「装幀苦行」第1回
装幀の苦しみについて書く、という連載を引き受けてしまった。担当のTさんと会うと、仕事に対する不満や愚痴をうまい具合に引き出されて、毎回2時間くらい延々とぼやき続ける。それを面白がってくれていたようで、このようなことになった。
依頼としては、最近気になった他者のデザインを紹介するというもので、そこに僕がどんなことを考えて仕事をしているかが見えたらよいということだったが、正直、他者のデザインで紹介したいものなんて滅多にない。無理に褒めることも貶めることもしたくないので、他者を巻き込むのは最小限にして、デザイン業、といっても小さく狭い装幀という仕事にまつわる、あまりにも瑣末な苦しみを書き綴ることで、いつかこの苦行からの出口が見つかればと願う。
そもそも、なぜ苦しいのか。
本の装幀の多くは、イラストか何かあって、そこにタイトルや著者名の文字を配置するという仕事なのだが、僕はそれをせず、ほぼ文字でいくという、まず第一歩から間違った方向へ進み、さらに、
・凡庸なものにはしたくない
・装丁の手法や有り様を少しでも更新したい
・自分がやる意味のあるものになっているか
などを考える。すると仕事は終わらなくなり、設定された〆切りを越える。これが日常生活を圧迫し、しだいに追い詰められていく。
上にあげた3つ、デザイナーなら考えて当たり前のように感じるかもしれないが、装幀という仕事にこれらの考えは邪魔になる場合が多い。
内容に寄り添い、本を本らしく、売れそうな予感を漂わせることが装幀者の仕事で、そこはデザイナーの個性を発揮する場でも、何かを成す場でもないからだ。内容に寄り添い、売れそうな予感を漂わせつつ、個性を発揮し自分も満足するものを作れるならどうぞやってくださいということなのだけど、そんなことは最初から諦めて「らしく作る」方に振り切った方が仕事は回り、皆幸せになる。少なくとも、〆切りを越え、先方に迷惑をかけてまでやることではない。依頼され、ゲラを読んだら「どんな絵を使って」「どんな写真を使って」と考え、編集者に提案し、著者も賛同となれば、本の個性は装画で担保されるし、とても幸せな本になるはず。本来装幀者として注力すべきはそこだというのはわかっているのだが、他に上手な人がいるし、どうしても、自分がやるべきことではない気がしてしまう(単純に下手というのもある)。
自分の思う、やるべきこと、自分のやりたいことを装幀の仕事で実現するにはどうするのか。求められることとやりたいことのギャップをどう埋めるのか。装幀で生きるということを前提にすると、非常に厄介な問題なのだけど、何は無くとも、まずは依頼が来なければ始まらない、ということになる。
・この内容なら、この人しかいないだろう、と依頼が来るようにするか
・どんな内容でも、この人なら大丈夫、と依頼が来るようにするか
どんなジャンルのデザインでもそれはそうなのだと思うけど、目指すべきはこの2つで、もちろん両方とも難しいし、どちらも常に裏切らない仕事を続ける必要がある。運良く仕事が来て、運良く売れる本をやらせてもらえたりすると、本の刊行点数は一日に200タイトルと言われている通り業界に仕事は溢れているので、きちんとやっていれば月に10冊、20冊と増えてくるもので、自分のデザインがどうこう言う時間もなく〆切りは訪れ、少しでも立ち止まると詰むという地獄があり、また、己の力を過信し、あれはやらない、これもやらないと仕事を選んでいると、仕事がないという地獄がやってくる。ただ、この仕事がないという地獄は、自分が選んでいるからなのでまだ良くて、はなから選んでもらえない地獄というのも、当然ある。もちろんこれが一番きついわけで、これが来ないようにするために、他を寄せ付けない個性を身につけるか、どんな注文にも質高く応える力を身につける必要がある。また、模倣を基盤に生きている人もいる。精神衛生上、あまり良くないと思うが、仕事はある状態での問題なので、抜け出せるかどうかは本人次第だ。他にも地獄はそこらじゅうにあって、生き抜くのは非常に困難。
自分ももちろん地獄真っ只中で、立ち止まりまくり、〆切りを過ぎたものも多く、迷惑をかけてばかり。(この連載も数ヶ月遅れの送稿だ。)このままでは選んでもらえない地獄もくるだろうという不安に押し潰される地獄。
とにかく、めでたく依頼が来て、装幀の仕事をしていれば幸せかというとそうではなく、そこは完全に沼で、どこを向いても地獄だったという話。さっさとやめた方がいいという声が聞こえてくるが、目指すところがあるからこその地獄。いつかは抜け出せる。と思い続けて20年……。
今回はこの辺りで。続けられそうなら、次回、もう少し考えてみたいと思う。
最近の良い装幀、書店で隈なく見たが、やはりない。
目に留まったのはオールタイムベストから、中公新書。装幀は白井晟一[1]。上にあげた3つの煩悩をことごとく撃ち抜く矩形の潔さに、装幀とは何か、また頭を抱える。
本稿に登場する書籍
水戸部 功(みとべ・いさお)
1979年生まれ。2002年多摩美術大学卒業。在学中から装幀の仕事をはじめ、現在に至る。2011年第42回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。2021年、『現代日本のブックデザイン史 1996-2020』(川名潤、長田年伸との共著)を刊行。