見出し画像

《動物介在療法の小説》 前川ほまれ『臨床のスピカ』無料公開5

第3章 2023年12月 真冬の蟬

 白木で組まれた祭壇は、父にはもったいないほどの豪華な造りをしていた。高さは二メートル以上はありそうで、横幅も大人二人が簡単に横になれる長さだ。最上部の段には寺の本堂を模した物体が鎮座し、所々に牡丹の花や千切れ雲の透かし彫りが施されている。遺影の周囲には色鮮やかな生花が添えられ、そのすぐ側では同じ白木製の提灯が神々しい光を放っていた。
 棺の前には焼香台が置かれ、細い蠟燭に灯る火が微かに揺れている。短い棒で叩くと澄んだ音が鳴る仏具は、なんという名称だったか。よく目にする仏具なのに、いくら考えても思い出せない。セレモニーホールの職員曰く、祭壇が白木で作られているのは故人の気持ちに配慮しているかららしい。『亡くなってから慌てて葬儀の準備を始めたので、祭壇に塗料を塗る暇すらなかった』という意味が込められていると聞いた。そんな繊細なメッセージを、死んだ人間は受け取れるのだろうか。安藤哲也は皮肉を抱きながら、遺影の中で口元を結ぶ父と目を合わせた。
 白木祭壇の側には三基の供花が飾られ、どれも白い花々が咲き乱れている。百合が目立つ供花は、生前父が通っていた就労継続支援B型事業所から贈られたものだ。菊が多いものは、美穂おばさんが勤務している小学校から届いていた。右端にある胡蝶蘭とカーネーションが混在しているものは、哲也の職場である時津風病院から。三基の供花の中で父と関係が深いのは、百合が目立つものだけだった。狭い交友関係を反映するような花々を眺めていると、首元から垂れる黒ネクタイが窮屈さを増していく。
「哲也くん。久しぶりだな」
 野太い声が聞こえ、座っていたパイプ椅子から素早く腰を上げた。いつの間にか真横には、喪服に身を包んだ一朗おじさんが立っていた。以前顔を合わせた時より髪はM字に後退し、白髪も増えている。かなり太ったようで、腹は風船でも忍ばせているかのように膨らんでいた。黒ジャケットの第一ボタンが、今にもはち切れそうだ。
「お久しぶりです。本日はお足元の悪い中、父のためにお越し下さり、ありがとうございます」
「何、何、改まって。家族なんだから、当たり前だろっ」
 マスクの下で微笑みを作りながら、この軽薄な中年オヤジと最後に会った記憶を探った。確か中二の時が最後で、十年近くは顔を合わせていない。同じ都内に住んでいるのに疎遠だった事実を思い出し、今聞いた「家族」という言葉が耳の中でむなしく転がる。
「哲也くんが、裕二を発見したんだってな?」
「はい。浴室で……」
「大変だったな。まぁでも、最期は息子に見つけてもらったんだから、アイツも幸せだったんでねぇか」
 軽い口調で、無理やり美談に落とし込もうとする声が鬱陶しい。同時に、父を発見した時の映像がまざまざと蘇った。浴室の物干し竿に結ばれたロープはたるみなく張り、細い首元を締め上げていた。父はタイル張りの床に両膝をついたまま、心臓の鼓動を止めていた。普段の浴室とは違って、シャンプーやボディソープの残り香は感じず、命を終えた身体から漏れ出した糞尿の臭いが冷たく籠っていた。
「そんで、発見後はすぐ救急車呼んだの?」
 おじさんの質問を聞いて、微かに頷く。
「……それと、110番通報も。結局搬送されることはなく、警察車両で検視に回されました」
 発見時の状況を乾いた声で説明した。到着した救急隊員が不搬送の判断を下してから、臨場した警察官に哲也は事情聴取をされた。自宅には鑑識官たちも現れ、入念に浴室を調べられた。父の遺書は、薬局のレシートの裏側に書かれていた。紙面にミミズが這っているような震えた文字で、〈すまん〉と一言。若い警察官の質疑に返答しながら、哲也はまるで自分が父を死に追いやったような錯覚を覚えた。実際、過去に何度か父に消えてほしいと思ったことがあるのは事実だ。もちろんそんな昏い想いを、事情聴取では伝えなかったが。
 検視を終えた遺体が戻ってきたのは翌日になってからで、受け取った死体検案書には縊死や自殺という物騒な文字が記載されていた。
「検視なんて言葉、刑事ドラマでしか聞いたことねぇな」
 おじさんは口元の無精髭を摩り、どこか楽し気に呟いた。弟の葬儀ですら綺麗に髭を剃れない男を見つめながら、また場を繫ぐだけの笑みを浮かべた。本音と真逆の表情を作ると、頰の筋肉が突っ張ってわずかな痛みが顔面に広がっていく。父のせいで、幼少期からずっとこんな不快感を覚えてきた。思わず、喉元で毒気が滲む言葉を作る。
「最後まで、迷惑を掛けた人でした」
「哲也くんの気持ちもわかるが、大目に見てくれよ。裕二は、小百合さんが亡くなってから不安定になったんだから。実際女房をがんで失ったのは、可哀想だしな」
 哲也だって母を肺がんで亡くした時は、どうしようもなく悲しかった。今頃になって父の肩を持つような返事を聞き、目前の汚らしい顔を殴りたい衝動が身体の奥底から湧き上がってくる。コイツは、今まで何もしてくれなかったくせに。葬式の時だけ父を擁護するな。良い人ぶるな。マスクの下で密かに奥歯を嚙み締めていると、おじさんがなぜか耳元に顔を寄せた。
「裕二の首、綺麗だったな」
 マスクで鼻を覆っていても、加齢臭とキツい口臭を感じた。数秒息を止めてから、平静を装いながら呟く。
「エンバーミングという処置をしてもらったので」
「なんだそれ?」
「要は、特別な死化粧というか……」
 棺桶の中で眠る父の首周りからは、ドス黒く残っていたロープの痕が消えていた。正確には、特殊なパテや厚く塗ったファンデーションで隠してある。葬式代に加えて十四万円分の余計な出費だったことを思い出し、舌打ちが漏れそうになった。
「あれっ、お兄ちゃんいつ来たの?」
 声がした方に顔を向けると、トイレから戻って来た美穂おばさんが軽く手を振っていた。おじさんとは兄妹だが、二人の容姿は全く似ていない。おばさんの身体の線は細く、セミロングの髪は艶があって黒々としている。目尻の皺は目立つが、マスクで顔半分を覆っていても色白なのが見て取れる。無理やりおじさんと似ている箇所を挙げるとすれば、喪服を着ていることぐらいしか思い付かない。
「おうっ、さっき来たんだ。美穂とも、久しぶりだな」
「そうね。ここに来る時も、雪は降ってた?」
「まぁな。道路は凍結してなかったけど、亀に追い越されそうなノロノロ運転よ」
 辟易する悪臭が、今度はおばさんに向けられる。それとなく腕時計に目を落としてから、頭を下げてその場を後にした。葬儀が始まるまで、十五分程度の余裕がある。父が死んでから集まってきた親戚に、頭を下げるのは疲れた。葬儀が始まる前に、煙草を吸って一息吐きたい。
 幅広の階段を下り、一階にある喫煙室を目指す。このセレモニーホールは、釈迦がその下で悟りを開いたとされる樹木の名前を冠している。昭和から続く地域密着型の式場で、場内のどこも前時代的な寂れた雰囲気が漂っていた。建物自体はこぢんまりとしているが、駐車場はやけに広く人は集まりやすい。
 階段を下り切った先の出入り口付近には、数珠や線香を販売している小さな商品コーナーと、年季の入ったソファーが二組あるだけの質素な空間が広がっていた。開放感を強調するようにガラス張りの箇所は多い。透けて見えるのは、馴染みのない雪景色だけだ。
 一階の端にある喫煙室は、無人だった。ぽつんと丸椅子が一つ放置され、水が張ってある一斗缶の中に吸い殻が浮いている。早速椅子に腰掛け、乱暴にマスクを外した。喪服の内ポケットから煙草を取り出し、百円ライターを擦る。煙草の先端に火が点ると、肺の底まで届くように苦い煙を吸い込んだ。父の葬式で吸う煙草が、とてつもなく美味い。
 半分ほど灰に変えたタイミングで、喫煙室の引き戸が音を立てながら開いた。
「やっぱり、一服してたか」
 顔を覗かせたおばさんが、呆れたように呟いた。気怠く紫煙を吐き出しながら、短い疑問を返す。
「上は、良いの?」
「お兄ちゃんに頼んだ。あの人、そういうの得意だから」
 おじさんのひどい悪臭を思い出しそうになり、ごまかすように煙草を立て続けに口元に運んだ。
「私にも、一本ちょうだいよ」
「おばさん、ずっと止めてたじゃん」
「今日ぐらい、良いじゃない」
 おばさんの普段より陰りのある目元を見つめ「メンソールだけど」と告げて、再び内ポケットを探った。煙草を差し出しながら、さり気なく丸椅子から腰を上げる。今回の葬儀で喪主を務め、エンバーミング代以外の葬儀費用を出してくれたのはおばさんだ。一つしかない椅子を譲ることなんて、わけない。
 おばさんは空いた椅子に腰を下ろすと、口元を覆っていた不織布を取り外した。殺風景な喫煙室に、もう一つの火種が灯る。
「吸うの何年振りだろう」
 おばさんは煙草を咥えると、すぐに咳き込んだ。艶のある髪が、はらりと乱れる。
「おばさんって、何年禁煙してたっけ?」
「十四年ぐらい。てっちゃんたちと一緒に住むようになって、止めたから」
