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風薙ぎの山城

プロローグ


 まさか自分がここまで地域史に魅入られることになろうとは……Kは図書館で目的の本を探しながら考えていた。決して地域文化というものに全く関心の無い生き方をしてきたわけではない。地域文化やら地域振興やらの名を冠する大学学部を卒業するぐらいには、ある程度の興味や専門知識は醸成されてきている。そんなKが、特段お世話になったわけでもない、別に生まれ育ったわけでもない、移り住んでたった1年しか経っていない、そんな地域の地域史に溺れていたのである。
 きっかけといえば、おそらく市民劇に参加したことであった。この町の市民劇というのは、地域の歴史や偉人をベースにした作品を上演している。この偉人というのは、どうも地域産業にも積極的に取り入れられているようで、「この町ではその名を知らぬ人はいない」というぐらい、メジャーな人物らしい。Kは端的に、演劇したいからという、ただそれだけで参加した。
 歴史をベースにした舞台というものを、硬派で堅苦しいものしか観たことなかったKにとっては、どうして、これがとても楽しい。作品の下地について調べる癖があった彼は、すぐに図書館に向かったーーー沼に落ちるまで、そう時間はかからなかった。

瀧昇のはじまり

 九戸政実。豊臣秀吉の天下統一の最後の布陣『奥州仕置』に歯向かった、みちのくきっての勇将。もちろん彼は凄く魅力的だ、三国志演舞のようなロマンが詰まっている。Kにとっては大好物なジャンルだが、それよりも目に留まったものがあった。
「九戸の乱、前哨戦、姉帯城……。」
 彼は隣町の、車で15分の職場に通っており、その町にある史跡に惹かれたのだ。姉帯城主の姉帯兼興、その妻にして薙刀の名手小瀧御前、棒術の名手小屋野……彼らが豊臣秀吉の奥州仕置、蒲生軍に対して孤軍奮闘したというものである。ある程度は脚色されているだろうが、百倍以上の兵力差で果敢に戦ったというのは凄くカッコいい。
 ここで彼は、職場の先輩のつぶやいていたことを思い出していた。
「この町でも、なにかできないかなぁ。」
 ……Kが芸術祭の文芸部門で受賞したことを報告した日だった気がする。しかし、歴史モノを書くなんて経験した事は無いし、それこそ市民劇を書いてくださっている脚本家に笑われかねない……いや、やめておこう!自分はこの町の生粋の民ではないのだから、下手に書いてしまったら批判を浴びる、さらにはその偉人に呪われかねない。

 そんな心は、わらび座の『北斎マンガ』に、あっという間に砕かれた。歴史モノなのに衣装も言葉もまるで現代風、ああ、これでいいのか、凝り固まった無理の意識が、解かれた瞬間だった。後光が差していた。大学時代のサークルの大先輩が出演していた、舞台が一層輝いて見えていた。
 北斎マンガのテーマもあって、創作、今やらねばならない、書かねばならないという強い衝動に駆られ、家に帰ってすぐパソコンに向かったのだった。

 北斎先生、ありがとう。

アポをとる。

 ある程度書ききったものの、ネットや文献をナナメに浅く捉え、史実というよりは史実ベースの、ある種の二次創作に落ち着いた。簡単なあらすじはこうだ。

『小瀧姫には、サトという幼馴染がいた。彼らは赤屋敷平八という師匠をもつ、不殺にして心を穿つ薙刀流『赤屋敷一心流』の継承者であった。しかし二人は、奥州仕置軍と衝突の後、落城し逃げ落ちた相ノ山で生涯の別れとなる。小瀧の願いで、彼女の薙刀を継いだサトだったが、戦う気力は微塵も残っておらず、近くの村で小龍先生として、淡々と暮らしていた。そんなある日、隣村の盗賊団襲撃の噂を聞き……』

 棒術の名人小屋野や、奥州仕置軍の大将蒲生氏郷の甥蒲生氏綱、九戸村のオドデ様など、彼は我ながらユニークな物語になったと自賛していた。実際、姉帯城址の調査はそこまで進んでいないらしく、歴史についてもまだ未知数な部分が多い。そのため、妄想でも書きやすく、あっという間に仕上がっていた。
 それでも、地域について書くなら専門的になるべきだ、実地に赴くべきだと考え、早速町役場に電話した。同行して頂ける、専門知識を持つガイドを求めたのだ。そしてどうやら役場のN氏という方が調査に深く関わった方らしいので、そのまま繋いで頂いたのは良かったものの、

