見出し画像

【戯曲】Fuzzy Color (ver.1.0)

上演時間(見込み):90分〜120分ほど
登場人物(男3、女4)

黒井 珠(クロイ タマ) 元4号室、24歳。
岸田 陽至(キシダ アキヨシ) 元3号室、24歳。劇団所属俳優。
上野 結実(ウワノ ユミ) 元2号室、23歳。スポーツ振興課公務員。
山城 大貴(ヤマシロ ダイキ) 元5号室、23歳。山城組土木作業員。弟。
山城 真子(ヤマシロ マコ)元5号室、25歳。山城組事務員。姉。
鈴木 博政(スズキ ヒロマサ) 鈴木家、25歳。コスプレイヤー。兄。
鈴木 綾乃(スズキ アヤノ)鈴木家、23歳。図書館職員。妹。​


【第1場:2011、3・11】

幕前。地震の音が10秒ほど流れる。その後静寂の後に人々のざわめきが聞こえてくる。幕が上がる。陽至から綾乃までの6人が、舞台前方に立っている。並びは、上手から真子、大貴、陽至、結実、綾乃、博政の順。地の薄明かり。彼らの背後では珠が空を仰ぎ、背中を向けて立っている。ざわめきの声が遠くなり、再び静寂に包まれた頃。

全員「2011、3・11(にーまるいちいち、さんてんいちいち)。」
陽至「僕らがまだ、無邪気に遊んでいた日のお話。」
結実「生まれてから一度も経験したことがなかった、大きな揺れ。」
大貴「すげー!何が起こってるんだ!?」
真子「事の重大さに気づくのは、その5分後。」
博政「親父が来た。」
綾乃「お母さんが来た。」
全員「2011、3・11。」
陽至「何がなんだか分からなかった。」
結実「急いで家に帰ると、沢山のものが割れていた。」
大貴「な、なんじゃこりゃあ!」
真子「何してんだ、ラジオを探せラジオ!」
博政「プルルル……もしもし、えっ!岩手のばっちゃが!?」
綾乃「やめて、みんな、声がでかい。」
全員「2011、3・11。」

ここから、一人喋るたびに照明の色が変化する。順番は赤色、橙色、黄色、緑色、水色、青色、紫色。それぞれの心情を象徴するような色調である。

綾乃「声が遠くなっていく。」
博政「自分が小さくなっていく。」
真子「なにがしたかったんだっけ。」
大貴「考えるより、強くならなきゃ。」
結実「勝って、勝って、勝たなきゃ。」
陽至「心が、引き離されていく。」
珠「にゃにゃいろ……。」

様々なニュースやインタビュー、あるいは誰かの声が混雑した音声が流れ、同期して赤から紫までの照明が繰り返される。破裂寸前の風船のように大きく膨れ上がったところで消音、暗転。

全員「変わる、変わる、変わっていく。」

静寂の後、照明、地の薄明かりへ。

陽至「あの地震から、暫く経って落ち着いた頃。」
博政「ごめんな、岩手に引っ越すことになった。」
大貴「なんでだよ、博政!行くなよ!」
真子「わがままを言わない!」
結実「……綾乃ちゃん。」
綾乃「……さよなら。結実。」

鈴木兄妹、舞台下手へとハケていく。途中、博政が綾乃の手を握ろうとしていたが、綾乃はその手を振り払っていた。

陽至「それから3年後、コーポ久時。」
結実「私達の住んでいたアパート。」
真子「地震による大家さんへの被害、老朽化、管理・修繕困難。退去勧告。」
大貴「いやだ!行きたくない!」
真子「つべこべ言わない!どうしようもねえんだから!」

山城姉弟、舞台上手へとハケていく。言い合いが続いていたが、大貴の抵抗も虚しく、真子に引っ張られていった。

陽至「山城姉弟は、知らないうちに居なくなっていた。」
結実「私の上、6号室の野球のお兄さんも。隣の1号室の優しい老夫婦も。
陽至「僕の上の4号室は……ああ、もともと居ないんだった。」
結実「いつから居ないんだっけ。」
陽至「さあ……全然覚えてないや。」

間。

結実「……あーあ、私の負け。」
陽至「えっ?」
結実「陽至と私、どっちが最後まで残るのかなって、勝手に競ってたんだ。」
陽至「……それじゃあ、そっか。結実が先か。」
結実「そういうこと。まあ、私は市内だし。そんなに遠くにはならないんだけどね。」
陽至「ちなみに、どこ?」
結実「……松里ヶ丘(まつりがおか)。」
陽至「めちゃくちゃ遠いじゃん。」
結実「ほら、松里ヶ丘なら北高校あるし、丁度いいかなって。」
陽至「ああ。バレーが強いんだっけ。」
結実「そういうこと!はあ、私も来年は受験かあ。」

間。

陽至「高校……あっという間だ、もう高校生だって、僕。」
結実「東高校のクリエイティブ科だっけ。なかなかクセのあるところ選ぶよね。」
陽至「まあ、好きだから。」
結実「うん、あってると思う。」

間。

陽至「なんか……いいね。」
結実「何が?」
陽至「巣立ち。」
結実「……いざさーらばーって?」
陽至「あ、それ、今練習中のやつ。」

陽至と結実のラフな二部合唱。
村野四郎作詞、岩河三郎作曲、『巣立ちの歌』1番。

結実「……楽しかったよ。陽至がいて、良かった。」
陽至「大げさな。永劫の別れってわけじゃないんだから。」
結実「どうだろう。また会うこと、あるのかな。綾乃ちゃんも、博政も、大貴も、真子も、みんな連絡取れなくなっちゃった。」
陽至「……高校に行ったらなおさら、遠くなるだろうね。みんな今、どうしてるんだろうな。」
結実「……まっ、私はみんながしっかり人生歩んでくれてればいいんだけどさ!」

陽至に結実が向かって。

結実「何かあったら、気軽に連絡してくれていいから!」
陽至「それは、お互いね。」
結実「……うん。じゃあね!」

結実、陽至に背中を向けて、一瞬何か喋ろうと振り向くが思いつかず、そのまま舞台下手へとハケていく。舞台に取り残された陽至と珠。うるさい工事の音が流れ、暗転。工事の音は長く続き、暫くしてから長い静寂に包まれる。陽至にスポット。呆然とそこに立ち尽くしている。

陽至「絶対に忘れない。そう思っていたはずなのに、気づけばぼやけている。あの日の思い出の中の色は曖昧に、いつしか僕は大人になっていた。文字通りの空虚とかしたアパート跡地、コーポ久時。県外で就職した僕は、実家に顔を出すついでに気まぐれでよく立ち寄っている。親父が言っていた。この場所は、大人の都合というやつで、完全に放棄されたんだって。頭では理解できても、未だに心では理解できない。何故なら、ここは僕の生まれ育った場所、十戸市揚拭(とおのへしあげふき)3丁目6番地14号、コーポ久時3号室……。」

深呼吸。

陽至「空気の味や匂いは変わらないのに。時が経つのは早いもので、町も、人も、変わっていく。アパートの目の前にあった銀行は遠くの支店に合併され、好きだった焼き鳥屋も、駄菓子屋も、八百屋も、空になっている……僕の覚えている景色が混濁して、本当は、元からそこに無かったんじゃないかとも思えてきた……悔しいな。たしかにあったはずの記憶が、たった12年で、もう朧気なんだ。」

ため息をつく陽至。気を取り直すために、自身の頬を一回はたく。

陽至「さてと!だんだん暗くなってきたし、帰らなきゃ……あっ。」

夜空に虹が浮かび上がる。とっさにスマホをポケットから取り出す陽至。

陽至「すげえ!ナイトレインボー!こんな場所で……えっ?」

SE『魔法』
照明が、赤色、橙色、黄色、緑色、水色、青色、紫色と目まぐるしく変わっていく。混乱する陽至をよそに、最後にはフラッシュし暗転。再びゆっくり明転すると、舞台上でずっと背中を向けていた珠が、陽至の隣に立っている。ここから舞台は通常の地明りとなる。

珠「にゃにゃいろ!」

SE『テッテレー』
少し間を置いてから驚き、しりもちをつく陽至。

陽至「い、いつからそこに。」
珠「陽至!久しぶりだな!」
陽至「……えーっと、どなたでしょうか?」

ずっこける珠。

珠「なんと!?忘れたとな!?」
陽至「い、いや、初対面ですよね?」
珠「しょ……たい……めん……!?ショック!大ショックなのだ!!本当に覚えてないのか!?」
陽至「え、ええ。
珠「あ!名前を言えば思い出すだろう!」
陽至「かもしれないですね。」
珠「聞いて驚け!元4号室!黒井珠だぞ!」
陽至「……黒井、珠さん……え?4号室っていうのは?」
珠「言わずとも分かるであろう!コーポ久時!陽至の真上!」
陽至「……いやいやいや!4号室、絶対誰も住んでなかった!」
珠「住んでた!」
陽至「住んでない!」
珠「住んでた!!」
陽至「住んでない!!」
珠「住んでた!!!」
陽至「住んでない!!!」
珠「バカァ!!!!!!」

膝を抱えて座り、地面に「の」の字を書き始める珠。

陽至「……え、えっと、本当にごめんなさい。でも全く記憶になくてですね。」
珠「むー……。」

不服そうにしながらも立ち上がる珠。

珠「まあいい。珠はな、ノスタルジーに浸っている陽至に、楽しいプレゼントをしてやりたいと思って、ずっとここで待っていたのだ。」
陽至「待ってたって、いやいや、あなた突然現れましたよね。」
珠「陽至が気づかなかっただけなのだ。ずっとここに居たのだ。」
陽至「……はあ、そうですか。それで、楽しいプレゼントというのは?」
珠「そう!すごく楽しいプレゼント!でも、忘れんぼの陽至にただでくれてやるのもつまらないのだ。ミッションを与えてやるのだ!」
陽至「ミッション?」

SE『テッテレー』

珠「珠が誰なのか思い出すまで、絶対帰れないゲーム〜!いぇ〜い!」

SE『歓声』
何処からか流れてくるSEに反応し、恐れおののく陽至。

陽至「……すいません、どこから流れてるんですか、さっきの音。」
珠「細かいことは気にするな!ちょっとこう……遊びだ!」
陽至「ヤバい人だ!すいません、そろそろ帰らせていただきますね!」
珠「ふっふっふ……帰れるものならな!」

陽至、奇異なものを見る目をしながら舞台下手へとハケていくが、すぐに戻ってくる。

陽至「車の鍵が入らない!なぜ!?」
珠「あ〜トラブルなのだ〜ついでにケータイも圏外なのだ〜。」
陽至「はあ!?」

陽至、スマホを確認する。じりじりと近づいてくる珠。

陽至「ホントだ、圏外……。」
珠「さあ、観念して、ゲームに付き合うのだ!」
陽至「いちいち距離が近い!あなた、本当に何者なんですか!?」
珠「それを思い出すまで帰らせないと言っているのだ!簡単には逃さんぞ!」

陽至、自分の頬を両手で何度もはたく。何度もはたくので怖くなってくる珠。

珠「ちょ、ちょっと陽至?ご乱心なのだ?」

暫くして呆然となり、すべてを諦めた陽至。

陽至「神よ、僕は受け入れました。これは悪夢であり、試練ですね。エイメン。」
珠「現実だが!?」
陽至「もう何が起きても驚きませんよ。エイメン。」
珠「むー!いちいち十字を切るな!『何が起きても驚かない』とな、その言葉覚えたぞ!」
陽至「はいはい……とりあえず、その、楽しいプレゼントって、なんですか。」
珠「それはそれはすごく楽しいプレゼントなのだ!」
陽至「中身を聞いてるんですよ!な・か・み!!」
珠「ふっふっふ……聞いて驚け!今宵限りの宴の始まりだ!!」

珠、得意げに正面をまっすぐ向き。

珠「ーーーアパート跡地同窓会!!」
陽至「……アパート跡地、同窓会?」
珠「えいにゃあっ!」

SE『魔法』
照明が、赤色、橙色、黄色、緑色、水色、青色、紫色と目まぐるしく変わっていく。混乱する陽至をよそに、最後にはフラッシュし暗転。

【第2場:アパート跡地同窓会】

全員「かんぱーい!」

綾乃以外のかつてのメンバーが揃って座り込み、乾杯の音頭を上げたところで明転。それぞれが各々に談笑しており、陽至は突然のことに唖然としている。

陽至「ちょっと待って!