 細い指が、垂れた髪を耳に掛けた。おばさんは禁煙した理由を「健康のため」と話していたが、哲也はずっと本音を隠しているように思っていた。禁煙を決意したのは、単純に金銭的な問題なんだろう。十四年前、急にうつ病の弟とその息子を支えることになったのだ。同居を始めてからも、おばさんが散財する姿を一度も見たことがなかった。化粧品は近所の薬局で売っている安価な物で、メイク落としと乳液しか自宅の洗面所には置かれていない。服もファストファッションばかりで、色褪せて首回りや袖口の糸がほつれるまで着倒している。買い過ぎるからと言って、コンビニにすら足を向けない姿は頑なだ。それなのに、哲也が理学療法士の専門学校に進学したいと告げた時は、少しも反対せずに学費を援助してくれた。
『資格を取ったら、私にもリハビリしてね』 
 いつでもストレッチぐらいは指導できる。しかし、理学療法士になった今でも果たせずにいた。
「雪、まだ降ってるね」
 紫煙で霞んだ瞳が、喫煙室の窓に注がれた。哲也も無言で外を一瞥し、一斗缶に煙草を落とした。ジュッと火種が消える音が、狭い空間に響く。
「おばさんはさ、オヤジのこと好きだった?」
「何? 急に、どうした?」
「いや、別に。なんとなく、訊いてみただけ」
「少なくとも一朗お兄ちゃんよりは、好きだったよ。裕二は幼い時から気弱だったけど、優しかったし」
 相槌も打たず、吸いたくもないのに二本目の煙草に火を付けた。まだおばさんには、今までの感謝を伝えられていない。おじさんや葬式に集まった親戚たちには、口先だけの礼を簡単に告げられるのに不思議だ。距離が近すぎる人ほど照れ臭さが先に立つが、感謝の言葉だけでは足りないほどの恩がある。おばさんのサポートがなければ、父と二人だけの生活は確実に破綻していた。
「てっちゃんは、どうなのよ?」
 質問を聞いて、わずかに首を傾けた。
「裕二のこと。てっちゃんにとっては、お父さんだけど」
「嫌いだったよ」
 即答した。おばさんの瞳に一瞬だけ寂しそうな色が滲む。そんな恩人の変化に気付かない振りをしながら、続けた。
「オヤジが口癖のように『死にたい』って言う度に、こっちのエネルギーを吸い取られるような気がしてたし」
 一度話し始めると、心の底で淀んでいた重油のような黒い感情が溢れ出していく。
「この夏にオヤジがイレウスになった時も、最初は本気でそのまま見て見ぬ振りをしようと思ったな」
「そうなの」
「だって、ずっと死にたがってたんだからさ、ちょうど良い機会だと思って」
 冗談めいた口調に、本音を交ぜた。イレウスは何らかの原因によって腸管が麻痺し、腸の蠕動運動が低下した状態のことだ。腸管内に溜まっている物の通過障害が起こり、腹痛、嘔吐、便秘、腹部の膨満感等が症状として現れる。父は以前から、うつ病の増強療法として非定型抗精神病薬を内服していた。当時父を診察した内科医は、向精神薬の副作用による麻痺性イレウスを疑い、即日入院を勧めた。
 おばさんは遠い眼差しを浮かべながら、首に巻かれた真珠のネックレスに触れた。生きている者は、こんなにも綺麗なもので彩れるのに。死んだ者は、ドス黒いアザを烙印のように皮膚に刻んでいる。
「とにかく、あの時は裕二を病院に連れて行ってくれて、ありがとね」
「まぁ……家には、俺しかいなかったし。まだペーペーでも、一応医療従事者だから。職業倫理ってヤツ」
「裕二も、てっちゃんが勤めてる病院に入院できて安心したと思うよ」
「別に、家から近いし……それに、職員の身内は個室の差額料金がかからないから」
 あの日は真夏日だったが、腹痛と繰り返す嘔吐で父の顔は青ざめていた。哲也は冷静に受診の判断を下し、タクシーで職場の時津風病院に向かった。あの時、車内でどんな会話を交わしたのかを、どうしても思い出せない。そもそも、何か言葉を交わしたのだろうか。
「でもさ、色々と便宜が図れるからって、オヤジを職場に入院させたのはマジで後悔」
「なんで?」
「そりゃ……なんか、逆に気を遣ったし」
 麻痺性イレウスの病状より、精神障害者に対する偏見をあの時は強く感じた。哲也は入院時の家族聴取で、父が長年うつ病を患っていることを初めて職場に告げた。父のお薬手帳も持参し、内服している向精神薬も全て入院先の病棟スタッフに伝えていた。今まで父が完遂しようとした自殺企図歴も、全て隠さずに話した。入院中に病棟スタッフから直接差別的な言葉を投げ掛けられたわけではないが、妙な噂や陰口を叩かれていたのは気付いていた。病棟スタッフが父の発言や行動に向ける眼差しには、「安藤さんは、そういう人だから」という雰囲気が込められていた。
「結局さ、オヤジは最後まで迷惑を掛けた人って感じ」
 おじさんと同じように父を擁護する言葉が返ってくるかと身構えたが、聞こえたのは一斗缶の中で火種が消える音だった。おばさんはゆっくりと椅子から立ち上がり、なぜか深く頭を下げた。
「てっちゃん、今まで本当にごめんなさい」
 突然謝られたことに驚き、素直な疑問を返した。
「おばさんが謝ることなんて、一つもないでしょ。むしろこっちこそ、いくら感謝しても足りないぐらい……」
「そんなことないの」
 遮った声は、抑揚を欠いている。謙遜している雰囲気は微塵も感じず、伏し目がちな瞳はうつろだ。本気で謝罪されていると察し、慌てて口を開いた。
「やめてよ。おばさんがいてくれなかったら、多分俺は今ここにいないって。オヤジと一緒に、どっかで野垂れ死んでたと思う」
「……さすがに、それはないよ」
「いや、マジな話で。今までの生活費や学費だって、全ておばさんが払ってくれてるし」
 金銭面だけに留まらず、学校行事に顔を出してくれたことも一度や二度じゃない。父の病状が悪くなり精神科病院へ入院した時は、いつもおばさんが保証人であるキーパーソンを務めてくれた。父がイレウスで消化器内科病棟に入院した時も、費用は全て支払ってくれている。
「普段の裕二のことは、てっちゃんに任せっきりだったから」
「仕方ないよ。おばさんは仕事してるし。帰ってくるのも、遅いんだから」
「仕事をしてるのは、てっちゃんも同じでしょ」
「まぁ、今はそうだけどさ……」
 綿を千切ったような雪が、広大な駐車場を白く染め続けている。この時間帯は父の葬儀しか執り行われていないせいか、駐車場には数台の車しか停まっていない。地面に描かれた少ないタイヤ痕は、新たな雪で塗り潰され始めていた。
「……数年前から、職員会議でよく訊かれるの。クラスの中に、家族を過度にお世話してる生徒はいないかって。実際、アルコール依存症の母親と暮らしている子や、幼いきょうだいのお世話を毎日長時間している子を報告したんだ。私の知識が浅かったっていうのもあるけど、こんな身近にいたのにね」
 再び頭を下げられそうな気配を察して、咄嗟に首を横に振った。
「俺、もう二十四だよ。子どもじゃないから」
「でも大人になってからも、ある種の生きづらさを感じる人もいるって聞くし……」
 言い淀む声が、耳の中で残響する。簡単に「生きづらさ」なんて口にしないでほしい。毎日を生き抜くことは大変で、痛みを伴うことだって多くある。けれど、それは誰だって同じだ。そんな日常の痛みに飲み込まれた人間が、棺の中で花に囲まれながら目を閉じてる。両目に焼きついているのは、不自然なほど血色の良い首周りではなく、ドス黒い蛇が巻き付いているような索状痕だ。
「てっちゃんが早く仕事から帰ってくるのも、家から近い職場を選んだのだって、裕二のサポートをするためでしょ?」
「違うよ。単純に時津風は働きやすそうな病院だっただけ。それに職種は違うけど、高校時代の先輩も働いてるから」
 哲也が吐いた紫煙は、本音を隠すように広がっていく。煙草はまだ半分しか吸っていなかったが、一斗缶の中に投げ入れた。
「とにかくさ、おばさんが謝ることなんてないって。家族のことは、家族の中でお世話するのが当たり前じゃん」
 おばさんは目を伏せ、口紅を引いていない唇を結んだ。どうしてか、今日一番悲しそうな表情を浮かべているように見えた。
「おばさん、そろそろ戻ったら? おじさんに、文句言われるよ」
「そうだね……てっちゃんは?」
「俺は、あと一本だけ吸ったら」
「そっか。もう五分ぐらいで葬儀が始まるから、遅れないでね」
 華奢な後ろ姿を見送ってから、空いた丸椅子に腰を下ろした。座面には、まだ柔らかな温もりが残っている。
 内ポケットには手を伸ばさず、背後の壁に身体を預けた。ヤニで黄ばんだ天井を見上げる。明日の今頃、父は白い骨になっている。少ない供花も、嫌な記憶が蘇る首も、完全に消えてしまう。
「すまん……」
 父が最後に残した言葉を呟き、一つ息を吐く。胸に走った痛みから気を逸らすように、窓の外に目を向けた。
 ふと、雪で霞む景色の奥に人影が見えた。駐車場の出入り口に面した歩道で誰かが立ち止まり、式場の建物をジッと見つめている。こんなに雪が降っているのに、傘を差していないようだ。不審者かもしれないと思い、窓ガラス越しに何度か瞬きを繰り返す。よく観察すると、その人の片手からは紐のような物体が伸びていた。雪と同化していた真っ白な生き物に気付いた瞬間、息を呑んだ。
「スピカ……」
