#02 スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る-
フランスの社会起業家の現在地を探る全4回の連載。前回は、フランスの社会起業家の現状に迫るため、非営利企業を内包する「社会的連帯経済」と、営利企業として発展してきた「スタートアップ」という2つの系譜と現状について紹介した。
今回は、フランスのスタートアップコミュニティの核心である「Station F」について取り上げ、Station Fの内部プログラムやエコシステムを探求する。
本稿では、Station Fで実際に働くガイドによるツアーと、かつての入居企業へのインタビューを通じて、内部の様子をより深く紹介し、Station Fが起業家にとってどのような役割を果たしているのか、そしてどのようなエコシステムを築いているのかに迫る。
【連載記事一覧】
第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか
第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る(本記事)
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏 -4つのステークホルダーの観点から-
第4回:フランスの社会起業家3選- 現地の声からみる社会起業家の潮流
StationF内部レポートからみる”世界に誇るスタートアップキャンパス”の仕掛け
Station Fのこれまで
Station Fは、2017年にオープンしたパリのスタートアップキャンパスである。1,000人ほどの起業家が在籍し、常時30ほどのプログラムが運営されている。
入居するスタートアップは毎年平均450億円にものぼる資金調達を行い、フランスのスタートアップ文化を変革する拠点として世界中から視察に訪れる人が絶えない。世界が注目するスタートアップキャンパスであり、パリの創業拠点・スタートアップエコシステムの最前線とも言えるだろう。
まずは、そのStation Fが誕生するまでの背景を簡単に紹介する。
Station Fを設立したのは、フランスの連続起業家・投資家であるグザヴィエ・ニール(Xavier Niel)氏である。フランス国内における起業の機運をより高め、スタートアップを加速度的に創出していくため、「フランスのスタートアップのハブをつくる」という構想によって設立された。
ニール氏はStation Fを設立する以前から起業家エコシステムの発展に力を入れていた。2010年にはアーリーステージに特化したベンチャーキャピタル「Kima Ventures」を共同創業しているほか、個人としても2009年からの6年間で約230件ものエンジェル投資を行ってきている。
2013年、ニール氏はセーヌ川沿いに位置する旧国鉄の貨物列車の駅舎をパリ市から購入。2億5,000万ユーロの私財を投じて改装し、2017年6月にStation Fをオープンさせた。
設立から6年が経過した今では、フランス政府のスタートアップ施策「La French tech(ラフレンチテック)」の流れと融合し、世界中からスタートアップのコミュニティが集まるハブとなっている。
Station Fには、施設のマネジメントスタッフや、Meta・Amazon・Googleなどのパートナー企業が提供するプログラム、VCや政府機関のデスクなどのサービスが設置されている。起業家はそれぞれのサービスの間を自由に行き来できるようになっている。
Station Fの構造:3つのゾーンを軸に、グラデーションのある施設設計
まずは、筆者が2023年5月に参加した現地ガイドツアーを元に、Station Fの構造や役割について空間構成を軸に探っていきたい。
上記のように、Station Fは全長310メートル(エッフェル塔が中に収まってしまうほどの長さ)あり、以下の3つのエリアで構成されている。
この3つのゾーンは、それぞれの役割ごとに「機能」「外部との接続」の割合に差があり、入居企業は各ゾーンを使い分けることができる。
筆者の視点から、特にStation Fのスタンスを体現していると感じたのは、Share zoneの機能である。
Share zoneには起業家が困りごとを相談できるデスクが設置されており、約30社のベンチャーキャピタルの窓口に直接アクセスが可能である。資金調達に関してのコンサルティングが受けられたり、Googleのスタートアップ向けのオフィスですぐに話ができたりと、サポートの幅は広い。
