お静かに。

誤解を恐れずに云えば、と。
切り出した僕はそれでも矢張り誤解を恐れていてつまり言葉を。
続ける事が出来ない。

黙る。

黙るのは楽だ。目を閉じて、息を殺して。
そう、小さな隠れ家が在れば、更に好い。

暖炉には薪を、窓辺には花を。
小さな、静かな隠れ家。ロッキン・チェアとソーダ水。
黙って、隠れて、瞳を伏せて。

え?隠れて、何をするのかって?
ふむん。さて何をしたものかな?

ジグソゥパズルは好きかい?僕は好きじゃないな。だって、なんだか試されている様な、そんな気持ちがするから。

本も、ちょっとね。ここは読むには薄暗いし、頁を捲れば折々に、はらはら。波乱波乱。と紙擦れが鳴って。
障るんだよ、神経に。だから、さあ?

夢を見るしかない。夢を。見る。それくらいしか、ねえ?
夢を見るのが良いかもね?見るよ?見たよ?見たけどさ。

悪夢。

天井が降りてくる。ギジ、ギジ、ギギイ、機械仕掛け。狭い部屋だ。逃げ場は無い。圧迫される。僕は圧迫される。ぺさんこになる。僕は降りてくる天井に圧迫されてぺさんこになる。ギジ、ギジ、ギギイ!見事な手際のオートメイション。観客総立ち拍手喝采、拍手喝采。「なんて見事な!」「本当に見事ねえ!」血の一滴も流れない。一滴の血も流れないくらいクリーンで・グレートで・パーフェクトな・圧・殺。
僕はぺさんこになる。アルミフォイルみたいにぺさんこでぺっさんこっこな僕になる。
醇正に、軽薄な、僕の膜箔。僕の正体。醒めゆく悪夢のスーベニア。四ツ折りにして封筒に挿む。おやおやこれではまるで手紙だね?でも宛名は書かない。宛てなど無いんだ。そっと引き出しの奥に仕舞い込む。僕はそこで黙る。歌うように踊るように、僕はそこで黙るのだ。
そうだ。それも悪くない。

悪夢は終わり、夢が始まる。或いは、新しい物語が。

世界が物語であるならば、ちいさな端役で居たいものだと思う。
主人公と恋人が立ち寄った公園。もどかしくすれ違う言葉と態度。密やかな伏線が仕込まれた会話シーン。画面の片隅にベンチが在って、男がひとり坐っている。相貌も判然しない程の焦点距離。男は静かに、膝上の文庫本を読み続ける。
そう、たとえばそんな風な、無益で無害な役回り。

主役なら「陽光の似合う者」が良い。空に顔を向けて怯まず、影には視線を落とさない。絶賛売り出し中のアイドル俳優。成程、確かにハンサムだね。僕は彼を好ましく思う。まだ拙い演技と上擦る独白はご愛嬌。漲る若さと輝く笑顔にフォーカス釘付け、誰もが彼に彼の物語に夢中になる。
「オーケイオーケイ良かったよ!でも折角だから、もうワンテイク!」
監督は笑顔を崩さずリテイクを告げる。撮影現場は和やかで、皆が自己の役割を満喫する。リテイク、リテイク。
「さあもう一度だけ行ってみよう!リラックスして?いいかい?それではみなさんお静かに。ヨーイ、スタート!」
リテイク、リテイク。もう一度。幸福なひとびとの幸福な物語。続いて、続いて。

僕は木陰のベンチにそっと在って、読みかけの本が手の中に在って、陽気な鳥の声が聴こえて、伸び過ぎた髪に風が心地よくて、リテイク、リテイク、リテイクされ続ける世界の隅で、夢はもうきっと醒めているのだけれど。

やっぱり僕はもう少しだけ、静かに穏やかに、ここに在って、黙っている。
もう少しだけ。この現実が、醒める時まで。

ねえ?誤解を恐れずに云えば、僕は。

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