 思わず、顔を隠すように窓に背を向けた。久しぶりに呟いた名前が呼び水となり、ヤニ臭い壁や吸い殻が浮かぶ一斗缶が霞んでいく。刻々と葬儀の時間が迫っているのに、両足から力が抜けて立つことが出来ない。気付くと、数ヶ月前の夏の日々が頭の中に再生された。

            ♢♢♢

 勤務中は病棟間を行き来するエレベーターを、基本的に使用しないことにしている。それは、入職時から自らに課したルールだった。同僚たちには「筋トレ」と噓を吐いているが、本音は患者の利用を優先したいからだ。入院中の患者たちは点滴を吊り下げていたり、松葉杖や車椅子を使用したりして、エレベーターに乗り込んで来る者も多い。そんな病魔と戦っている人々に対して、ほんの少しのスペースだとしても奪いたくはなかった。
 病棟内は空調が効き、適切な室温に管理されているが、非常階段は真夏の熱気が籠っていた。マスクをしているから、余計暑く感じる。今年から新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行してはいるが、今も職員は不織布で口元を覆うことを義務付けられていた。職業柄、仕方ないことは理解している。それでも院内の人気のない場所ぐらいは、鼻や口を曝して自由に呼吸をしたい。
 肩で息をしながら、壁に大きく書かれた〈5F〉という文字を睨んだ。病棟でリハビリを行う場合は、五階より階下の脳外科病棟や整形外科病棟に出向くことが多い。七階にある消化器内科病棟までは、入職してからも数えるほどしか足を運んだことがなかった。そもそも、これは業務ではない。急いで食べ終えた昼飯の冷やし中華が、不快に胃の中で暴れる。片手に持つビニール袋が擦れる音が、妙に耳に貼りついた。
 やっとの思いで七階に着き、呼吸を整えながらナースステーションに向かった。出入り口付近ですれ違った看護師や医師に軽く頭を下げ、目当ての姿を探す。ナースステーションの端で、進藤澪先輩は電子カルテのキーボードを叩いていた。看護師の服装規定通り髪の毛は後頭部でお団子に纏められてはいたが、耳周りの一部は金髪のイヤリングカラーが目立っている。哲也は歩調を早め、付き合いが長い顔見知りの元へと向かった。
「お疲れっす」
「おっ、ビブスじゃん。お疲れ」
「だから、職場でそのあだ名は止めて下さいって」
 たしなめると、彼女の目尻が少しだけ垂れた。澪先輩とは高校時代に、同じバスケ部に所属していた。女バスと練習メニューは違っていたが、他の部活よりは交流があり、学年は違えどお互いを認知するのは早かった。
「安藤を見ると、汗臭いビブスを思い出しちゃうもん」
「マジで、何年前の話っすか」
 呆れるように笑いながらも、苦い記憶が蘇る。澪先輩は高二の頃からポイントガードとしてレギュラーで活躍していたが、哲也は入部当初から練習を休みがちで、一度も公式戦に出場する機会はなく三年間を終えている。たまに部活に顔を出すと、顧問からはやる気がなくサボっていると勘違いされた。そのペナルティとして、部員の汗が染み込んだビブスの洗濯を命じられるのが常だった。不安定な父のサポートさえなければ、毎日体育館に顔を出せていたのに。他の部員たちは哲也を不真面目な補欠として嘲笑っていたが、澪先輩だけは洗濯を時々手伝ってくれた。練習後の彼女はいつも汗塗れだったが、微かに制汗剤の甘い香りを漂わせていた。
 哲也は当時のほのかな恋心に蓋をして、同じ病院のコメディカルとして真面目な表情を作った。
「今って、少しお時間よろしいですか?」
「うん、いいよ。座って」
 礼を告げて、隣の空いていた丸椅子に腰を下ろした。持参したビニール袋に目を落とし、早速用件を告げる。
「あの人の下着を持ってきました」
「ありがとう。安藤が直接渡す?」
「そうします。それで、どうすかね。あの人の腹の具合は?」
 職場では「オヤジ」や「父」と口にするのは恥ずかしく、「あの人」と呼んでいる。一拍開けて、澪先輩が宙に視線を向けた。
「腹痛は治まってきてるし、吐いてもないよ。留置してる胃管は、明日の排液量を確認してから抜去する予定。でも、相変わらず全く離床しようとはしないね」
「そうっすか……」
「毎日、声掛けはしてるんだけどさ。まっ、今は絶飲食中だから動く力が出ないのかも。それに、抑うつ症状の影響もあると思うし」
 さり気なく父をフォローする返事が、恥ずかしさに拍車をかける。同時に、あの人が全く変わっていないことを実感した。高校生の頃は大好きなバスケの邪魔をし、今は職場で恥を搔かせてくる。心配や迷惑という言葉は、父のために存在している。
「私も下着を渡す時、一緒に行くよ。今日は担当なの」
「了解っす……とりあえず、電カル見ても良いすか?」
「どうぞ。私も、経過表に食事量を入れないと」
 病棟内に漂う昼食の残り香をマスク越しに吸い込み、空いていた電子カルテにIDを入力した。病棟マップを開くと、迷わず〈安藤裕二〉にカーソルを合わせる。
 三日前の入院時に、父は多くの検査を実施していた。採血から始まり、腹部単純X線検査、腹部CT、腹部超音波検査。精査の結果、腸管全体が拡張して便塊やガス像が分布していることが確認された。主治医からは幸いにも手術の緊急度が高い状態ではないことを告げられ、概ね十日程度で退院できるだろうと説明を受けている。手術は見送られたが、その代わり絶飲食で腸を休ませる保存的治療が選択された。父の細い腕には脱水予防のために点滴が繫がれ、体内に溜まっている内容物を排液する目的で鼻からも管が挿入されている。
 電子カルテで採血データや発熱の有無を確認してから、最後に看護経過記録に目を通した。その日の父の行動や発言が、文字となって羅列している。
『そういうのは、遠慮します』
 この記載は、麻痺性イレウスに効果があるとされている高気圧酸素療法を、父が拒否した時だ。
『トイレに行くのも、億劫なんです』
 これは、父がベッド上で失禁した時の記載。
『眠れないまま天井を眺めていると、そのまま消えたくなります』
 気泡のように湧き上がる恥ずかしさや怒りを鎮めるように、無言で掌に爪を突き立てる。
「安藤、そろそろ行ける?」
 その声を合図に、丸椅子から立ち上がった。
 父は大部屋ではなく、個室の病室で入院生活を送っていた。もし大部屋で治療した場合、父の陰鬱な発言の数々によって、同室者の治療意欲が削がれる可能性だってある。病室へ向かいながら、湧き上がる疑念を否定するように小さく頭を振った。単純に職員の家族であるんだし、ただの配慮として個室を与えられているだけなんだろう。それか、今は大部屋が満床なのかもしれない。できるだけ楽観的に、物事を捉えることを意識する。ネガティブな思考の沼にハマると、父のように抜け出せなくなってしまう。
「安藤のお父様って、入院前も横になってる時間が多かったの?」
「気分が落ちてる時は、そうっすね。でも……大丈夫な時は、パンを作ってました」
「へぇ、凄いじゃん。パン作りが趣味なんだ?」
「違います。あの人が通ってるB型事業所が、パン屋なんで」
 父が定期的に足を運んでいる就労継続支援B型事業所は、福祉サービスの一つだ。本人の障害や体調に合わせ、それぞれのペースで軽作業の就労訓練を行うことができる。
「でも去年まではコロナの影響で、よく中止になってましたけど。通所したって、短時間しかいられなかったみたいだし」
 B型事業所では雇用契約を結ばないため、賃金ではなく工賃として報酬が支払われる。父の場合は、時給に換算すると確か二百円程度だったはず。血色の悪い手でいくらパン生地を捏ねても、哲也の月給には遠く及ばない。
「今度買いに行くから、お店の名前教えてよ」
「別に、気を遣わなくて大丈夫っす。可も不可もない味っすから」
 冷たく言い放ち、足を止めた。目前には、父の病室のドアが閉ざされている。ノックもせずにドアを開けようとすると、視界の端でズレたマスクの位置を直す横顔が目に映った。
「お父様ってさ、犬は好きだったりする?」
 唐突な質問を聞いて、ドアに伸びかけた手が引っ込む。
「嫌いだと思います。俺が子どもの頃に犬を飼いたいって話した時も、大反対されたんで」
「もしかして、犬アレルギー?」
「それはないと思いますけど……ってか、急に何すか?」
「別に。気にしないで」
 意味がわからず、わずかに首を傾げた。そんな後輩の仕草を無視して、白いナースシューズが一歩前に出た。
「失礼します。哲也くんが、面会に来てくれましたよ」
 白衣に続き、病室に足を踏み入れる。父が療養している個室は、五畳程度の広さだった。窓際には大きな電動ベッドが設置され、ベッドサイドには〈絶飲食中〉と表記された札と点滴ボトルが吊るされている。床頭台の上には生活用品が何も置かれてはおらず、備え付けの液晶テレビの電源は落ちている。床に揃えられたスニーカーは、先日面会に来た時と同じ位置で放置されていた。もう三日も入院しているというのに、父が活動した気配は皆無だ。澪先輩が話していた通り、一日中ベッドで臥せているのが伝わった。
「……哲也」
 掠れた声を聞いて、やっと父を見据えた。風呂に入っていないせいか白髪交じりの短髪はベト付き、うつろな目元には目やにがこびり付いている。口周りには、汚らしい無精髭が生えていた。