また、La French Tech(ラフレンチテック)(第一回記事にて詳述)と呼ばれる行政機関の職員も常駐しており、事業を行う上で壁となる起業ビザの申請・メンバーの雇用など、公的な事務手続きの相談も可能である。
内部のツアー中、担当者がこんなことを話していた。起業に必要なあらゆるものへのアクセスを一元化するのがStation Fのコンセプトである。多種多様なデスクが並ぶShare zoneの景色は、Station Fの在り方を象徴するものだろう。
Station Fへの入居方法と多様なプログラム
Station Fの中には、約30種類のプログラムが実装されている。これらのプログラムは、独自の専門性をもった「パートナー企業」によって運営されている。
Station Fの特徴的な点として、「入居方法」と「プログラムの多様性」が挙げられる。
①入居方法
一般的なインキュベーション拠点では、入居費用を払うことでコミュニティの一員になれるケースが多いが、Station Fではそのような方式は採用されていない。
Station Fにおいては、起業家はプログラムに選抜されることで、プログラム実施期間中の入居が可能になる「プロジェクト参加型の入居方式」が採用されている。
大学のようなものだとイメージするのが良いだろう。私たちはStation Fという大学施設への入居費用を払うのではなく、Station Fの提供する学部(プログラム)に所属をし、プログラムを修了すると卒業する形式である。
また、各プログラムは提供企業ごとに独自のマッチング・選抜を行っており、パートナー企業それぞれが選抜基準を持っている。そのため、「Station Fに入居するための画一的な選考基準」はない。
なお、プログラムを提供しているパートナー企業に対しては、小規模(10-20人程度)なオフィスが有償で貸し出されており、それがStation Fの収益源となっている一面もあるそうだ。
②プログラムの多様性
プログラムの期間はまちまちであるが、おおよそ半年前後となっており、この期間、起業家は先述のサービスを全て無料で受けることができる(*1)。
また、Station F自身も3つのプログラム(2023年6月時点)を運営しており、これらはStation Fにおけるダイバーシティを促進するための内容となっている。
中でも興味深いプログラムを1つ紹介する。「Fighter’s program」(ファイターズプログラム)と呼ばれるプログラムは、特に社会的に弱い立場の人々に対してのプログラムである。社会的背景や偏見にとらわれずに全ての人が起業できる環境を整えることをコンセプトとしており、過去に逮捕歴のある起業家も、このプロブラムを通して会社を創設し、現在8人の社員を雇用して事業を行っている。
その他にもフェムテックの起業家向けのプログラム、優秀な人材と起業家・アドバイザーをマッチングし、スタートアップを実際に作ることを掲げたプログラムも存在している。多種多様な起業家のニーズを捉え、多様な視点からプログラムが提供されていることは、Station Fの特徴だろう。
また、実際取材することは叶わなかったが、Station Fから徒歩10分ほどのところに、起業家専用の「シェアハウス」も存在している。このシェアハウスは、起業直後で経済的に不安定な起業家たちの高額な家賃負担の減少、及び賃貸契約に必要な社会的信用等の課題を解決するために設立された。賃料は400ユーロ〜(日本円で6万3000円ほど)と、中心部では1ルームの相場が1000ユーロ(15万5000円ほど)を超えるパリでは破格の値段である。
Station Fはこのように起業家が事業を行うだけでなく、互いに相談し、暮らしていくためのハードとソフトの整備において、手厚いサービスを揃えている。
元入居起業家に聞く、エコシステムとしてのStation Fの真髄
起業家の目に、Station Fはどう映っただろうか?実際にStation Fに入居していた起業家へのインタビューを元に、Station Fがどのようにエコシステムを形成していたのかを具体的に探っていく。
今回お話を伺ったのは、2018年から2年間、Station FのFounders programに参加をしていたKatia Halal氏。Station Fでのコミュニティを以下のように評価していた。
またHalal氏は、入居企業がオフィスを構えるCreate zoneでの普段の生活についても語ってくれた。
そのほか、前項で触れたShare zoneの各サービスを必要に応じて利用している入居企業の様子や、Station Fにデスクを構えていないベンチャーキャピタルも施設を訪れ、しばしばShare zoneで起業家と話をしていたことについても言及してくれた。