静かになる一同。自身の頬を3回はたき、十字架を1回切る陽至。

陽至「これ、何。」
真子「何?いや何って、同窓会だろ。」
陽至「なんでみんながここにいるの!?」
大貴「おいおい、ボケてんじゃねーよ。」
博政「珠の主催で、今日はここで同窓会だって言うから、久々にみんな集まったんだろ?綾乃もそろそろ来ると思うぞ。」
陽至「待って。みんな、この子のことを知ってるの?

皆、陽至に向かって不思議そうな顔をする。

結実「知ってるも何も……4号室の珠ちゃんでしょ?」
珠「コイツ!ホントにひどいのだ!珠のことを覚えてないというのだ!」
全員「ええ!?」
陽至「……ちょっと話をしよう?」

陽至、珠を引っ張って一同から離れる。

陽至「どういうことですか。」
珠「説明しよう!この黒井珠!今宵限りの宴、アパート跡地同窓会に電波でビビっと呼んだのだ!あとスムーズな進行のためやむを得ず、みんなの記憶もちょっと弄った!」
陽至「ろくなことしないですね!」
珠「誉めてくれてもいいぞ!」
陽至「展開が突然すぎて感情が迷子なんですよ!」

SE『テッテレー』

陽至「テッテレー!じゃないんですよ!」
大貴「相変わらずだなあ。」
陽至「誰も疑問に思わないの?『今の音はどこから!?』って!」
結実「ちょっと、陽至、落ち着こうよ。」
陽至「……僕がおかしいのかなあ。」
真子「まあ、しょうがねえよ。12年も経ちゃ人も変わるし忘れることだってあるだろ。」
博政「そうだな。お前ら見た時びっくりしたもん、真子はめちゃくちゃ痩せてるし、大貴はムキムキになってるし。」
結実「分かる!変化が強烈過ぎてこう……負けた感じ。」
真子「勝ち負けもクソもねえよ。こちとらストレスで痩せてんだから。」
大貴「ま、俺は?修行してっからな!ガハハハ!」
陽至「相変わらず声がでかい。」
結実「12×12は?」
大貴「え?12×12……えーっと……1、2、3、4……。」
博政「この程度で指を使うなよ!」
珠「ちなみに答えは144なのだ。」
大貴「うるせー!分かってたしー!」
真子「この通り、どうしようもない弟よ。」
結実「相変わらずの馬鹿……。」
大貴「は?馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですー!」
陽至「……本当に、みんななんだね。」
珠「何を当然のことを。偽物じゃないし、まやかしでもないのだ。」
結実「そういえば、博政にもびっくりしちゃったな。」
真子「そうそう、まさか警察になってるなんてねえ。」
博政「ま、まあな。正義のヒーローやってます!なんつって。」
大貴「かっこいいよな!流石博政!あ、正義のヒーローと言えばよ、ウルトラマンごっことか、西遊記ごっことか、一緒によくやってたよな!」
結実「うわあ、それ懐かしい。私たちが悪役にされるやつ。」
真子「まあウチらが最後に蹂躙するんだけど。」
珠「毎回泣いてたのだ、この馬鹿男。」
大貴「うるせー馬鹿女!へっ、今は怖くないもんねー。」
真子「ぶん殴ってやろうか。」
博政「ピピーッ!暴力は犯罪です!」
大貴「暴力は犯罪でーす!」
真子「こいつら……。」
綾乃「久しぶり、結実。」

綾乃が舞台下手から登場。

結実「あっ!綾乃ちゃん!!久しぶり!!」
綾乃「良かった、また会えた。」

綾乃、少しだけ博政の姿を捉えて。

綾乃「……兄さん、今日は『それ』なんだ。」
大貴「それ?それって、どれ?」
博政「……シークレットな情報もあるってことだ!」
真子「警察ならではのってこと?」
博政「そ、そうそんなところ。だから、『余計なこと』は言うなよ?」
綾乃「……ええ。別に興味ないし。」
陽至「ははは、相変わらずだね。」
綾乃「あなたにも興味ない。」
陽至「酷い!え、なんで、僕なんかした?」
珠「あーあ。」
全員「あーあ。」(陽至除く)
陽至「身に覚えが無いです!」
大貴「悪い人はみんなそう言うんだぜ!」

結実、綾乃に接触しながら。

結実「えへへー、私の勝ち!」
綾乃「……勝った。」
陽至「ねえ、悲しくなってきたんだけど。僕帰っていい?」
珠「帰れないのだ!」
陽至「帰れないんだった!!」
真子「さてさて、全員揃ったところで、乾杯、やり直すか?」
博政「ん、そうだな。どうする、綾乃。」
綾乃「……レモンジュース。」
結実「あ、私と一緒だ!」

博政、自分が持ってきたカゴの中からジュースを取り出し、渡す。博政と真子、大貴はアルコール、他はジュースである。

真子「誰が音頭をとる?」
大貴「やっぱ陽至っしょ!」
陽至「えっ?いやいや、主催の人がやるべきでしょ。」
結実「じゃあ、ここは平等にみんなで、じゃんけんで負けたほうが!」
綾乃「それがいい。」
結実「それじゃあ行くよ!準備はいい?」
全員「最初はグー!じゃんけんポン!あいこでしょ!しょっしょでしょ!」

あいこが2回続いた後、陽至一人だけチョキを出し負ける。

陽至「悪夢だ。」
結実「ほら、役目でしょ!」
陽至「ゴホン、えー、本日はお日柄も良く……。」
真子「堅苦しい!」
大貴「そういうのいいから!」
陽至「乾杯!!」
全員「かんぱーい!」

かつてのメンバーが揃って乾杯の音頭を上げ、各々が飲み物を口にする。ただ、ひとたび落ち着いてしまうと、久々なこともあってか、なんとなく気まずい空気になってしまう。そこに切り込んだのは珠。

珠「早速だが!!!」
大貴「何!?びっくりしたー。」
珠「こういうのは酒の勢いで言うのが良いと聞いた。」
真子「それは悪い例だねえ。」
博政「それに珠のはアルコールじゃないだろ。」
珠「些細なことは良いのだ!聞いて欲しいのだ~、陽至がな、珠のことをな、覚えていないというのだ。」
陽至「え?いや、まあ、そうですね……。」
結実「私たちのことは覚えてるの?」
陽至「もちろん!この子だけ覚えてないんだ。」
結実「うーん、珠ちゃんのことだけ覚えていないっていうのも、不思議な話だけどね。」
陽至「そう!そうだよね、おかしいよね!」
大貴「おかしいのは、陽至だろ。」
陽至「僕なのかなあ。」
真子「さっきも言ったけどさ、12年も経ってんのよ。そういうこともあるでしょ。」
結実「あんなに仲良しの二人だったのに?」
珠「仲良しだったのに、酷い男だ。」
陽至「仲良しだったんだねえ。」
博政「頭でも打ったか?」
綾乃「……部分的な記憶喪失。」
真子「それにしてはピンポイントすぎね?」
大貴「じゃあ、提案!改めて、みんなで自己紹介しようぜ!」
結実「自己紹介?」
大貴「ほら、やっぱり気になるだろ?今何をしてるとか!」
真子「お、気にはなるよな。それに、昔の話だけじゃ、盛り上がらないだろうし。」
陽至「とてもいいと思う!ミッションの手掛かりにもなる!」
結実「ミッション?」
陽至「こっちの話!」
博政「それじゃ、自己紹介、言い出しっぺから言ってみよう!」
大貴「……。」

言い出しっぺであるはずの大貴が微動だにしない。全員の視線を感じて本人がやっとその違和感に気づく。

全員「……。」
大貴「え?俺?言い出しっぺって、俺だっけ?」
全員「お前だよ!/大貴でしょ!」
博政「そんな数秒前のことを忘れる奴があるか!」
珠「ニワトリ頭!」
真子「この通り、どうしようもない弟よ。早く立て!」
大貴「はいはい、しょーがねえなあー。」

重い腰を上げるように立ち上がり、上体を反らしながら「十戸(とおのへ)式自己紹介」を始める。

大貴「押忍!」
全員「押忍!」
大貴「押忍!」
全員「押忍!」
大貴「押忍!」
全員「押忍!」
大貴「十戸中学校出身!」
全員「押忍!」
大貴「青森県立十戸第二工業高校中退!株式会社山城組土木作業員7年目!コーポ久時6号室、山城大貴!よろしく!」

全員、拍手。

珠「声がでかい。80点なのだ。」
大貴「よっしゃ!」
博政「うわー、めちゃくちゃ懐かしいな。」
真子「決まったねえ。十戸地域の伝統、十戸式自己紹介!」
結実「よくやらされたよね。できない人は居残り練習までさせられてさ。」
綾乃「うん。地獄だった。」

各々、頷く。

陽至「……ところで、予想はしてたんだけど、中卒なんだね。」
大貴「ああ!」
陽至「ほかのみんなは?」
全員「大卒。(大貴と珠除く。)」
珠「珠は珠なのだ。」
博政「もしかしてこのメンツで一番ハイキャリアなの、お前?」
大貴「ああ!」
珠「そして今は親のすねかじりなのだ。」
大貴「ああ!」
結実「……すねかじりの意味わかってる?」
大貴「ああ!親に対しても強く出れる男!」
真子「駄目だこりゃ。さて、じゃあ次はウチが行こうかね。」

真子、大貴と同様、重い腰を上げるように立ち上がり、自己紹介を始める。

真子「押忍!」
全員「押忍!」
真子「押忍!」
全員「押忍!」
真子「押忍!」
全員「押忍!」
真子「十戸中学校出身!」
全員「押忍!」
真子「青森県立十戸商業高校普通科出身、国立大学法人北野海(きたのうみ)大学教育学部卒業!」
全員「押忍!」
真子「株式会社山城組事務員3年目!コーポ久時6号室、山城真子!よろしく!」

全員、拍手。

珠「かっこいい!95点なのだ!」
真子「おっ、高いねえ。」
陽至「逆にマイナス5点はなんなの。」
結実「北野海大学って、結構すごいところじゃない?」
真子「まあ、偏差値的には東北大学とトントンよ。」
博政「頭良いのに。教育学部なら、普通は教師とかじゃねえの?」
真子「教免はあるけど、パパにどうしてもってお願いされてなあ。」
大貴「いつも人手足りてねえもんな、俺たちのとこ。」
真子「人手は足りねえし、誰かさんはエクセルすら入力できねえし。」
大貴「そんな奴がいるのか。」
真子「アンタのことだよ!」
大貴「エクセルぐらい使えますー。SUM覚えましたー。」
真子「SUM如きで何ができるというんじゃ……。」
陽至「あはは、相変わらずの姉弟。」
博政「よし、じゃあ次は俺が行こうかな。」

博政、立ち上がって自己紹介を始める。どこかたどたどしさを感じる。

博政「押忍!」
全員「押忍!」
博政「押忍!」
全員「押忍!」
博政「押忍!」
全員「押忍!」
博政「岩手にある、盛川(もりかわ)中学校出身!」
全員「押忍!」
博政「青森県立十戸高校普通科出身、専門……じゃなかった、警察学校卒業!」
全員「押忍!」
博政「十戸警察署、えー、3年目!鈴木家の長男、鈴木博政!よろしく!」

全員、拍手。

珠「68点!たどたどしい!」
博政「厳しいなあ。」
真子「途中つまづいてたしね。」
大貴「警察ならもっと堂々とはっきりしなきゃだろー。」
結実「居残りだ!」
博政「ほ、ほら、今はスイッチオフだから、許してくれよ。」
綾乃「警察姿なのに。」
博政「綾乃!!!」

博政、怒鳴るような声を綾乃にぶつける。しんとした空気になる。

博政「……あ、ごめん。思ったより声出た。」
陽至「……そんなこともあるよね!」
真子「ウチも怒ってないのに怒ってる?ってよく聞かれるけど、こういうことなんだねえ。」
結実「ちょっとびっくりしちゃったけど、大丈夫だよ。」
珠「……ま、事情はいろいろあると思うのだ。次にいくのだ!」
綾乃「じゃあ、私。」