「……哲也は、今日も勤務か?」
 聞き取れないような小さな声を父が発すると、鼻から挿入されている管の中を黄色味がかった液体が少量だけ流れた。
「そう。今は昼休憩中」
 自室に籠っているせいか、父はマスクを着用していない。入院前よりやつれた頰を眺めてから、ビニール袋を差し出す。
「これ、替えの下着」
 掛け布団から覗く腕が、持参した下着に伸びる気配はない。思わず舌打ちをこぼしそうになりながら、昨日洗濯したばかりの衣類を床頭台の引き出しの中に仕舞った。
「この前、失禁したんだって?」
「すまん……全てが億劫で」
 謝るぐらいなら、最初からトイレぐらい行けよ。澪先輩の手前、父を責める言葉をなんとか呑み込む。
「あのさ、担当医や看護師からも口酸っぱく言われてるよな? 腸を動かすためにも、積極的に離床しろって」
「……そうだな」
「だったらさ、マジで頼むって」
 身体を動かすと、腸管の蠕動運動は促進されると言われている。たとえ開腹手術をした患者であっても、状態を観察しながら早期離床を促す場合が多くあった。
「どうしても……力が出なくてな」
「でもよ、ずっと寝たままだと筋力も確実に落ちるんだぞ。それに、廃用症候群のリスクも高くなるし」
 治療的観点を強調するように、敢えて医療用語を織り交ぜる。廃用症候群は、過度な安静や活動の低下によって起こる二次的障害だ。俗に生活不活発病とも呼ばれ、運動量が低下した状態が続くと、心身の機能に様々な悪影響を及ぼしてしまう。
 父は小さく溜息を漏らすと、無言で天井に視線を逸らした。貴重な昼休みを費やしているというのに、上半身すら起こそうとしない。気付くと、能面のような横顔を睨みつけていた。重い沈黙を終わらせたのは、隣から響く明るい声だった。
「安藤さん。鼻に入ってる管は、明日には抜けるかもしれませんよ」
 父のうつろな眼差しが、天井から白いスクラブ上着に向けられた。
「まだお辛い時もあるでしょうけど、哲也くんが今話した内容は大切なことですから」
「……わかっています」
「私たちは別に、何時間も歩けとお願いしているわけではないんです。起き上がって椅子に座ったり、病棟内を何往復かしたりするだけでも、良い効果があると思いますよ」
 父は頷きもせずに、淀んだ眼差しを再び天井に向けた。掛け布団から覗く細い手首を、窓から差し込んだ夏の光が照らしている。普段は陽に当たっていないことを証明するかのように、皮膚の色は青白い。
「帰る。もう昼休憩が終わるし」
 吐き捨てるように告げ、踵を返した。怒りを滲ませるように足音を響かせ、ドアに手を伸ばす。
「ちなみに安藤さんって、犬は苦手ですか?」
 その質問を聞いて、思わず振り返った。澪先輩が中腰になり、父と目を合わせている。
「ウチの病院、今年から犬のスタッフを雇ってるんです。スピカという名前で、一緒に治療を手伝ってくれるんですよ」
「犬……ですか?」
「はい。とっても可愛いんです。れっきとした当院の職員ですので、患者さんに犬アレルギーや感染症等がなければ、病室に入ることも可能です」
 確かに今年の五月から、当院に職員として所属している犬がいる。主に小児科病棟で活躍していると耳にしていたが、院内ですれ違ったことはまだなかった。それでも、あの白い犬の活動は目に入ってきている。先月の院内便りでは表紙を飾っていたし、外来の廊下にはDI犬を紹介するポスターが貼られていた。
「スピカは、動物介在療法と呼ばれる補完医療を実施してるんです。もし安藤さんがよろしければ、スピカと一緒に離床するのはどうでしょう? とは言っても、主治医や病棟スタッフとも相談してからになりますが」
 明確な肯定も否定も示さない辛気臭い男に代わって、喉元に力を入れた。
「やめてくださいよ。恥ずかしい」
 院内を犬を連れて歩くなんて、かなり目を引くはずだ。
「でもさ、離床のきっかけになると思うんだけど」
「別にそこまでしなくても……それに、点滴の管とか危ないんで」
「スピカは医療物品をいたずらしたり、絶対に患者を嚙んだりしないから安心して」
「絶対って……でも、動物じゃないっすか」
「私たちだって、所詮動物でしょ」
 詭弁で、煙に巻かれているような気がする。当たり前だが、人間と犬は違う。今度は清潔不潔の観点から反対の意を唱えようとすると、澪先輩が穏やかな声で言った。
「常にスピカの側には、凪川さんがいるから。大丈夫」
「……凪川さん?」
「そう。スピカのハンドラー。私が新人の頃、お世話になったことがあるの」
 病棟便りや、院内に掲示してあるポスターを思い出す。確かに白い犬の隣には、いつも一人の女性が写っていた。澪先輩は話を戻すように、再びベッドの方へ向き直った。
「是非一度、スピカに会ってみませんか?」
 父から返事はない。DI犬の介在は悪目立ちしそうで嫌だったが、父の無反応を見ているうちにまた怒りが再燃した。こんなにも医療スタッフがサポートしようとしているのに、本人は素知らぬ態度を保っている。まるで、病気からの回復を投げ出してるみたいだ。生きることを放棄しているようにすら見える。一定のリズムで滴下する点滴を数えながら、胸の騒めきを落ち着かせようと努力した。しかし血管内に消えていく雫をいくら眺めても、胸の内が凪ぐことはない。
「黙ってないで、何とか言えよ。自分のことだろっ!」
 怒鳴っても、父の表情に変化はなかった。より一層、目元に差す陰が濃くなっていくだけだ。
「哲也くん、病棟でそんな大きな声を出さないで」
 澪先輩の口調は落ち着いていたが、その眼差しは鋭い。哲也は不貞腐れながら俯き、今度こそドアに手を伸ばした。
 行きと違って廊下ですれ違う医療スタッフや患者に会釈することはなく、足早に病棟を後にした。午後は病床リハビリのスケジュールが詰まっていたが、既に疲れ切ってしまった。身体は鉛のように重く、大声を出してしまったせいでこめかみは痺れている。父に対する怒りと、怒鳴ってしまった自己嫌悪から舌打ちをこぼした後、非常階段の扉を一瞥した。このまま蒸し暑い空間を下ったら、余計体力も気力も削がれてしまう。いくつかの言い訳を頭の中で並べ、入職以来できるだけ守ってきたルールを破ることに決めた。
 エレベーターが七階に到着するのを待っている間も、父の生気のない顔が浮かんでは消えた。確かにうつ病の症状は気分の落ち込みや意欲の低下だが、息子の職場であの態度はひどすぎる。いくら腹部の症状が残存していたとしても、普通の父親ならもっと違う振る舞いをするはずだ。普通の父親という定義がわからないまま、エレベーターの階数表示を見上げた。患者の検査出しか手術の出棟でもしているのか、長らく四階で停止したままだ。
「702号の尾崎さん、あれから熱はどう?」
「まだあるね。一応、また採血と胸部レントゲンのオーダー入れてる」
 話し声が聞こえ、チラリと背後を振り返った。スクラブ上着を着た男性たちが、話しながらこちらに近付いてくる。マスクをしているせいで顔半分は隠れていたが、揃いのスクラブ上着の右肩には〈Resident〉という文字が刺繍されていた。すぐに、彼らが研修医であることを察した。二人もエレベーターに乗るようで、哲也の背後で足音が止まった。
「尾崎さんの熱さ、尿路感染の影響かも。この前より、尿が混濁してたし」
「尿培養は出してんの?」
「もちろん。まだ結果は出てないけど」
 二人の会話が止まる気配はない。こんな場所で患者情報を喋るなよと思いつつ、見知らぬ誰かの治療過程が耳に入ってくる。
「707号の田中さんって、NGチューブ抜去したんだ?」
「そう、昨日な。排液も少なかったし」
「712号の安藤さんは、どうなの?」
 父の話題が出て、一瞬だけ呼吸が止まった。振り返りたい衝動とここから逃げ出したい欲求が、同時に胸をつく。結局両足は動かず、目前のエレベーターの扉を息を潜めて見つめた。
「安藤さんねぇ……あの人は、この病棟じゃないっしょ。メンタルに転棟してくんないかな」
「一応イレウスなんだから、ウチで診てって感じなんじゃない? 二週間程度で、退院できそうだし」
 長らく四階で止まっていたエレベーターが、やっと上昇を始めた。
「でもさ、やっぱ他の患者と比べると浮いてるよ。顔見ただけで、メンタルってわかる」
「確かに。過去には、ヤバめの自殺企図歴があったらしいし」
「マジか。俺、明日当直なんだけど。勘弁して」
 呆れる声と同時に、エレベーターの扉がガタつきながら開いた。足早に乗り込んだ後は、顔を隠すために俯いた。いつの間にか研修医たちの話題は変わっていて、今は外勤先の愚痴をこぼしている。ある階でエレベーターが停まると、彼らは足音を重ねて出て行った。 
 扉が閉まっても、再びエレベーターが動き出す気配はない。不思議に思い顔を上げると、行き先ボタンを押し忘れていたことに気付く。慌てて、リハビリスタッフの詰所がある一階を選択した。エレベーターが再び下降を始めると、目を伏せた。入職時から履いているスニーカーは、全体的に色褪せて薄汚れている。必死に働いた証のようにも見えるし、ずっと手入れを怠っていただけにも思えた。
