『キリング・イヴ』書評|愛は雷撃、さだめはその先(評者:斜線堂有紀)
自分の身を貫いた雷撃が一体何だったのか、それを確かめにいく物語である。ドラマではユーモラスな部分やサスペンスの部分が強調されているが、小説はハードボイルドな恋愛小説だ。
物語の主人公・イヴはMI5の職員である。退屈で刺激の無い日々を過ごしていた彼女は、ある日MI6のロシア部局長に依頼され、完璧に創り上げられた美しき暗殺者──ヴィラネルを追うことになる。一方のヴィラネルも自分を追うイヴの存在を認識し、彼女を強く意識するようになる。自らの立場を越えて惹かれ合う二人は、やがて彼女達を取り巻く組織をも大きく揺るがせていくことになる。
一巻の時点では、二人はまだ真の意味で顔を合わせてすらいない。だが、彼女達は既に惹かれ合っている。互いに敵と見做しながらも、イヴはヴィラネルを魅力的な暗殺者と想像し、ヴィラネルも眠るイヴを前に「モイ・ヴラーク(あたしの敵)」と、甘やかな響きで囁く。二人は互いを認識した瞬間に、共に雷撃に撃たれた。物語の半ばまでは、それが殺意なのか愛なのか、それとも別のものなのかを手探りで確かめていくような展開が続く。
そして、自分達の間にあるものが愛だと気づいた瞬間から、本作のサスペンスの真骨頂が現れるのである。ヴィラネルがイヴを愛していたとして、それは常人のものとは違うサイコパスとしての愛情だ。ヴィラネルはイヴを翻弄し、支配し、試し、肉体関係を重ね、突き放す。そうすることでしかイヴを愛せないのだ。イヴは、彼女が本当に人を愛することが出来るのかを不安に思いながらも、全てを擲ってヴィラネルの中にある人間らしさを信じようとする。この駆け引きこそが、本作を更に緊迫したサスペンスへと昇華させるものである。ヴィラネルはイヴを真に愛することが出来るのか、そしてイヴはそんなヴィラネルにどこまで付いていけるのか。揺れ動く感情の波こそ、最も張り詰めた糸なのだ。
ところで、本作では名前が強い意味を持っている。小説ではかなり珍しいのだが、地の文で登場人物の名前がころころ変わるのだ。ヴィラネルもミッションごとにつけられたコードネームで地の文に登場するほか、暗殺者ではない彼女──ヴィラネルではない彼女を示す時には本名のオクサナと表記される。また、自分から「○○と呼んでほしい」と表明して以降、地の文ごと改名を果たす登場人物もいる。それは、名前が単なる記号ではなく、その人自身を丸ごと示すものであるからだ。
それを踏まえると、本作はイヴが『ヴィラネル』から『オクサナ』を取り戻そうとする物語なのかもしれない。雷撃を愛と名付けた二人の行方を、ドラマとはまた違った形で見届けてほしい。
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