『夫にちんぽが入らない』
「え、ちんぽ生えてきた」
「マジで?」
「マジで」
こうくんに、私は夫をこうくんって呼んでるんだけど、朝っぱらからパンツを脱いで突如として生えてきたご立派なイチモツを見せ付けてやる。
「マジだ」
「マジでしょ、やべえ」
「アキちゃんもしかして男だった?」
ちがうよ、昨日まで生えてなかったでしょと言いながら私は生えたてのちんぽの亀頭を親指の腹で撫でてみた。じん、と心の奥深くに触れられたような気がしたけどそれは単なる身体感覚なのだ。と思うと、男の人が恋のつもりがセックスしていたり、セックスのつもりが恋してしまっていたりするのもなんとなく分かる気がした。
「ねえ、ちょっとさ、今日は会社休んで、こうくんの中に入ってみたい」
結論から言うと、夫にちんぽは入らなかった。別にこうくんのケツの穴がめちゃくちゃ小っさいってことじゃなくて、こうくんの穴には目に見えるなんらかのフィールドが発生していて、私の立派なちんぽは侵入を阻まれた。アニメとかでよく見る系のやつ。だけどCGじゃない。ていうかケツの穴はプロジェクタじゃないんだからそりゃそうだよね。夫のちんぽが入らないより、夫にちんぽが入らない方が惨めだと思う。ごめんわかんない。夫にちんぽが入らない悲しみを知っているのは多分この世界に私一人、居ても三人くらいのものだろうと思うし、そもそも人の悲しみなんて比較できるものではないから、夫のちんぽが入らないことと夫にちんぽが入らないこととのどっちがより惨めかは私には判断しかねますすみませんでした。
「え、つまりなに、ストレス的な?」
「ストレスでちんぽ生えたりする?」
「いやわかんないけど」
「ていうかこうくんこそなんなのこのフィールド?」
いや俺に聞かれても、と言っている間もフィールドはその出力を強めているようだった。ついさっきまで半径30cm程だったものが、この十秒足らずで半径一メートル程に拡大してしまった。
「ねえこれ、やばいよ。壁とか突き破るのもしかして?」
「さすがにそれはないっしょ。ていうかないと思いたい、家なくなったらやだし」
というこうくんの危惧は辛うじて免れたが、その代わりこうくんはひねもす一日ベランダ越しに商店街を眺めて暮らすこととなった。フィールドは半日も経たずに地球を一周して、世界を二分してしまった。北と南とか東と西とかそんな分かり易いものじゃなくて、強いて言うなら北東と南西を貫く線によってやや北側とやや南側に。私はというと、せっかく生えたちんぽに外形的な変化は見受けられない。けれど試しに擦ってみたら白い液体を吐き出したので、多分これは精液だ。と思うんだけどどうだろう。もしかしたらこの液体にはフィールドを溶かす作用があるのかも知れないと思って手当たり次第に塗り付けてみたけど今のところ効果は見られない。はぁ、参ったな。
「ねえ、なんか食べたいもんある?」
私はマンションの入口前から二階のベランダに向けて叫ぶ。この商店街は〝やや北〟側に属している。フィールドは物理的なものであることは間違いないらしく、こうくんはお尻をやや南側の世界に向けたまま、やや北側の世界の景色しか見れなくなってしまった。
「おでん、買ってきて」
「いいけど、汁こぼれちゃうよ?」
「なんか袋入れてさ、口きつく縛ってよ」
私のちんぽに変化が訪れたのは世界が二分されてから、つまりこうくんがベランダを眺めるだけの暮らしを始めてから三年程経った頃だった。その頃には私はすっかり男の子のオナニーの味を覚えていて、暇があれば右手で亀頭を弄ぶようになっていた。その日も初稿を送ってパソコンを閉じて、こうくんの尻を見ながら真っ昼間から一発抜こうとパンツを下ろしたら、やや、私のちんぽが馴染みのない形に変化していた。え、ちんぽ? ちんぽだよね君?? 明らかにそれは人の手によって握られるべき形状をしていた。つまり、取っ手? っていうとなんか傘っぽいな。そうじゃなくてもっとこう、痺れちゃいそうなやつ。えぇっとつまり柄だ、剣の、柄。もしかしてこれ握っちゃって、試しに引いてみちゃったりすると、何かこう光の剣的なやつが私の股から出てきたりして、それでこのフィールドを真っ二つに切り裂けちゃったりする的な?
好奇心旺盛な私は期待を期待のままに膨らませることが苦手だ。何かを育てるとかが向いてない。もうなんか、目にした瞬間に結果が欲しくなる。一番好きなものは一番最初に食べる。今までそうやって生きてきて、今まで生きてこられたのだから、これがまあ私の生き方でその生き方は確かに私の生存に資してきたのだ。だから私はその時も躊躇わず、柄を掴んで一気に引き抜いた。痛! いと思ったけど存外そんなことはなく拍子抜けした。というか何も感じなかった。あれおかしいなと思って私は右手で掴んだその柄の先端を試しに左腕に向けてみる。けど、特に何か刺激がある訳でもない。目に見えない刃がその柄の先端から伸びているということではないらしい。はて。ではこの柄は一体なんなのだ? というか柄は刃ありきでの柄である訳で、ということはつまりこれは柄ではないのか。ともかく私はその先端をこうくんの尻穴に向けてみることにした。どうせ何も起こりゃしないのだろうから、これくらい構いやしないだろう。そう思って柄を向けると、こうくんは何事もなく振り向いて、私は三年振りにこうくんの顔を正面から見た。
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