綾乃、立ち上がって自己紹介を始める。他に比べるとかなりダウナー。

綾乃「押忍。」
全員「押忍!」
綾乃「押忍。」
全員「押忍!」
綾乃「押忍。」
全員「押忍!」
綾乃「盛川中学校出身。」
全員「押忍!」
綾乃「青森県立十戸高校普通科出身、帝王大学文学部卒業。」
全員「押忍!」
綾乃「十戸図書館司書1年目。鈴木家の次女、鈴木綾乃。おわり。」

全員、拍手。

珠「うむ、しっかりしてるのだ。85点。」
綾乃「上々。」
博政「甘くない?」
大貴「声、俺より小さいのに!」
真子「声量選手権じゃねえんだぞ。」
陽至「待って、さらっと流したけど、帝大なの?」
綾乃「……ええ。」
結実「すごーい!一番の難関だよね!」
真子「ちぇー、私より上かあ。でも、昔からなんでも出来る子だったもんねえ。」
綾乃「……じゃあ、何ができないと思う?」
真子「え?」
綾乃「私ができないこと、何だと思う。」
真子「何だと思うって……何だろうねえ。」

考え込む一同。ため息をつく綾乃。

綾乃「……次は、結実。」
結実「えっ、私?いいけど……ちょっと待ってね。」

結実、立ち上がってから深呼吸し、自己紹介を始める。

結実「行くよ……押忍!」
全員「押忍!」
結実「押忍!」
全員「押忍!」
結実「押忍!」
全員「押忍!」
結実「十戸中学校出身!」
全員「押忍!」
結実「青森県立十戸北高校スポーツ科出身!大和体育大学スポーツマネジメント学部卒業!」
全員「押忍!」
結実「十戸市役所スポーツ振興課公務員1年目!コーポ久時2号室、上野結実!よろしく!」

全員、拍手。

珠「素晴らしい!98点!」
結実「勝ち!」
真子「今更自己紹介しなくても良かった感じあるけどね。」
陽至「え、なんで?」
真子「なんでって……県内で新聞とかテレビで引っ張りだこなのよ?結実ちゃん。」
陽至「え!そうなんだ。ごめん、僕、新聞とかテレビとか見ないから。」
大貴「でも、新聞ぐらいは読まないとダメじゃん!社会人なんだから!」
博政「お前は番組表しか読んでなさそうだな。」
真子「ご名答。どうしようもない弟よ。」
珠「で、なんで結実っちが引っ張りだこなのだ?」
結実「色々実績が認められて、十戸のジュニアバレーボールチームのコーチやってるんだ。」
綾乃「今まではサッパリだった十戸のジュニアバレーボールチーム『テンダース』、結実がコーチに就任してから戦績は上々。現在までほぼ負けなしだと話題に……そんな感じ。」

突然饒舌になった綾乃に驚きを隠せない一同。

博政「久々に見た。こんな早口な綾乃。」
珠「すごい勢いだったのだ。」
結実「なんか、恥ずかしいな……でも、コーチもそろそろおしまいかも。」
大貴「え?なんで?」
真子「有名人だってのに、なんかあったの?」
結実「ちょーっとね、やらかしちゃってね……はい!この話は終わり!次、陽至!」
陽至「う、うん。」

陽至、立ち上がってから頬をはたき、自己紹介を始める。

陽至「押忍!」
全員「押忍!」
陽至「押忍!」
全員「押忍!」
陽至「押忍!」
全員「押忍!」
陽至「十戸中学校出身!」
全員「押忍!」
陽至「青森県立十戸東高校クリエイティブ科出身!秋山大学地域文化学部卒業!」
全員「押忍!」
陽至「劇団イロトリドリ所属舞台俳優2年目!コーポ久時3号室、岸田陽至でした!」

全員、拍手。

珠「0点。」
陽至「いや、おかしいでしょ!」
珠「珠のことを忘れてるから減点なのだ~。」
陽至「うぐぐ……。」
大貴「陽至、演劇やってたんだな!」
陽至「うん。実は舞台俳優やってました。全然稼ぎはないけどね。バイトも掛け持ちしてるし。」
真子「おいおい、やりがい搾取ってやつじゃねえのそれ。やめときな?」
陽至「それよく言われるんだけど……今年新作で、主演で出してもらえることになったから、ちょっとは良くなるかな。」
真子「お、2年目で主演って結構じゃない?」
陽至「まあ、言うて無名劇団ですし……あっ、公会堂に巡回公演で来る予定もあった気がするので、もしよろしければ、ぜひ。」
結実「忘れそうだから、後でまた教えてね。絶対行くから!」
大貴「俺も行くわ、なあ真子!」
真子「時間があったらね。」
綾乃「興味ない。」
結実「綾乃ちゃんも一緒にどう?」
綾乃「いいよ。」
陽至「なんか、僕にだけすごい当たり強いよね?」
綾乃「さあ。」
陽至「さあって……。」
珠「いやあ、複雑なのだ。」
博政「そうか、そうだったんだな!」

博政、突然感極まって陽至の手を握る。

陽至「はい?」
博政「お前も、俺と一緒だったんだ!」
全員「……は?」
真子「一緒では無くね?警察と俳優は。」
博政「あ、そうだ……な。すまん、忘れてくれ。」
大貴「博政、なんか調子悪くねえか?」
博政「あー、酒が回ってんのかも。」
結実「ちょっと、ペース下げようよ。アルコール組。」
大貴「そうだぞ!酒は飲んでも飲まれるな!だ!」
真子「既に5缶空けてるアンタがいうことじゃねえよ。」
陽至「というか、酒強いね。」
大貴「そりゃ、飲めれば得だからな!」
陽至「得?」
真子「はあ。ウチら、仕事柄、他の会社の人たちと飲むことが多くて。」
大貴「人手が少ねえから、飲みニケーションっての?命綱みたいなもんよ。飲まねば生きていけねえってな。」
綾乃「でも、無理は禁物。」
結実「そうそう!仕事に響いたら大変だよー。」
大貴「無理なんてしてねーよ。ほら、俺、頭悪いからさ、コミュニケーションだけでもしっかりやらなきゃって、そういうこと!」
珠「馬鹿男自覚していたのだ?」
大貴「うるせー馬鹿女!」
真子「最初はこいつ全然飲めなかったのよ。でもいつの間にかこんなに飲むようになっちゃって。」
大貴「俺だって成長してんだぞ!強くなってんだぞ!」
博政「嬉しくねえなあ、そんな成長。」
結実「大貴と真子も大変なんだなあ……。」
珠「ゴホン!よいか皆の衆!今宵の本命、珠の自己紹介なのだ!」
陽至「あ、忘れてた。」
珠「よく聞いておくのだ。」

珠、立ち上がって、一迅の風が吹くほどの間の後、自己紹介を始める。

珠「押忍!」
全員「押忍!」
珠「押忍!」
全員「押忍!」
珠「押忍!」
全員「押忍!」
珠「珠は珠なのだ!」
全員「押忍!」
珠「コーポ久時4号室、黒井珠!好きな食べ物は鯖缶!」
全員「押忍!」
珠「以下省略!よろしく!100点!」

SE『テッテレー』
全員、拍手。

陽至「……え?おわり?」
珠「そうだぞ?」
陽至「もっとこう、情報は!?」
珠「そう易々とヒントをやるわけがないのだ、考えが甘いのだ~。」
陽至「あのね、みんな!僕はね、部分的な記憶欠如なのか知らないけど!全然この子のことを覚えてないの!今の自己紹介でもピンとこないし!」
珠「追加情報:鯖缶が好き。」
陽至「だから何!?ほかにこう、なんかあるでしょ?あるよね!?みんな!」
真子「他にって……。」
全員「珠は珠でしょ……?」
陽至「おかしくなりそうだ。」
結実「大丈夫だよ、少しずつ思い出していけばいいじゃん!」
大貴「夜は始まったばかり!」
陽至「……ああ、そうだね。」

一息つく一同。

真子「今更なんだけどさ、つまみ、なくね?」
博政「あ、忘れてた!買ってくるよ。」
陽至「どっか開いてるとこあったっけ?」
博政「今何時?」
結実「えっと、9時半。」
博政「あー、スーパーは閉まってるな……。ちょっと遠いけど、ほら、たてまちストアのとこに、コンビニできたじゃん。」
真子「ああ、焼き鳥屋だったとこか。」
博政「そうそこ、ちょいと行ってくるよ。」
大貴「俺も行く!」
真子「ついでに私も行ってくるか。」
博政「あ?荷物持ちは俺たちだけで充分だぞ?」
真子「用を足しに行くんだよ、用を。」
大貴「でかいほうか?」
真子「馬鹿!アンタそんなんだから彼女できねえんだわ。」
博政「他は?どうする?」
珠「珠と陽至は残るのだ!」
陽至「選択の余地は無いそうです。」
結実「私も残ろうかな。」
綾乃「じゃあ、私も。」
博政「オッケー。買ってくるものは?」
陽至「適当でいいよ。僕は。」
珠「鯖缶!」
結実「チョコがいいかな。」
綾乃「私も。」
博政「オッケー!それじゃ、ちょっと行ってくる。」
真子「荷物番よろしく。」

博政、真子、大貴の3人が下手にハケる。舞台に残されたのは、陽至、珠、結実、綾乃の4人。

【第三場:宴の始まり】


珠「……月が綺麗なのだ。」
陽至「……夏目漱石?」

陽至に呆れ顔を見せて、立ち上がる珠。

珠「これだから演劇マンは。陽至は、キャッチボールで変化球を投げ合うのだ?」
陽至「いやいや、そんなわけないでしょ。」
珠「同じことなのだ。いつだって、綺麗なものは綺麗だと言いたいのだ。」
結実「……でも、ストレートな表現は、人を傷つけることもあるよ。」
珠「別に160キロの剛速球を投げろとは言ってないのだ。普通に直球で投げて、受け止めて、それで拗れるのなら、その程度の関係だったってことなのだ。」
綾乃「やめて。珠。」
珠「……何をやめるのだ?」
綾乃「わざと言ってるの?結実が辛いのを分かってて。」
結実「あ、綾乃ちゃん?」
珠「珠は何も知らないのだー。」
綾乃「何を!」
陽至「ストップ!」

喧嘩寸前のところを、陽至が制する。

陽至「全く話が見えてこないんだけど、折角の同窓会なんだから、仲良くしようよ!」
珠「別になにもしてないのだ。綾乃っちが勝手にいきり立っているだけなのだー。」
綾乃「……嫌い。」
結実「綾乃ちゃん!」

綾乃が下手へ去っていき、それを追うように結実も去っていく。

陽至「珠!どうしてあんなことを。」
珠「陽至、他人事じゃないのだ。」
陽至「えっ?」
珠「みんな、大人になっても、あの頃のまま、時が止まってしまっている。色がくすんでしまっている。でも、そろそろ動かさなきゃならない。前に進まなきゃならない。それが『強く生きる』ことだ。」
陽至「強く生きる……。」
珠「さっきも言ったのだ。直球で投げて、受け止めて、それで拗れるのなら、その程度の関係だって。珠たちは、どうだ?どこまで行ける関係なのだ?」
陽至「そんなの、分からないでしょ。久々に会うんだし、どこまで踏み込んでいいか……。」
珠「安心するのだ。今宵の同窓会メンバーはヤワじゃないぞ。それに、あの母なる月が、しっかり見守っている。みんなの陰の形を、真っ直ぐ、浮き上がらせくれる……うむ、いい空だ。」

月を見上げる二人。

珠「……さて、じれったいのもそろそろ終わりにしよう。陽至も協力するのだ。」
陽至「……何を手伝えばいいんですか。」
珠「うむ、相変わらずお人好しなところ、嫌いじゃないぞ。なあに、そう難しいことじゃない。聞いて驚け!オムニバス!今宵限りの宴の始まりだ!」