「そろそろ、買い替えないとな」
 呟いた声が、エレベーターの昇降音に重なる。再びドアが開くまで、顔を上げることができなかった。
 午後も何とか業務を終え、定時に職場を後にした。頭上に広がる空は青々と澄み切っていて、まだ夕暮れの気配は皆無だ。ぼんやりと夏空を眺めながら、やっとマスクを外した。乾いた風が、不織布が消えた顔面を心地よく撫でていく。
 遠くの空には、綿花のような雲が浮かんでいた。その白は不思議と、ポスターで見たあの犬の被毛を想起させた。同時に、父が入院していることを改めて実感する。普段のように、焦って帰路に就かなくても良い。拭い切れない習慣に閉口するように吐いた溜息は、あたりで鳴く油蟬の声に搔き消されていく。
 自転車のロックを解除したタイミングで、ポケットに仕舞っていたスマホが震えた。サドルに跨りながら画面を確認すると、澪先輩から一通のLINEが届いていた。
『明日からスピカが来るって』
 確かDI犬が介在する前には、本人の同意を示す書類の記入が必要だったはずだ。父は全てが億劫と話していたくせに、ちゃんとサインをしたのだろうか。それに、犬は嫌いだと思っていたのに意外だ。あれから澪先輩が、根気強く説得したのかもしれない。
 一呼吸置いてから『了解っす』と、短く返信を打とうとして止めた。その代わり『時間が合えば、また顔を出します』と、打ち直してから送信ボタンを押す。あの父を持つ息子としてはDI犬の介在はさらに目を引きそうで避けたいが、同じ医療従事者として患者の回復を願う想いは理解できる。スマホを閉じる前に既読が付き、またメッセージが届いた。
『事務棟の二階にスピカの控室があるから、今度行ってみ』
 返信は打たずに既読だけを付けた。ペダルを漕ぎ出すと、夏の光が背中を焦がしていく。額や脇の下は既に汗ばんでいるのに、どうしてか身体の芯は冷え切っていた。

 下着を届けてから四日後の勤務中、哲也は突然の事態に遭遇した。脳外科病棟で床上リハビリを実施していたのだが、途中で担当患者が激しく嘔吐した。哲也はすぐにナースコールを押し、吐瀉物を誤嚥し難い体勢に向けた。その後は駆け付けた医師や看護師の判断によって、リハビリは中止になった。嘔吐した患者は幸い大事には至らず、安堵した。
 時津風病院では患者一人のリハビリに対し、通常一時間のスケジュールが組まれていた。一日だと平均六、七人の患者と関わることになる。診療報酬の関係があり、タイトなスケジュールでリハビリが組まれていることも多い。腕時計に目を落としながら、急に空いた数十分のやり過ごし方を思案した。今から同僚のリハビリを手伝うには、時間が足りない。とりあえず詰所に戻って事務作業でもこなそうと、脳外科病棟を後にした。
 どこまでも続くような階段を目に映すだけで、額に汗が滲んだ。冷房が利いていない空間を一段一段、下っている途中で〈2F〉と書かれた文字に気付く。本棟と事務棟を繫ぐ渡り廊下が二階にあったことを思い出し、踊り場で足が止まった。
 下着を届けて以来、父とは顔を合わせてはいない。面会に行っても陰鬱な表情を向けられるだけだし、何か私物を持って来てほしいという連絡もなかった。それにあの研修医たちと鉢合わせでもしたら、未だに買い替えていないスニーカーをまた見続けてしまいそうだ。足は七階から遠ざかっているが、父のことが気掛かりなのは事実だ。体調に関してというよりも、病棟スタッフに迷惑を掛けていないかという心配の方が強い。
「事務棟の二階だっけ……」
 現在の父は、誰が見ても意欲の低下が明らかだ。それに犬を嫌う青白い手は、DI犬の頭を撫でることさえしないだろう。いくらあの白い犬が介在したとしても、良い結果が生じないことは簡単に予想できる。あんな回復を放棄しているような昏い男より、本気で病魔と戦っている子どもたちの方が白い犬を必要としているはず。DI犬は少なくとも、一度は父に介在している。もう十分だろう。AATを中止させる理由を思い浮かべてから、二階の渡り廊下へ進んだ。
 事務棟は本棟や新棟とは違って、患者の行き来は皆無だ。カーペット張りの廊下を歩きながら、周囲を見回す。第三会議室、施設課、管理課、カルテ保管庫、当直仮眠室。並ぶドアに掲げられた室名プレートを黙読しても、DI犬の控室は見当たらない。そもそも今は、病棟で働いている最中かもしれなかった。
 地域医療連帯室の前を通り過ぎると、一枚のドアが目に留まった。そのドアは、明らかに他とは違っていた。表面には、点々と黒い何かが描かれている。近づきながら目を凝らすと、足跡のシールだということに気付く。黒い点の一つ一つは四つの指と肉球で構成され、斜めにドアを横切っていた。掲げられた室名プレートには〈第三応接室〉と表記してあったが、今はDI犬の控室になっているのだろう。
 覚悟を決めてドアを二度ノックすると、室内から弾んだ声が聞こえた。一気に緊張が高まり、背筋が伸びる。
「何か、御用でしょうか?」
 ドアから顔を覗かせたのは、病院便りやポスターの写真でDI犬の隣にいる女性だった。名前は、確か凪川遥さんだったはず。初めて対面したハンドラーは、発色が良い黄色のスクラブ上着を着ていた。こんな目を引くユニフォームを着ている者は、どこの病棟を探してもいない。
「突然、すみません。リハ科に所属している安藤哲也と申します。関わって頂いている父のことで、お話がありまして参りました」
 早口で自己紹介と用件を告げると、凪川さんがマスク越しに微笑むのが見て取れた。
「君が、哲也くんか! 私たちも、一度ご挨拶に伺おうと思ってたの。どうぞ、入って」
 第三応接室は日当たりが良く、窓から差し込んだ光がすぐに目を眩ませた。白んだ視界の先で、何かが動く気配を感じる。瞬きを繰り返すと、窓辺に置かれたソファーの上で伏せる青いベストを着た犬と目が合った。
「意外と……デカいんすね」
 思わず素直な感想を漏らすと、ハンドラーも窓辺に目を向けた。
「スピカと会うのは、初めて?」
「はい。写真でしか見たことないっす」
 確かに身体は大きいが、全く吠えるような様子はない。不思議と、威圧感を覚えさせない犬だ。両側で垂れた耳は無防備で、二つの瞳は澄んでいる。この位置からでも、被毛が絹のように滑らかであることが伝わった。全身は写真で見た時と同じく、真っ白な毛で覆われている。実物を見ても、晴天に浮かぶ雲に似た白をしていた。
 凪川さんに促され、来客用のソファーに腰を下ろした。彼女もローテーブルを挟んだ対面のソファーに座り、名刺を取り出した。
「裏にはアドレスが載せてあるから、何か相談事やスピカにメッセージがあればいつでも送ってね」
 受け取った名刺は、人間の運転免許証に似ていた。紙面には、凛々しい顔つきをしたDI犬の顔写真が印刷されている。
「すみません……俺、名刺持ってなくて」
「気にしないで。私も看護師として勤務してた頃は、常備してなかったもの」
 一般的な白衣を思い浮かべながら、目前のスクラブ上着を改めて眺める。やはり、派手な色だ。それに左胸にあるポケットには『AAA/AAT』という文字が、刺繍されていた。
「さっきは、お父様のことでお話があると聞いたけど」
 凪川さんから水を向けられ、再び背筋を伸ばす。
「はい。お忙しい中、父に関わって下さりありがとうございます」
「こちらこそ。初日はAATというより、AAAのような感じだったけどね」
 初日は治療計画に基づいた補助療法を実施したというより、DI犬との触れ合いに終始したという意味だろうか。
「でも昨日は一緒に歩きこそしなかったけど、ベッドから起き上がってスピカを撫でてくれて」
「撫でた……? 父がですか?」
「そう。最初は感情の発露が乏しかったんだけど、スピカを撫で始めると徐々に表情が和らいでいって。口数も増えてさ。そういえば、哲也くんのことも話してたよ」
 予想外の事実を知って目を見張ると、凪川さんが続けた。
「哲也くんが小学生の頃、子犬を飼いたいって泣き叫んだ話」
 古い記憶を白い犬に重ねた。当時飼いたかった犬は、通学路の途中の家で生まれた雑種だった。そこに住む老夫婦が張り紙を出し、新しい飼い主を探していた。ランドセルを揺らしながら何度もその家に寄って、掌に乗るほどの小さな生き物を沢山撫でたのを憶えている。初めて触れた子犬は少しだけ生臭かったが、薄い皮膚からは直に体温が伝わり温かかった。
「懐かしい。本当、あの時はショックでしたよ。ちゃんと、世話するつもりだったのに」
「ご近所で、生まれた犬だったんだよね?」
「そうっす。父には、飼うことを大反対されて。あの人は昔から、子どもの気持ちなんて考えたことないんすよ。いつも、自分の辛さばっかりを話すだけなんで」
 古い記憶が次々と散漫に蘇る。胸からネックレスのようにぶら下げていた合鍵、ただいまを受け止めてくれる母がいなくなった玄関の暗さ、ラップで覆われた冷たい夕食、物が消えてがらんとした母の部屋。おばさんと同居する前の父は、まだうつ病を発症していなかった。母の死を忘れるように仕事に打ち込み、帰宅するのはいつも夜遅く。たまに休みの日があっても、話し掛けるのを躊躇するほど青白く疲れ切っていた。あの頃に子犬を飼いたいと強く願ったのは、本当は一人で過ごす寂しさや不安を紛らわすためだったのかもしれない。
