに来る女学生、機織りの紀久とテキスタイルを学ぶ与希子が加わり、四人の共同生活が始まります。
合理的なマーガレットとおっとりした紀久、はっきりした物言いの与希子との共同生活は思いのほか順調。例えば、蛾が苦手な紀久のために食費を節約して網戸を購入するのですが、その方法はなんと庭の野草を食材にすること。試行錯誤の結果しまいには「野草のてんぷらはどれも同じような美味しさになるからつまらない」なんて言うことに。こんな生活がしてみたいと憧れてしまいます。
蓉子には幼いころに祖母からもらった人形「りかさん」があり、四人の共同生活にも彼女を連れてきます。この「りかさん」にそっくりな人形を帰省した紀久が実家で見つけたり、亡き祖母の探していた人形の情報をもった人形師が現れたりすることで、「りかさん」の謎めいた来歴が明らかに…と縦糸の物語が進むのならば、横糸は四人の共同生活の変容といったところでしょうか。
悪気のない男が一番厄介だわ...と思いつつ(ネタバレになるので理由は伏せます)、染色や機織りといった手仕事の、脈々と紡がれる生活の歴史に、心の荒れ波が凪になってゆくようなこれぞ梨木香歩という読み心地です。
物語の終盤、ある問題に悩んだ紀久は遠出先の山で繭を見つけます。彼女がそこで何を見て何を感じたのか、その答えをもって終わりにします。
終わりに
いかがだったでしょうか?
4月という時期で「混乱」を考えたとき、実は先日弊社より刊行した『単語帳』(グレゴリー・ケズナジャット著)も思い出しました。こちらは日本語以外の母語を持つ人物が、とある言葉の翻訳に躓いたことで生じた混乱を、あることで乗り越えようとするお話です。よろしければこちらもぜひ。
ご紹介した作品は、すべてU-NEXTでも販売していますので、ぜひご確認ください(以下はU-NEXTの作品詳細ページに遷移します)。
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