【第四場:声色(綾乃編)】

赤い照明。舞台前方には綾乃が、舞台後方には他の全員が並ぶ。綾乃の顔にスポットが当たる。

綾乃「うるさい。みんながうるさい。やめてと言っても、私の声は届かない。だから、走った。走り続けて、辿り着いた場所は、よく知らない景色だった。どうやってここに来たかも分からなかった。近くの家の犬がいっぱい吠えてきて、ここでもうるさくて、途端に泣きそうになって。そんなとき、あの人が来てくれた。」
結実「綾乃ちゃん!」

綾乃が座り、地明かりに戻る。結実が綾乃のもとへ走ってくる。他の5人は舞台後方で、その場に座っている。

綾乃「……結実。」
結実「私の、勝ち!」

ピースサインを決める結実。

結実「ここだろうなと思ったんだ。あの日と同じ……じゃない!あそこの家無くなってたんだ!?」
綾乃「結構前から、だよ。」
結実「あそこのワンちゃん凄くうるさかったからなあ。苦情で、かな?」
綾乃「だと思う。」

綾乃の隣に座る結実。

結実「……もしかして、知ってたんだ、あの話。」
綾乃「……うん。テンダースのファンクラブ、入ってるし。」
結実「そうなの!?全然気づかなかった!」
綾乃「……私だって、元バレー部だよ。」
結実「……ふふ、懐かしいね。小学校の時、私と綾乃でバレー部のツートップだったもんね!」
綾乃「うん、居心地よかった。でも、中学校からはやめた。」
結実「ええっ、どうして?」
綾乃「結実が居ないから。」
結実「わ、私?」
綾乃「うん。」
結実「……まあ、誰かが居なくなってモチベーションがなくなるってこと、あるかもね。逆も然り。」
綾乃「そうね。私の兄さんも……。」
結実「兄さんも?」

首を振って立ち上がる綾乃。それを心配するように、結実も立ち上がる。

綾乃「……いや、忘れて。今はどうでもいいんだ。そんなこと。」
結実「う、うん。でも、何か悩みがあるなら言ってね?力になれるか分からないけど。」
綾乃「……ありがとう。」

間。

綾乃「……もし。」
結実「うん。」
綾乃「もしも私が、結実のことを好きって言ったら、どうする?」
結実「……え、いや、私も好きだよ。」
綾乃「……恋愛感情として。」
結実「恋愛感情……うーん、難しいかもなあ。」
綾乃「えっ。」
結実「付き合ってる人、いるんだよね。」
綾乃「えっ、えっ?」
結実「まあ上手くいってるかと言われれば、全然なんだけど。」
綾乃「……そっか。うん、そっか。そうなんだ。ねえ、結実。」
結実「ん?」
綾乃「私、悲しい。他の人に、結実が汚されちゃった。」
結実「……綾乃ちゃん?何を言っているの。」

綾乃、結実の肩を力強くつかむ。

結実「い、痛いよ、綾乃ちゃん!」
綾乃「もう、あの時の結実じゃない。じゃあ、今話しているのは誰?ねえ、その声は誰なの!?返してよ!」

立ち上がり、二人のもとへ駆けつけてくる珠と陽至。

陽至「い、居た!」
珠「ほら!言わんこっちゃないのだ!」

珠が結実を助け、綾乃を陽至が引っ張って離す。

綾乃「邪魔しないで!あれは偽物!偽物なの!」
陽至「綾乃ちゃん!落ち着いて!」
珠「……大方予想はついているが、一体何があったのだ、結実っち。」
結実「……私が、付き合ってる人が居るって言ったら、突然暴れ出して。」
綾乃「あ、あ……ご、ごめ……ごめんなさい。」
結実「……。」
綾乃「何をしてるの、私は、私は……。」
結実「綾乃ちゃん。」
綾乃「……わたし、帰るね。さよなら。」

綾乃、帰ろうとすると珠が言葉で遮る。

珠「ちーがーうーのーだー!!」
綾乃「……何?」
陽至「あれ、ただのレモンジュースじゃなかったんだよね、アルコール入ってたんだよね、ねえ!?」
珠「そうなのだそうなのだ!」
結実「えっ?」
綾乃「……何を言ってるの?」
陽至「ほら、この缶!ノンアルとアルコールってパッケージ一緒じゃん?だから間違えちゃったのかなーなんて!」
珠「綾乃っちはアルコール弱いから、ちょっと激情に走っちゃっただけなのだ、ねえ!?」
綾乃「……。」
珠「綾乃っち!」
綾乃「うるさい、うるさい!」
結実「綾乃。」

間。

結実「綾乃の声を聴かせて。」
綾乃「……もう、どうなるか分かりきってる。」
結実「大丈夫。」
綾乃「そこの二人の言う、アルコールの勢いかもしれない。」
結実「大丈夫。」
綾乃「嫌いになったりしない?」
結実「なるわけないじゃん!今のもちょっとびっくりしたけどさ、ちょっとだけ、嬉しかった。」
綾乃「……嬉しかった?」
結実「……うん。綾乃ちゃん、いつも感情出してくれなくなったからさ。あの日から。」
綾乃「……結実。」

綾乃、結実に向かって、絞り出すような声で。

綾乃「私、結実のことが好き。昔から大好きだったんです。付き合ってくれませんか。」
結実「……しっかり答えるね。綾乃。ごめんなさい。付き合ってる人が、いました。」
綾乃「……。」
結実「でも、綾乃の気持ちは無駄にしたくない。言わせたんだもの、責任は取るよ。」
綾乃「責任なんて!」
結実「私、ジュニアのコーチ降りたら、大人中心のバレーボールチームを作りたいって考えてるんだ。どうかな、一緒に。」
綾乃「……いいの?」
結実「もちろん!大歓迎だよ!」
綾乃「また、一緒に居られる?」
結実「バレーボールをやめない限りはね!」
綾乃「結実!ごめんね、ごめんね。」
結実「謝らなくていいんだよ。」

泣きながら、結実に抱きつく綾乃。それを見守る二人。

珠「迷える子羊を救ってしまった……。」
陽至「水を差すようで悪いんだけど、結実、コーチを降りるって言うのは……?」

綾乃、陽至を睨みながら。

綾乃「空気の読めない人。」
陽至「いやほんとごめん、でも、どうしても気になっちゃって。」
結実「……あとで!あとでちゃんと話すよ!さ、戻ろ?みんな待ってるだろうし。」
綾乃「……うん、戻ろ。」

【第五場:仮色・間色(博政・真子編)】

橙色の照明。舞台前方には博政が、舞台後方には他の全員が並ぶ。博政の顔にスポットが当たる。

博政「ウルトラマン、仮面ライダー、西遊記……『ヒーロー』をよく着飾った。弱い自分にとって憧れの存在になり切るというのはとても楽しかった。それに、その方がみんな俺を認めてくれた。でも、気持ち悪さもあった。だんだん息苦しくなって、本当の自分が侵食されていく感覚。岩手のばっちゃだけはそれを理解してくれていて、唯一弱い自分がさらけ出せる場所だったんだ。ばっちゃはよく言っていた。『今はそれでいい。きっとそのヒーローたちが、お前を強くする。私が生きてる間に、本当に強い博政を見せておくれ』って。でも、今はもう……。」
真子「博政?どった?」

地明りに戻る。真子が博政の近くへ。大貴以外の4人はその場で座り、大貴だけはその場で何かを探している風である。

博政「あ?なんで?」
真子「なんでって、ぼーっとしてたじゃねえの。」

大貴、二人の近くへ。

真子「おかえり。見つかった?」
大貴「全然見当たんね!」
真子「荷物番頼んだってのに……なんかあったのかもな。」
博政「……綾乃に、何かが?」
真子「あくまで、もしかしたらの話よ。」
博政「そのもしかしたらが、本当だったら!?」
大貴「落ち着けよ。警察なんだろ。」
真子「そうそう、大の大人が4人。そう悲観的に見ることも無いだろ。ここに集まるの久々なんだから探検に行ってるのかもよ。」
博政「……かもな。ごめん。」
真子「いいよいいよ。下の奴が心配なのは分かるからさ。」
大貴「もっかい探してくる。」
真子「おう、迷子にはなるなよー。」
大貴「ならねえよ!」

大貴、後方へ戻り、その場に座る。

真子「さーてと、年長組が残ったな。」
博政「……。」
真子「相変わらずやってんねえ、ヒーローごっこ。」
博政「……分かってたのか。」
真子「分かるさ。本当に警察だったらあんなしどろもどろにならねえだろ。それに、博政のことは昔から知ってるし。伊達に人間見てきてねえよ。」

博政、酒を一口。

博政「……俺さ、コスプレイヤーで稼いでんだよ。」
真子「おっと、コスプレイヤーときたか。いくらぐらい?」
博政「安定はしないけど、先月は120万ぐらい。」
真子「120万!?マジ?ウチの月収の10倍じゃん!」
博政「それは……真子の月収が低すぎね?仮にも北野海大学出身だろ?」
真子「嘘……ウチの月収低すぎ……?まあそれは冗談として、身内の仕事の手伝いなんだから、そんなもんじゃねえかな、気にしてねえよ。」
博政「その気になれば、もっといいとこにも行けただろうに。」
真子「もっといいとこ、ねえ。その考え、とっくに辞めたのよ。ウチ。」
博政「……なんで?」
真子「……ウチには贅沢すぎるわ。」

黄色の照明。

真子「あの日から、両親の性格は一変した。毎日のように喧嘩して、その間に必ずウチが入った。大貴にショックを与えないように遠ざけながら、配慮しながら、両親の愚痴を聞き、伝書鳩になる……気が気じゃなかった。でも、変なことに必要とされてるって充実感もあってさ、下手に高望みをしないで生きた方がリスクも少ないんだって思った瞬間、夢とか、全部ふっ飛んで。高校でも、大学でも、必ず誰かと誰かの板挟みになる。そんな役回りに落ち着いてよ。」

地明かりに戻る。

真子「ま、自分の適性みたいなもんに気づいたってわけ。仕事でも存分に発揮しております。」
博政「……家族のために、夢は捨てたって?」
真子「……そうなるのかねえ。まあでも、不自由してるわけじゃないし。高望みをして家族に負担をかけさせるのも、違うだろうし。」
博政「……パン屋だっけか。」
真子「お、よく覚えてんねえ!あの頃のウチの夢、カワイイもんだわ!パン屋だってよ!」

大胆に笑って見せてからため息をつく真子。

真子「……ちっと疲れたな。現実を見続けた結果、誰かと誰かと誰かに流され続けて、惰性で生きてる。生きてりゃなんでもいい、つまんねえ人間になっちまったもんだ。ウチらしくもない!」
博政「……ああ、らしくないよ。」
真子「目の前に月収120万のコスプレイヤーも居るんだ、あーあほらし!」
博政「……ちょっと違う形にはなったけど、俺は、夢を叶えたと思ってる。」
真子「夢、夢ねえ。今からでも、やり直せるもんかねえ。パン屋。」
博政「……やってみなきゃ、分からないよ。」
真子「……そうだねえ、やらなきゃ始まらねえもんな。」

深呼吸をする真子。

真子「……はぁ!事務仕事も弟の世話も飽きてきたころだし、本格的に一人立ちする準備でもすっかなあ!」
博政「大貴は大丈夫なのか?」
真子「ああ見えて意外とやり手だぜ。偉い人でも後輩でも対等に、誰とでもコミュニケーションできるわ、仕事は率先して動くわ。頭はすこぶる悪いけど、直感的な判断力も悪くない。良いリーダーになると思うぜ。」
博政「……強いな。俺なんかよりよっぽど。」
真子「『狂人の真似とて大路を走らばすなわち狂人なり』。」
博政「……なんだっけそれ。」
真子「徒然草だった気がするな。『偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。』とかな。博政、弱いと思い込んでれば、ずっと弱いまんまだぜ。もういいんじゃねえか。難しいことは考えんな、本気でヒーローを演じきれば、着飾んなくても、ヒーローになれんだよ。」

橙色の照明に変わる。怪人に扮した陽至と珠と結実と大貴、綾乃が下手に登場する。大貴が綾乃を人質に取り、銃を頭に突き付けている。博政がそれを見て立ち上がる、真子は微動だにしない。