「結果的に、あの子犬を諦めて良かったっす」
「どうして?」
「動物より、人間の世話をすることになったんで。さすがに一頭と一人はキツいっすよ」
 本音を、冗談めいた口調で包み込む。何気なく腕時計で時刻を確認すると、次のリハビリ開始時刻まであと十分を切っている。今は、昔話をしている暇なんてない。腹筋に力を入れて、居住まいを正した。
「話を戻しますと、思うようにAATが進まないようでしたら、中止もありかなって考えています」
「最近は割と、治療計画に沿うことができてるんだけどな。今日のAATでは、スピカと一緒に病棟の廊下を歩いたし」
「あの人が……棟内歩行を?」
「うん。起立性の低血圧に気をつけながら、病棟の廊下を三往復したかな」
 点滴スタンドや管を引き連れて歩く病衣姿より先に、医療スタッフたちが陰で笑う光景が脳裏を過った。瞬時に胃の中が重たくなり、微かな吐き気がせり上がってくる。
「明日も十四時に予約を入れてるの。一緒に外来まで歩いて、スピカのポスターを眺めるつもり」
「……そんな人が多いところ、行かないで下さい」
 低い声が、日当たりの良い部屋に冷たく響いた。取り繕うように、窓辺に目を向ける。DI犬は伏せたまま、いつの間にか瞼を閉じていた。白い身体に線のような陽光が触れ、被毛は輝きを増している。
「あの人にはこれ以上、病棟で浮いてほしくないんです」
 マスクの下で唇を嚙むと、ローテーブルの向こうから落ち着いた声が届く。
「私には、お父様が病棟で浮いているようには見えないけど」
「凪川さんは、たまにしか来ないからわかんないんすよ。実際、医療スタッフから陰口を叩かれてるし」
「どんな?」
 たっぷり間を取って、白い犬からようやく目を離した。
「どんなって……イレウスのことより、精神疾患についてっす。父を入院させる病棟を間違えました。たとえイレウスでも保存的治療だけなら、精神科病棟で対応が可能だったかもしれませんから」
「そうかな? 急変のリスクもあるし、今の病棟に入院してるのが妥当だと思うけど」
 正論を返され、喉に言葉が詰まる。密かに鼻から息を吐き出し、冷静さを必死に保とうとした。それでもエレベーターの中で感じた惨めさが、勝手に言葉を繫いでいく。
「とにかく、ただでさえ一般病棟では浮いてるのに……その上に犬を引き連れてたら、余計悪目立ちしそうっす」
「確かに医療従事者の中でも、そんな眼差しを向ける人がいるのは事実。実際、精神障害者の方々と関わる場面は多いし」
 凪川さんが、マスクの位置を少し直した。
「次に偏見を持ちやすいのは、家族かな」
 咄嗟に否定しようと思ったが、凪川さんの考えを肯定するかのように言葉が出て来ない。
「そして最も精神疾患に対して偏見を持っているのは、多分本人なんじゃないかな」
 ベッドに横たわる血色の悪い横顔が、頭の中で像を結んだ。父は、天井を見つめながら何を考えているのだろう。胸に広がった波紋を打ち消すように、喉元から声を絞り出す。
「たとえそうだとしても、入院中ぐらい頑張りを見せてくれたって……」
「でもさ、うつ病の主症状は意欲の低下や気分の落ち込みだよね? 実際、会話をするのですら億劫になる人も多いし」
 返事をしないことが、無言の肯定になった。
「症状が落ち着いている時は、B型事業所に通ってたわけだし。お父様は病気と上手く付き合いながら、働き続けたかったんじゃないかな?」
 第三者の楽観的な推測だ。返事を先延ばしにするように、再び窓辺に顔を向ける。清潔そうな毛並みより、着ている青いベストに目を奪われた。生地には〈I'm friendly〉と刺繍されたワッペンが縫い付けられている。胸の中で〈僕は友好的〉、〈僕は親しみやすい〉と繰り返す。急に、青いベストが窮屈そうに見えてしまう。それは医療スタッフのユニフォームというより、無理やり患者に愛嬌を振り撒くことを強要され、この犬の自由を奪う冷たい鎧のように思えた。雲行きが変わってもいないのに、白い身体が翳り出す。
「あの犬って、DI犬になるために生まれてきたんですよね?」
「別に、そんなわけじゃないよ」
「でも病院便りやポスターには、子犬の頃から特別な訓練を受けて育ったって、書いてありましたよ」
 素知らぬ顔で眠る犬を眺め続ける。人間とは姿形は違うし、もちろん同じ言語で会話も出来ない。それなのに、気付くと自分自身を重ねていた。
 誰かをサポートするために、生まれて来た犬。
 父の世話を、幼少期から続けている息子。
 夏の光が落ちる窓辺で、呑気に昼寝をしているようにはもう思えない。白い犬は誰かのサポートを続け過ぎて、疲れ切っているように見えた。
「DI犬って、毎日出勤してるんですか?」
「今は、週三日勤務。実働は三時間ぐらいかなぁ。夕方前には帰ってるし」
 DI犬に配慮している気配を感じても、胸に長く伸びた影は消えない。
「本音では病院なんて来ないで、家で昼寝でもしてたいって思ってるんじゃないんすか? 体調が悪い日だってあるだろうし」
「そういう日は早めに切り上げたり、迷わずAAT自体を休んだりしてる。患者の元に行くのも、一時間ごとに休憩を挟んでるしね。スピカの気分や体調の変化には、いつも目を光らせてる」
「まぁ……俺のリハスケジュールよりかは、大分ゆとりがありそうなのは確かっすね」
 皮肉めいた言葉を放っても、気分が晴れることはない。むしろ胸の騒々しさはますます激しくなっていく。
「なんか、DI犬って可哀想っすね」
 父に対する昏い感情が、身体の芯を冷たくさせていく。
「生まれた時から訓練を積んで、役割を与えられて、自分の時間を削って、結局は人間の都合で自由を奪ってますよね?」
「この子は、人間が大好きなの。ずっとスピカの側にいると、手に取るようにわかる」
「正直……凪川さんの都合の良い憶測に、聞こえなくもないっす」
「まぁ、確かにね。スピカから直接『僕は人が大好き』って、言語化されたことは一度もないし」
 簡単に答えが出ない内容でも、凪川さんは頷きながら付き合ってくれた。本当は適当にあしらわれた方が、楽だったのかもしれない。彼女の返事が誠実であればあるほど、いたずらな議論を吹っ掛けてしまったことが惨めになっていく。
「……次のリハがあるんで、そろそろ失礼します」
 逃げるように、ドアに向けて歩き出す。その途中で、さっきとは違う声色が背中に触れた。
「またよかったら来て。別件なんだけど、哲也くんは、武智詩織さんのリハって担当してる?」
 足を止めて振り返る。唐突に耳にした名前に、覚えはなかった。
「武智詩織さん……ですか?」
「そう。今は、骨折後のリハをしてるんだけど」
 記憶を探るように、宙に視線を向けた。少し前に同僚から、そんな話を聞いたような気がする。哲也は担当ではなかったため、うろ覚えの内容しか思い出せない。
「確か……若年性パーキンソン病の方でしたっけ?」
「そう。少し前に症状の影響で、転んじゃったの。その時に手首を骨折しちゃって」
 担当している同僚は、確か橈骨遠位端骨折と話していたような気がする。リハビリでは関節の可動域訓練や、筋肉の緊張を和らげるためのリラクゼーション・マッサージを実施しているのだろう。
「担当じゃないです」
 短く返事をしてから、今度こそ控室のドアを開けた。カーペット張りの廊下に踏み出した瞬間、全身が痺れるほどの情けなさを感じた。DI犬もハンドラーも治療計画に基づいてAATを実施しているだけなのに、ひどい態度を向けてしまった。父に対する怒りを見境なく吐き出す男より、患者に寄り添う一人と一頭の方が至極真っ当で健全だ。
 廊下を数十メートル進んでから、一度背後を振り返った。閉ざされたドアに描かれた足跡はこの位置から見ると、ただの汚れのようだった。

 翌朝、スマホから響いた着信音で目を覚ました。瞼を擦りながら画面を確認する。送り主は父で、昨日で点滴が終了し、今日から流動食が開始になったことを知らせる内容だった。
「朝っぱらから、なんだよ……」
 起き抜けに呟いた独り言は、大きなあくびに搔き消された。二連休の初日なのに、父からのメールで起こされたことに苛つく。枕元にスマホを放り投げると、気怠く寝返りを打った。
 薄いタオルケットを腹に掛け直しながら、ドロドロの食事をスプーンで掬う光景を想像した。嘔吐や腹痛が起こらなかったら、徐々に三分粥、五分粥、全粥、米飯と食形態は変化していくんだろう。それに、当初から予定されていた退院日は近い。何度か寝返りを繰り返しても、一度手放した睡魔は遠ざかっていく。
 せっかくの連休だというのに外出する予定や約束はなく、暇を潰すため家事に取り掛かる。まずは家中に掃除機を掛け、廊下を隅々まで水拭きした。それから便器と浴槽の汚れを、洗剤を使って丁寧に磨き落とす。最後に脱衣カゴに溜まっていた衣類を、次々と洗濯機の中に放り込んでいく。父は体調が優れない日が多いし、同居しているおばさんは仕事が忙しい。家事の多くは、幼い頃から哲也が担っていた。