「……うーん、僕よりも世界遺産課に頼んだほうがいいかもね。」
「あ、そう……ですか?」
「別に僕でもいいんだけど……うん、ガイドとかなら世界遺産課に聞いてみて。そっちのほうが早いから。」

 どういうことかといえば、恐らくKの知識が浅すぎたのだ。具体的にどれが知りたいというのが無く、全体の解像度を上げたいという話だったので、専門的な話でなければ観光振興に力を入れる世界遺産課の方が適任なのだろうと思われたのだ。初対面(電話)ででしゃばってしまったと少し後悔した。

「はい、世界遺産課のYです。」
「あっ、Yさん、お疲れ様です。Kです。」
「おや、K君、どうしました?今日は休みだったよね」

 Kは役場づとめではないが、役場との関わりが深い職場だったので、Y氏とも顔見知りだった。少し気が楽だった。

「(省略)……ということで、ガイドをお願いできればと考えておりまして。」
「いいですよ。ただ……虫は大丈夫?」
「虫。」
「多分ハチアブが凄いよ。」
「…………大丈夫です!!ではその日によろしくお願いします!!」

 虫が苦手なKが一人で、執筆のために実地調査の協力をお願いした、人生初の瞬間である。

風薙ぎの山城

「……暑くない?」
「だ、大丈夫です。」

 7月某日、役場の車に乗せられて、KはY氏と共に姉帯城址へと向かった。30℃ピークの猛暑で、長袖長ズボンの服装だったので、とても暑苦しい姿に見えただろう。彼ができる最高の虫除け対策だった。

「ここを入っていくんだ。」
「えっ、すごい場所にあるんですね……」

 車一台が限界な、タイヤを1ミリでもずらしたら落ちるような山道を、慣れたハンドルさばきで登っていく。窓からハチアブが当たり前のように入ってくるが、Y氏は気にする様子がない。Kは平静を装いながらも、心臓が爆発しそうな緊張感だった。

「……結構こうやって、ガイドしたりしてるんですか?」
「うーん、滅多にないね。K君のような物好きだったり、県外からそれなりに。」
「県外から……あっ、城巡りさんとかですかね。」
「それもあるけど、全国各地の姉帯さんがここにやってくるんだ。」
「えっ、全国各地にある苗字なんですか?」
「うん。全国の姉帯さんが、自分のルーツがここにあるんだってやってくるんだよ。交通の要衝というのは伊達じゃなかったのかもね。」
「ああ、そういえば、姉帯兼信の子供が秋田に逃げ延びた説もありましたね。」
「そうそう、発掘調査でも、普通ここにはないだろうものが見つかったり……貿易の要所でもあったのかもしれないね。さて、到着だ。」

 少し開けた場所に停車した。外に出ると、樹木が不規則に立派に並び、無数のハチアブがあちらこちらを飛び回っている。そこからさらに結構な坂を登っていく。すると実に日当たりの良い野原『西の郭』にたどり着いた。不思議と涼しかった。Y氏が看板などを頼りに丁寧にガイドしてくれる。野原の奥の方にある小屋には、一冊のノートが置いてあった。いわゆる来訪者が記録していくノートなのだが……

「本当に姉帯さんたくさんいますね……えっ!?鹿児島!?」
「ね、色んなところから来てるでしょ?」
「……言ってしまっちゃ悪いですけど、こんな辺鄙な場所に、ほんとに来る人いるんですね。」
「そういう性格の血筋なのかもしれないよ。」
「……姉帯氏の性格、ですか。」

 文献を読む限りは、九戸氏に押し付けられる形で、身内だから断りきれずやむなく戦ったという印象があった。そんな理由ではなく、ただ単純に仁義に厚い人だったのかもしれない。

「わりとこの一辺、姉帯の土地って、日当たりがいいですよね。きっと村も栄えていたのでしょうか。」
「まあ、そもそもこの町が農業に適しているというのはあるね。ここら姉帯は平坦な場所だし。他の場所だと高原野菜だったり、色々。」