博政「綾乃!!」
大貴「おっとぉ、動かないでね?」
結実「アナタは弱いままがお似合い。ヒーローごっこを続けていればいいのよ。」
珠「ナノダナノダ!」
陽至「ほら、現実を見なさい?あなたがヒーローを気取ったところで、世界は変わらない、戦争は起こるし、災害は起こるし、パンデミックは起こる。貧富の格差は広がり、地球環境はさらにバランスを崩し、人間は愚かなまま。」
結実「現実を見れば、どう?自分の無力さに打ちひしがれて、勝手に絶望して……でも、それでいいの。それが、どうしようもない人間の在り方。ヒーローになんてなれっこない。フィクションとノンフィクションを混同しない方がいいわ。」
珠「ナノダナノダ!」
綾乃「兄さん!」
博政「綾乃!!」
大貴「動かないこと!?この銃はお飾りじゃないんだから!」

大貴、一発空に向けて撃つ。

大貴「……ね?諦めなさい。お前、弱いんだから。変な真似はすんなよ。」
珠「ナノダナノダ!」
博政「……何をすればいい!」
結実「素直ね。簡単よ、ヒーローになろうなんて、青臭い考えはやめなさい。」
陽至「誰かを助けよう、強くなろうなんて考えは古いの。リスクしかないじゃない。さあ。」
大貴「さあ!」
結実「さあ!!」
3人「さあ!!!」

綾乃が必死に何かを訴えているが、その声は博政には届かない。

博政「聞こえない。綾乃の声が聞こえない。」
結実「聞かなくていいのよ。」
陽至「あの頃みたいに!」
大貴「無視していればいい!ばっちゃが死んだショックを言い訳に、現実逃避を続ければいい!今までと同じように!!悲劇のヒーローを!」
真子「違うよな。博政。」

真子、立ち上がる。

真子「難しいことは考えんな、本気でヒーローを演じきれば、着飾んなくても、ヒーローになれんだよ。」
博政「……。」

博政、警官の衣装を脱ぎ始める。

陽至「ら、乱心よ!?」
結実「狂ったわね!」
大貴「R-18表記つけてないのよ!」
博政「これでいい。」

博政、衣装を脱ぐと、黒い衣装に、赤いスカーフの姿。それはどこかのヒーローを想起させる。

博政「偽善でも、無力でも、それでもいい。聞かせてくれ、綾乃!」
綾乃「……助けて。」
博政「あい分かった!」

殺陣のシーン。博政が陽至と結実の邪魔を振り切り、大貴の銃をはじき、綾乃を救出する。綾乃を強く抱きしめる博政。この一連のアクションは爽快で、本物のヒーローを思わせる。

博政「やっと届いた、綾乃。」
綾乃「……兄さん。良かった、本当の兄さんだ。」
博政「……ああ、他の何者でもない、鈴木博政だよ。」

涙を流しながら、満面の笑みで空を仰ぎ。

博政「どうだ、俺、強くなっただろ!!ばっちゃ!!!!!」

【第六場:一色(大貴編)】

緑色の照明。舞台前方には大貴が、舞台後方には他の全員が並ぶ。大貴の顔にスポットが当たる。

大貴「あの日、俺は結論付けた。考える頭を持っても、意味がねえ。知識を蓄えたところで、魔法が使えるようになるわけじゃねえ。じゃあ、何が必要だ?肉体だ。考えるよりも先に動く足を、どれだけ動いても疲れない体を、怪我しても弱音を吐かない精神力を。何よりも直感的に、野生動物のような、生きる力を。これだ。」

地明かりに戻る。他の全員がその場に座り、大貴がその場に胡坐をかいて座る。

大貴「……迷った!馬鹿女ども4人はどこに居るか分からねえし、こんな暗いと道が分かんなくて苦労するぜ!」

スマホを取り出す、何度かフリックでパスワードを解こうとするが、無駄に終わる。

大貴「……30分後にまたお試しください。クソッたれ!」

スマホをしまって、頭の後ろに手を組んで眠る大貴。

大貴「ま、いいけどよ。そんな遠くじゃねえし。誰かが見つけてくれんだろ……あー、星が綺麗だ……あれってなんだっけ?オシリスだっけ?アキレスだっけ?」
珠「西に見える奴なら、オリオンなのだ。」

珠、前方へ登場する。

大貴「お!馬鹿女じゃん!お前も迷子!?」
珠「そんなわけないのだ。みんな血眼になってお前を探しているのだ。第一発見者なのだ。」
大貴「あ、マジ?」
珠「ミイラ取りがミイラになってどうするのだ。」
大貴「ははは!俺がミイラになるって?」
珠「お前も所詮は人間なのだ。このまま誰も見つけてくれなかったらどうするのだ。」
大貴「ありえねえな!俺は例え無人島でも生きていける自信はあるし、歩き続けていればいずれ誰かと出会うだろ。」
珠「……はあ。馬鹿男はそのままでもいいかもしれないのだ。」
大貴「は?何?俺がなんか間違ってるってか?」
珠「……間違っている、と言ったら?」
大貴「……あー、なんとなく意味が分かってきたぜ。俺の答えは『ノーサンキュー』だ。」
珠「……その心は?」
大貴「トラウマを背負ってるとか、無理をしてるとか思ってんならそれは違うぜ。別に俺は今の生き方に不満はねえんだ。ホントだぜ?」
珠「……。」
大貴「そりゃ、もう少し頭が良けりゃなあなんて思うこともあるぜ。でも、やっぱり、強く生きていくのに余計な知識は要らねえ。中卒でも充分生きていけるよ。詰め込んだところで、一直線に進む俺の邪魔になるだけだ。」
珠「でも、お前は一人で生きているわけじゃないのだ。」
大貴「そりゃそうだよ。」
珠「仮に……真子っちが居なくなったら?」
大貴「……普通なら悲しいとか、やっぱり一人じゃ無理だとかほざくんだろうな。残念、居なくなっても、それだけじゃ俺の生き方は変わらねえよ。逆だ逆。」
珠「逆?」
大貴「居なくなった奴の為にも……うーん、なんだ、表現が分からねえが……今のまま、変わらず、まっすぐに生き続けていれば、俺がそいつの実家になれる。だから、生きる。」
珠「……。」
大貴「馬鹿な奴が、貧乏な奴が生きていけねえ世の中なんか、あっちゃならねえよ。」
珠「……よく分かったのだ。すまない、傲慢だったな。」
大貴「いいや、むしろ聞かれて意思が固まった。難しいこと考えるの、苦手だからよ。サンキューな、馬鹿女。」
珠「馬鹿女は余計なのだ。」
大貴「……ところで、ひとつ聞いていいか?」
珠「なんでも聞け。」
大貴「お前、本当に俺たちと一緒に居たか?」
珠「……どうして?」
大貴「いや、確かに記憶の中に黒井珠という馬鹿女は存在しているが、どうにも違和感があってな。」
珠「……失礼をした詫びに、しっかり答えるのだ。珠はな、間違いなく存在していたのだ。コーポ久時が崩されるその時まで、ずっと存在していたのだ。」

まっすぐ、毅然と話す珠に感心する大貴。

大貴「ガッハッハ、じゃあいいや。その顔が全部語ってるわ。」
珠「……心臓に悪いのだ。」
大貴「悪かったな。」
珠「……余計なことをするなって、怒るのだ?」
大貴「いいや、でも、お前の力が無くったって、今日の出会いが、強くすることだってあるはずだぜ。」

真子と博政がやってくる。

真子「アンタ!こんなところにいたのか!」
博政「ミイラ取りがミイラになってどうすんだよ、もうみんなあっちにいるぞ!」
大貴「お、真子も博政も、雰囲気変わったな!」
真子「……は?」
珠「……これも、人間。」
大貴「……サンキューな!今日ここに集めてくれて。」
珠「こちらこそ、勉強になったのだ。」
真子「何?まさか変なことをしたんじゃないだろうねえ?」
大貴「なんもしてねーよ!」
博政「ほら、早くいくぞ。」

【第七場:才色(結実編)】

水色の照明。舞台前方には結実が、舞台後方には他の全員が並ぶ。結実の顔にスポットが当たる。

結実「勝つ。勝たなきゃ、安心させられない。お父さんを、お母さんを、弟を、自分自身を。弱音を吐いてる暇はない、言い訳をしてる時間がもったいない。勝つために、最善のスケジュールと努力を。もう、負けていられないんだ。」

SE『試合終了のホイッスル』
結実の回想。実況の声は舞台後方の誰かが担当する。

実況1「ゲームセット!33対31、熱戦の末に勝ちをもぎ取ったのは、青崎ブルーフォートレス!」
実況2「いやあ、いい試合でしたね。」
実況1「しかし、ここで黒星がついちゃいましたね、十戸テンダース。」
実況2「最後のサーブ、アウトだったんですけどねえ。」
実況1「気持ちが早まってしまったんでしょうねえ。」
実況2「長期戦でしたからねえ。」
結実「……ねえ、なんで最後のサーブを拾ったの?アウトだったよね?いや、なんで泣いているの?泣いてもどうにもならないんだよ!!ねえ!!!」

カメラのシャッターの音が一つ、大きく響き、人々のざわめきが流れる。全員、同窓会の位置に戻る。博政、立ち上がって自己紹介を始める。その号砲をきっかけにざわめきが消える。

博政「押忍!」
全員「押忍!」
博政「押忍!」
全員「押忍!」
博政「押忍!」
全員「押忍!」
博政「盛川中学校出身!」
全員「押忍!」
博政「青森県立十戸高校普通科出身、専門学校エイアンドシースクール卒業!」
全員「押忍!」
博政「コスプレイヤー3年目!SNSで活動中!鈴木家の長男鈴木博政!よろしく!」

全員、拍手。

珠「96点、よく言えたのだ……。」
博政「へへ、ちょっと恥ずかしいけどな。」
真子「ちなみに、月収120万だってよ。」
陽至「ええ!?」
結実「すごいじゃん!」
博政「もちろん振れ幅は大きいけど、今は結構人気者です。」
綾乃「……兄さん。」
博政「綾乃、もう隠したりしない。ごめんな、今まで気を遣わせて。」
綾乃「ううん、安心した。」
大貴「本当は警察じゃなくて、コスプレイヤーだったのか……いいな!俺もやりたい!」
真子「アンタは素材が難しいだろ!」
大貴「素材……顔が悪いってことか!?ひでえ!!パワハラで訴えてやる!」
真子「好きにしな。そうそう、次の仕事でちょっとしたカミングアウトするからな、覚悟しとけよ。」
大貴「カミングアウト……なんだ!?結婚!?!?お前が!?」
真子「結婚じゃねえけど、違うけど、その反応はすげえ腹立つな。覚えとけよ。」
陽至「なんだか、雰囲気変わったね。真子も、博政も。」
博政「まあな。久々に集まって、ちょっと心が洗われたというか、そんな感じよ。」
真子「別に大したことでもねえけどな。影響を受けやすいってのも、人間の性だろ。」
珠「迷える子羊寄り添い合えば文殊の知恵とは摩訶不思議。」
博政「……こいつどうしたの?」
大貴「馬鹿女も身の程に気づいたってことじゃねえの?」
珠「うるさーい!馬鹿男に言われたくないのだ!」
陽至「馬鹿馬鹿うるさい……。」
真子「それより、綾乃はどうした?すげえニコニコしてんだけど。」
結実「約束したんだ、私がバレーボールチーム発足したら、第一メンバーになってくれるって。」
博政「……へえ、それでよかったのか?綾乃。」
綾乃「うん。いいの。」
博政「そうか、ちょっと安心した。」
陽至「……あ、思い出しちゃったんだけど、結実って彼氏いたんだね。」
真子「えっ!?何それ初耳!!」
結実「あ、あはは……実はいました。でも……。」