彼女の話からは、Station Fの内部では、休憩の時間やご飯など業務以外の部分でも他の起業家と交流が生まれており、生活を通して起業家とのコミュニティが醸成されていくことが読み取れる。
また、エコシステム形成のためのコミュニティ運営も積極的に行われていたという。Station Fの入居者は、コミュニティへの貢献が入居要件として設けられている。入居者限定のイベントに参加をしたり、自発的にイベントの企画案を出したりと、コミュニティの発展に寄与することが求められる。
一方で定期的なミーティングの参加など、積極的な参画が見られない場合には、Station F側から通達が送られることもあったようで、この姿勢に不満を漏らす起業家もいたそうだ。
コロナ禍で状況は一時変わってしまったそうだが、コロナ以前は毎日のように入居者間のイベントが開催され、多様なバックグラウンドを持つ人々と出会える機会はまさしく「刺激的であった」と彼女は何度も話していた。
また、彼女はStation F以外の他のインキュベーション拠点を利用をしたことがあり、そこで企業の紹介を依頼した際には金銭のやり取りが発生したことを教えてくれた。Station Fでは、前述の通り、そこに入居することでどんなサービスにも自由に利用することができる。彼女はStation Fのこうした機能を評価していた。
こうしたエピソードからも、Station Fが起業家ファーストの拠点であることが読み取れるだろう。
Station Fが地域と作り出す新しい風
最後にStation Fは、立地の面でも興味深い点がある。Station Fは、パリの左岸東部、13区のセーヌ川沿い都市開発地区に位置する。
日本で一般的な「パリの街並み」として想像されるオスマン建築様式の建物は影をひそめ、いわゆるビル街の中に立地することが特徴的でもある。また、元々は駅舎であった建物の内装を改修して利用した都市再生建築物であり、建物に使用されている圧縮コンクリートは建築の領域でも、建築当時(1920〜30年代)革新的な技術であった。
また、Station Fの誕生は、フランスのスタートアップ領域だけでなく、パリという土地へも社会的変化をもたらした。というのも、Station F設立当時、パリの13区は比較的低賃金労働者の主要居住地であり、インフラも遅れていた。
そんな中、Station Fが世界最大規模のスタートアップキャンパスとして誕生したことで、自然に流動人口が増え、高所得層の流入も盛んになった。流動人口が増加したことにより、生活インフラは発展し、13区はパリの新しい経済中心地に変貌したのである。
すべての都市再生効果がStation Fから発生した訳ではないが、Station Fの誕生は、スタートアップ施策同様、パリに新しい風を吹き込む都市の新しい試みでもあった。
まとめ:あらゆる角度から起業家に寄り添うStation F
Station Fは、3つのエリアがそれぞれ異なる通気口のような役割を果たしながら、外部との関わりをコントロールしている。独自のプログラム、施設のパートナー企業とのプログラムなどを提供しており、プログラムベースで入居企業を選別することにより、半年前後でエコシステムが循環する機能をもたらしている。
従来の「インキュベーション施設」とは異なり、キャンパスのように、そこに集まる起業家たちが様々なサービスに一度にアクセスできる点、エリアを通して外の世界との関わりをグラデーションを用いて分けている点は興味深く感じた。
また、本文中では深く触れなかった点でもあるが、プログラムが終了して入居期間が終了した後のフォローも充実していた。
プログラムが終了した後もStation Fとコミュニケーションを取り続けられるようSlackを整備したり、どこまでも起業家とエコシステムに配慮している様子が感じられる。入居企業のコミットメントを求めつつ盛んにイベントを開催するスタンスは、一部で不満があることは確かだが、大半の入居企業からは支持を得ているようであった。
次回からは、より本連載の中心的な問いである「社会起業家」の観点からエコシステムを紐解いていく。
第3回では、Station Fを「社会起業家」の観点から見た時、どのような特徴が挙げられるのか。また社会起業家のエコシステムに関するコミュニティにはどんなものがあるのかについて、いくつかの事例を元に考察していく。
▼次回の記事はこちら
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