無人天皇

ブンゲイファイトクラブ(BFC) http://dog-and-me.d.dooo.jp/bfc001.html
にエントリーしたものの舞台に立つこと能わず果敢なく散る。
かくなる上は観客席からチルアウト。
を許さない激戦に骨ごと消し炭にされてしまうのを楽しみにしています。
ラッパーだからリリックで勝負!と思ったもののクソみたいなリリックしか書けずこれは攻めというより逃げだなと思い直して〆切当日に書いた色々甘い小説を供養がてら上げておきます。
感想頂けたら嬉しいです、精進します。押忍。

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「国民、朕をすこ、、れよ……!!」
 いつものように天皇が画面に現れる。ボブを七色に染めた髪型を称えるコメントが一秒間に百件ずつ増えていく。天皇こんちゃ。今日もかわいい~。髪色変わってる! 今度のライブいつですか?
「国民ありがとー。人権も肉体もないのにこんなにすこってもらえて朕うれしみ~!」
 バーチャル美少女に受肉することで誰でもアイドルになることができる、と一部の「弱者男性」たちが気付き出したことが、この国の国民の倫理観を一段階引き上げることとなった。即ち、不可能、でなければ無意味と思われていた「承認の制度化」が成し遂げられたのだ。バーチャル美少女に受肉した弱者男性たちは、生身の肉体では決して得られなかった承認を、VR空間においてほぼ無際限に享受した。しかしそれは〈本当の自分〉を認められたことにはならない。所詮は虚構ではないかと嘲笑されたのも今は昔。言語によって現実を認識している、というより言語によって現実認識を司られている人間にとって、現実と虚構の区別というのはそもそもそれ程厳密に付けられるものではなかった。それが嘘であろうが何だろうが「好きだよ」と言われれば人は嬉しいのだ。そしてどんな言葉も、究極的にはその真性を客観的に確かめる方法はない。信じるしかない、ということであれば、画面を開く度に目に入る「好き」の文字が自分を否定していると、この世界に自分は拒絶されていると信じることの方が無理があった。その上、加速度的に発展したVR技術は物理的にも現実と虚構の区別を曖昧にした。VR空間において人は所謂アニメ絵的にも写実的にも自らの身体をデザインでき、任意の声を選ぶことができる。そしてデバイスによって精密に刺激される触覚を通じてセックスをすることもできた。
 このように〈現実〉の持つ絶対とも思われた覇権がいとも容易く揺らがされてしまった結果、セックスの機会は事実上平等となり、それに伴い社会のジェンダー観も急速に変化した。人々が身体を言葉へと還元しつつある中で、天皇もまた肉体を失うこととなった。
「今日は朕の仲良しのお友達を紹介したいと思いま~す。ええと、国民も知ってるかな? 先月デビューしたばかりのチューバーの、迦賀美神ちゃんです!」
 僕は自室のPCに備え付けられたカメラに向かって視線を動かす。すると画面の中のカガミカミのアバターの右手が動く。
「こんにちはー! 迦賀美神です。今日は天皇ちゃんにお呼ばれしましてね、お邪魔したいと思います。国民の皆さんよろしくお願いします~!!」
 天皇の正体は一体誰なのか。そんなことはもう誰も気にしなくなった。僕のように中の人が居るのか、それともAIによる人格のコスプレで作動しているのかは公表されていない。かつてその肉体をもって有人天皇を演じた天皇家の人々も今や国民の一人として市井での生活を謳歌している。誰もが好きな時に好きな相手に承認されることが可能となった、と言うよりも相手に見せる自己像を任意に調整できる以上「好きな相手」を選ぶ必要がなくなった、誰に承認されるかということは問題ではなく選ぶこととも選ばれることとも無関係に承認が自律した社会においては人々の〈象徴〉に対する需要は極端に低下した。そして人々は気付いた。天皇というのは日本のアイドルだったのだと。だったら本物のアイドルにしてしまえばいい。そしてアイドルには必ずしも肉体は必要でない。我々の技術社会は既にアイドルのアイドル性そのものを具象化する術を手に入れている。そういう訳で誕生したのが無人天皇だ。運営は民間の一芸能事務所に任されているが、憲法上は未だに日本国の象徴として機能している。
 堪らないな、と思う。象徴を欲するのはつまり、自らの実存を誰かに肩代わりしてもらおうという欲望だろう。有人か無人かということが問題の本質じゃない。むしろ無人天皇になったことによって、その象徴的機能はいよいよ純化された。僕はそういう態度は生物として不誠実じゃないかと思う。勿論この技術社会に暮らせばこそ、生まれつき右腕のない僕もVR空間で天皇と握手したり、画面の向こうの国民に手を振ったりすることができる。
 だけど、僕が本当にしたかったのは自分の手で何かを掴み取ることだ。象徴なんかに頼らずに、僕が生きているという実感をすべて、その蹉跌も栄光もこの身に引き受けることだ。
「じゃあ今日はね、せっかく来てもらったんで、朕と二人でクッキングをね、してみない? してみよ!」
 僕に笑顔を向けた天皇の顔が徐々に粗い画素に分解されていく。天皇の首を掴んだ僕の右手からは白い光が放たれている。どしたの、天皇? カガミカミ何やってんの大丈夫?? え、何これ事故?
 僕の右手はしっかりと天皇を掴み、そして葬り去った。これが僕の求めた現実感だ。僕は満足してデバイスを外す。
 そして右手を見た。

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