 脱衣カゴの中には、昨日持ち帰った職場のユニフォームも放置されていた。他の衣類を洗濯する時と同様、まずはポケットの中にゴミが入っていないかを確認する。指先に紙の感触を覚えて取り出すと、名刺に写る白い犬と目が合った。DI犬に自らを重ね、感情的になってしまった後悔が再燃していく。同じ病院で働く同僚としても、患者の家族としても、最低な態度だった。
「十四時だっけか……」
 父の下着は、そろそろ替えがなくなるはずだ。夏場で寝汗も搔くだろうし、毎日取り替えなければ臭うだろう。面会に向かう理由を頭の中で並べながら、時折〈I'm friendly〉と書かれたワッペンを思い出す。一人と一頭に謝罪するきっかけが作れるのなら、これから父の面会に向かっても損はないような気がする。家事だって、洗濯物を干したら終わりだ。
 十四時に近付くと、サドルに跨った。遠くで逃げ水が揺れる光景をぼんやり眺めながら、通勤経路を疾走する。片手に持ったマスクが、夏の風に煽られ膨らんでいる。普段なら素肌で風を感じることは爽快だが、今日はこれから謝罪が控えている。ペダルを漕ぐ足は、異様に重い。
 職場の駐輪場に到着する頃には、着ていたTシャツの脇下が色を変えていた。不快な汗の臭いを鼻先に感じて、早く夏が過ぎ去ってくれることを密かに願う。冬よりも、この季節は洗濯物の量が多くなるから昔から嫌いだ。
 出勤時とは違って、タイムカードを押さずに本棟に続く自動ドアを通った。病棟を行き来するエレベーターを一瞥してから、階段がある方に歩みを進める。以前は患者の利用を優先するために階段を使っていたが、研修医の一件があってからは動機が変わっていた。あんな逃げ場のない空間で、もう父の陰口を聞きたくはない。たとえどんなに疲れようとも、蒸し暑い場所を上り下りした方がマシだ。
 息を切らしながら七階に着くと、まずは澪先輩の姿を探した。ナースステーション内に彼女の姿は見当たらず、廊下に張り出されていた日勤者の名前を確認すると、どうやら今日は休みのようだ。肩を落とし、一人で廊下に踏み出す。父の病室に向かう足音は、謝罪する緊張を徐々に煽っていく。
 712号室の前に立ち、ノックもせずにドアを開けた。先日は静かだったが、今日はテレビの音がする。画面に映る女性レポーターが、猛暑日の様子を声高に伝えていた。
「今日は、休みだろ?」
 父は頭側を挙上させたベッドに背を預け、顔だけをこちらに向けていた。この前は無精髭が目立っていたが、今日は綺麗に剃られている。
「勤務じゃないと、面会に来ちゃいけないわけ?」
「別に、そういう意味じゃ……」
「今日は予定ないから。これ、下着と靴下」
 コンビニのビニール袋に入れてある衣類を、ぶっきら棒に差し出す。父はためらいながらも、差し入れを受け取った。
「すまん」
 感謝の言葉より、謝罪を告げるのが父らしかった。
「メシは食えてんの?」
「今日は、朝も昼も完食したぞ」
「腹が痛くなったり、吐き気は?」
「今のところは、ないな」
 体調に関する質問はいくらでも言葉にできるのに、親子の何気ない会話は一つも思い付かない。
「排便は?」
「水っぽいのが、一応は出てる」
「腹が下ってんのは、ずっと点滴をしてたからかもな」
 父は抑うつ症状がひどいと、喋ることすら困難になることが多い。こちらの質問に対する反応速度は悪くなり、声の張りが失われるのが常だった。今日は割と、体調が良さそうだ。マスクをずらして鼻の下に滲んでいた汗を拭ってから、それとなく本題を切り出す。
「そういや、聞いたよ。DI犬と離床してんだって?」
「毎日じゃないけどな。今日もこれから、一緒に歩く予定なんだよ」
 ベッドサイドに置かれたスニーカーの片方は、冷蔵庫がある方に爪先が向いている。確かに離床している痕跡を眺めていると、背後からノックの音が聞こえた。腕時計の針は、ちょうど十四時を指し示している。父が「どうぞ」と、告げた。
「安藤さん、今日もよろしくお願いします」
 すぐに、凪川さんの足元に目を奪われる。謝罪する緊張すら忘れ、マスクの下で口が半開きになった。
「今日のスピカくんは、一段と可愛いな」
「さっきまで、小児科病棟で夏祭りを開催してまして。スピカも参加してたんです」
 二人の会話を耳にしている最中も、Uの字にたるむリードの先から目が離せなかった。DI犬は普段のベストの代わりに、青い法被を纏って頭には捻り鉢巻をしていた。法被の背中には大きく〈祭〉と書かれ、生地には神輿や太鼓のイラストがちりばめられている。今にも祭囃子が聞こえてきそうな格好だ。
「哲也くんも、こんにちは。今日は面会?」
 ようやくDI犬から、視線を外した。今日、凪川さんが着ているスクラブは目が覚めるような青だ。もしかしたらDI犬の法被と、色を合わせているのかもしれない。
「そうっす……衣類を届けに」
「ちょうど今から、AATなの。一緒にどう?」
 すぐさま、首を横に振った。数秒前まで昨日の態度を謝罪するつもりだったが、そんな気持ちは煙のように消失した。ただでさえ院内で犬を引き連れていたら目立つのに、リードの先には派手な法被と捻り鉢巻。似合う似合わないの以前に、誰もが振り向きそうな格好だ。
「あのっ……今日は、この格好でAATを?」
「せっかくだしね。入院してると、季節感を実感しづらいでしょ」
「それはわかりますが……」
 納得出来ないまま、再びハンドラーの足元を眺めた。DI犬はまるで笑っているかのように口元を緩め、高い鼻をベッドに向けている。視線を追うと、父がいつの間にか床に足を降ろし始めていた。
「祭りなんて、何年も行ってないな」
 父はベッドの端に腰掛け、床頭台の上に置かれていたマスクに手を伸ばした。血色の悪い顔は半分ほどマスクで隠されたが、目元には優しい光が宿っている。こんな父の表情を、久しぶりに見た。密かに驚きながら言葉を詰まらせると、凪川さんたちがベッドサイドに近寄った。
「離床する前に、まずはバイタルサインを測定しますね」
 凪川さんが人差し指を立てると、DI犬がゆっくりとお座りの姿勢を作った。
「Good boy」
 ハンドラーはショルダーバッグから取り出したワンハンド電子血圧計を、父の腕に巻き始める。その動作は手早く、今まで何度も繰り返してきたのが伝わった。しばらくすると、測定が終了したことを知らせる電子音が室内に響く。
「血圧や脈拍の数値は、問題ないですね。ちなみにベッドの端に座ってから、吐き気や眩暈は感じますか?」
「全然。大丈夫です」
「良かったです。すぐに立ち上がると、急激に血圧が下がる恐れがあるので。昨日と同じように、少しこのままの姿勢で準備運動をしましょうか」
 父は頷くと、掌を広げた。
「さっき、手は洗いました」
「ありがとうございます。ちなみに今日は院内を歩く前に、宝探しゲームをしようかなって考えてまして」
 父は「楽しみだな」と呟き、身体をほぐすように一度大きく伸びをした。そして、なぜか白い犬に向けて右手を差し出した。すぐにハンドラーが、DI犬と目を合わせる。
「Hand」
 英語の指示を聞いて、DI犬が鼻を鳴らした。すると白い被毛で覆われた前脚の片方が、父の掌に重なった。
「Good boy」
「スピカくんは、本当に利口だな。次は反対の手は出来るかな?」
 お手を繰り返すだけで、賞賛する言葉が飛び交う。長い舌が覗く口元は相変わらず緩んでいて、勤務中というより人間と遊んでいるように見えた。犬は嫌いだと思っていた青白い手が、白い被毛で覆われた額や喉元を何度も撫でている。
「凪川さん。今日も、アレをお願いして良いかな?」
「もちろんです。それじゃ、もう少し深く座り直しましょうか」
 父が居住まいを正し終わると、ハンドラーが再びDI犬と視線を合わせた。
「Lap」
 白い身体がゆっくりと立ち上がった。その前脚は父がベッドから降ろしていた膝の上に添えられ、立位を保持している。DI犬の背中に書かれている〈祭〉という文字が、より一層存在感を持って主張し始めた。
「スピカくんは、やはり大きいな」
 二本脚で立った白い身体に、父はゆっくりと腕を回した。そして垂れた耳元に顔を近づけ、小さな声で何かを呟いた。口元はマスクで覆われているし、その声量は小さかったが、『スピカくんは、焼きたてのパンの香りがするな』と、確かに聞こえた。
「Yes, Good boy」
 凪川さんが白い犬に投げ掛ける言葉には、肯定的で確かな熱が籠っている。口先だけではなく心の底からDI犬を褒め称え、本人も楽しんでいるのが伝わった。
『ずっとスピカの側にいると、手に取るようにわかる』
 昨日控室で聞いた言葉を思い出しながら、父の膝から脚を下ろすDI犬を眺めた。凪川さんは一仕事終えた犬を労うように、白い身体を撫でている。彼女の優しい手つきに呼応して、長い尻尾が左右に揺れた。
「それじゃ早速、宝探しゲームを始めましょうか。今から安藤さんが隠す宝物を、スピカに探してもらいます。この捻り鉢巻を、病棟ホールの椅子の下に置いて来てもらえませんか?」
 父はジッと捻り鉢巻を見つめてから「匂いで探すのですか?」と、短く質問した。
「違います。スピカは、警察犬ではありませんしね。安藤さんに、隠した場所まで誘導してもらおうかなって」