食い気味に台詞を入れる珠。

珠「アキヨシにも彼女がいるのだ!」
陽至「は!?」
大貴「嘘!?」
博政「抜け駆け!?」
珠「しかし、全然順調ではないのだ。遠距離9年目、手を繋ぐだけであんなことやこんなことはしたことないのだ。」
博政「すげえ長続きじゃねえか。」
真子「しかも手も繋げない純情ときた!青春か!」
結実「もしかして、中学の時に付き合ってた、エミカちゃん?」
陽至「……うん。でも、別れたよ。」
全員「えっ?」
陽至「なんというか、別れたというより一方的に切られた感じかな。定期的に会ってたんだけど、1月頭だったかにLINEが来て、『あなたと付き合っていても、遠距離で迷惑をかけるだけだし、あんなことやこんなことも、体が体だから、きっとアキヨシが求めていることは何をしてあげられない。だから、他の子と幸せになったほうがいい』って。」
大貴「体が体っていうのはなんだよ?」
陽至「詳しくは知らないけど、昔から病気がちで、負い目を感じてたみたい。別に僕は大きいものを求めていたわけじゃないけど……。大人になると、やっぱり現実を見なきゃってなっちゃったんだろうね。」
博政「……複雑だなあ、それ。遠距離だからまともに別れの一言も言えてねえわけじゃん。」
綾乃「……住所とか知らないの?」
陽至「引っ越したみたいでさ。電話番号もメールも全部だめ。LINEもブロックされた。」
真子「すげえ徹底的だな……あんまり言いたかねえけど、ホントは嫌いだったんじゃねえの。あるいは遠距離長かったから、浮気とか。」
陽至「……信じたくはないけど、その可能性もあるよね。でも、仮にそうやって、自分が離れたことで彼女が楽になって、幸せなら、それでもいいかなって思って。」
珠「はあ。どこまでも損をするタイプなのだ、陽至。」
陽至「えっ!?そうかなあ。」
大貴「そうだよ、もっとガッツリ行かなきゃ!男だろ!」
綾乃「『男だろ』は暴論。やめたほうがいい。」
博政「陽至はなあ……優しいのが逆に仇になってる気がするな。」
結実「私もそう思うな。ただのお人好しで終わっちゃだめな人だと思うよ、陽至は。」
珠「ほうら言われてんのだ。」
陽至「優しいとかお人好しとか、自分自身そんなこと思ったことないけど……僕だって、これで終わっちゃいけないって理解してる。だから、演劇に賭けた。」
博政「なんで演劇?」
陽至「演劇を続けて、ぐるぐると各地のホールを回っていれば、いつか会えるんじゃないかって。そして全力の演技で伝えたい、僕は幸せ者だった、ありがとうって。あなたが僕を強くしてくれたのだって。だから劇団に入ったんだ。」
全員「……。」
珠「砂糖吐きそうなのだ。」
真子「よくもまあそんなロマンチックな言葉がポンポン出てくるよねえ。」
大貴「昔からそうだよな。」
陽至「あーもういいもういい!結実はどうなの!彼氏とは!」
結実「あー!なすりつけたー!」
真子「でも気になるだろ、恋バナしようよ恋バナ!」
結実「ほ、他のみんなは無いの?そういうの。」
全員「無い。(陽至、結実除く)」
真子「仕事だけが立派な恋人よ。」
博政「コスプレしたときだけさ、人が寄ってくるのは……。」
大貴「ま、恋愛とかめんどくさそうで、興味ねえし。」
綾乃「結実一直線。」
珠「陽至一直線。」
陽至「綾乃ちゃんと珠は少し自重しようね?」
真子「ま、そういうことなんで、よろしく!結実ちゃん!」
結実「……うーん、陽至と違って、聞いても楽しくないと思うよ。」
真子「お、その調子だと、やっぱ順調じゃねえな?」
綾乃「聞きたい。結実の全部を知りたい。」
陽至「ねえ、綾乃ちゃんがどんどん怖くなっていくんだけど。」
博政「ま、悩み事とかあるなら、教えてくれよ。なんかできるかもしれねえし。」
大貴「そうそう。恋愛したことねえけどな!」
珠「頼りないのだ。」
大貴「何をー!」
結実「……ふふ、じゃあ、少しだけだよ。少しだけ。」

結実、深呼吸をしてから続ける。

結実「高二の時に、告られたんだよね。私バレー部で目立ってたからさ……その人、男子バレー部の部長やってて、まあ私ほどじゃないけど、バレー上手かったから、付き合ったんだ。」
真子「じゃあ……高二って何歳?」
陽至「17?」
博政「6年間か。長くない?」
大貴「好きあってんだな。」
結実「好き嫌いっていうよりは、得だったから。」
全員「……得?」
結実「うん。いい練習相手だった。」
真子「練習相手だったって。」
陽至「過去形……。」
結実「私の方がバレー上手かったから、バレーが嫌いになったみたいで。」
博政「待って待って。どういう練習してたの。」
結実「1対1のバレー対決。実践あるのみ!」
陽至「あー……。」
博政「それで負け続けるようなことがありゃ……。」
真子「心、折れるよなあ。」
大貴「いや、負け続けるのもダメだろ!向上心が無い!」
結実「そう、向上心が無かったんだ、彼。最初から、バレーに興味なんてなかった。」
珠「……どういうことなのだ?」
結実「大学卒業してから、同棲してるんだけど、バレーなんていい加減にやめろって再三言われるんだ。嫌だって言ったら、暴力とか振るい始めて……。」
真子「も、モラハラ!?」
陽至「それは駄目なやつだよ!?」
結実「だから、条件つけてもらったんだ。」
博政「『もらった』って……。」
結実「バレーで一度でも負けたら、全部やめろって。」
全員「はあ!?」
結実「……もうここまで言ったし、全部話そっか。」

結実、再び深呼吸するが、声は若干震え気味。

結実「……負けたんだよね、テンダース。それで私、バレーができなくなるって想像したら、嫌になって、重要なところでミスをした子を、その場ですごく叱った。それがね、彼にカメラで撮られてたんだ。」
綾乃「待って、じゃあ、あの炎上って。」
陽至「炎上!?」
博政「……ああ、噂には聞いてたが、マジだったか。ツイッターで大炎上ってやつ。」
結実「……私も頭いっぱいいっぱいで悪かったと思う。彼にやられちゃった。あの日から、市役所でこっぴどく怒られるし、テンダースに顔は出せなくなるし、帰れば彼が監視してて、バレーとは無縁の生活になっちゃった。負けちゃったんだ、私。」
真子「それ、凄く理不尽じゃない!滅茶苦茶よ!?」
綾乃「じゃあ、バレーボールチームの話は!?」
結実「……こっそりやろうかなって話だけど、そのうちバレちゃうだろうね。」
博政「別れればいいのに。」
結実「別れたいけど、彼の父さんが偉い人みたいで、それを理由に束縛されてる。」
大貴「おい、俺を連れてけ、殴ってやる。」
真子「アンタ!」
大貴「それこそ親のすねかじりってやつだろ!?自分じゃなく親の顔を借りて脅すなんて、人間じゃねえ!ぶっ殺してやる!」
綾乃「私も行く。」
珠「おい馬鹿男!」
博政「綾乃も落ち着け!」
結実「いいの。負けちゃったら仕方が無いんだ。貧富の差はどうしようもないし、勝てば官軍、負ければ賊軍ってね。あはは……。」
陽至「……違うよ。結実。それは違うと思うよ。」
結実「……何が違うんだろ。」
陽至「勝ち負けが、全てじゃないんだよ!!」

陽至、下手へ走っていく。

珠「おい、陽至!!」

珠も追いかけるように去っていく。

結実「……勝ち負けが全てじゃない、ホントにそうかな。」
真子「その、結実も必死だったのは分かるけどよ、ミスした子ってさ、何を考えてたんだろうね。」
綾乃「あの炎上を見る限り、負けたことを叱責する結実コーチへの批判が高まってた。じゃあ、あの子は?なにか言ってなかったの?」
結実「……ありがとうって、言われちゃった。」
博政「……叱ってくれて、ありがとうって?」
結実「うん。なんだかね、叱ってくれたことで、逆に楽になったって。あんな重要な局面でミスをして、自分のせいで負けて、中途半端に褒めたりされたら、トラウマになって二度とバレーできなかったって。」
大貴「それを伝えればいいじゃねえか。みんな分かってくれるって。」
結実「もう……遅いかな。」
博政「どうして。」
綾乃「……テンダースのファンクラブでも、非難の声は大きいの。」
結実「それに、世間体的に悪いじゃん。私の所為で、変な風評被害が出たりしてるのに。」
真子「……あー、思ったより胸糞だな。その彼氏ってやつ。」
結実「心配してくれてありがとう、でも……ね、もうこの話はやめよ?どうしようもないからさ。」
陽至「そんなことは、ない!」

下手から息切れぎれに陽至と珠が登場し、やけに汚いバレーボールを持ってくる。

大貴「陽至、どこ行ってたんだよ!」
陽至「パス!」

陽至、大貴にバレーボールを投げる。

大貴「うわ、汚えな!……え?2010年、十戸小学校、上野結実。」
真子「それって!」
綾乃「結実のバレーボール!?」

結実、そのボールを受け取って。

結実「……なんでこのボールが?」
陽至「そこ!そこの、銀行あったところの塀の裏!ずっとあったんだよ!このボール!」
結実「なんで?知ってたの!?」
陽至「うん!僕、何度もここに来てたから!」
結実「……空気もしっかり入ってる。」
博政「誰かが勝手に使ってたんじゃねえか?」
珠「運命の再会、なのだな!」
綾乃「……結実、バレー、一緒にやろう。」
大貴「お、いいなそれ!やろうぜ!」
結実「え、で、でも。」
真子「チーム分け、どうする?」
珠「珠は審判やるのだ!」
博政「あの頃みたいにさ、分かりやすく、男女で別れようぜ。」
綾乃「賛成。」
陽至「3対3だね!」
真子「点数は?14対14?」
大貴「オッケー!」
綾乃「じゃあ、結実。」
結実「え、えーっと……。」
陽至「そっちが先行でいいよ。」
大貴「女だからって、手加減しねえからな!」
真子「いつも負けてたくせに。」
博政「今日こそは勝ってやるからな!」
珠「さあ、始めるのだ!」
綾乃「結実、サーブ。お願い。」
陽至「さあ、来い!結実!」
結実「……。」

結実のサーブをキッカケに、バレーが始まる。ルールを覚えていなかったり、珠の審判にヤジが飛んだり、あらぬ方向にボールを飛ばしたり、サーブが入ったかアウトかで揉めたり、男子勢がボロボロだったりと、てんやわんや。ある程度ゲームが続き、結実にボールが回ってきたとき、結実がそのボールを抱きしめて。

結実「あはは、楽しい、楽しいな。すごく、楽しい、よぅ……。」

結実、その場で膝から崩れ落ちて、泣き始める。

結実「やだ、バレー辞めたくない。ただ、楽しくやりたいだけだったんだ。どうしてこうなっちゃったんだろ。勝ち負けなんて、本当はどうでもよかった。これだよ。こんなバレーボールを。やっていたかっただけなのに。」
陽至「……中学の時からずっと気になっていたんだ。どうして、そんなに勝負にこだわるようになったの?」
結実「……あの日、大事なものを色々と失って、父さんと母さんの表情が死んだ。怖かった。でも、バレーの試合で勝ったら、すごく喜んでくれたんだ。最高のプレゼントだって。お前がいれば、生きていられるって。ああ、勝ち続けなきゃ、笑顔を届けなきゃって、そう思い込んだら、私、こんなになっちゃってた。どうしたらいいかな。」
綾乃「私、なんでもできる。助けるよ。」
真子「ウチ、顔広いから、弁護士ぐらいなら紹介できるぜ?」
博政「SNSなら任せな、フォロワー多いからさ!」
大貴「殴り込みなら、俺がいるぜ!」
陽至「……そのバレーボール、きっと、ずっと結実を待っていたんだと思う。だから、自分の心に、正直になって。」
結実「うん……みんな、ありがとう、ありがとう……!」
珠「……月が、きれいなのだ。」
結実「うん……私、死んでもいい。」
珠「……それは月じゃなく、バレーボールなのだ。」
結実「えっ、あっ、やだ、ホント。」

