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ESDで広がる公民館活動~平塚市での積み重ね、そしてグローバルへ~

「持続可能な開発のための教育(ESD)」と聞くと、学校内での教育をイメージされる方が多いのではないでしょうか。今回のコラムでは、公民館でESDに取り組んでいる平塚市での取組を紹介します!

平塚市は、神奈川県の湘南地域中部に位置し、海と山に囲まれた自然豊かな街です。ほぼ1小学校区に公民館が1館あるという、近隣市には見られないほど公民館制度が充実している点も平塚市の特徴です。

公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)では、2019年から2021年にかけて、ユネスコバンコク事務所による「地域に根差した持続可能な開発のための教育(ESD)」事業の一環として、平塚市におけるESD推進プロジェクトを実施しました。平塚市では、このプロジェクトへの参加をきっかけに、公民館という地域に根差した学習施設における既存の事業をESDというグローバルな観点からとらえ直し、積極的に発展させてきました。これが評価され、2023年12月には、UNESCOと文部科学省が主催する ESD-Net2030グローバル会合でのフィールド訪問先にも選出されました。

今回は、そんな平塚市の公民館において、市教育委員会の職員としてESDに取り組まれたご経験をお持ちの海老澤建志さん(前・平塚市中央公民館 館長代理)にお話を伺いました。なお海老澤さんには、ユネスコウィーク2023のテーマ別関連イベントでも平塚市のESDについてご講演いただきました。アーカイブ動画こちら(YouTubeにリンク)よりぜひご覧ください。

平塚市中央公民館

ユネスコ未来共創プラットフォーム事務局(以下、事務局):本日はインタビューの機会をくださりありがとうございます。ユネスコウィーク2023 テーマ別関連イベントでのご講演を聴き、平塚市でのESDの取組について、「変化」ではなく「進化」ということで、ESDの視点を事業に取り入れるという点が非常に特徴的だと感じました。そのことについて工夫をされたこと、または苦労されたことはありましたか。

一番転機となったのは、(ユネスコバンコク事務所とACCUによる地域に根差したESD事業の一環として)岡山(公民館でESDに取り組む先進事例)へ視察に行った職員より、「公民館の事業自体は平塚がやっていることと同じことだったよ」という報告を受けたことです。色々な意見交換をさせていただく中で、ESDを活動に取り入れることは今までやってきたこと・積み重ねたものが否定されるようなものではない、と思うようになりました。おそらくESDを取り入れることが「今までやっていることは違うので、これからはこんなことをやりましょう」という趣旨であったのならば、多分受け入れられなかったと思います。岡山へ視察に行ったことにより、これまでの公民館の延長線で取組めば、さらに公民館の活動が磨かれるというイメージを公民館の職員のみなさんが持ってくれました。

事務局:平塚市の公民館では事業評価に「nadeshiko view」という五つの指標を取り入れていると伺いました。その策定のプロセスや、策定後の学習者のみなさんの反応について教えていただけますでしょうか。

初めは先進の岡山にならった、七つの指標で展開していました。そして平塚市民の花「なでしこ」を用い、平塚の魅力を見つけながら親しみを持って評価ができたらより浸透するのでは、という話になりました。平塚独自の評価システムを考え、作ることに、皆で1年ぐらいかけて取り組みました。学習者の声をアンケート等で拾いながらESDの評価をします。地域の学習者からはESDという言葉を何回も聞きくうちに理解度があがり「楽しかったね」で終わっていたものが、「自ら環境に良いことをしよう。家でもやってみよう。という心が芽生えた」という反応がありました。

ユネスコウィーク2023内『ESD評価フォーラム』(2023.2.23)
「社会教育分野におけるESDの評価【神奈川県平塚市】」発表資料より抜粋・再編

事務局: ESDの視点による評価が、学習者の皆さんにとって、公民館での活動に対する認識を進化させるきっかけとなったのかもしれませんね。それによって「楽しかった」から次の「引き続きこういうことをやってみよう」という視点へ変わっていったのでしょうか。

そうですね。中には「自分も教えたい」という心も芽生えた方もいたかもしれません。「すごく良いことを学んだので、誰かに伝えたい」と。おそらくそれが「持続」という言葉とつながっていくのではないかと思いました。また学校教育でSDGsの知識を持っている子どもたちが「学校でも習っているよ」や「そういうことをすると良いよね」と参加している大人や公民館主事に伝える、そんなやりとりもあります。

写真:平塚市提供
平塚市立大原公民館にて行った「落ち葉」を活用した活動の様子。海老澤さんは「しっかりと地域を巻き込み、学校教育とつながり、さらにそのESDの要素が高かった事業」と振り返る。

