『め生える』書評|高瀬さんは、容赦がない(評者:加納愛子)
容赦がない。
高瀬さんの小説を読んで、そう思うことは私にとって喜びの一つだ。
しかし今回は、手放しで喜んでいる場合ではない。
みんなハゲる。
世界中の人間が、成人すると髪の毛が抜けるようになる。原因がわからないまま、ハゲである自分と他者の存在を認識することが日常化する。でもその日常は、頭皮とウィッグの間のように湿度があって、乾いておらず、息苦しい。主人公の真智加も、中学生の琢磨も、友人との関係の中で心に髪が絡みつく。そして変化が訪れる。
ルッキズムという言葉が世の中に浸透してしばらく経つ。しかし、と言うべきか、だから、と言うべきか、その性質を分解して語られることは少ない。外見を「重視する」ことと、それを否定する「重視してはいけない」の中に割って入り、「ハゲをどう思う?」と聞くことはできない。他のコンプレックスの中でどう位置付けられているのかを議論することはむずかしい。「ハゲたらどうする?」「性格変わる?」「ハゲてる人への感情、それで合ってる?」。全て自分へ問いかける声にする。その声はさらにボリュームを増し、もう他人事ではなくなる。
笑いの現場に身を置き、ハゲの取り扱いに何度も触れてきた。でも、本当は触れていなかったかもしれない。自虐、嘲り、笑いへの転化はいくつの感情の集合体であっただろう。本書を読むと、確かだった過去が揺らぎだす。
人に優しくする。その言動は何由来のものであるのか。
気持ちいいから。得をするから。下心があるから。優位に立てるから。かわいそうだから。後ろめたいから。弱いから。わたしは優位ではないから。
自分自身の感情を紐解くと、その歪さが痛い。他人とのコミュニケーションの中においてだと、さらに残酷な痛みと対峙せざるを得ない。そこを高瀬さんは見逃さない。
過去作に比べて、現実から飛躍させた空間の話でありながら、その容赦のなさはさらに研ぎ澄まされている。同世代を生きる表現者として唸るしかない。
今また、ハゲのことを考えている。
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