 その他様々なガイドを受けた後、堀を見ることにした、実際に登り降りをしてみるが、かなりの高さで、降りるだけでも息を切らしてしまった。

「これ、上からは見晴らしいいですけど、下からだと地獄ですね。伏兵戦術が効くわけだ。」
「これに秀吉の軍はやられてたんだよ。それに大軍だろ、こんな狭い堀だと詰まる詰まる。」
「……そりゃ焼きたくもなりますね。前哨戦というわりに、奥州仕置軍にとってコスパ悪すぎやしませんか?そもそも、奥州街道からこの場所、だいぶ離れてますし。」
「それは確かに。でも、見せしめにするとか、背後をとられないようにとか、色々事情があったのかもしれないね。」
「……仮に見せしめだったとしたら、凄く性格悪いですね。蒲生軍。」
「蒲生氏郷は名君だってよく言われてるけどね。」
「じゃあ……甥のほうだったり?」
「うーん……そもそも、姉帯の歴史はまだ全然はっきりしてないからね。君の言ってる蒲生氏綱や棒術の名手小屋野が本当に存在したか確証はない。あくまで文献に残ってるからそうだったんだとしか言えない。小瀧の薙刀の師匠が当時の天皇の付き人だった赤屋敷平八だったという話もあるがこれも存在の確証はない。そもそも天皇がこんな場所に来るなら目立った記録が残るはずなんだが……ぶっちゃけた話、僕もよく分かってないんだ。そもそも……こんなに樹木や草が生い茂る場所で長物の名手ばかりなのは、ちょっと不自然に思えてしまうね……。」
「言われてみると、確かに……。でも、だからこそ長物が上達しそうな環境でもありそうですけどね。この町の薙刀のルーツはここにあるんですよね。」

というのも、この町では薙刀を推進しており、全国大会で成績を残す優秀な人材を輩出している。薙刀のルーツが姉帯城の小瀧御前にあると、よく言われていることだが……。

「そこは、ちょっと、実はグレーな話でね……。」

 割愛。まあ、察している人は察しているのだろうが。KもY氏も苦笑いするしかなかった。他は未整備だということで、全てを回り切ることはできなかった。最後に、姉帯城の戦没者供養塔に案内された。二人で並び、合掌。一通り見終わったからと、車に戻り、帰路へつく。狭い山道を通り、Y氏の粋なはからいで姉帯の他の土地をぐるぐる回ることにした。この町に関わり深い偉人の話や、不自然な立地の神社、仕事の話など、詳しくは語らないが、実のある賑やかな話をしていた。Kの5ページに渡るメモが真っ黒だった。

 Y氏と別れた後、Kはよく分からない気持ちに押され、一人で再び姉帯城址へ向かった。ハチアブはもはや気にしていなかった。あの野原ーーー西の郭の中心に立った。

 城を背にして、風を薙ぎ舞い踊る、二人の姿がはっきりと見えたのだ。

おまけ

その1
K「見てみぬふりしてましたけど、ごめんなさい。この靴、なんですかね……」

 駐車場と書かれた看板の足元に、謎のスポーツシューズ一組が放置されてあるのを目撃した。草木のよく生い茂る山中なので……したくもない想像が脳をよぎる。

Y氏「考えないようにしようか……。」

その2
 Kは困惑した。棒術名手小屋野が実は女性だったのではないかと思い始めたのだ。Kに歴史は分からぬ。しかし百合というジャンルについては人一倍敏感であった。

K「まって、タキちゃんとサトちゃんの間に挟まる百合……コヤちゃん……ってコト!?おタケさんも百合……!?脳が壊れる、やめよう、考えないことにしよう。いいか、小屋さんは男、小屋さんは男、小屋さんは男………………。」

その3
 色々な人に作品読んでもらった感想の抜粋である。

「大きい舞台でやれたら楽しいだろうなあ」
「市民劇でやればいいじゃん!コレ!」
「勿体ないなあ……これ、やってほしいなあ……」

 Kは困惑した。

「僕が一番やりてえですよ!!!!!!!!!」

※一部脚色している箇所がございます。

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