一同、笑う。

【第八場:目色(陽至編)】

青色の照明。舞台前方には陽至が、舞台後方には他の全員が並ぶ。陽至の顔にスポットが当たる。

陽至「絶対に忘れない。そう思っていたはずなのに、気づけばぼやけている。あの日の思い出の中の色は曖昧に、いつしか僕は大人になっていた。文字通りの空虚とかしたアパート跡地、コーポ久時。県外で就職した僕は、実家に顔を出すついでに気まぐれでよく立ち寄っている。親父が言っていた。この場所は、大人の都合というやつで、完全に放棄されたんだって。頭では理解できても、未だに心では理解できない。何故なら、ここは僕の生まれ育った場所、十戸市揚拭3丁目6番地14号、コーポ久時3号室……。」

深呼吸。

陽至「空気の味や匂いは変わらないのに。時が経つのは早いもので、町も、人も、変わっていく。アパートの目の前にあった銀行は遠くの支店に合併され、好きだった焼き鳥屋も、駄菓子屋も、八百屋も、空になっている……僕の覚えている景色が混濁して、本当は、元からそこに無かったんじゃないかとも思えてきた……悔しいな。たしかにあったはずの記憶が、たった12年で、もう朧気なんだ。」

珠、前方へ。

珠「……黒は、黒のままか?否!黒は、暗いから黒く見えるだけなのだ!光を当てれば、必ず白くなるのだ!止まない雨はない!どんな夜でも陽はまた昇る!そしたら新たな旅立ちだ!」

SE『魔法』
七色が点滅してる間に全員、前方へ。地の薄明り。

全員「2011、3・11。」
綾乃「声の届く自分を。」
博政「強くなれる自分を。」
真子「夢を見た自分を。」
大貴「このままの自分を。」
結実「正直な自分を。」
陽至「……あの日の自分を。」
珠「さあ、皆の衆、聞いて驚け!今宵限りの宴、アパート跡地同窓会、いよいよクライマックス突入だ!!」

息を大きく吸い込む珠。

珠「色鬼をするのだーーーーーッ!!!!」

明転。全員が呆気にとられた表情。

陽至「い、色鬼?」
珠「最終手段なのだ!陽至が珠のことを珠だと思い出すための!
結実「あはは、そういえばそんな話だったね。」
珠「笑いごとじゃないのだー!そろそろ埒が明かないのだ!堪忍袋の珠の緒がブチ切れそうなのだ!!」
博政「落ち着け落ち着け……にしても、なんで色鬼?そりゃ、よくやってたけどさ、俺たち。」
大貴「おう、めちゃくちゃやってたな!でも、こんなに暗いと何も見えねえぜ?」
真子「しかも何もない、まっさらな空き地だしよ。」
珠「ふっふっふ……聞いて驚くがいいのだ。名付けて、思い出し色鬼!!」

SE『テッテレー』

全員「思い出し色鬼?」
綾乃「……どういうこと?」
珠「ルールは簡単!色鬼のルールはそのままに、11年前の景色を思い返しながら、ここにあれがあったなあ、こんな色だったよなあと確かめながらゲームを続けていくのだ!」
陽至「いやいや、そんなの覚えているもん勝ちじゃん。」
珠「適当なことを言われないために、しっかり審議タイムも設けるのだ。大丈夫、みんなの記憶の断片に、必ず残っているはずだからな。」
結実「いいじゃん、面白そう!」
真子「……ま、まずはやってみなきゃ、な。」
珠「じゃあ珠が最初の鬼になるのだ!スタンバイ!」

ここから色鬼が始まる。空虚の場所、コーポ久時を各自があちこち歩き回り、全員がイメージしながら、それを共有しながらかつてのアパートの姿を創造していく。

一回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
珠「……黒!」
博政「お、おう、黒と来たか。」
真子「いきなり攻めるねえ。」
結実「あっ、ハイハーイ!ここ!陽至のお父さんの車!」
博政「ああ、あったあった、インスパイア、だろ!」
陽至「うわあ、そんなのもあったなあ。」
大貴「ほら、『僕の父さんのインスパイア、いいだろ』。」
陽至「うわーっ、恥ずかしいからやめてくれ。」
真子「はい見っけ!大貴のチャリ!」
大貴「あ?黒だっけ?」
真子「なんで本人が覚えてねえんだ。黒だよ、補助輪着脱可能なやつ。」
結実「あったあった!中々乗れなかったよね、大貴。」
真子「実はこいつ、今でも乗れねえの!」
大貴「はぁー?別に乗らなくても生きていけるし!」
博政「じゃあ、ここらへんにあったかな。」
真子「……なにそれは?」
博政「ほら!野球の兄ちゃんの椅子!」
全員「ああ~。」
結実「6号室の兄さん!」
博政「そうそう!毎回甲子園に出場したことがあったどうだって話しかけてくる人!」
真子「今どうしてんだろうな。馬鹿みたいにそこで素振りしてたけど。」
大貴「いつもサングラスしてて、帽子被ってて!かっこいいアニキだったよな!あ、思い出した!黒いバランスボール!」
結実「あーよく遊んでたね。」
真子「結局あれ誰のものなんだっけ。」
全員「……。」
大貴「誰かの忘れ物だろ!」
博政「誰かの忘れ物で遊んでたなんて、すげえ胆力だな、俺たち。」
陽至「あ、分かった!黒!」
珠「おお!?」
陽至「表札の文字!」
珠「……はあ。」
真子「確かに黒だけどさ……。」
大貴「ナンセンスだぜ。」
陽至「なんで!?」
綾乃「……あ、私、残っちゃった。」
結実「じゃあ次の鬼だね!」
博政「頑張れ、綾乃!」

二回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
綾乃「赤。」
結実「私の自転車!」
真子「あ?水色じゃなかったっけ?」
結実「水色は小3まで!小4から赤だったよ。」
陽至「……ここに、薔薇の花があった!」
真子「ああ、あったあった!」
大貴「1号室のじいちゃんとばあちゃんが育ててた花壇!」
陽至「よく刺さってたんだよね、薔薇のとげ。」
博政「地味に痛いよなアレ。」
真子「大貴の虫かご!」
大貴「ああ!ズリぃ!」
真子「ずるくねえだろ!虫を捕ってくるくせに世話してんのは私だったんだぞ!」
大貴「あ、虫で思い出した!ミミズ!」
結実「み、ミミズ……。」
博政「確かに良く居たけど……。」
珠「ふっふっふー、珠はこれだにゃ!アキヨシのスコップ!」
陽至「……あれは赤というよりサビただけだけど。」
珠「細かいことは良いのだ!」
博政「……あ、俺かあ。」
綾乃「よろしく、兄さん。」
真子「できるだけ簡単なのを頼むよー!」

三回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
博政「オーレンジ!」
全員「オレンジ……?」
真子「難題じゃねえか!」
大貴「あ、俺分かった!ここに立てかけてあったよな、如意棒!」
博政「おお、答えてくれると思った!」
陽至「あれ、博政の手作りだったよね。」
真子「思い返せば、あの頃からすげえクオリティだったな。流石コスプレイヤーやるだけあるわ。」
真子「あ、分かっちゃったなあ!ハチの巣!」
全員「ああああああ!」
大貴「思い出しちまった。」
博政「あったな、スズメバチ大騒動。」
結実「コーポ久時の『ポ』のところにくっついてたんだよね。」
陽至「……でもあれって黄色じゃないか?」
綾乃「……一般的には、ハチの巣は黄色。」
珠「鬼さんいかが?」
博政「……黄色だろ。」
真子「ありゃ!お手付きかい。うーんこれは手厳しい。」
大貴「へいへい!かかってこいよ!」
真子「金棒がありゃアンタをぶってるところだよ。」

四回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
真子「悔しいから、黄色!」
綾乃「タンポポ。」
結実「フラフープ。」
珠「バナナ虫。」
博政「花壇にあったひよこの置物。」
陽至「駐車場の看板。」
大貴「フーン……ハァ?早すぎね!?」
全員「異議なし!」
真子「はい次アンタね。」
大貴「クソったれ。」

五回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
大貴「緑色!」
博政「簡単だな!フェンス!」
真子「アパートの裏の、物干し竿!」
結実「えっ?あれって私のところだけじゃないの?」
真子「あれねえ、みんな共通。」
陽至「大家さんからのプレゼントだった気がする。」
真子「結構長持ちなんだよねえ、軽いわりに頑丈だし、あれ便利だったわ。」
綾乃「……四葉のクローバー地帯。この辺り。」
全員「あったあった!」
博政「なぜかそこだけアスファルトはがれてて緑ボーボーだったんだよな。」
珠「アキヨシの玄関マット。」
全員「おぉ……。」
結実「確かに緑。」
陽至「さっきから思うんだけど、どうして珠が僕より僕のことを覚えているんですかね!」
結実「さあ、勝負!」
陽至「ええ!?緑……緑……。」
結実「うーん、緑……。」
陽至「あ!階段の色。」
全員「おお!」
真子「確かに!鉄骨だったな。」
博政「あ、でも殆ど錆びてたから、赤とか、オレンジになるんじゃね?」
珠「鬼さんいかが?」
大貴「どぅるるるるる……デン!緑!」
陽至「よっし!」
結実「あー、やっぱり陽至には敵わないかあ。」
大貴「次!よろしく!」
結実「うん、難題を出してあげる!」
陽至「ほ、ほどほどにね。」

六回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
結実「水色!」
全員「水色!?」
真子「あるか!?」
博政「パッと思いつかねえな。」
珠「……アキヨシの……うーん。」
陽至「なんで僕縛りでやってるの?」
綾乃「思いつかない……悔しい。」
結実「さあさあ考えて。」
陽至「……あっ、結実の母さんの車。」
全員「……ピンクじゃない?」
陽至「えっ。」
珠「お手付きなのだ。」
真子「水色は、1号室のおじいちゃんおばあちゃんだよ。」
陽至「嘘ぉ。」
結実「リベンジ完了!」
陽至「……いよいよ僕の鬼かあ。」
博政「そろそろ辛くなってきたな。」
大貴「マジで簡単なの、頼む!」
陽至「簡単な色って何があるんだ……うーん……よし。決まった。」

七回戦。

全員「いーろーいーろーなーにーいろ!」
陽至「青色!」
大貴「お前ェ!」
博政「さっき水色で苦心してたのに青はねえだろ!」
珠「どこまでもナンセンスなのだ。」
陽至「か、変えた方がいいかな。」
結実「やだ!ここで変更したら負けた感じある!」
綾乃「……私は分かった。朝顔。」
全員「おお!」
大貴「確かに、滅茶苦茶青かった!」
綾乃「多分、『宵の月』って品種。」
真子「さすが物知りだ。」
大貴「じゃあ、朝顔つながりで、ほら、持ち帰りさせられた、小学校の時の、朝顔の鉢植え。」
全員「ああ~。」
真子「種集めとかやってたな。」
博政「……俺の母さん、未だにあれ使ってるんだよな。トマト育ててんの。」
陽至「あ、僕の母さんもそう!」
結実「長持ちさせてるんだなあ……あっ!傘立て!」
博政「ああ、結実の部屋の玄関前にあった……って、あれこそ水色じゃないか?」
陽至「青、だったと思う。」
博政「青かあ。」
陽至「鬼さんいかがは無しですか。」
珠「どうせお人好しだから青でいいよって言うのだ。」
陽至「それは……そうだけど。」
大貴「青……青……。」
真子「青いものなんて思いつかねえよ。」
珠「山城兄弟、危機……!」
大貴「お前もだろ!馬鹿女!」
結実「頑張れ~。」
珠「ふふ、それじゃあお先するのだ!空!」
全員「空……?」
大貴「曇ってる時だってあるだろ!」
綾乃「一概に青とは言い切れないかな。」
珠「そんなの承知なのだ!でも、あの日の空は青だったのだ!」
博政「あの日って?」
珠「2011、3・11。」
全員「……。」

全員の動きが止まる。

珠「さあ、次は珠の鬼なのだ。」

陽至と珠以外の全員、舞台下手へとハケる。

陽至「えっ、みんなどうしたんだよ!」
珠「陽至。」

珠の声に振り向く陽至。

珠「珠からのプレゼント、アパート跡地同窓会、どうだったのだ?」
陽至「え、えーと……驚いたことばっかりだったけど、楽しかったよ。」
珠「……それだけか?」
陽至「いや……互いに、久々に会えたことで、みんなの雰囲気が変わった気がする。それに、色鬼。だんだんコーポ久時のことが思い出されてきて、色がさ、鮮明になってきて……珠のおかげだよ、ありがとう。」
珠「……それだけか?」
陽至「え、えーっと、他になんかあったっけ?」
珠「バカァ!!!!!!!」

