『バイバイ、フィクション』書評|記憶を揺さぶる読書体験(評者:原田ひ香)
こんなことを言うのは図々しいかもしれないけれど、もしも「誰かライバルはいますか?」と聞かれたら、私は奥田亜希子さんの名前を挙げるだろう。私と同じ賞を取ってデビューしてから、私はずっと彼女を意識している。彼女の言葉選び、ストーリー展開はもとより、いつも何かを大きくさらけ出しているところ、書いている方も読んでいる方も血みどろになるところ、そんなところにいつも打ちのめされる。だから、彼女の作品を読むのは大きな喜びと大きな恐れがある。今回も、そんな畏怖をもってこの作品に対峙した。
舞台は新宿歌舞伎町のホストクラブだ。そこに、どこか不安定な……もしかしたら何かあって傷づいているのかもしれない……女性がやってくる。そして、彼女に軽薄なホストたちがハイエナのように集まってくる。
物語は最初からずっとざわざわと私の気持ちを揺さぶる。彼女にいったい何があったのだろうか? この子がホストにはまったりしなければいいけど、と不安な中、物語は進む。
事情が少しずつ明かされていく頃にはすっかり彼女に同情しているし、そして、意外なことに軽薄に見えていたホストたちにも、彼らには彼らの人生があり、正義があるのだろうと、妙な親しみを覚えていた。こんなホストクラブなら、一度行ってみても悪くないかも、とまで。
実は私には十代の頃に命を落としたクラスメイトがいる。何年も考えたこともなかった彼のことを唐突に思い出し、作品の途中から頭を離れなくなった。ほとんど言葉を交わしたこともないのに、彼の顔や雰囲気をはっきり覚えていたことに自分でも驚いた。
彼が一番後ろの席で少しふてくされたような表情で椅子を斜めに倒している様子、彼が告白したと噂された女の子がいたことや校庭を走っている姿を……。死者はいつまでも若く、ずっと生き続ける。五十を超えた今、もしかしたら、あの時の彼のご両親より私はもう歳をとっているかもしれない。と思ったとたん、少し泣いてしまった。確か、お葬式でお二人が「息子のことをいつまでも忘れないでください」とおっしゃったことまで思い出した。覚えていますよ、決してきれいごとでなくて、彼はまだ生き続けていますよ、と胸の中で語りかけた。
読者の記憶を激しく蘇らせる。それもまた読書の大きな効用ではないだろうか。であれば、この短い作品でそれを易々とやり遂げる、奥田亜希子にやはり私は感服する。
ラスト一行がまた素晴らしい。ぜひ、ラスト一行まで気を許さずに読んでください。
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