「誘導なんて、できるかな……」
「大丈夫ですよ。リードは私が握ってますし。安藤さんは一緒に歩きながら、スピカに声を掛けるだけです」
 このゲームを通して、準備運動がてら軽く離床させる狙いがあるのだろう。凪川さんは続けて、簡単にルールを説明し始めた。DI犬を誘導している最中に掛ける言葉は、主に二つだ。
 正しい方向に進んでいる場合は「Good」。
 捻り鉢巻を隠した椅子に近づいたら「Look」。
 一人と一頭は小児科病棟の子どもたちと一緒に、よくこのゲームを楽しんでいるようだった。
「ホールの椅子の下なら、どこに置いても良いんですか?」
「そうですね。その前に、まずはスピカに覚えてもらいます」
 ハンドラーは捻り鉢巻を手に取り、黒い鼻先に掲げた。
「Look」
 陽だまりの中で、澄んだ瞳が捻り鉢巻を捉えている。無言の数秒が過ぎると、その宝物は父の手に渡った。
「それでは、お願いします。私たちは、ここで待ってますので」
 父は真剣な表情で頷き、ベッドの端から立ち上がった。数日振りに父が歩いている姿を眺めていると、元々華奢だった身体が一回り小さくなっていることに気付く。昨日まで、絶食中だったから仕方がない。強く感じた心配や不安を、職業的な眼差しで無理やり塗り潰す。歩行時のふらつきはないか、体幹は垂直に保たれているか、きちんと踵から床に接地しているか、目線は下がり過ぎていないか、歩幅に左右差はないか。
「あっ、一番大事なことを言い忘れてました」
 ドアを開けようとする父を、楽し気な声が引き止めた。父が振り返ると、ハンドラーは糸のように目を細めた。
「無事に見つけることが出来たら、スピカを思いっきり褒めて下さいね」
 父は深く頷き、廊下に踏み出した。ドアが閉まると、テレビを付けっ放しだったことに気付く。いつの間にか、もう天気予報は終わっていた。画面では、一条星矢が自ら出演する舞台の宣伝をしている。とっくに旬が過ぎた俳優を一瞥してから、リモコンを手に取り電源を落とした。
「あの人、ずっと犬が苦手だと思ってました」
 DI犬は夏の陰影が伸びる床の上でお座りの姿勢を作り、長い舌を出している。自らの話題と悟っているのか、二つの瞳は哲也を凝視していた。
「お父様は元々、犬が好きだと思うよ」
 凪川さんは「この前話した子犬のことだけどね」と、前置きしてから目を細めた。
「当時のお父様は、哲也くんと子犬のお世話をするのは大変だと思ってたんだって。金銭的に余裕がなかったらしいし、仕事が忙しくて散歩にも行けそうにもなかったからって」
 当時の青白く疲れ切った父が、脳裏に浮かぶ。それでも、と口を尖らせた。
「結局は、大人の勝手な都合っすよ。俺だって、当時は母が亡くなって色々と辛かったんで。あの子犬がいれば、多少は寂しさが紛れたかもしれないのに」
「犬は一つの命だからね。誰かの寂しさを埋める道具じゃないからさ」
 正論を突きつけられ、喉元から言葉が消えた。
「お父様は生き物を飼う責任と向き合った結果、誠実な選択をしたんじゃないかな」
 ハンドラーの隣で、尻尾を振る白い犬が目に映る。人間が多くいる場所でこんな風に安心していられるのは、この犬の性質や訓練だけの影響ではないんだろう。濁りのない瞳は、ハンドラーを見上げていた。
「昨日、スピカはDI犬になるために生まれてきたのかって、訊いたよね?」
 真夏の光に照らされたスクラブ上着が、鮮やかな青を発色している。
「スピカは、たくさん愛されるために生まれて来たの。私はそう思うよ」
 白い被毛には、父が撫でた跡が微かに残っていた。凪川さんが言い切ると、病室のドアが開いた。
「置いてきました」
「ありがとうございます。ゲームが終わりましたら、そのまま中庭まで散歩に出掛けましょうか」
 父が眉間に皺を寄せた。他人から見れば、表情を曇らせているように思うかもしれない。しかし哲也には、確信があった。父は多分、マスクの下で満面の笑みを向けたのだ。けれど、久しぶりすぎて、上手く表情が作れなかったんだろう。父の笑顔が引き金となり、胸の中で昏い感情が燻り始める。この人は、やはり身勝手だ。入院時は医療スタッフのアドバイスを全く聞かなかったくせに、たった一頭の犬が介在したら歩き出すなんてどうかしてる。凪川さんは父を擁護するようなことを並べていたが、何もわかっていない。
「哲也くんも、一緒にどう?」
「大丈夫っす。これから、少しリハ室に寄らないといけないんで」
「そっか、休みなのにお疲れ様。それじゃ、気をつけて」
 噓を見抜かれないように、一人と一頭に背を向けた。ベッドの上には、持参した衣類が放置されたままだった。
「床頭台に、仕舞っとくよ」
 声が小さかったせいか、返事はない。それでも構わず、ビニール袋に手を伸ばした。これ以上父を嫌いにならないように、今はなんでも良いから気を逸らしていたい。
「Go, Find」
 ハンドラーの楽し気な声を合図に、床をのっそりと歩き始める足音が聞こえた。二人が続く気配の後、ドアが静かに閉まった。この瞬間も、父に対する黒い感情が渦巻いている。今日はもう、あの人の姿を目に映したくはない。
「Good」
 ドアの向こうで響く父の声を聞きながら、衣類を次々と床頭台に放り込む。途中、消毒液の残り香とシーツに染み込んだ父の加齢臭が妙に鼻に付いた。病室の空気と濁った感情を入れ替えようと、窓に手を伸ばす。ロックを解除した瞬間、一人と一頭に謝りそびれたことに気付いた。溜息を漏らしながら開けた窓の先には、澄んだ青空が広がっている。所々浮かぶ白い雲は、やはりDI犬の被毛とよく似ていた。
「……スピカ」
 初めて口にした名前を、油蟬の鳴き声が搔き消していく。眼下では、院内の新緑が晴天の日差しを浴びて微かに揺れている。額から垂れた汗が目に入って、わずかな痛みを感じた。
        
           ♢♢♢

 いつの間にか一人と一頭の姿は消えていて、変わらず降り続く雪が視界を白く霞ませた。所属している病院からは供花が届いていたし、澪先輩には父の訃報と葬儀の日程を報告していた。凪川さんとスピカは、わざわざここまで来てくれたのだろうか。
 葬儀の時間が迫っていることを思い出し、マスクを付け直して腰を上げた。履き慣れていない黒い革靴を鳴らし、喫煙室の引き戸を開ける。二階の式場に続く階段を目指しながら、ふと今更どうでも良いことが気になった。
 あの日、父はちゃんと正しい場所までスピカを誘導できたのだろうか。
 その答えを知りたいという欲求が、抑え切れなくなっていく。父は自分自身を間違った方向に導いたせいで、今は棺の中で瞼を閉じている。それでもせめてあの夏の日ぐらいは、正しい場所に辿り着いていてほしかった。
 油蟬の鳴き声が聞こえたような気がして、出入り口の自動ドアの前で足を止めた。外を眺めてみても、先ほどと変わらない情景が広がっているだけだ。冬に蟬が鳴くはずがない。気のせいか、過去の記憶が呼び起こした幻聴の類であることはわかっている。それでも両足は、雪景色が透ける自動ドアに向かっていく。
 ガタつきながら開いた自動ドアを通り抜けると、寒さで全身が強張った。数センチほど積もった雪に足を取られながら、前を見据える。喪服のズボンや靴下が湿っていくのも構わず、一人と一頭が立っていた場所まで走り出す。吐く息はすぐに白く染まった。
 冷たい静寂に包まれながら、地面に目を落とした。歩道には、第三応接室のドアに貼られていたシールに似た足跡が刻まれている。それに並列して、人間の足跡が続いていた。
 急に頭の中まで雪で覆われたように、何も考えられなくなった。真っ白になった思考では、今どこに立っているかさえわからなくなっていく。これからどこに向かえば良いのかも考えられない。
「……Good」
 果たして今、正しい場所に向かって進んでいるのだろうか。答えを探すように、路上に刻まれた人間と犬の痕跡を眺め続けた。降り続く雪は、この瞬間も二つの足跡を塗り潰していく。もう蟬の鳴き声は聞こえない。

(第3章 終わり)

このあと、#3、第4章、#4、第5章、エピローグと続き、凪川遥、スピカ、武智詩織に変化が訪れます。
彼女たちの決断は、ぜひ発売日以降に紙または電子でお楽しみください。

前川 ほまれ(まえかわ・ほまれ)
1986年生まれ、宮城県出身。看護師として働くかたわら、小説を書き始め、2017年『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』で、第7回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2019年刊行『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』は第22回大藪春彦賞の候補となる。2023年刊行『藍色時刻の君たちは』で第14回山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『セゾン・サンカンシオン』がある。

8月23日発売!


いいなと思ったら応援しよう!