膝を抱えて座り、地面に「の」の字を書き始める珠。

陽至「……え、えーっと、ごめんね鈍感で、えーっと。」
珠「珠はな!!!」

不服そうにしながらも立ち上がる珠。

珠「珠はな、ノスタルジーに浸ってるアキヨシに、プレゼントをしたのだ。でも、それだけじゃない!ここまでやってまだ気づかないのだ!?」
陽至「え……?」
珠「……これで最後にするのだ。珠が鬼、これで最後。」
陽至「最後って。」
珠「もう、気づかなければ気づかないでいいのだ。でも、信じているのだ。珠のことを思い出してくれるって。」
陽至「……。」
珠「さあ、フィナーレ!いろいろ!なにいろ!黒!」
陽至「黒……。」

考え込む陽至。思いつこうとするが、それは珠とは関係ないと感じ、首を振る。

陽至「あれだけ僕のことを知っていたんだ。身近な人だったはずなんだ。」
珠「……。」
陽至「元4号室、黒井珠、仲良し、インスパイア、車、鯖缶……鯖缶……。」

陽至、ハッと驚き、珠のほうを向く。

陽至「……どうして忘れていたんだろう。なんで忘れてしまったんだろう。珠、君は!!」
珠「ファイナルアンサー!」
陽至「……野良猫。黒猫のタマ。車の下で、よく眠っていた。」
珠「……ずっと待っていたのだ。遅すぎるのだ。」

紫の照明。珠、その場に座り込む。

珠「珠はな、4号室の家族の捨て猫だったのだ。確か、3歳の頃だったのだ。
陽至「3歳……。」
珠「だから、4号室に誰もいなかった、というアキヨシの認識もしょうがないのだ。3歳のアキヨシが覚えてるとは言い難いしな。ちなみに生まれ年はアキヨシと一緒……4年ぐらい彷徨ったのだ。でも、どこにも家族は見つけられなくて、ここに戻ってきた。その時、近づいてきて、珠という名前を付けてくれたのが、陽至だったのだ。」
陽至「うん。覚えてる、小一の頃。父さんと母さんに飼いたいって言って、ダメって言われちゃったから、こっそり餌をあげてた。」
珠「餌にしても酷かったのだ。鯖缶はしょっぱい。猫に食わせるものじゃないのだ。」
陽至「それは、ごめん。何も分かってなかったから……。」
珠「でも、陽至のおかげで、灰色だった世界が色づいたのだ。陽至が、コーポ久時のみんな、珠を繋げてくれた。結実っち、馬鹿男、真子っち、ヒロっち、綾乃っち、1号室のおじいちゃんとおばあちゃん、6号室の野球の兄ちゃん。温かかった。冷たい世界だけじゃないんだって、気づかされたのだ。」
陽至「……。」
珠「恩返しみたいなものだ。2011,3・11。あの日、みんなが散り散りになっていった、みんなの色が、くすんでしまった。でも、知ってるか?あの、大きく揺れた日、空の雲は晴れて、虹ができていたのだ!にゃにゃいろ!」
陽至「……全然知らなかったな。あの日は、自分や家族のことで、色んなことで、頭がいっぱいだった。」
珠「ここから見るには、とても小さい虹だったのだ。でも、珠は、綺麗だと思った、ずっと見てた。この世界は、綺麗な色で沢山なのだ。だから、色がくすんでしまったみんなに、あの日の色を、みんなの色を思い出してほしいと思ったのだ。」
陽至「……そういうことだったんだ。」
珠「……アキヨシが、ここに来てくれたから、コーポ久時を忘れないでいてくれたから、やっとできたのだ!嬉しかったのだ、本当に嬉しかったのだ……。」

珠、伸びをしながら立ち上がる。

珠「……さて、ミッションも達成されてしまったし、成仏しても損は無いのだ!」
陽至「えっ、成仏って。」
珠「珠は、本来なら15歳の頃に死んでいるのだ。今までの珠は、地縛霊?というやつなんだろうな!じゃあな陽至!虹の橋でまた会おう!」
陽至「待って!」
珠「えいにゃあっ!」

SE『魔法』

陽至「珠!!!!!」

照明が、赤色、橙色、黄色、緑色、水色、青色、紫色と目まぐるしく変わっていく。舞台上手へとはけていく珠に手を伸ばす陽至、その手は届かず、暗転。

【第九場:七色。】

朝、鳥が鳴いている。珠以外の板付き、明転。全員寝転んでいる。起き上がる陽至。

陽至「珠!!!」

陽至、珠を探すが見当たらない。

陽至「珠、珠はどこ!?」

全員、起き上がる。

大貴「ふぁ……なんだなんだ。」
陽至「大貴!珠は知らないか!?」
大貴「……珠?」
陽至「ほら、元4号室、黒井珠!いただろ!?」
大貴「……何を言ってんだ?」
結実「寝ぼけてるの?4号室って、誰もいなかったじゃない。」
陽至「えっ!?じゃあ、同窓会の主催は!?」
真子「主催……アキヨシでしょ?」
陽至「え、僕が?」
博政「嘘だと思うならスマホ見てみろよ。」

陽至、スマホを確認する。既に圏外ではなく、LINEを確認すると確かに自分が呼んだことになっている。

陽至「……ほんとだ。」
綾乃「……夢でも見たの?」

頬をはたく陽至。

陽至「夢なんかじゃない!じゃあ、じゃあさ!みんあ昨日何やった!?覚えてる!?」
綾乃「……陽至、混乱してる。」
博政「なんかよく分からんけど、それじゃあ、順を追って整理するか。」
真子「同窓会始まって、飲んで……。」
大貴「十戸式自己紹介かまして……。」
博政「つまみ買いに行って……。」
綾乃「結実とアキヨシとちょっと三人になって……。」
真子「大貴が迷子になって……。」
博政「その後は、恋愛トークになって……。」
結実「……バレーをやって……。」
全員「色鬼をした。」
陽至「そこに、黒井珠って子が、居たはずなんだ!」
大貴「……あれだ、夢の話とごちゃごちゃしてんだな!」
陽至「そんなことは!」
結実「……たしかに、何か忘れた気がする。でも。」
綾乃「大事なものを思い出した、気もする。」
真子「……アキヨシのおかげだな!ありがとうよ、今日誘ってくれて!」
博政「ああ、久々に楽しかった。さて、片付けなくちゃな!」
陽至「……うん。」

昨日の話をしながら片づけを始める一同。そこに黒井珠の名前は出てこない。片づけがあらかた終えたところで。

博政「あ?鯖缶なんて買ったっけ……。」
陽至「……僕かな。貰っとくよ。」
博政「おう。」

全員が、ここから心情を吐露していく。

博政「……俺さ、コスプレも好きだけど、自分も出せるように、頑張るよ。」
綾乃「うん。私ももっと、頑張って話す。」
真子「ウチは、そろそろ独り立ち考えようかね。」
大貴「えっ、聞いてねえんだけど。」
真子「そこは、後でな。」
大貴「……ま、いいけどよ、俺は、俺だな!今のまま一直線で、もっと強くなるぜ!」
結実「……私は、勇気出してみるよ。バレーも、諦めない!」
陽至「そのボール、持って帰るの?」
結実「……。」

結実、陽至にボールをパスする。

結実「陽至に任せた!」
陽至「えっ?」
綾乃「ずるい。」
結実「また会えたとき、返してよ。」
陽至「……うん。結実も、みんなもありがとう。ずっと燻ってたんだ、コーポ久時のことが、思い出せなくて。色鬼、ホントに楽しかった。」

雨が降ってくる。

大貴「あ、雨!」
真子「傘なんて持ってきてねえぞ!」
綾乃「たまには濡れるのも、悪くない。」
結実「雨にも負けず!ってね!」
博政「さて、どうします?主催者様!」
陽至「え、えーと、本日はお日柄が悪く……。」
真子「堅苦しい!」
大貴「雨降ってんだって!」
陽至「それじゃあ、お開きです!今日はみんなありがとう!一本締め!いよおっ!!」

全員で、一本締め。

真子「それじゃ、先行くわ!今日も仕事じゃクソが!」
大貴「あ!?仕事だっけ!?」
真子「ボケてんじゃねえ稼ぎ頭がよ。」
大貴「力が必要なら、いつでも呼んでくれよな!結実、彼氏に負けんなよ!」
結実「うん!ありがとね!」
陽至「気を付けて!!」
大貴「裏道からいこうぜ、そっちが近い!」
真子「お、いいねえ!じゃ、またな!」

山城姉弟、上手へハケる。

博政「……それじゃ、俺たちも帰るか。」
綾乃「うん。」
陽至「コスプレイヤー、頑張って!」
博政「おうよ、役者さん。またあとでゆっくり話しような。」
結実「綾乃ちゃん!」
綾乃「……うん!また!!」

鈴木兄弟、下手へハケる。

結実「絶対だからねー!!」
陽至「……。」

最後に残った二人。

結実「陽至は?」
陽至「……もうちょっといようかなって。」
結実「……そっか。じゃあ、私が先だね。」
陽至「……そうなんだ、あの日と一緒。」
結実「そうなっちゃうね。でも、全然気持ちは違うよ。」
陽至「……それなら良かった。」
結実「……別れたあと、どうしよっかな。陽至、付き合う?」
陽至「冗談でしょ。」
結実「冗談じゃないかもよ。」
陽至「……考えたことはあるよ。結実と一緒になるっていうのは。でも、違うと思った。」
結実「……考えてくれたことはあったんだ。」
陽至「結実は?」
結実「……あるよ。でも、全く同じ意見でした!あーあ、引き分け!」
陽至「何より、多分一緒になったら、綾乃ちゃんに刺される。」
結実「えーっ、綾乃ちゃんはそんなことしないよー。」
陽至「あはは……いや、刺されるな。」
結実「……まあ、私たちの関係って、それでいいと思うんだ。互いに幸せになっていればいいの。幸せになってなかったら、『何やってんだー!』って叱れる関係。」
陽至「うん、僕もそう思う。」
結実「親友以上恋人未満ぐらいの繋がり。」
陽至「それは、ちょっと際どい気がする。」
結実「際どいかー。」

笑い合う二人。

陽至「なんか……いいね。」
結実「何が?」
陽至「巣立ち。」
結実「……いざさーらばーって?」
陽至「ああ、懐かしいな。」

陽至と結実のラフな二部合唱。
村野四郎作詞、岩河三郎作曲、『巣立ちの歌』1番。

結実「……楽しかったよ、本当に。アキヨシと会えて、みんなと会えて、良かった。」
陽至「大げさな。永劫の別れってわけじゃないんだから。」
結実「……また、会えるよね!」
陽至「……会えるよ。必ず!」
結実「……うん!それじゃ、恥ずかしくない人生を歩まなきゃね!」

結実、ウォーミングアップを始める。

陽至「えっ?もしかして走って帰るの!?」
結実「そうだよ!」
陽至「そうだよって、雨なのに!?風邪ひくよ!なんなら車乗せていくけど。」
結実「要らない!雨に負けちゃったら、あの男にも勝てないってね!」
陽至「……あはは!結実らしいや!」
結実「陽至こそ、風邪ひかないようにね!」
陽至「ああ!それじゃ、気を付けて!」
結実「……うん!!」

結実、ハケる。一人になった陽至、珠の居た場所に鯖缶を置く。

陽至「……ありがとう、珠。また来るからね。」

陽至、正面を向いて。

陽至「いーろいーろーなーにいろ!」

駆けてくる珠。

珠「えいにゃあ!!」

SE『魔法』
雨が止み、空に大きな虹が浮かぶ。エンディング曲が流れる。コーポ久時の同窓会が登場し、それぞれの場所で立ち止まる。

結実「あっ、虹だ!」
綾乃「虹。」
博政「え、ホントだ!虹!」
真子「お、虹じゃん!」
大貴「でっけえ虹!」
陽至&珠「……七色/にゃにゃいろ!!!」

一同、再び歩き始める。

終幕。

いいなと思ったら応援しよう!