事務局:「広報ひらつか(令和6年1月19日発行)」(平塚市ホームページにリンク)内にて、「ESDやユネスコという言葉を公民館主事が重く捉えてしまうと話が進まない、と感じていたので、いかに肩の力を抜いて取り入れられるのかを考えました」(p.4)というご発言を拝読いたしました。ご指摘の点は、ユネスコ活動に取り組むポータルサイト読者の方もお持ちの問題意識かと思います。どのような工夫をされながら、「肩の力を抜いて取り入れられるのか」について取り組まれたのでしょうか。

体験の積み重ね、肌で感じることです。それがいつもと変わらない、これまでやってきた事業と同じようなスタンスでできることだと。「nadeshiko view」の評価もそうですが、足りない要素、「もっとこうしたら面白くなるのではないか」という要素を入れて次へ、次へと。つまり「循環」ですね。循環の入り口はどこでもいいと言っているので、そのことによっても肩の力が抜けたのではと思っています。最初から結果を求めるのではなくて、「循環」の中で高まっていく、そういうスタンスです。

事務局:さて、ユネスコ未来共創プラットフォームでは、「教育×文化」「教育×科学」等、分野間を越えた連携の促進を目指しています。平塚市のESD事業のなかで、文化や科学分野を取り扱った事業はございますか。

「教育×科学」ですと、東海大学の「サイエンス教室」を実施しました。この教室では東海大学の学生さんたちが先生をしてくれました。年齢が若い人たちも地域で教えることができる、そのような機会になりました。学習者の反応を見ることは、大学生の皆さんにとって、「次、何を教えようか」といったやる気につながっていきます。学習者の子どもたちにとっても科学に興味を持つきっかけになればと考えました。

「教育×文化」ですと、境目がちょっと難しいところもありますよね。ただ公民館では伝統文化体験はどこでもやっていています。茶道だったり生け花だったり。平塚は囲碁の街なので、囲碁文化があります。公民館では囲碁教室をしているところもありますね。

インタビュー時の様子

事務局:公民館での活動というのはいわゆるウェルビーイング、人々の幸福感や生きがいにつながるとお考えですか。

誰かのためにボランティアでやりたいという気持ちが自然に出てくる人が多いですね。公民館のために少し協力したい、と。それでその事業に触れること、関わる人に触れることで自分も満足するし、その事業自体の満足度も上がるし、そうすると地域全体のウェルビーイングが上がってくると考えています。

事務局:ではESDというグローバルな枠組みを「地域の取組」としてローカルな文脈で実践することの意義やその価値についてはどのようにお考えでしょうか。

グローバルな枠組みも、ローカルの枠組みも、その枠組みの中でやっていることはそんなに変わらなくて。ローカルの枠組みの積み重ねがグローバルなことになってくるのではないでしょうか。

事務局:なるほど。先ほどお話のあった「誰かのためにやりたい」や「地域の役に立ちたい」といった想いが活動を通じて地域の中で生まれ、それが積み重なっていって、グローバルにつながっていくのかもしれませんね。

そうですね。小さなことの積み重ねがグローバルをつくっているのだろうなと思っています。

事務局:「違い」というのを我々は強調しがちなのですけども、「共通点」が大切なのかもしれませんね。あまり「グローバル」ってたいそうに構える必要はないのかもしれません。

「共通のものだ」という認識があると親しみが湧いたり、出来るという気持ちが高まったり。いいことだなと思います。そういう意味でもローカルがグローバルに広がっていくのではないでしょうか。


~インタビューを終えて~

ESDという概念があり、その概念を具現化するために何かに取り組まなければならない、ということではなく、ESDがひとつのきっかけやツールとなり、輪が広がっていく…一緒に取り組む人たちと出会える機会になる。今回のインタビューではそんなローカルでの取組がグローバルにつながっていく実例を伺うことができました。いくらツールがあったとしても、そのツールを動かすのは人なのではないでしょうか。今回の平塚の場合には、先進事例・岡山への視察が、「ツールの共有」に終わらず、岡山で学んだことをベースに平塚のみなさんが主体的に動き、それまであった公民館の活動がESDの視点を通してさらに磨かれたことに大きな意義を感じました。

本コラムシリーズ「地域の取組」では、各地域の「ローカルな取組」「地域の皆さんの主体性」に着目し、それがどのようにグローバルへとつながっていくのか、を今後もレポートしたいと思います!


DATA
インタビュー実施日:2024年5月28日
インタビュー会場:平塚市中央公民館
話し手:海老澤建志さん(前・平塚市中央公民館 館長代理)
聞き手:大安喜一・新井真帆(ユネスコ未来共創プラットフォーム事務局)
参考:
広報ひらつか(令和6年1月19日発行)特集「公民館でESD」
UNESCO. (2021). Reflect–Share–Act: a guide to community-based education for sustainable development.(英語のみ)